精神の障害年金申請と社会保険労務士(社労士)の問題について

現在、精神障害で障害年金を申請する方が増え続けています。

過去には、統合失調症や躁うつ病(双極性感情障害)で障害年金を申請する方が多かったのですが、最近はそういう疾患は軽症化しているので(特に統合失調症は過去30年でかなり軽症化し、予後が良くなっています)、障害年金を申請する人が少なくなっているように思う人もいるかもしれませんが、うつ病は増えていますし、発達障害は増えているのか、発達障害と診断されるケースが増えているためかわかりませんが、いずれにしても、精神障害による障害年金を申請する人が増えているのが事実です。実際、こちら岐阜県のデータでも、精神の障害年金を受給している人は過去20年で倍増しています。

障害のために働きたくても働けない、働いていたけど疾患の発症のために働けなくなった、という方にとって、障害年金の制度は大事な社会保障制度であり、それは身体疾患や身体障害と同じように、精神の障害においても、障害の程度や生活・社会機能の障害の程度に相応な年金が受給されるべきしょう。

そんな大切な年金制度ですが、こと精神の障害年金の申請の件に関して、あまり知られていませんが、結構大きな問題が起きています。

 

その問題に触れる前に確認しておきますが、障害年金を受給するためには以下のような条件が必要です。(身体でも知的でも精神でも、障害年金を申請する条件は下記のように、基本は単純なものです。)

1.障害が生じた時点まで年金(国民年金・厚生年金)を納め続けていたこと:生まれつきや未成年で障害が生じていた人は20歳時点の障害で申請できるので良いのですが、成人以降で年金を納めていない(滞納)期間に病気や障害を発症すると障害年金の受給要件に当たりません。この要件によって現在、障害年金を受給できていない人が多く、救済措置や代替措置もなかなか無いのは問題だと思います。

2.医師の診断書(障害年金用診断書)の内容が障害年金の受給要件を満たしていること:身体障害でも精神障害でも、それぞれ障害の程度があります。全面的に介護が必要な状態から、少しだけ介護が必要、介護は必要無いけど就労は難しい(社会的障害)、など、程度の問題があります。それにより障害の等級が決まります(精神障害の場合、重い方から1級から3級までの等級があります)。

3.障害の状態が「固定」していること:「固定」の状態は、身体障害の場合にはわかりやすいです。例えば、脳性麻痺や事故で身体の一部が欠損してしまった場合などを考えると、それは今の医療では改善・回復することはできない、「固定」した状態ですので、「固定」の概念はわかりやすいのですが、精神の障害の場合、「固定」していると認定すること、つまり、将来にわたって「治らない」障害と決めつけることはなかなか難しいので、暫定的に「1年6ヶ月間、十分な治療をしてきても病状が変わらず、障害の程度も持続している」ことを要件としています。これは、今後の治療や経過によって障害の程度が変わりうることを前提とした考え方ですが、多くの精神障害において現実的で妥当な考え方だと思います。統合失調症でも、うつ病でも発達障害でも、年単位を経過すると病状や障害はずいぶん変わってくるものです。また、現代のネット社会においては、収入を得る手段、労働は多様化しており、YouTuberに限らず、リアルに人と関わらずにお金を稼ぐ方法はいろいろと増えていますので、障害の程度と社会的障害(特に経済的損失)とは必ずしも相関するばかりでもないので、難しい点もあります(その点で、障害年金の診断書には障害者の収入を記載する欄がありますが、税務署員でもない医者が患者さんの収入も確認しないか自己申告をそのままで、担当医が実収入を客観的に証明するかのように書くので、私たち診断書を書く精神科医にとってストレスになります。この点においては他の問題もありますが、本論から外れるので省略します。)。そのため、障害年金を受給している方は、定期的に(年単位の後に)診断書を求められます。

 

障害年金を申請する要件については、以上を押さえておけば良いのですが、年金を受給しようとする障害者にとっては、その手続きが煩雑に思えるものです。障害年金は医師の診断書だけ受給が決まるものではなく、障害者本人もしくは家族から、過去の就労の経過(何歳頃、どこの会社で働き、どのくらい収入があったか、十分に働けていたか、など)、生活や社会機能上の障害がいつから、どの程度あったか、などの自己申告書(「病歴・就労状況等申立書」)が必要となります。この申告書は、多少の間違いがあっても問題はありません(障害が生じた、もしくは病気が「固定した」と見なされるまでにちゃんと年金を納入し続けていれば、申告書に少々間違いがあっても後から訂正すれば良いのです。隠し所得など、悪意のあるものが無ければ構いません)が、うつ病や発達障害の方の中には、その申立書を書くのが大変難しい作文課題のように感じるのです。

ここで、社会保険労務士(社労士)が出てきます。最近は、Googleで「障害年金」と検索するだけでも、社労士事務所の広告・宣伝が出てきます。障害年金を申請するに当たって、社労士があなたをお手伝いしますよ、と甘い文句で誘ってくるのです。市の広報の広告欄にも彼らの広告が出てきたりします。

精神の障害年金を申請する方は、孤独な方が多いので、市の広報や、ネットで障害年金のことを検索して社労士の広告や記事がたくさん出てくると、社労士の手助けが無ければ障害年金を受けることはできないのでは、と勘違いする人が多くても不思議ではありません。しかし、それは間違いです。年金診断書を書く医師が障害年金の制度を理解しており、ちゃんとした診断書を書き、自己申告書も簡単に記載すれば、わざわざ社労士の手を借りなくても、障害年金はちゃんと受給できます。

では、なぜ、社労士が障害年金の申請をお手伝いしますと、あえて多額の広告費を使って宣伝しているのでしょうか? それは、人助け、弱者救済、社会貢献などという美辞麗句とは全く異なる事情によるのです。

社労士は、「成功報酬」と称して、障害年金の受給が確定した時に患者さんに受給される年金額の20〜30%もの報酬を要求してきます。これは、パーセンテージで表示されると大した金額ではないと思う方がおられるかと思いますが、通常、障害年金を受給される場合、半年から2、3年に遡って、障害が「固定」された時期に遡って受給されます。その場合、仮に毎月の受給額が8万円で2年間の期間だとすると、障害年金の受給額は、月8万円かける24ヶ月=192万円になりますから、社労士の報酬がその30%だとすると60万円近くになります。先にも述べましたが、社労士がお手伝いするのは患者さんの自己申告書の書き方をアドバイスするくらいであり、実際のところ、社労士自らがその実務を行わずに無資格の助手にやらせておいて最後に少しだけ目を通すだけでも(もしくは全く関わらずとも)、年金申請が「成功」すれば問題ありませんので、社労士にとっては大変儲かる、旨みのある仕事になります。繰り返しますが、大多数の患者にとって、自己申告書を自分で書く、もしくはかかりつけの病院や診療所のソーシャルワーカーらに相談して書けば、それだけで障害年金は十分通ります。もし万一、それで書類上不備があるならば、申請先の社会保険事務所の担当窓口が修正点を教えてくれます。

と、ここまで説明すれば、ごくレアなケースを除けば、障害年金の申請に当たって、社労士に多額の報酬を払って書類を作成する必要が無い事情をわかっていただけたかと思います。

ところが最近、この1,2年でしょうか、私が関わりの深い地域の社会保険事務所で、大変おかしな事態が起きており、新たな大問題となっています。というのは、その社会保険事務所(私たち国民の年金を管理する公的機関です)に「お客様相談窓口」が置かれ、その窓口に社労士が配置されるようになりました。そういう体制は、年金を申請される人にとっては朗報のように思われます。なぜなら、これまでは社会保険事務所に相談に行っても、社労士資格の無い職員が対応していたからです(それでも実際は、ほとんどの場合、実務上全く問題は無かったのですが)。

しかし、実態は真逆の、とんでもないことになっています。その「お客様相談窓口」に配属された社労士は、ごく簡単な障害年金の申請のケースでさえも、「(自己申告書の)書類作成は複雑だから素人のあなたには無理」と突っぱねた上、民間の特定の社労士事務所に相談するように勧めることを繰り返しています。精神の障害だけでなく、例えば視力障害のような身体障害についても、本当に単純なケースで、社労士資格が無い私たちのような医療従事者でも書き方を説明できるような場合でも、民間の社労士事務所に行け、と言うのです。そうなると、患者さんは、素直に社労士事務所に行き、先に述べたような、高額な報酬を支払う契約を結ばされてしまいます。気弱な方が多い精神疾患の患者さんは、ひとたび契約してサインしてしまえば契約解除をためらいますので(実際には後でも契約解除はできますが)、社労士の言いなりになって結果的に不当に高額な報酬を支払ってしまいます。

こんな事情がありますので、当院では、これから障害年金を申請しようとする方に対して、事前に注意を与えないといけなくなっています。しかし、一般に医師は、障害年金制度をあまり良く理解しておらず、社労士に依頼してもらった方が面倒事が無いと思って、いちいち患者さんに手続きの世話や注意などしません。そういう事情の理由の一つとしては、障害年金の診断書を書く医師への報酬の低さもあります。医師は、障害年金の申請用の診断書料金を患者さんに請求できますが、多くは1万円以下であり、労力や責任に比して全く低額です。その中で自院の事務職員やソーシャルワーカーの労力を使って患者さんを援助しようというモチベーションは低くなるのは仕方ないことかもしれません。

医師や病院側の事情はさておき、先に述べた社会保険事務所の相談窓口の現状は大変問題です。相談窓口に配置された社労士は社会保険事務所の仕事として、来談者への援助業務を行わず、相談者に余計な出費をさせ、仲間の同業者である民間の社労士に利益誘導しているとしか言いようがありません。私たちの税金に等しい、公的年金で運営されている社会保険事務所の職員がこういう反公益的な行為をされているのは大変問題であり、改めて欲しいと思っています。