伝説の天才靴職人、故・関 信義氏が制作した幻の3モデルを三陽山長が復刻
巨匠のアーカイブをベースに、三陽山長がもてる技術力を集結し製作
過去20年ほどのあいだで、ビスポークを含む日本の高級革靴は世界トップクラスの品質であることが、国内のみならず海外においても定説となりました。そして、こうした現状の礎を築いた最大の功労者として讃えられているのが伝説的靴職人、関 信義さん(1937~2020年)です。生前から天才と謳われた関さんが作る靴にはいっさいの破綻がなく、完璧で美しいその姿には超然たるものがあり、それを目の当たりにする者たちをひたすらに圧倒するオーラを備えていました。そして、三陽山長は前身の山長印靴本舗(2000年創業)時代から三顧の礼をもって関さんを起用し、オーダーメイドの製作を委ねたのです。
その三陽山長が去る11月23日、関氏が遺したアーカイブを復刻した3型(トップ写真)を「プレステージライン」からリリースしました。同ラインは「三陽山長」ブランド創設20年の技術を結集し、革から仕上げまで、全てにおいて上質なクオリティで製作するトップグレードシリーズとして2021年春に始動。これまで7型が展開されてきましたが、このたび、この最高峰シリーズにおいて「今こそ、関氏の作品を復刻したい」との想いを形にしたのが、今回紹介する「謹製 星之丞」、「謹製 義之丞」、「謹製 蔵之丞」の3型なのです。
関氏が手がけた靴はオーダーメイドゆえ、三陽山長のアーカイブにもほとんど残されていませんが、同社はわずかに製作された数足の既製靴サンプルを発掘し、今回、それを忠実に再現しつつ、さらなる進化を図るべく努めました。そうした成果の一部について本稿では、モデルごとの紹介などで解説していますので、ぜひ下記をご高覧ください。
ちなみに、3型いずれにも仏・アース社(TANNERIES HAAS)の革を使用。1842年、アロイーズ・アース氏がドイツに隣接するフランス最東部アルザス地方の町アイヒホッフェンで設立した同社は、現在もその地にあってアース家の6代目が経営を継いでいる名門タンナーです。同国産牛革を原皮に、同社が生産する革は大変良質で、名だたるラグジュアリーブランドがこぞって採用。今回の3型でもアッパーに同社のボックスカーフを、また、しっとり吸いつくような足触りのライニングには同社のカーフが使用されています。
また、アウトソールには独・マルティン社(GERBEREI MARTIN)のオークバークベンズが採用されています。1645年(日本では水戸黄門が活躍していた江戸時代前期!)に創業した、おそらくは現存最古のタンナーであり、スイス国境にほど近い南ドイツの、ドナウ川上流の町トゥットリンゲンにて今なお、創業家によって経営されている、こちらも大変歴史あるタンナーです。同社は欧州産の牛原皮をオークバーク(樫の樹皮)から抽出したタンニン溶液で満たされたピット(槽)に浸し、2年以上にもわたって深く製革した、いわゆるオークバークレザーを生産しており、ここで紹介する3型のアウトソールは、そのうちのベンズ(背から腰にいたる部位。厚みがあり、繊維が緻密で、伸びや歪みに強い)が使われています。ゆえに、このソールは返りがよく、粘りがあり、しかし耐摩耗性が高いうえにひび割れしにくいものになっているのです。
このほかにも矢筈(やはず)仕上げやシームレスヒール(ともに下記参照)など、関さん由来の高い技術力を要する手の込んだディテールが各所に取り入れられた、この「プレステージライン」の新作3型。靴好きならぜひとも欲しくなるエッセンスが特盛りの逸品揃いです。たしかに、ちょっと気合いを入れないと買えないお値段なのですが、それに見合うバリューがあるのは疑いようがありません。もし入手できたなら、日本が誇りとすべき天才にして靴の巨匠、関 信義さんの偉業を偲びつつ、末永く愛履きして欲しいと思います。
「プレステージライン」の定番アイコンともいえるのが、この矢筈仕上げだ。通常、靴のコバは、その多くが平コバ(側面がフラットのコバ)で、丸コバも散見するが、矢筈仕上げのコバは非常に珍しい。日本伝統の意匠とされるこのコバは、側面が三角状に削り出されており、それが矢筈(矢尻などに設けられた、弓弦をかける部位のこと)のように見えることから、こう呼ばれる。平コバよりもエッジが効き、端正で小粋な印象に見えるのが特徴だ。
通常、踵(かかと)まわりにはアッパーの切り替えとして、縦にシーム(継ぎ目)が入っているものだが、本ラインの3型においてはシームレスヒールにすることで革の上質さを際立たせている。また、小ぶりなヒールカップは現代の日本人の足形にかなう形状であり、かつ、絞り込んだ土踏まずが長時間の歩行でも疲労しにくくする役を果たす。さらに、ピッチドヒール(底に向かってテーパードしていく形状のヒールリフト)が、このヒールカップの美麗なシルエットに呼応し、靴全体のたたずまいをよりエレガンスに見せてもいる。
アッパーには肌目が繊細で、上品な光沢があり、適度なハリ感をもちながらも極めてしなやかな上質ボックスカーフを採用。従来以上にピッチが細かく、かつ乱れのない精緻極まるステッチワークは、このプレシャスレザーの繊細で引き締まった風合いに見事に調和している。
ストレートチップ「謹製 星之丞」
トウキャップとヴァンプ(アッパーのうち、甲や足指の付け根などを覆う革パーツ。枠革などともいう)、ヴァンプと内羽根のそれぞれの切り替えはレベルソ仕立て(革の切り替えに施された縫製を隠すため、利用面同士が接した状態で縫合し、片方の革のみを折り返す仕様)。小粋な6アイレットの脇に施される縫製もヒドゥン仕上げにすることで、よりミニマルで上品な表情に(写真下段左・右)。また、セミベヴェルドウエスト(幅が細く絞り込まれたウエスト部分のこと)やシームレスヒールといったビスポーク由来の贅沢仕立ても取り入れて、エレガンス極まるキャップトウオックスフォードにしている。木型「R2010」採用。
ダブルモンクストラップ「謹製 義之丞」
モデル名において、生みの親である関 信義氏にあやかった「義」の字を継いでいるダブルモンクストラップの逸品。その最大の特徴は、甲を覆う1対のストラップを細めにし、かつ斜めに流すようにバックルを配したデザインにある(写真下段左・右)。これにより、一般的なダブルモンクに比し、よりドレッシーでエレガントなたたずまいに仕上がっているのだ。また、元来、スリッポン用として開発された木型である「R2010S」をあえて使用。甲がやや低め設定の、この木型の採用により、ストラップは細めながらも、アッパー全体で足をしっかりホールドする構造にしてコンフォタブルな履き心地を実現しているのも、このモデルの注目ポイントだ。
サイドエラスティックスリッポン「謹製 蔵之丞」
トウキャップの縁にパーフォレーション(穴飾り)を施しながらも、ヴァンプとの切り替えをカールエッジに(写真下段左)。さらに驚くべきは、サイドエラスティックを隠す役を担っている革パーツを、それぞれの上部を極薄にすいて内折りにしたうえでゴアに縫い付けている点だ。結果、これら革パーツの切り目が隠されたことで、履き口周りの見栄えが大変美しいものになっている(写真下段右)。木型「R2010」採用。
「プレステージライン」 ※3型共通仕様
モデル名:(トップ写真左から)「謹製 星之丞」、「謹製 義之丞」、「謹製 蔵之丞」
製法:フレキシブルグッドイヤーウェルト
アッパー素材:ボックスカーフ(仏・アース社製)
ライニング素材:レザー(仏・アース社製)
ソール素材:オークバークベンズ(独・マルティン社製)
サイズ:6.0(24.0cm)〜9.0(27.0cm)
カラー:ブラックのみ
価格:各16万5000円
問い合わせ先/三陽山長 日本橋髙島屋S.C.店 ☎ 03-6281-9857
http://www.sanyoyamacho.com/prestigeline/
※表示価格は税込
文/山田純貴