
ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)が躍進している。入園者数は2022年23年と2年連続で世界3位(米テーマエンターテインメント協会調べ)。これはユニバーサル・スタジオの“本家”であるアメリカや、東京ディズニーランドを上回る。
世界から客を集めるUSJだが、地元・関西へのフォーカスや漫画・アニメIPとのコラボなど、日本独自の経営が成長の源泉だ。
参考記事:USJ副社長「統一された世界観のテーマパーク、息苦しい」。常識覆す“日本流”で世界から集客
一方で、その成長はどのような人たちによって支えられているのだろうか。
東京の大企業を蹴ってUSJで働くことを選ぶ人たち、台湾・韓国などワーキングホリデー制度を活用した外国人人材の採用、テックカンパニーとしての存在感など、「訪れる場所から働く場所」としての存在感を増すUSJの人材戦略に迫った。
関西以外からも採用へ「東京と横浜は今後の主戦場」
人手不足に悩むテーマパークが多い中、USJはアルバイトスタッフの採用方針を大きく転換した。
関西に住む大学生が主な担い手だったところに、「関西以外の遠方に住む人」「外国人」「60歳以上のシニア」を新たな軸として据えたのだ。
遠方採用としては2023年に愛媛県、岡山県、愛知県、福岡県などで採用選考会を開き、約100人を採用。24年も関西以外から100人ほどの採用を見込んでおり、夏には東京都、神奈川県横浜市で選考会を実施した。ユー・エス・ジェイ人事本部長の田口雅子氏は、
「東京や横浜は今後も我々の採用における主戦場になると思います」
と意気込む。東京や横浜の選考会には「現在正社員として働いているが、USJでならアルバイトでも働きたい」「これを機に関西にUターン就職したい」という人も。
即戦力になる人材も多かったそうで、
「我々の狙いの1つでもありましたが、関東近郊のテーマパークで働いていた方からの応募もありました」(田口氏)
大阪府への引越しが前提のため、住宅を下見するための交通費や宿泊費、敷金礼金や引越し代、家賃の一部を補助するなど、金銭面でも手厚いサポートで応募を後押しする。
韓国や台湾でワーホリ採用「日本の漫画アニメ好き」集まる

加えてユニークなのが、ワーキングホリデー制度を活用した外国人の採用だ。
2023年には台湾で説明会を開催し、16人を採用。24年には台湾に加えて韓国でも説明会を実施し、台湾から40人、韓国から30人と10月末までに70人を迎え入れた。
韓国は今回が初めての採用となったが、韓国語と英語と日本語のトリリンガルの応募者も多かったという。
「来園者のうち3〜4割を海外からの旅行者が占める現状において、日々のゲスト対応のみならず、パーク全体のサービスレベルの向上に大きく貢献してくれると期待しています。インクルーシブなテーマパーク運営をするには、園内放送1つとっても、外国人当事者の意見を聞くことがとても大切なんです」(田口氏)
応募者の動機としては、「日本の漫画やアニメが好き」ということ、そして「日本流のおもてなしを学びたい」という2つの共通点があったそうだ。USJは日本発の漫画・アニメIPとコラボしたアトラクションやショーが多く、うってつけというわけだ。
2025年以降はさらに拡大し、ワーキングホリデーだけで100人超の採用を目指す。
さらに、ワーキングホリデーは基本的に1年間の雇用だが、引き続きUSJで働くことを希望する人には、USJが就労ビザへの切り替えをサポートするなど、長期的なキャリアを築ける環境の整備を進めているという。
万博を控えたUSJが目指す「筋肉質な組織」とは

そもそもなぜこうした採用戦略に舵を切ったのか。田口氏がユー・エス・ジェイに入社した2023年はアルバイトスタッフの6割超が学生で、3〜4年で辞める人が多く、卒業シーズンの3月には人手不足に陥っていたのだ。
田口氏は「引き続き学生の皆さんのお力もお借りします」と前置きした上で、言う。
「ありがたいことに今のUSJには閑散期がなく、1年を通して安定した労働力を確保する必要がありました。
また少子高齢化が進む日本の状況に加えて、大阪は万博も控えています。関西近郊の若者という1つの限られたパイを、たくさんの企業で奪い合う構図を脱したかった。
目指すのは“筋肉質な”組織です」(田口氏)
「スタッフの人数は多いが1人1人が働ける日数や時間は限られている」状態から、「少人数でも時間も期間も長く働いてもらえる」環境を整備しようと、試行錯誤している最中だという。
食堂の充実と身だしなみの緩和で働きやすさUPへ
そのために力を入れるのが、待遇の改善だ。
社員やアルバイトスタッフが利用できる従業員食堂は全部で6つ。外注していた運営は23年に全て内製化した。メニューの開発から調理、提供までを自社の従業員が担当することにより、利用率も満足度も上がったという。
色とりどりの野菜が並ぶサラダバーに、ヘルシーなものからガッツリメニューまで幅広く取り揃えた日替わり定食は1食360円。パークの営業終了後にメンテナンスを担当するスタッフらのため、深夜の営業も始めた。
21年には身だしなみ規定も改訂。男女で異なっていたルールを統一した上で、メイクや髪色の規定を緩和し、ボディピアスやタトゥは制服で見えない場所に限って許可するとした。
「2023年度からワードローブ(※制服)をユニセックス化し、スカートかパンツか選べるようにしたのですが、多くの女性がパンツスタイルを選びました。私もきっとそうすると思います。LGBTQ+の方々を想定しての施策でしたが、結果として多くの人にとって心地よく、自分らしく働くための選択肢を提供できた。こういうことを1つずつ、今後も続けていきたいと考えています」(田口氏)
家族のための休暇、それって公平ですか?
もちろん正社員に対しても待遇改善を進める。2023年には月額給与を平均6%引き上げており(日経新聞2023年2月20日)、「報酬で報いることは重要だ」(田口氏)と話す。一方で、
「お金ってすごく足が早いものだと思うんです。たとえば昇給があった月は嬉しいけれども、翌月からはそれが当たり前になってしまう。体感できる価値がどんどん減っていくんです。 なので人材投資のうち、報酬以外に投資することも重要だと考えています。その1つが福利厚生です。選び続けてもらう企業であるためには、従業員に日頃から『会社から大切にされている、ケアされている』と感じてもらう必要があります」(田口氏)
前述の食堂も福利厚生を充実させた例の1つだが、田口氏が24年の9月に実施したのが、「特別休暇の取得条件の緩和」だ。それまでは特別休暇を利用するには、子どもの病気や親の介護などの条件があったが、家族構成やシチュエーションを問わず取得できるようにしたという。
「従来の制度は伝統的な家族の形を想定したもので、子どものいない人には利用しにくい制度でした。
人生の中で休暇が必要なタイミングって、人それぞれですよね。たとえば私の場合は、ペットが病気になったときに利用できる休暇が欲しい。ペットも家族ですから。
USJは幅広い職種があって、まるで1つの街のようなんです。当然、働く人にも多様なライフスタイルがある。休暇の取りやすさに不均衡があってはいけないと考えました」(田口氏)
“テックカンパニー”としてのUSJを知って欲しい
2023年からは「新卒」採用も強化している。これまでは必要なときに必要なスキルを持つ人材を中途採用で確保してきたが、「これからのUSJには、人を育てることができる組織の強さが必要になる」と田口氏は言う。
現在の中途と新卒の割合は6:4ほどだが、新卒の比率を高めるべく、年間数百人単位での採用を目指す。
加えて注力するのが、IT・デジタル人材の採用だ。USJではパーク内のアトラクションにテクノロジーを駆使するのはもちろん、
「お客様がパークに来る計画を立てる段階から家に帰るまでの一連のカスタマージャーニーの中で、どこに改善の余地があって、どうやったらサービスの質を上げることができるのか? プロジェクトを立ち上げて見直している最中です。
その中でITは大きなドライバーになります」(田口氏)
23年から増員を進めてきたITやデジタルに関連する部署は、現在60人ほどが所属する。今後も拡大し、ユニバーサル・スタジオの運営母体である米ディスティネーション&エクスペリエンスと技術面での連携も強化していくという。
「ITのど真ん中で活躍している方々に、転職先としてUSJが想起してもらえているかというと、まだまだそうなっていません。
私もIBM出身ですが、USJがこんなに大きなITプロジェクトを遂行しているなんて、想像もしていなかったですから。
IT部門に限ったことではないですが、USJを『訪れる場所』だけでなく、働く場所として『選ばれる企業』にすることが私の使命です」(田口氏)
東京の大企業からUSJへの転職続々「観光人材のハブへ」
取材をして驚いたのは、USJの人材の厚さだ。田口氏も前述の通りIBMのアメリカ本社やオーストラリア、シンガポールなどで活躍したグローバル人材だが、他にも前職が東京の大手IT企業や大手メーカーなど、東京での仕事があったにもかかわらず、大阪に引っ越しUSJで働くことを選んだ人も多い。
優秀な人材が、頭脳が、東京からUSJを目掛けて大阪に流入しているのだ。
ちなみに村山卓副社長も東京出身。村山氏も田口氏も、こうした動きをさらに加速させていきたいという。
「新卒採用の説明会でいつもスピーチするんです。『猫も杓子も東京で働きたいというのは、あと数年したらきっと時代遅れになる』って。
今のような東京一極集中の状態は、これからの日本の経済成長を考えると、健全ではないですよね。地方がそれぞれ経済力を持たないといけないし、そのために尽力してくれる人にUSJの仲間になって欲しい」(村山氏)
田口氏も「USJが観光業やエンターテインメントに関わりたい人たちが集まるハブになれたら」と話す。
「もちろんUSJで長く活躍していただきたいですが、最終的にご自身の地元に戻って観光業を牽引していただけたら、それもすごく素敵なことだと思います」(田口氏)