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価値観が多様化した昨今、リーダーシップも、チームのありかたも、コミュニケーションも変わってきており、「EI」(エモーショナル・インテリジェンス/感情的知性)の重要性は高まる一方である。『ハーバード・ビジネス・レビュー』のコンテンツをまとめたEIシリーズの最新刊は、『やっかいな人のマネジメント』。その刊行記念セミナーが去る2月5日に開催された。基調講演は、近著『世界標準の経営理論』が話題沸騰中の、早稲田大学大学院・ビジネススクール教授、入山章栄氏。世界最先端の経営理論を引き合いに出しつつ、やっかいな人のマネジメントが求められている理由をひも解き、さらには上手く付き合うための方法までを伝授した(構成:富岡修、写真:斎藤美春)
「知の探索」が苦手な日本企業
仕事のほとんどは、組織やチーム、クライアントなどがあっての人間関係で成り立っている。「やっかいな人」「面倒くさい人」「気の合わない人」はどこかしらにいて、避けられないことも往々にしてある。彼ら彼女らとどのように向き合うべきか、さらには、人間関係のさまざまな摩擦を前向きなベクトルに変えていくためには、どうすればよいか。
早稲田大学大学院・ビジネススクール教授の入山章栄氏は、そもそも今なぜ、企業経営において「やっかいな人のマネジメント」が求められているのかに着目。その時代背景について、近著『世界標準の経営理論』の知見を織り交ぜつつ、このように解説した。
「やっかいな人と付き合うスキルは、今、日本企業に求められている重要な経営課題の解決に役に立ちます。その理由としては、まず第一に、イノベーションや変化が求められているからです」
イノベーションの創出は日本企業にとって、喫緊の課題である。デジタル化とグローバル化の進展で国境や産業の垣根が低くなり、企業の競争は激しさを増している。既存事業のデジタル・トランスフォーメーションや、次の収益源となる新規事業の創出など、あらゆる局面でイノベーションが求められている。にもかかわらず、腐心している日本企業は多い。入山氏は、イノベーションの祖、ジョセフ・シュンペーターに触れながら、その理由を解き明かす。
「シュンペーターが唱えたように、イノベーションは既存の"知と知を組み合わせる"ことで生まれます。ですが、そもそも人間の認知はそれほど広いものではないので、組み合わせのパターンには限りがあるのです」
つまり、組み合わせる素材のバラエティが少なければ、おのずと行き詰まる。
「日本企業はこれまで、新卒一括採用や終身雇用に支えられた同質な組織文化のなかで、同質な社員が育まれてきました。すなわち組織としての認知の範囲が狭い。したがって構造的に、新たな知の組み合わせが起きにくいのです」
この構造を変えない限り、そもそも組み合わせるべき知そのものがアップデートされない。自社の価値観となるべく離れたところ、つまり、「会社や業界を越えて異質な人と付き合わなければ」と入山氏は指摘する。それが経営学でいう「知の探索」である。
しかし、日本企業もその現実を知りながら実行できない。その大きな制約の一つは、今日の企業存続のために、収益の柱となっている既存事業を守り、伸ばす必要もあるからだ。目先の優先事項がどうしても社内に向いてしまうのである。これを「知の深化」と入山氏は呼ぶ。
「ですから、イノベーションや革新を生むには、『知の深化』と『知の探索』をバランスよく行う『両利きの経営』が必要となるのです」と説く。
「しかし、自動車業界のカイゼンに代表されるように、日本企業は深堀りする『知の深化』は非常に得意なのですが、イノベーションを起こす種を見つける『知の探索』は苦手なんですよね。結果、知の深化に偏りすぎてしまう。そうして陥るのが、競争力の罠(Competency Trap)です。結果として短期的に目先の収益を上げるためにはいいのですが、長い目で見た時のイノベーションが枯渇するのです」
先述のように、知の探索では、自分や自社に属する人々とまったく異なる場所に身を置き、新たな知の組み合わせを探すことが不可欠である。価値観が異なれば、物事の考え方も異なる。同質な関係性では阿吽の呼吸で通じるところでもそうはいかず、コミュニケーションの面倒くささが生じるだろう。
「ですから、知の探索を円滑に進めるためにも、やっかいな人と付き合うスキルが欠かせないのです」