2024 12/20
著者に聞く

『就職氷河期世代』/近藤絢子インタビュー

バブル崩壊後の不況に直面した就職氷河期世代。1993~2004年に高校や大学等を卒業したこの世代は未曾有の就職難のなか社会に出て、現在30代終わりから50代前半になっている。不況がこの世代に与えた影響は大きく、2024年10月の衆議院議員選挙でも論点の一つとなった。この世代について、経済学の観点から分析した『就職氷河期世代 データで読み解く所得・家族形成・格差』が反響を呼んでいる。著者の近藤絢子さんに話を聞いた。

――刊行から1ヵ月も経たずに重版が決まるなど、本書は好評を博しています。反響をどのように感じていますか。

近藤:多くの方に手に取っていただけて大変ありがたく思っています。実は、アマゾンなどのレビューやSNS上の反応は怖くてあえて見ないようにしているのですが、同業の知り合いから評価する感想を直接いただいたり書評を書いていただいたりして感謝しています。

あと、特にうれしかったのが、厚生労働省でヒアリングを受けた際、まだ発売直後なのに参加者の多くが読んできてくれていて、「現場で感じていた違和感がしっかりデータで示されていた」とおしゃっていただけたことです。

――「あとがき」に書かれていたように、近藤さんご自身も就職氷河期世代の一人です。このテーマへの思い入れはやはり強かったでしょうか。

近藤:そもそも労働経済学に興味を持つようになったきっかけが、就職氷河期を招いた不況への疑問だったので、思い入れは強いです。濃淡はありますが、大学院に進学してからの約20年ずっと関心はありました。

――一方で、この世代の「不遇」が実際以上に強調されすぎてはいないか。そういった思いもあったそうです。何かギャップ、違和感を抱いたきっかけはあったのでしょうか。

近藤:本書を書き始めた2019年当時抱いていた違和感は2つあって、1つめは「氷河期対策というとすぐにニートやひきこもりの社会復帰支援がでてくるけど、ニートやひきこもりってそんなに多いのかな?」ということ、2つめが「氷河期世代だけがつらいように言われているけど、もっと若い世代も同じくらい大変なんじゃないかな?」ということでした。

1つめについては、本書の第4章で詳しくデータをお見せしていますが、データをみてみたら、ニートや親と同居する無業者・不安定雇用者は、自分が思っていた以上に増えていて、しかも下の世代でさらに増えているという結果でした。この点については本を書きながら自分自身も認識を改めていったところです。

2つめについては、2016年に連合総研のプロジェクトで、氷河期世代より下の世代の置かれている状況が案外悪いことを、既に少しだけデータで見ていたために抱いた違和感でした。第1章で詳しく分析していますが、私が思っていた以上に悪かったです。

――就職氷河期世代に続く後の世代も雇用が不安定で、年収が低かったというのは本書のポイントのひとつですね。本書では、バブル世代(1987-92年卒)、氷河期前期世代(93-98年卒)、氷河期後期世代(99-2004年卒)、ポスト氷河期世代(05-09年卒)、リーマン震災世代(10-13年卒)、と世代を分けて分析しています。

近藤:はい。氷河期が終わって売り手市場だったと思われていたポスト氷河期世代のほうが、氷河期前期世代よりむしろ厳しかったというのは本書で指摘したかったポイントの一つです。
私の周りでも、ポスト氷河期世代の知人から、「10歳くらい上の人(つまり氷河期前期世代)に『私たちのころは大変だったけどあなたたちは…』と言われるけどそんなことなかった!」という声があがっています。(笑)

リーマン・震災世代が社会に出た時期は、リーマンショック以降の世界同時不況に東日本大震災が追い打ちをかけて非常に厳しい状況でしたので、その当時は就職氷河期の再来を懸念する声もあったのですが、なんとなく最近は忘れ去られている気がしていました。

――そして、氷河期後期世代が、実は団塊ジュニア世代よりも子供を多く産んでいた、という指摘には驚かされました。

近藤:私も驚きました。もともとは、出生率の低下は氷河期世代が生まれる前から始まっていたのだ、ということは言おうと思っていて、少なくとも、他の世代に比べて低下が加速しているわけではない、くらいは示せるかなと思ってデータをそろえてグラフを作ってみたら、当初の予想を超えて氷河期後期世代の出生率が微増に転じていたのです。

ただ、あとになって、国立社会保障人口問題研究所がすでに同じような図を作って公開しており、1980年前後のコーホート(出生年が同じ人口集団)の出生率が高いことは人口学者の間では既に知られていた事実だったということを知りました。

――2024年10月の衆議院議員選挙でも、就職氷河期世代への支援が論議の1テーマになっていました。本書でも提言をしていますが、特に伝えたいことは何でしょうか。

近藤:氷河期世代は24年現在、30代終わりから50代前半になっています。もはや就労支援だけではどうにもならない年齢に来ているので、社会保障のほうを変えていく必要があるということです。

もともと日本は、先進国の中でも現役世代の世代内の所得再分配が非常に薄くて、しかも所得再分配に対する国民の抵抗感も大きい国です。10月の衆議院選挙を見ていると、最近さらにその傾向が強まっているようにも思えます。

氷河期世代は今働き盛りの年齢で、この世代であっても当然、社会的・経済的な地位が高い人がそれなりにはいるわけです。しかし、その人たちが「自分たちは不遇な時代でもがんばってこれだけの収入を得られるようになったのだから、そこから国が税金や社会保険料をさらに取っていかないでくれ」と所得再分配を疎む感じになってきているのが気になっています。本人たちがそう感じるのは当然のことではあるのですが、政治がそうした声に忖度しすぎて必要な改革が進まなくなるのは怖いなと思います。

――ところで、近藤さんは中学・高校生の時代に、バブル崩壊、そして景気の低迷に疑問を持ち、経済学への道を志したそうです。中学生にして複雑な経済に興味を抱かれるとは、さすがです。

近藤:中学のときに通っていた塾は、先生たちのほとんどがアルバイトの大学生だったのですが、彼らが真っ青な顔をして就活の話をしていたのが最初のきっかけでした。中学を卒業したのが1994年なので、ちょうど「就職氷河期」という言葉が生まれて流行語になった時期です。

あと、公立中学から、生徒の半数が附属小学校から内部進学する高校に進み、15歳にして階層間格差みたいなものが見えてしまったのも、後の進路に影響していると思います。

――SNS上で、経済学、社会科学の研究職は、女性にとってワークライフバランスの取りやすい職種だとお薦めされていました。おススメのポイントを教えてください。

近藤:その時にSNSで流れていた文脈が、「東大卒女子の進路」というものでしたので、あくまでバリキャリの総合職とか理系の研究者などと比べて、という留保はつきます。けれど、経済学をはじめとする社会科学の研究職は、スケジュールや仕事量を自分でコントロールできる度合が強いので、子育てとの両立は比較的しやすいように思います。また、そういう職種であるせいか、男性の同僚でも育児にコミットしている人がかなり多いので、職場の理解も得やすいです。

もちろん、雇用主である大学が求める授業や大学運営業務については決まった仕事はこなさないといけません。ですが、それ以外の研究活動や原稿執筆や講演の依頼なんかは何をどこまでやるか自分で決められます。理系の場合は実験の都合で時間が拘束されたりするようですがそういうこともないですし、裁量労働制で、在宅でできる仕事も多いので、時間と場所の融通もききます。とにかく締め切りまでにアウトプットが出せればいつどこで仕事してもいいのはありがたいです。

とはいえ、そもそも研究が好きじゃないとできない仕事ですので、自分で言っておいてなんですが、ワークライフバランスがいいからという動機だけで研究者を目指すのは無理がありますね(笑)それでも、もし社会科学系の研究自体に興味があるけど「家庭と両立できるかな…」と悩んでいる人がいたら「それは大丈夫!」と言いたいですね。

――今後、手がけたいテーマは、どのようなものでしょうか。

近藤:とりあえずしばらくは、具体的な問いに対してきちんと統計的因果推論の手法をつかって答えるタイプの研究に戻りたいなと思っています。かなり具体的で絞った問いをたてないと論文にならないので、狭く深いものをいくつか同時並行的にやっている感じなのですが、最近の傾向として、最近話題の「年収の壁」とか、子どもを持つことによって生じる社会的・経済的に不利な状況「チャイルドペナルティ」とか、女性の労働供給に関わるものが多くなっているので、今の私は何となくそこに興味があるのかなと思います。でもまたすぐ興味が移るかもしれません。

近藤絢子(こんどう・あやこ)

1979年生まれ.2001年東京大学経済学部卒,2009年コロンビア大学大学院博士課程(経済学)修了.Ph.D. 大阪大学講師,法政大学准教授,横浜国立大学准教授を経て,2016年より東京大学社会科学研究所准教授,2020年4月より東京大学社会科学研究所教授.専門は労働経済学.2023年日本学士院学術奨励賞受賞.2024年円城寺次郎記念賞受賞.共著に『人手不足なのになぜ賃金が上がらないのか』(慶應義塾大学出版会,2017年),『日本の労働市場』(有斐閣,2017年)など.