
今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
人はなぜ本を読むのか。この問いに対して、世間でしばしば言われる読書離れは実際どこまで進んでいるのでしょうか。入山先生は「今は子供向けの面白いシリーズものの本があり、小中学生は読書離れの感覚どころか本を読んでいる感覚がある。良い本を読むと誰かに進めたくなるように、『共感を生む』といったように読書にはそれ特有の効用がある」と解説します。
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なぜ? 小中学生だけが大量の本を読める理由
こんにちは、入山章栄です。『なぜ、働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)という本が話題になっています。本が読みたくても仕事が忙しくて読めないことに焦りを感じる人が多いのかもしれません。ところがその一方で、小中学生は読書量が大幅に増えているようです。

先日、日経新聞で「おや?」と思う記事がありました。よく言われる「若者の読書離れ」はウソで、小中学生は意外に本を読んでいるのではないかという内容です。
全国学校図書館協議会の学校読書調査によれば、1カ月の平均読書冊数は1997年は小学生6.3冊、中学生1.6冊でしたが、2023年は小学生12.6冊、中学生5.5冊と大幅に増えています。
ちなみに、少し古いデータですが、文化庁の「国語に関する世論調査」(2018年度)によると、日本人の年間の平均読書量は12.3冊とも言われています。
出版業界にいた身としては、子どもが本を読んでいるというのは嬉しいニュースですが、これだけYouTubeやSNSなどコンテンツ量が多様化し増えているのに意外とも思いました。もしかしたら揺り戻しで読書ブームが来ているのかな、と。
入山先生はこの結果をどう考察されますか。他コンテンツにはない、読書の効用についても伺いたいです。
なるほどね。小学生が月に12冊以上読んでいるとは、「本当にそんなに読んでいるの?」と疑いたくなりますけど、この結果は興味深いですね。

そうですね。小中学生ではないですが、若い人と話をしていても、本を読んでいる人は読んでいるけれど、みんながみんな本を読むようになったかというと、それはあまり感じません。
若い人の中でも小中学生は違うのかもしれませんよ。余談ですが、この前、山田尚史(作家名・白川尚史)さんという方が『ファラオの密室』(宝島社)という推理小説を書いて、「このミステリーがすごい!」大賞を取ったんですよ。
実は彼はもともと「PKSHA Technology」というAIベンチャーを上野山勝也さんと一緒に創業した人で、いまはマネックスの取締役かつ推理作家なんです。

すごい!
なんとデビュー作で「このミステリーがすごい!」大賞を取ってしまったんですから、天才と言うしかない。その山田さんと僕はこの前、一緒にお昼ご飯を食べて、出版業界の話をいろいろと教えてもらいました。
山田さんが言っていたのは、「最近は大学生などが本を読まないのが、この業界の課題だ」ということです。僕の感覚でも、確かに大学生は本を読んでいない印象があります。一方で、先の日経新聞の記事のように、小中学生は意外に本を読んでいる。あくまで私の推測ですが、これはもしかしたら子供向けの本を出す出版社の努力の賜物かもしれません。
実際、僕の中学1年の娘も、そこそこ本を読むんですよ。娘が読んでいる本をみていると、今は僕が子どものころはなかったような、子供向けの面白いシリーズものがたくさん出ているんですね。
一度その面白さを知った子供は、「このシリーズなら間違いない」という確信があるので、おそらくシリーズで買い揃えている可能性があるのではないでしょうか。それが全体の読書量を押し上げているのではないか、というのが僕の仮説です。
たとえば、今小学生のお子さんを持っている方なら誰でも知っているのが『かいけつゾロリ』シリーズ(ポプラ社)です。荒幡さんもゾロリ世代じゃないですか? 最新刊が74巻だから、ものすごく長く続いていますね。

めちゃくちゃ世代です。学校の図書室から姿を消すくらい人気でした。
あとは『ミルキー杉山のあなたも名探偵』シリーズ(偕成社)とか、ちょっと絵本っぽくて年齢層が低いけど『おしりたんてい』シリーズ(ポプラ社)とかもすごく有名ですよね。アニメにもなってますし。
それからうちの娘が小学校高学年のときに読んでいたのが、『作家になりたい!』(講談社青い鳥文庫)という作品です。これもシリーズでものすごく巻数が多いし、超人気ですよ。女子のラノベ(ライトノベル)みたいな感じですね。

青い鳥文庫だ。懐かしいな。でも、タイトルは全然知らないですね。
この『作家になりたい!』なんか典型ですけど、もう表紙や挿絵の絵柄もほぼ漫画みたいな、今風の可愛さじゃないですかこんなふうにクオリティの高いシリーズものが今はたくさん出ているんです。

ちなみに入山先生の娘さんは、ご自宅で本を読んでいるんですか? スマホやタブレットを持っているなら、そちらが優先されてしまいそうですけど。
そうですね。自宅で娘はYouTubeを見るのが多いけど、でも本も読みますよ。ただ息子はほぼ本を読まず、ずっとゲームをやっています。
僕は子供たちが小さいころ、息子にも娘にも読み聞かせをしましたが、面白いことに息子は全然本を読みません。でも娘はもしかしたら、読み聞かせをしたことがちょっと影響しているのかもしれません。
面白かった本は人に薦めたくなる

ちなみに、Business Insider Japanでは「アメリカのZ世代女子の間で今、流行っているのは『読書会』」という記事がよく読まれています。
今アメリカのZ世代のあいだでコミュニティづくりのツールとして読書会が流行っているようで、「Z世代の50%が新しい友人をつくるためにBookclubsという読書会を開くアプリを利用している」というデータもあるんですよ。
なるほど。言われてみれば、「共感を生む」というのは読書の大きな効用の一つですね。
読書ってけっこう面白い行為で、いまの日本では読書が無条件に素晴らしい行為だと思われているけれど、いろいろな研究によれば、読書の効用って本当は意外と分かっていないとも言われていたはずです。
読書というのは、実はけっこう近代的な行為でしょう。昔は印刷技術が普及していないから、一般の人たちがいまのようにたくさん読書をするようになったのは、戦前・戦後くらいからですよ。だから決して昔の偉人が大量に読書をしていたかというと、そうとも限らないわけですね。
では、現代になってなぜこれだけ「本を読んだほうがいい」と言われるのはは、興味深い問いですね。もちろんいろんな理由があると思いますが、一つは今荒幡さんが紹介してくれたような、共感性を生むという効用があることでしょうね。
もちろん「この動画が面白かったからYouTube見て」ということもあるけれど、良い本って、めちゃくちゃ人に紹介したくなるでしょう。これってすごく特殊なことですよ。

そうですね。「これ、よかったから読んでみて」というだけじゃなくて、「このシーンの、このセリフが……!」みたいに、詳細に語り合いたくなります。
そうでしょう。僕も今日経新聞で書評欄を担当しているので、「入山先生の書評欄読んでます」とか、「先生が推薦した本を自分も読んでます」という方がけっこういるんです。つまり、本は薦めたくなるし、ほかの人から薦めてほしいんです。

確かに身近な人からおすすめされたり書評をみて本を手に取る機会は多いですね。
僕も一時期『The Heart of business(ハート・オブ・ビジネス)』という英治出版の本を、いろんな経営者に読め読めと言いまくってましたからね。
でも本というのは薦める相手を選ぶじゃないですか。自分が深い共感を共有したくない人に、本を紹介したりしないでしょう。「この人はきっとこの本の良さを分かってくれるだろう」と思って、一段深いつながりを求めるときに、本というのはすごく使えるんですよ。

そうですね。わりとパーソナルなものを共有することになりますから。
SNS時代だからこそ、自分のパーソナリティーを分かってほしい人や、「この人なら信用しているし、何かを伝えたい」という人と本の話をすると、通り一遍でない深い関係性を築くことができるんでしょうね。
本がきっかけで宗教団体が誕生

さきほどのBusiness Insider Japanの記事でも、まさしくそういう分析がありました。SNS全盛で逆に孤独を感じやすくなっているからこそ、本というツールはより深い話をするのに良い材料になるみたいです。
ですよね。ああ、そう言えば、僕が「宗教団体」をつくったという話をしましたっけ。

初耳な気がします。この前、宗教の話はしましたけど。
実は、法人規格としては社団法人なので宗教団体ではありませんが、実はこの連載のきっかけになった僕の『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)を読んだ人たちのあいだで「社団法人 世界標準の経営理論 実践研究会」という組織ができたんです。これも一種の読書会ですね。僕は正式なメンバーではないんですが。

面白そう。入山先生はどういう立場なんですか?
教祖みたいなものかな(笑)。
これも結局、僕の本を起点にして色々な方が共感してくださって、議論の輪が広がり、それがコミュニティになってきている、ということなんです。詳しくはまた回を改めてお話ししましょう。
いずれにせよ、SNS時代というのは、小学生や中学生は出版社の努力などによりシリーズものが支持されるようになっており、他方で大人の世代は、SNS時代だからこそ、本当に共感できる人たちが集まるコミュニティの起点としての本、という役割が生まれてきているのかもしれませんね。

じゃあ、先生の宗教団体の詳しいことはまた別の回にお聞きします。
それにしても、一冊の本を通してコミュニケーションするというのはいいですね。それぞれが自分が読んだ本を持ち寄って紹介する形式の読書会もありますが、あれはけっこう一方通行のコミュニケーションになりがちなので、みんなで同じ一冊の本を読んで議論するのは深い話ができそうです。
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。