不思議な本だ。
枡野浩一の『結婚失格』が文庫化された。
これは、作者じしんの離婚体験を基に書かれた小説である……とすっきり言い切れない。ヘンな本なのだ。異様なまでにもりだくさんなのだ。
まず、ページをめくると、「愛について」という短歌三十首がある。

「君はストーカーなんかぢやない」と警官に励まされたりしたくなかつた

いつもの枡野浩一とは違う旧かなづかいで、離婚に至るまでの本人の(と思われてもいいという決意を感じる)生々しい苦悩がうたわれる。
小説にはいると、語り手であるAV監督である速水が、人気脚本家の妻、香と離婚調停中であることがわかる。刻々と破局へと向かう日々……。そんな深刻な状況を描くのに、この小説の手法はヘンだ。ちょっと引用する。

〈坂崎千春のエッセイ集4『片思いさん』(WAVE出版)を広げた。「恋と本とごはんのABC」という欲張りなサブタイトルがついている〉
 
〈吉田秋生の漫画を原作にした『ラヴァーズ・キス』は、鎌倉の風景がきれいだとか新人俳優が魅力的だとか、部分部分をほめたくなるような映画だった〉
 
〈香と速水が共に愛読していた岡田斗司夫の『フロン』(海拓舎)には、離婚というものはたいていの夫にとっては「寝耳に水」なのだと書いてある〉

つまり、速水の読んだ本や映画の感想が、いたるところに埋め込まれているレビュー小説なのだ。こうやってネット上で紹介する場合、リンクを貼ると、アフィリエイト小説みたいになるはずだ。
離婚問題で苦悩する男が、その傍らで気になる作品をていねいにレビューするというなんとも奇妙、なぜか情報満載の小説になっているのだ。

しかし、人生のいかなる危機にあっても、仕事をしないわけにはいかないし「雑事」っていうものはたいがいとても間抜けだ。そういう状況を「作品紹介を入れ込む」というシュールな手法で枡野浩一は表現しているようにも、思える。

小説部分が終わると、枡野浩一、長嶋有、穂村弘の特別寄稿エッセイが3作続き、さらに短歌三十首が展開され、文庫版企画として、映画評論家の町山智浩の解説がつく。おまけをつけるにもほどがある。

たぶん、枡野浩一はさびしいのである。ひとりで、実体験を元にした離婚小説を出してすっかり悲しい顔ができるほどには、まだ回復できていないのだ。だから、好きな作品を文中に満載し、尊敬する友人たちを巻き込み、『結婚失格』なんてタイトルの本を出す辛さをなんとか埋めようとしているんじゃないか。単行本から文庫化されるのに4年弱を費やしても、まだまださびしいのである。

町山智浩の解説がすばらしい。

〈さらに速水は愚かにもこう確信している。「こんなにも正しい僕を君が愛さないのは間違っている。
君が自分の間違いに気づけば君は僕のことをまた愛してくれる」と。この身勝手さは失恋した中学生の感覚でなくて何だろう〉

さびしくて呼んだ友人が、君の行動は愚かだ、中学生だと断言し、愛をわかってない、愛してるなら勝とうとするなと厳しく叱る図。

先日、『結婚失格』の出版を記念してustreamで配信された枡野浩一と町山智浩の対談でもこれらのフレーズは繰り返された。すると、コメントやツイッターで、町山は「えらい」「ホレた」などと支持され、枡野は「わかってない」「まちがっている」などとさんざん諌められていた(もちろんなかには元気づける発言もあったけど)。

しかし、この配信を1300人以上ものひとが聞いていたのである。
終了間際「枡野さんは離婚すらちゃんとしていない」というきびしい意見が出、「こんどは『離婚失格』を書くべき」という結論が導きだされていった。『離婚失格』では、どれだけの作品が紹介され、どれだけのひとが関わり、よってたかって(愛を込めて)枡野浩一を諌めることになるのだろうか。どんなおまけがついてくるのか楽しみだ。(アライユキコ)
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