人生の最終段階でどのような対応をしてもらうことを望むのか、家族ら大事な人たちと話し合っておくことに、「人生会議」と愛称をつけた厚労省。
その「人生会議」を広めようと作られ、11月25日に公表されたPRポスターが、がん患者団体や遺族から猛反発を受けています。
何が問題だったのでしょうか?
死にゆく人が家族に不満をぶちまける内容
ポスターは「人生会議」のキャンペーン事業を受注した吉本興業が作成し、「人生会議」という愛称の選定委員にもなったお笑いタレントの小籔千豊さんを起用しています。小籔さんは50代だった母親を亡くした経験があります。
ポスターでは、小籔さんが死を目前とした患者として酸素チューブを鼻につけ、ベッドに横たわりながら、心の声を明かしている内容になっています。
青ざめた暗いイメージで撮られた写真に重ねられているのは、自身の望みを伝えることができなかった家族に対する不満の言葉です。
まてまてまて
俺の人生ここで終わり?
大事なこと何にも伝えてなかったわ
それとおとん、俺が意識ないと思って
隣のベッドの人にずっと喋りかけてたけど
全然笑ってないやん。
声は聞こえてるねん。
はっず!
病院でおとんのすべった話聞くなら
家で嫁と子どもとゆっくりしときたかったわ
ほんまええ加減にしいや
あーあ、もっと早く言うといたら良かった!
こうなる前に、みんな
「人生会議」しとこ
小籔さんの胸の上には、心電図モニターのような波状の線が平らになったところが重ねられており、死の直前であることを強く匂わせています。
がん患者団体が抗議 「当事者や患者の心情を配慮していない」
これに対し、がん患者の仲間や家族へ相談支援を行なっている卵巣がん体験者の会「スマイリー」代表の片木美穂さんは、11月25日、作成した厚労省の医政局長や地域医療計画課在宅医療推進室長、PRポスター担当者あてに、抗議の文書を送付しました。
「『人生会議』のPRポスターについて改善のお願い」と題した抗議文書の中で、片木さんはまず、
「がん=死」を連想させるようなデザインだけでもナンセンスだと思いますが、このような強い後悔を感じさせる恐怖感を与えることで本当に「人生会議」をしようと思うのでしょうか?これを目にする治療に苦慮する患者さんや残された時間がそう長くないと感じている患者さんの気持ちを考えましたか?
と訴えます。
これについてBuzzFeed Japan Medicalの取材に答えた片木さんは、「青ざめた色味や鼻のチューブで、がん=死のイメージを濃厚に漂わせていますが、これを治療中の患者さんがどれほど不安な気持ちになるか全く考えなかったのでしょうか? 『いずれこうなるのではないか?』という恐怖心を抱かせてどうするのでしょうか?」と問いかけます。
また、死ぬ直前の人が家族の言動を非難した内容に、「病院で死ぬ人を見たことがあるのでしょうか? 家族は大事な人の死を受け止めるのに必死で、患者さんに声をかけ、足をさすって必死になっている時間です。最後の大事な時を茶化されているようで不快です」と語ります。
どれだけしても後悔する遺族の気持ちを考えたか?
さらに、抗議文ではこうも書いています。
そしてもっと患者と話をすれば良かったと深い悲しみにあるご遺族のお気持ちを考えましたか?患者が旅立つ際に医療機関や在宅の場で立ち会うこともあり、どれだけ家族で話し合っていたとしてもご遺族が「もっと話し合っておけば」と悔やまれ深い悲しみを感じておられる姿を見てきています。
片木さんは、「どれだけ話し合ってきた家族であっても、後悔を抱かない人は少ない」と遺族の心情を思い、ポスターの文言が無神経だと憤ります。
「どれだけ話していても、『もっと聞いてあげれば良かった』『結局は本音を言えなかったんじゃないか』『もっと話をしたかった』と後悔を抱くことが多いのに、話し合いの大切さを強調するために、懲罰的な言葉や脅迫的な手法を使えば、傷つく遺族がいるでしょう」
がん患者の遺族も手書きで抗議文
すい臓がんで夫を亡くした経験がある石森恵美さんも、このポスターについて、厚労省に手書きの抗議の手紙を送りました。
取材に対し石森さんは、このポスターを見たときの第一印象を、「呆れた」という一言で表します。
「闘病中の患者さんやサバイバー、遺族など様々な立場があるでしょうけれども、立場を外して考えたとしても、これは『人生会議』という言葉で広めたいものが全く伝わらない内容になっています。本来、どんな風に最後まで生きたいかを患者や家族、医療者で共有し合うためのものだったはずです。誤解をもって伝われば、最終的に患者さんや家族を傷つけることにもつながります」
石森さんは死について語るのに、笑いや冗談の風味がまぶされていることにも違和感を抱きます。
「死や死にゆく人を茶化すような表現は、関西弁を使ったり、お笑いの人が登場したりしていることを考えてもおかしいですし、関西の人だって死や病気になって生きることに真剣に向き合っているはずです」
「小藪さんのファンの子どもたちがこれを見て、誤解してしまうのが怖いです。表面だけみて、笑いや薄っぺらい誤解のもとに患者と家族の関係を捉えてしまったらどうするのでしょうか?」
「一方で、脅しやネガティブな表現で、人生会議を広めようとしていることも気になります。誰に伝えたいのか、人生会議の主語がこのポスターではわからないこともモヤモヤします。病院などに掲示されて目にした時に、誰が何を誰と話し合うのか、きっと伝わらないでしょう」
厚労省「見た人の受け止め方と伝えたいものに齟齬があるのかもしれない」
厚労省の在宅医療推進室に取材したところ、今回のポスターについてはTwitterなどで批判の声が数多くあがっていることを把握しているが、今のところ、直接、届いている抗議文は2通のみだといいます。
「見た人の受け止め方は様々ですし、我々の伝えたかったことと齟齬があるようなので丁寧に説明する必要があると感じています。我々が普及啓発したかったことは、人生の最終段階でどのような医療ケアを受けたいかを話し合っておけば、本人の望むケアが受けられるということです。それは望ましいことのはずです」
「人生会議」の普及啓発事業は、吉本興業に一括委託しており、今回のポスターや同時に作られた動画の画像や文言などは吉本側の提案を、課長、室長までがチェックして完成したといいます。外部の委員などには事前に見せていません。
都道府県や市町村に配布する予定で、公立病院に貼られる可能性も考えた上での検討だったといいます。
茶化しており、患者や家族の心情に配慮がないのではないかという指摘については、「笑わせようという意図があったわけではない。今回の場合は、最後はゆっくり自宅で過ごしたかったのに話し合っていなかったから叶わなかったというところが伝えたかったメッセージ。患者や家族を傷つけようという意図はなかったが、伝えたいメッセージが伝わっていないということも含め、様々な批判の声を受けて、今後どう対応するかは考えたい」と話しています。
小藪さんが登場する同じ内容の動画も近日公開予定ですが、この取り扱いについてもどうするかは決めていないといいます。
そもそも「人生会議」何を目指しているの?
そもそもこの「人生会議」、最初に愛称が決まった時も、がん患者団体からは違和感を抱く声が多く聞かれていました。
その違和感の正体が、今回のポスターでますますはっきりしたと話すのは片木さんです。
「家族と話し合う内容が、どうやって死ぬのか、となっているのに違和感があるのです。患者の立場になれば、どうやって死ぬかを話し合いたいのではない。その瞬間までどう生きるか、どう過ごしたいかということを話したいのに、『死』に焦点が当てられているのです」
そして、もし死の直前の対応だけを話し合っていたとしても、必ずしも希望通りにいくわけではないと指摘します。
「在宅で過ごすことを希望しても、呼吸苦がひどくなれば入院せざるを得ませんし、臨機応変に過ごさざるを得ないのが最終段階の現実です。患者さんや家族が何を大切にしているのか、その時々での最善を選択するために医療者と信頼関係を作りながら徐々に語り合っておくことが必要なことであって、希望を話しておけばそれが叶えられるという短絡的な話ではないはずです」
さらに「人生会議」の啓発キャンペーンで、医療現場に弊害も生まれ始めていると言います。
「いよいよ体調が悪化した患者さんにそれまで面識のない看護師が、『どこで死にたいですか?』といきなり質問してきたという話も聞きました。主治医が自分の患者に『どう死にたいか』アンケートを取って、学会発表をしたという話も聞きます」
「刻々と状況が変わる人間相手に、機械的に最終段階の希望を聞いておくのが『人生会議』の目指すものではないはずです。今回のポスターも含め、もう一度、患者や家族が最後まで自分らしく生きるために何が必要なのか、考え直していただきたいと思います」