徳田智磯 1,2 、長尾大道 1,2
1 東京大学地震研究所、 2 東京大学大学院情報理工学系研究科
Tomoki Tokuda,Hiromichi Nagao
Wishart Mixture-based Multiple Clustering for Selecting Seismic Stations for Low-frequency
Earthquake Detection
応用統計学、52巻2号、2023年、99-112ページ
、 https://doi.org/10.5023/jappstat.52.99
近年、地震学において、通常の地震波よりも周波数の低い微小地震(以下、低周波地震)が注目されています。低周波地震は通常の地震よりもゆっくりと振動し、継続時間が長い特徴をもっています。地震を起こす断層がゆっくり滑ることと関連していると考えられ、特に、プレート境界上で発生する低周波地震は大地震を引き起こすひずみ蓄積との関係が指摘されています。しかし、観測される地震波形の振幅は小さく、1つの観測点で検出することは容易ではありません。低周波地震を効果的に検出するには、複数観測点の波形データを同時に解析する必要があります。理想的には、低周波地震ごとに必要十分な数の観測点を選択して検出すればよいわけですが、予め、そうした観測点を特定することは困難で、そのための手法は確立されていません。本研究では、低周波地震分類という新しい視点からこうした観測点選択の問題に取り組みました。
具体的には、低周波地震が発生した際に特定の観測点間の地震波形の類似度(クロス相関)が高くなることに着目し、「マルチプル・クラスタリング」と呼ばれる機械学習法を用いて、低周波地震検出のための観測点選択を試みました。マルチプル・クラスタリング手法の特徴は、複数の低周波地震イベント間で地震波形の類似性を示す観測点群、及びイベント分類モデルを同時に推定することができる点です。図1にこの手法についての模式図を示しました。この図では赤三角が観測点を表し、観測点間の波形類似度が高い観測点間を青線で結んでいます。例えば、観測点AとBを選択すれば地震EQ1とEQ2が検出でき、観測点DとEを選択すれば地震EQ3とEQ5が検出できること示しています。実際の低周波地震から得られたデータでは、このような観測点と低周波地震イベントの関係が模式図ほど明瞭であるとは限りませんが、マルチプル・クラスタリング手法を用いることによりデータから最適な観測点群の組み合わせ、及び複数の低周波地震クラスタを推定することができます。この手法は神経科学分野におけるクラスタ分析のために開発され、MRI脳画像データを用いた精神疾患分類に応用されました。神経科学と地震学という全く異なる分野であるにもかかわらず、解析対象を抽象化した数式表現では同じ問題設定になっていることから、こうした異分野間で同様の手法が適用できることになります。
この解析では、 2015年に東北地方の88観測点で観測された173低周波地震に対して10分間の波形データ(スペクトログラム)を用いました。観測点間の波形類似度を算出し、マルチプル・クラスタリング手法を適用したところ、11の観測点群に分けられることがわかりました(図2)。その中には低周波地震をうまく検出できないような観測点群(例えば、図2の観測点群4)もありましたが、観測点群と検出された低周波地震の間には概ね対応関係が認められ(例えば、観測点群1)、適切に観測点選択がなされていることがわかりました。さらに興味深い点は、イベント分類モデルによって複数の低周波地震クラスタを同定できたことです。こうしたクラスタは背後にある低周波地震発生メカニズムと関係している可能性があります。今後は、この手法をさらに精緻化させるとともに、選択された観測点群、及び得られた低周波地震分類モデルを用いて、これまで地震カタログに記録されていない低周波地震の検出を行うとともに、クラスタの背後にある低周波地震発生メカニズムの違いを検証していければと思います。
謝辞:
本研究は、文部科学省「情報科学を活用した地震調査研究プロジェクト」(STAR-Eプロジェクト)の一環として実施しました。また、2024年度応用統計学会優秀論文賞を受賞しました。関係者の皆様に厚く御礼申し上げます。