ポストロックをはじめとした多彩な音楽的バックグラウンドを、歌もののポップスに昇華させた集大成的作品『PURPLE』(08)、ソロ活動、ライブ作品『SCLL LIVE』(09)を経て、Spangle call Lilli line(以下、SCLL)が実に7年ぶりとなるニュー・シングル『dreamer』を発表した。これがバンドの新たな一歩にふさわしい、キラキラとした極上のポップ・ナンバーなのだ。本作のプロデュースを担当したのは、「相対性理論」のギタリストなどとして活躍する永井聖一。本作のプロデュースの話題はもちろん、彼の様々な活動に関するインタビューをお届けしよう。
(インタビュー・テキスト:金子厚武 写真:柏井万作)
メンバー全員であれこれ言いながら作ってて。
―お一人で取材を受けられることってほとんどないですよね?
永井:今まではなかったですね。
―まったく?
永井:はい。
―では基本的なところも含めて色々聞かせてください。まずは今回SCLLをプロデュースすることになった経緯から。
永井:去年の6月ぐらいにSCLLから「相対性理論にプロデュースしてほしい」というお話をいただいたんです。だけど、メンバーの誰がやるのか? っていう部分が明確にはなっていなくて。うち(相対性理論)ってクレジットの表記が曖昧だったり、誤表記があったりしたので…
―相対性理論の楽曲の多くは真部さんの作詞作曲と記載されてますよね?
永井:あれも本当に大きな間違いで、実際はほとんどの作詞・作曲を4人全員で行っています。バンド然としてるって言うとおかしいけど、いいものを作る、対象をよくするためのプロセスが必要なので、メンバー全員であれこれ言いながら作ってて。クレジットには間違いが多いので、JASRAC含め、正しい情報への訂正を出しているところです。1枚目の『シフォン主義』とかはホントに遊びで作ったデモで、作詞作曲者などの表記も間違ったまま、それをそのまま流通させちゃったっていう…。こんなに話が大きくなると思ってなかったので。
―そうなんですね。じゃあ最初のオファーは永井さんを指名していたわけではなかったんですね。
永井:最初は漠然と「相対性理論にお願いしたい」って感じでした。でも(プロデュースは)グループでやることではないので、うちにはこんなメンバーがいて、こんなことができます、という話をみらいレコーズのスタッフを介して話してもらっていたら、ギター・アレンジもお願いしたいということだったので、求めていただいているものが僕のテリトリーに近いかな、と。
相対性理論っぽさを混ぜても面白くないから、新たに浮かんだアイデアを基にして、一人で練りながら作っていった。
―元々SCLLはお好きだったんですか?
永井:正直名前を知っているくらいだったんですけど、藤枝(憲:SCLLのギタリスト)さんから過去の音源を送ってもらって、これなら面白いことができるんじゃないかなって思いました。
Spangle call Lilli line
―じゃあ最初はまず会って話してみるところから始まったわけですか?
永井:いえ、実際に会って話したのはだいぶ後で、最初は大坪(加奈:SCLLのボーカリスト)さんのハミングが乗ったデモを送っていただいて、「これに歌詞をつけて、好きにやってください」っていう伝言だけだったんです。
―具体的に「こういうイメージで」みたいな指示もなく?
永井:「好き勝手やっちゃってください」って指示だけ(笑)。だから、いわゆる世間一般の認識でいう、相対性理論っぽさをそこに混ぜても面白くないから、そのデモを聴いて新たに浮かんだアイデアを基にして、一人で練りながら作っていった感じです。
―そもそもSCLLが相対性理論にプロデュースを依頼したポイントは何だったんでしょうね?
永井:あのシングルはとにかく「ポップなものにしたい」と言っていたので、うちに頼めば面白くなる、と思ったんじゃないですかね。
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2/4ページ:永井聖一の知られざる音楽遍歴とは?
永井聖一の知られざる音楽遍歴とは?
―永井さん個人の音楽遍歴を伺いたいんですけど、初めに音楽に興味を持ったのはいつ頃でしたか?
永井:音楽には小学生の頃から興味があったけど、中学・高校からバンドをやっていたとかではないんです。ギターも遊びでというか、音楽を聴いてて面白いものがあったら真似て弾くっていう、いわゆる趣味でした。本格的にこの道で進もうとか考えたこともなくて…。
永井聖一
―そうだったんですか。影響を受けたミュージシャンとかは?
永井:いすぎて絞れません(笑)。すごい雑食で、しかもすぐ人に影響されるので、この人がこれを聴いてるなら、じゃあCD買ってみようって感じです。図書館とかTSUTAYAにないから借りないじゃなくて、いきなり買っちゃうんです。そんな感じで気がついたら結構いろんなジャンルの音楽を聴いてましたね。
―ギタリストとして影響を受けた人とかも?
永井:たくさんいます。でもあまりギター・ヒーローを追いかけたりはしていなくて、歌がいいとか詞が面白いっていう部分で音楽を聴いていたので。
―ギタリストっていう意識はあまりない?
永井:あんまりないかもしれないです。
―例えばSCLLだったら、背景にポストロックやシカゴ音響派の影響があって、それを基に現在は歌もののポップスにたどり着いたバンドだと思うんですね。そういうところに接点を感じたりはしましたか?
永井:ジャンルで考えたことがあまりないんです。ただ、SCLLも相対性理論も歌を大切にしている音楽だとは思ったから、今回もそこをどうよく見せるかっていう部分は意識しました。
―ジャンルにこだわりは全然ないわけですね。
永井:そうですね。ハードロックとかもものすごい好きです。AC/DCとか…歌ものとか言っといて、ギターじゃんって感じだけど(笑)。
―(笑)。じゃあ趣味から本格的な音楽活動に変わったのはいつ頃から?
永井:3、4年前、『シフォン主義』を作る前後かな…。
―ああ、相対性理論が最初なんですね。
永井:それまでは共同作業の相手に恵まれなかったって言うとおこがましいけど、ちょうどその頃にやくしまるさんとか他のメンバーに出会ったりして、ものを作る上でインスピレーションを受ける機会が増えたので、その頃からかな。もやもやしている頭の中の風景とかイメージを形にして、よいものにしてもらうっていうのは、他の人がいないとできないこともあるので。だから歌詞も、相対性理論ではやくしまるさんと共作することがほとんどなんですけど、今回は「全部自分でやっちゃってください」って言われちゃって、困ったなって(笑)。
―実際に歌詞はどんなイメージで書いたんですか?
永井:デモの段階で、今までのSCLLとはちょっと違う感じのポップスがやりたいのかな、という気持ちががなんとなく伝わったので、じゃあ思いっきり振り切ろうってところでああなりました。
―大坪さんの詞を参考にしたりは?
永井:大坪さんは独特というか、彼女にしか書けないオリジナリティがあるので、それをそのまま僕が真似しても面白くないので、あまり参考にしないようにしました。
―ギターのアレンジに関してはどのように進めたんですか?
永井:僕がギターを入れる前のオケで、十分完成してると思ったので、あとはリクエストされた「つかみ」を入れてどれだけ推進力をつけるか、ギラギラせずにポップさを増すか、を考えました。それと...音数がある一定を超えると、自分の音しか聴こえなくなる瞬間があって、そのボーダーラインはいつも気をつけてますね。今回に関しても、自分のギターを入れるために、削らなきゃいけない、過密になっちゃいけない場所がありました。作業は相対性理論のときも使わせてもらっているスタジオで、エンジニアさんも同じだったので、意見の交換もしやすくて、大体こういう感じでって言ったらミックスの雛型を作ってくれました。
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3/4ページ:別の人間とやることで面白いものが生まれる。
いろんな人とアイデアを交換することで面白いものが生まれる。
―基本的な音の好みとして、隙間があるものの方がお好きなんですか?
永井:そうとも限らないのですが、今のところ自分が関わっているものは、ボーカルや詞という中心軸がはっきりしている音楽に恵まれてるとは思います。
―確かに大坪さんにしてもやくしまるさんにしても非常に魅力的で個性的なボーカリストですもんね。今回実際に作業をしてみて感じた大坪さんのボーカリストとしての魅力はどんな部分ですか?
永井:場所によって自分の感情が全部出ていたり、生々しさはあるんだけど、それが人に威圧感を与えるようなものではなくて、いやらしくないというか。今回の場合、「この詞はこういう感じで歌ってください」っていうディレクションはほとんどしてないんです。大坪さんなりに解釈してもらえればいいかなって。あと、SCLLってすごく作業ペースが速いんですよ。あれであのクオリティを出せるっていうのが信じられないです。
―そういう作業面での相対性理論との違いって他にもありました?
永井:SCLLはミックス以前の段階で、彼らが信用して、この人にやってもらいたいっていう人にボールを投げるらしいです。相対性理論の場合は、最後の最後までメンバー全員プロセスに立ち会います。誰か一人が「これどうだろう?」って言ったら振り出しに戻ることもありえる。
―まさに民主主義で、誰かがプロデューサー的なポジションということもないんですね。
永井:ないですね。でも、どうしても決まらなかったらやくしまるさんに答えを求めます。歌っていう、作品の一番核の部分をデコレートしているのが彼女なので。
―SCLLのスピーディーな作業を経験した後だと、相対性の作業にストレスを感じることはありませんか?
永井:最終的に面白いものができれば、その過程に無駄はひとつもないと思うんです。作業工程っていうのは各バンドごとの試行錯誤のパターンだから、密度と時間は比例しないと思うし、ストレスはないです。
―歌入れ以外でSCLLのメンバーと一緒に作業したのは?
永井:あとは最後のマスタリングのときだけですね。
―え、それだけなんだ(笑)。出来上がったものに対するSCLLのメンバーからの反応はどうでした?
永井:「ばっちりでした」って言ってもらえて嬉しかったですね。最初は相対性理論の実体が明確になってない中で、結構不安もあったのかもしれないけど、最終的には喜んでもらえたので、よかったなと思います。
―今後もこういった活動はしていきたいと思いますか?
永井:そうですね、創作がやっぱり好きなので。こういう環境に呼んでもらえるのはすごく嬉しいです。経験を積めば積むほど面白いものができると思うので、色々やっていきたいですね。
―特に何がやりたいですか? プロデュース、ギター、作詞、作曲とか。
永井:いただけるお仕事なら、なんでも。今回はプロデューサーという形で、シングル一曲だけやらせてもらって、この曲だけに集中できたけど、これが他の活動にも広がっていってほしいです。いろんな人とアイデアを交換することで面白いものが生まれるっていうのは、相対性理論でも実感するというか、やくしまるさんがいろんな方々と一緒に活動してるじゃないですか。そうすると発想が一つに籠らないというか、自己満足の領域で終わらずにいられるんですよね。
―相対性理論ってそういう個々の集まりなんですね。決して運命共同体的なバンドではない。
永井:ないです。グループの中だけで閉じてしまわないように、メンバーは皆やりたいことは全部やるようにしています。それに「相対性理論っぽさ」みたいな縛りもないと思ってます。「この曲は相対性理論でやらなきゃダメ」とかもないし。
相対性理論が色々間違った感じに捉えられて残念っていうのはありました
―相対性にしてもSCLLにしても歌が中心にあるバンドで、今回に関しても歌や歌詞を中心に考えたというお話でしたが、歌もののポップスに対するこだわりが強いんでしょうか? それとも、たまたま今回がそうだっただけ?
永井:(歌もの以外への興味も)全然ありますね。音楽小僧だったので、今までずっと好きだった人と共演できたり、一緒に何かやれるのはすごく嬉しくて、ボーカルじゃなくても、ギタリストだと大友(良英)さんと共演できたのは嬉しかったし、ムーンライダーズ、YMOもそうだし。自分が聴いてきた音楽を作っていた人たちと直接話せる、意見の交換をさせてもらえるのはかなり幸福です。
―今回のプロデュースのことを誰かと話したりとかは?
永井:してないですね。ただ、困ったときに色々助けてもらえる人と知り合いになれたのは嬉しいです。
―今回の経験は相対性理論にどのようにフィードバックされると思いますか?
永井:今回は誰か他の人がいて「これでいいんじゃない」とか「これはないでしょ」みたいのがなかった分、自分だけで完成予測の計算をして作る部分が多かった。それは相対性理論における創作でのバランス感覚にも、だいぶ役立てられるものだと思います。
―なるほど。今日の話は相対性理論の中で見えにくかった永井さん自身の創作に対する姿勢が見えてすごく面白かったです。
永井:相対性理論が色々間違った感じに捉えられていて、残念っていうのは正直ありましたね。あまりにも事実からかけ離れたことをたくさん言われたりもして。意図せずして、自分たちでバイアスをかけちゃったところもあるかもしれないから。
―「事務所の戦略」みたいに見る人もいますからね。
永井:SCLLも、基本的に事務所主導ではなく、本人発信で活動なさっているっていうのは尊敬できます。相対性理論も「謎の存在」や「ブレーンに操られた存在」などではなくて、「やくしまる、永井、真部、西浦」の4人が自分たち自身でプロデュースをして作り上げているものなので、その中で自分も面白いものを作れる一員として発展できればなと思います。
―その認識の差はこれから解消されていくと思います。それこそ、今回を契機に。
永井:そうなってくれると嬉しいです。
―じゃあ最後に相対性理論の新作に関してもちょっとだけ教えてもらえますか?
永井:『シフォン主義』の時代から演奏してきた曲から、つい最近できた曲まで入ってます。今回の経験を含めた、メンバーがそれぞれ個人として別々に吸収したアイデアがうまくアウトプット出来た作品になっていると思います。
- リリース情報
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- Spangle call Lilli line
『dreamer』 -
2010年3月17日発売
価格:1,000円(税込)
PECF-1016 felicity cap-991 .dreamer
2. dreamer(other arrange ver.)
3. nano(Hiroshi Kwanabe Remix)
4. nano(Piano mix)
- Spangle call Lilli line
- イベント情報
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- Spangle call Lilli line live 2010
『so you do anything you like』 -
2010年6月5日(土)OPEN 18:30 START 19:30
会場:恵比寿LIQUIDROOM
料金:前売4,000円(ドリンク別)当日4,500円(ドリンク別)
- Spangle call Lilli line live 2010
- プロフィール
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- 永井聖一
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1983年東京生まれ。「相対性理論」のギタリストの他、作曲、作詞、プロデュースワークなどを行う。
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