任天堂「マリカー」訴訟、知財高裁の中間判決が示したゲーム名・キャラクターの許されない使用とは?

知的財産権・エンタメ
松澤 邦典弁護士 弁護士法人御堂筋法律事務所

目次

  1. 中間判決とは
  2. 中間判決の主要な論点は3つ
  3. 「マリカー」や「MariCar」などの文字(マーク)の使用差止・抹消の範囲
  4. 「maricar」を含むドメイン名の使用差止・登録抹消の範囲
  5. MARIモビリティ開発の代表取締役に対する損害賠償請求の可否
  6. キャラクターの複製や翻案などの著作権侵害にもとづく差止め
  7. 今回の中間判決で生じる影響

「マリオカート」シリーズなどのゲームソフトの開発・製造を手がける任天堂株式会社が、公道カートのレンタルサービスの株式会社MARIモビリティ開発(元商号:株式会社マリカー)とその代表取締役に対して、知的財産権の侵害行為の差止めと損害賠償を求めていた訴訟で、令和元年5月30日、知財高裁が中間判決を言い渡した 1

今後終局判決に進むか和解かにも注目が集まる中、今回の中間判決の論点や地裁との判断の違い、今後の実務への影響について、骨董通り法律事務所の福井 健策弁護士、松澤 邦典弁護士に聞いた。

中間判決とは

そもそも「中間判決」とは何ですか。

「中間判決」とは、審理の途中で、当事者間に争いのある事項について下される判決のことです(民事訴訟法245条)。その裁判所での審理はまだ完結していませんから、中間判決に対する独立の上訴はできません。これに対して、その裁判所での審理を完結させる判決のことを「終局判決」といいます(民事訴訟法243条)。中間判決には、審理を整理して終局判決を準備するという目的があります。

中間判決を出すかどうかは、裁判所の裁量にまかされています。実務上、中間判決が出される例は多くありませんが、知財訴訟では、知財高裁が地裁の判断をくつがえして特許権侵害を認めた事例において中間判決が出された先例などがあります(中空ゴルフクラブヘッド事件・知財高裁平成21年6月29日中間判決、切り餅事件・知財高裁平成23年9月7日中間判決)。

今回、知財高裁が中間判決を出したのはなぜでしょうか。

本件では、任天堂がMARIモビリティ開発を不正競争および著作権侵害で訴えていますが、東京地裁は、平成30年9月27日に任天堂の請求を一部認める判決をしました 2。その後、任天堂とMARIモビリティ開発の双方が控訴して、知財高裁における審理が行われていました。

今回の中間判決では、元の地裁判決よりも広く、任天堂の主張を認める判断が示されています。すなわち、知財高裁は、任天堂が地裁判決に不服としていた部分についても任天堂の主張を認め、その限度で地裁判決とは一部異なる判断をしています。社会的に注目度の高い事件でもあり、損害額の議論に入る前に、知財高裁の見解を明らかにしておく意味があったのでしょう。
また、この事件は、論点が多岐にわたり、各論点をめぐる当事者間の対立も激しかったことから、中間判決による審理の整理を図る効果もおそらく大きかったのではないかと思います。

中間判決の主要な論点は3つ

今回の中間判決では、どんな論点がありますか。

今回の中間判決では、本件の論点は合計で15個に整理されています。そのうち、今回の中間判決のポイントとなるのは、地裁判決に対し任天堂が不服としていた部分に対応して、主に以下の3点です。

ポイントとなる論点 任天堂が不服としていた部分
論点①:
「マリカー」や「MariCar」などの文字(マーク)の使用差止・抹消請求の範囲
外国語のみで表記されたウェブサイトおよびチラシについては、「マリカー」や「MariCar」といった文字(マーク)の使用差止・抹消を認めなかった部分
論点②:
「maricar」を含むドメイン名の使用差止・登録抹消請求の範囲
外国語のみで記載されたウェブサイトについては、「maricar」を含むドメイン名の使用差止・抹消を認めなかった部分
論点③:
MARIモビリティ開発の代表取締役に対する損害賠償請求の可否
MARIモビリティ開発の代表取締役の損害賠償責任を認めなかった部分

今回の中間判決では、15個の論点すべてについて判断が示されたわけではありません。知財高裁が今回の中間判決で判断を示した論点は15個のうち10個であり、厳密には論点①と論点②はこの10個には含まれていません。ただし、その前提となる点について重要な判断が示されたことにより、任天堂の不服申立てが実質的に認められた形となります。

「マリカー」や「MariCar」などの文字(マーク)の使用差止・抹消の範囲

論点①(「マリカー」や「MariCar」などの文字(マーク)の使用差止・抹消の範囲)について、中間判決と地裁判決との相違点を教えてください。

地裁判決では、「マリカー」の表示は、日本語を解しない者の間では周知または著名であったとはいえないとされ、外国語のみで表記されたウェブサイトおよびチラシについては、「MariCar」などの文字(マーク)の使用差止・抹消が認められませんでした。

しかし、今回の中間判決では、「マリオカート」の英語表記である「MARIO KART」の表示も国内外で著名と認定され、これと類似する「MariCar」などの文字(マーク)を使用したMARIモビリティ開発の行為は、外国語のみで記載されたウェブサイト等で用いる場合も含めて不正競争行為に該当すると認定されました。これにより、知財高裁が終局判決をする場合には、外国語のみで表記されたウェブサイト等についても、これらの文字(マーク)の差止めや抹消請求が認められると予想されます。

論点①について、他に相違点はありますか。

地裁判決と中間判決とでは、適用された不正競争防止法の規定が異なります。
地裁判決では、「マリカー」の表示は、任天堂の人気ゲームシリーズ「マリオカート」を意味し、日本全国のゲームに関心がある者の間で周知であり、任天堂が関係している事業との混同が生じるおそれがあるとして、不正競争防止法2条1項1号(混同惹起行為)に違反するとされました。

これに対して、今回の中間判決では、「マリオカート」の表示は国内で、「MARIO KART」の表示は国内外で、それぞれ著名であるとして、不正競争防止法2条1項2号(著名表示冒用行為)に違反するとされました。「著名」とは、「周知」よりも知名度が高いことを意味します。

不正競争防止法2条1項1号ではなく2号の違反とされたことには、どのような意味があるのでしょうか。

著名表示が他人に無断使用(冒用)されると、たとえ混同を生じない場合であっても、冒用者は営業努力を払うことなく著名表示の有している顧客吸引力に「ただ乗り(フリーライド)」することができる一方で、長年の営業努力により高い信用・名声・評判を有するに至った著名表示とそれを本来使用してきた者との結びつきが薄められる(希釈化、ダイリュージョン)ことになります。

不正競争防止法2条1項2号は、このようなフリーライドやダイリューションから著名表示を保護するための規定であり、混同のおそれは不要とされています。
MARIモビリティ開発は、カートの車体などに「任天堂は無関係」といった打ち消し表示を行っていることなどから、混同のおそれが生じる余地はないといった主張をしていました。

マリカー

MARIモビリティ開発のカートの車体には、「任天堂は無関係」といった打ち消し表示のステッカーが貼られていた

この点について、知財高裁は、不正競争防止法2条1項2号では混同のおそれは不要とされていることから、MARIモビリティ開発が打ち消し表示を行っていることは、同社の不正競争防止法違反を否定する事情ではないとしています。このように、知財高裁が同項2号違反を認めたことは、打ち消し表示が不正競争防止法違反の結論を左右しないという重要ポイントにも関わる判断であったと考えられます。

「maricar」を含むドメイン名の使用差止・登録抹消の範囲

論点②(「maricar」を含むドメイン名の使用差止・登録抹消の範囲)について、中間判決と地裁判決との相違点を教えてください。

地裁判決では、「マリカー」の表示は、日本語を解しない者の間では周知ではなく、「maricar」を含むドメイン名を外国語のみで記載されたウェブサイトに用いる場合には、任天堂の営業上の利益を侵害せず、差止めは認められないとされていました。

しかし、今回の中間判決では、「maricar」が国内外で著名な「MARIO KART」表示と類似することから、任天堂の営業上の利益を侵害するものと判断しました。これにより、知財高裁が終局判決をする場合には、外国語のみで記載されたウェブサイトに用いる場合の差止めおよびこれに用いられるドメイン名の登録抹消請求も認められることになると考えられます。

MARIモビリティ開発の代表取締役に対する損害賠償請求の可否

論点③(MARIモビリティ開発の代表取締役に対する損害賠償請求の可否)について、中間判決と地裁判決との相違点を教えてください。

会社法429条1項は、会社の役員がその職務を行うにあたって悪意または重大な過失があったときは、第三者に対する損害賠償責任を負うと規定しています。任天堂は、この規定に基づいて、MARIモビリティ開発の代表取締役個人の損害賠償責任を追及しています。
この点について、地裁判決では、同社の代表取締役は不正競争または著作権侵害に当たると認識していたとは認められないなどとして、代表取締役個人に対する損害賠償請求は棄却されました。

しかし、今回の中間判決では、取締役には会社が不正競争行為を行わないようにする義務があり、同社の代表取締役にはそのような義務を違反した点について悪意または少なくとも重大な過失があるとして、代表取締役個人に対する損害賠償請求も認められました。

ポイントとなる論点 東京地裁
平成30年9月27日判決
知財高裁
令和元年5月30日中間判決
知財高裁の終局判決
(予想)
論点①:
「マリカー」や「MariCar」などの文字(マーク)の使用差止・抹消請求の範囲
  • 「マリカー」の表示は、日本全国のゲームに関心がある者の間で周知であるが、日本語を解しない者の間では周知または著名であったとはいえない。
  • 外国語のみで表記されたウェブサイトおよびチラシで用いる場合を除き、不正競争防止法2条1項1号(混同惹起行為)に該当する。
  • 「マリオカート」の表示は国内で、「MARIO KART」の表示は国内外で、それぞれ著名である。
  • 外国語のみで記載されたウェブサイト等で用いる場合も含めて、不正競争防止法2条1項2号(著名表示冒用行為)に該当する。
  • 外国語のみで表記されたウェブサイト等についても、左記の文字(マーク)の差止めや抹消請求が認められる。
論点②:
「maricar」を含むドメイン名の使用差止・登録抹消請求の範囲
  • 「マリカー」の表示は、日本語を解しない者の間では周知ではない。
  • 「maricar」を含むドメイン名を外国語のみで記載されたウェブサイトに用いる場合には、任天堂の営業上の利益を侵害せず、差止めは認められない。
  • 「maricar」が国内外で著名な「MARIO
    KART」表示と類似することから、任天堂の営業上の利益を侵害する。
  • 外国語のみで記載されたウェブサイトに用いる場合の差止めおよびこれに用いられるドメイン名の登録抹消請求も認められる。
論点③:
MARIモビリティ開発の代表取締役に対する損害賠償請求の可否
  • 同社の代表取締役は不正競争または著作権侵害に当たると認識していたとは認められない。
  • 代表取締役個人に対する損害賠償請求は棄却。
  • 同社の代表取締役には会社が不正競争行為を行わないようにする義務に違反した点について悪意または少なくとも重大な過失がある。
  • 代表取締役個人に対する損害賠償請求も認められる。
  • 同社の代表取締役は同社と連帯して損害賠償責任を負う(中間判決の内容を前提として、損害額などの審理が行われる)

キャラクターの複製や翻案などの著作権侵害にもとづく差止め

著作権侵害は論点にならなかったのでしょうか。

任天堂は、著作権を有する「マリオ」「ルイージ」「ヨッシー」「クッパ」の4キャラクターについて、その複製や翻案などの差止めを請求しましたが、東京地裁は、差止対象の行為が具体的に特定されておらず、この請求は認められないとしました。この点については、任天堂は特に不服申立てをしなかったようであり、知財高裁での審理対象とはなっていません。

知財高裁では、むしろMARIモビリティ開発の方から、4キャラクターのコスチュームを着用した人物の写真をウェブサイトに掲載する行為について、以下のような写真からは4キャラクターの表現上の特徴をみてとることができず、著作権侵害ではないとして、任天堂が当該行為の差止請求権を有しないことの確認を求める反訴が提起されました。

任天堂が著作権を有する4キャラクターのコスチュームを着用した人物の写真(知財高裁令和元年5月30日中間判決・ 平成30(ネ)10081等の判決文より加工・引用)

任天堂が著作権を有する4キャラクターのコスチュームを着用した人物の写真
知財高裁令和元年5月30日中間判決・ 平成30(ネ)10081等の判決文より加工・引用)

控訴審での反訴提起には原則として相手方の同意が必要とされているところ(民事訴訟法300条1項)、任天堂は、MARIモビリティ開発の反訴提起には同意せず、同社の反訴提起は訴訟手続を遅延させるものであるなどと反論しました。

このような反訴が可能であるかは、知財高裁での論点の1つとなっていますが、結論として、任天堂の同意のない反訴提起は認められないとの判断が中間判決で示されました。いわゆるコスプレが著作権侵害に当たるかどうかについては、高裁ではあえて土俵には上がらないという任天堂の対応を裁判所が認めたと言えそうです。

今回の中間判決で生じる影響

これから最終的な判決に向けて、どのような検討がされるのでしょうか。

中間判決の内容を前提として、損害額などの審理が行われることになります。

賠償額については、任天堂は、控訴審において、損害賠償の請求額を1000万円から5000万円に増額しています。もともと任天堂が一審で請求していた1000万円もいわゆる「一部請求」であり、任天堂が主張する損害額の全額を請求したものではありません。任天堂は、一審では損害額を7490万円と主張し、そのうちの1000万円を請求していました。控訴審では、任天堂は、MARIモビリティ開発の営業継続も考慮して、損害額を1億1660万円と主張し、そのうちの5000万円を請求しています。

東京地裁は、任天堂の一審での請求額をわずかに上回る1026万4609円を任天堂の損害額と認定しました。今後、控訴審で和解が成立せず、知財高裁が終局判決をする場合には、控訴審での賠償額が注目されます。

今回の中間判決を受けて、今後の企業の実務において、どういった影響がありますか。

「マリカー」のような略称について、どこまで防衛的に商標を取得するかは、(対象が無限に増えては維持費も青天井になるため)企業のブランド管理において悩ましい問題かと思います。商標を取得していない場合でも、周知または著名な表示を保護するのが不正競争防止法であり、今回の中間判決において、地裁判決よりさらに広い範囲で不正競争防止法による保護が認められたことは、今後の企業のブランド管理において1つの考慮要素になるでしょう。

ビジネスから、先人の成果へのフリーライド(ただ乗り)の要素を完全に排除することは非現実的です。そんな企業に競争力はないでしょう。他方、あまりに悪質なフリーライドとみなされれば、今回の中間判決のように、取締役個人が責任を追及されるリスクさえあります。自社のビジネスから知的財産権の侵害や不正競争防止法の違反に当たるリスクをゼロにしようとするのではなく、そのリスクがどこまで大きいか、十分な検討と戦略が必要です。

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