12月22日、VOCALOID3の「結月ゆかり」(発売元:AHS)、「CUL」(発売元:インターネット)が揃って発売一周年のお誕生日を迎えたとのことで、『CUL&ゆかり合同誕生祭2012』が開催され、ニコニコ動画にて生放送が行われました。私もその誕生際の現場に取材で行ってきましたが、その放送の中で「結月ゆかり」の中の人、そう、この歌声の元となった人が公開されたのです。
VOCALOID3の歌声ライブラリーの中でダントツのセクシーボイス、「結月ゆかり」の中の人がどんな人なのか、興味のある方も多かったと思います。以前、「ボカロP、7名のチーム“ボカロマケッツ”が作るVOCALOIDが年内登場」という記事でも、いろいろと話は伺っていたので、私自身もとっても気になっていたのですが、その中の人はプロの声優でオフィスアネモネ所属の石黒千尋さんでした。実は、この放送の数日前に、AHSに伺い、ここでAHSの尾形友秀社長と、石黒さんにインタビューをしてみました(以下、敬称略)。その結果、尾形社長も「初耳だ!」、という新事実も次々と飛び出してきました(笑)。
--初めまして。石黒さんはどんな経緯で「結月ゆかり」の中の人になったんですか?
石黒:知人の音響さんを通じてVOCALOMAKETS(ボカロマケッツ)の人たちがオーディションをするという話を聞き、参加しました。ちょうど、以前所属していた事務所をやめたばかりの時期だったのですが、ボーカロイドの中の人の募集ということだったので、「これは!」と思って応募したんですよ。
--ボーカロイド関連は知っていたんですか?
石黒:はい。私、ニコニコ動画の初期のころから会員登録していたくらいで、ニコ厨なんですよ(笑)。だからミクをはじめ、ボカロ関係は最初のころから見ていて大好きで、毎日チェックするくらい見ていましたよ。もっとも、あくまでも聴く側としての大ファンであっただけですが……。ただ、いつか関われたらいいな、とは思っていました。もちろん夢のまた夢でしたけどね。
--とはいえ、石黒さん、プロの声優さんなんですよね?少しプロフィールをお伺いできますか?
石黒:はい、普段は声の芝居、声優をメインに仕事をしています。私は北海道出身なのですが、声優の仕事に入ったのは、みなさんよりちょっと遅いスタートでした。高校のころに地元で「銀河鉄道の夜」の影絵を見たことがあり、この影絵に声を当てていたのを見て、感激し、声優になりたいと思いました。アニメもゲームも大好きでしたしね。ただ、親は反対で、東京に行くなら、自分でお金を貯めてからにしろ、と。そこで、別途興味を持っていた介護福祉士の仕事を3年ほどして、ある程度お金を貯めてから東京に出てきたんですよ。当初は声優の養成所に2年ほどいて、そこでの先生や友人に恵まれたこともあって前の事務所に入ることができました。
--実際、どんなお仕事をされていたんですか?
石黒:声が低い、低音が響くということで、ナレーションのお仕事が多かったですね。化粧品やクルマのCMだったり…。キャラクタでも、おばあちゃんとか、老け役をやらせていただくことがよくありました。その一方で、マネージャーからは妹キャラとかもチャレンジしてみろといわれ、勉強しながらやっていきました。またピーンと張る声なんかも得意なんですよ。ゲーム関連でいえば「リルぷりっ ゆびぷる ひめチェン!」の雪森りんご、「戦場のヴァルキュリア2 ガリア王立士官学校」のノエル・ヴィロック、ミシュリットの役をやらせていただいたり、アニメ、洋画の吹き替え、ドラマCD……といろいろやっていますね。いまの事務所に入ったのは昨年の6月からだから、「結月ゆかり」のオーディションから収録まで、そのころは完全にフリーで一人でやっていました。
--そのオーディションってどんなことをしたんですか?
石黒:自己紹介をして、得意な歌を1曲歌い、その後課題曲となっていた童謡を歌った記憶があります。30分程度だったのではないでしょうか?ほとんど雑談していたという印象ですが…。
尾形:実は、その雑談を含め、すべて24bit/96kHzで録っていたんですよ。「結月ゆかり」はボーカロイドで出すというほかに、VOICEROIDでも出そうと企画していたので、そのしゃべりも重要だったんですよね。もっとも、当初は本当にボーカロイドとVOICEROIDが同じ人で両立するのかわからなかったのですが……。
--実際、石黒さんが採用された理由というのはどこにあるのですか?
尾形:いくつかの理由があるのですが、「結月ゆかり」のプロデュースを行ったのはボカロマケッツなので、どんな声にしたいのかなどキャラクタ的な部分はボカロマケッツのみなさんが議論して決めています。一方、AHSとしては技術的に見て、どこがよくて、どこがダメなのか、オーディションを受けた人たちの声を分析し、ボカルマケッツにレポートをだしています。その中で、石黒さんの声には波形にしたときにキレイであるという特徴がありました。
--波形がキレイとは?
尾形:聴いた感じでのキレイとは無関係なのですが、たとえば「あ」から「う」につながるような音がキレイなのです。ボーカロイドでは波形を繋ぎ合わせることで歌わせていくわけですが、つなぎ目の部分ではやはり音を重ね合わせるのですが、この際にノイズが発生しやすくなります。ところが石黒さんの声の場合、これがノイズになりにくかった。ここに子音が入ってくると、さらにノイズになりがちなのですが、ここでも石黒さんの波形はキレイだったんですよね。ボカロマケッツからは、大人っぽい声にしたいという要望があったのですが、石黒さんの声なら、子音を生かせた大人っぽい声、情感豊かな声ができるんじゃないか……と。
石黒:その話を聞いても、なぜ私が採用されたのかは、謎ですね(笑)。採用といっても、何か特別な合格証書がやってきたわけではくて、ボカロマケッツの方から電話がかかってきて「石黒さんに決まったよ!」って軽く言われて…。だから「それは冗談ですか?」って返しましたよ(笑)。ちょっとビックリしましたが、自分の声を楽器として残せるというのは、声優としてとても名誉なことですね!
--ニコ厨の立場としては?(笑)
石黒:まさに、ボーカロイドがどんどん盛り上がってきているときでしたから、「結月ゆかり」がどう反応してもらえるのかと、不安と楽しみと半々な感じでしたよ。
--収録にはどのくらいの時間がかかったんですか?
石黒:まず、ゆかりの声のテスト録りをしたんですよね?
尾形:はい、まずは方向性を決めるために、半日程度かけてテスト録音を行い、それを元に試作品を作りました。石黒さんのしゃべり方が、ちょっと不二子ちゃんっぽいよね、という話をしていたんで、この音源で「LOVE SQUALL」を歌わせてみました。以前、一部では公開したので、お聴きになったことのある方もいると思いますが…。これを元に方向性を確認し、本収録を行いました。
石黒:本収録はとても大変でした(笑)。意味のないつながりの呪文みたいなのを読み続け、音程も外せない。そんな話は以前から伺っていたので、なんとなく知っていたのですが、大好きなボーカロイド制作ということで、その期間は楽しく録っていました。結局ボーカロイドの収録に7日間ビッシリ、さらにVOICEROIDでも数日かけて収録しています。
--そういえば、ブレスや笑い声、シャウト、セリフなどが入ったexVOICEもありますよね。パッケージに収録されているもの以外にも、無料ダウンロードという形でどんどん増えていっているようですが…。
石黒:そうですね、exVOICEは、また別の日に収録をしました。また、その後、ユーザーさんからのリクエストに答える形で追加収録など行っています。
尾形:exVOICEはまさにボカロマケッツならではのアイディアですね。当初は本当にいろいろ録ったので、1/3程度は使えずに公開していないものもあるのですが……。
--そのようにして完成した「結月ゆかり」を見てどうでしたか?
石黒:私は声を担当した立場ではありますが、商品になると自分とはまったく別のキャラクタになるんですね。でも自分にすごく似ているところもあるし、とっても不思議な感覚です。自分でもAmazonで即、購入して親に送ったし、自分でも使ってみましたよ。
尾形:石黒さんにパッケージを送ろうと思ったら、もう買っちゃったという話を聞いて驚きましたよ(笑)。
石黒:VOICEROIDは言葉を入力すれば、すぐにしゃべってくれるので簡単ですが、ボーカロイドのほうは、難しい面も多いですね。でも、従来のボーカロイドと比較すると、ゆかりは、それほど調教しなくても不思議と人間っぽく歌ってくれるんですよ!
--えぇぇぇ? 石黒さん、ボカロの調教までしちゃう人なんですか??
石黒:以前から初音ミクは持っていましたし、多少は……。とはいえ、こういう打ち込みって本当に久しぶりなんですよ(笑)。
--えぇぇぇ? 久しぶりって?
石黒:DTMに最初に触れたのは中学生のころです。従兄弟のお兄ちゃんからヤマハのHELLO!MUSIC!をもらって、譜面入力できるソフトを使って曲を作ったりしてました。外部にMIDI音源をつけるタイプだったので、今のDTMとはずいぶん違いますよね。高校時代も、自分でオリジナル曲をMIDIで作って、CDを作成し、札幌のコミケみたいのに出したりもしていました。当時持っていたCD-Rドライブが4倍速の遅いヤツだったんで、焼くのにすごく時間がかかって……。あ、すみません、そんなマニアックな話して、引いちゃいますよね……(汗)。
--トンでもない、DTMステーションはまさにそういう人が集まるサイトですから、読者の方々もみんな石黒さんに親近感を覚えると思いますよ(笑)。その後もDTM続けていたんですか?
石黒:高校まではやってたんですけど、介護の専門学校に行った、すごく忙しくなってしまったので、そこで止まってしまいました。でも、こうして久しぶりにDTMに触れると楽しいですね。AHSさんからはMusicMaker MXをいただいたり、VOICEROIDの吉田くんをいただいたりしたので、これを使って遊んでいるんです。最初に作ったのは、ゆかりと吉田くんのラップ。MusicMakerもループ素材が豊富なんでマニュアルを見ながら、やっていて、最近ようやくわかってきた感じです。アンビエント系とゆかりの声がすごく合うんですよ。
--そうした作品、公開してるんですか?
石黒:いいえ、私、以前から自分で作って自己満足しちゃうほうなので…。でも、最近はみなさん素敵な作品ばかりで、凄いですよね。ニコニコも昔はBGM無しでアカペラで調教もほとんどしない歌とかがあったから、「ああこれがミクの素の声なんだ」、「カイトってこういう歌声なのね」って思ってみていましたが、今はかなりクォリティー高くて、感心してばかりです。まあ私自身、楽器を習ったことはないし、全部独学。楽譜も書けないけど、打ち込みならなんとか……という感じなんです。でも、いつかはゆかりに歌わせた曲、公開してみたいですね。
--それはとっても楽しみです。ありがとうございました。