Howard Kingsnorth/Getty Images; Yahoo; Meta; Rachel Mendelson/Insider
マーク・ザッカーバーグがこの先成功するか分からないメタバースに社運を賭けるなか、メタが苦境に陥っている。同社をめぐる混乱はヤフーを思い起こさせるものがある。かつて最大のインターネット企業と呼ばれたヤフーは同様の危機の中でつまずき、再起不能となった。
「メタがかつてのヤフーのような危機に陥っているのではと考えるのももっともです」と、メタ幹部と緊密に仕事をしてきたテック業界のあるベテランは言う。過去10年のような権勢を同社が振るえなくなる可能性もあるという。
ヤフーとの符合
1990年代末から2000年代にかけては、インターネット検索といえばヤフーだった。しかし、ライバルの出現、デジタル広告の変化への対応の遅れ、ウェブ2.0の登場によって凋落した。
現在メタは、TikTokの登場(メタにとっては初めて出くわす真のライバルだ)、デジタル広告における新たなプライバシーポリシーによる打撃、Web3関連のスタートアップやテクノロジーの爆発的増加、といった課題に直面している。
メタがメタバースへと舵を切った動機は、主にこうした新たな課題による。メタによれば、メタバースはデジタル商品とバーチャル体験の新たな市場を創出できる可能性を秘めたデジタルリアリティなのだという。ザッカーバーグは同社の事業が頭打ちになりつつあるという恐れからこの方向転換を決めたのだ、と最近メタを退職した元幹部社員は漏らす。
その恐れも気のせいというわけではなさそうだ。メタが発表した2022年第2四半期の収益は1%減となり、上場後初の減少となった。
他社のプラットフォームが台頭するなか、広告主は同社への支出の削減を検討するようになったが、これも同社にとって初めてのことだ。広告主がメタバース構想に魅力を感じてメタのプラットフォームへの支出を増やすということは起こっていない。それどころか、メタはザッカーバーグが言うところの史上最大級に「困難な時期」に直面しており、支出削減と採用の抑制に追われている。
現社員・元社員合計10人に取材したところ、メタ内部のスタッフは、この新たな賭けが事業の改善につながらないのではないかと懸念している。同社の中でも収益性の高い部門に所属しているスタッフも、2021年10月に社名がメタからメタに変更されて以降、会社の方向性は混乱しているという。
「メタバースに関して発表されたものの中で、実際に見たり触ったりできるものはまだあまりありません。使えるものに至ってはさらに少ないですからね」(元社員)
「失敗は許されない」
ザッカーバーグがメタバースへと舵を切ったことで、メタは今後、メタバースへの参加に必要なハードウェアやOSを手掛ける可能性がある。しかし、その可能性があったとしても先のことだし、実現するには高くつく。
メタは2021年、メタバースに100億ドル(約1兆3400億円、1ドル=134円換算)を費やした。メタといえどもこれは大金だ。また、現時点ではメタバースは基本的に空っぽで、ユーザーは少なく、そこでできることはさらに少ない。ザッカーバーグは、メタバースは長期戦略であり、開発が完了するのに少なくとも10年はかかると言っている。
「メタは、メタバース構想を実現し、同分野の主要なプレイヤーになる勇気、資本、能力を備えています。しかし失敗は許されません」と前出の業界のベテランは言う。
一方、内部関係者や投資家は、メタが現在直面している数々の課題について懸念している。立ちはだかる規制、TikTokとの競争、プライバシーポリシーの変更によって生じた広告インフラ全体の再構築などだ。
キャッシュリッチなメタといえども100億ドルの投資はかなりの大金だ。
Facebook/Handout via REUTERS
同社で働くことに自信を失いつつある社員もいる。Insiderが入手したメタの社内調査結果によると、会社のリーダーシップをどう思うか、会社に留まるつもりか、会社で働けることを誇りに思うかなどの質問に対して好意的な回答をした社員は減少している。同社は常に「社員のフィードバックに応えている」(広報担当者)にもかかわらず、だ。
「メタはもう時代遅れです。テック業界では文化資本が何よりも重要ですから。今のメタはさながら、パーティーでみんなに『俺はクールだ』と言わなきゃと思っている人のように見えます」と語るのは、ジョージタウン大学教授で、データと社会、マーケティングと広告を専門とするクリスティ・ノードハイム(Christie Nordhielm)だ。
新たな業界で居場所確保に奮闘するテックジャイアント
メタのメタバース転換は、「新たな一章」を開くものであり、ソーシャルプラットフォームに依存しない、より野心的なものになるとザッカーバーグは言う。たとえそれが、向こう何年も投資家を神経質にさせ、株価のボラティリティを高め、何百億ドルもの費用を必要とするとしてもだ。
アップル、グーグル、マイクロソフトなどのライバル企業もそれぞれ独自のメタバース製品を開発中だが、そんな中にあってもメタは実現に向け邁進している。
「メタは、自らのドメインでない市場に全財産を賭けたわけです」と元社員は言う。ウェドブッシュ証券(Wedbush Securities)のマネージングディレクターであるイガル・アロニアン(Ygal Arounian)も、「(メタバースにおける)メタの成功については確実なものは何もありません。同社はまだ有力で優勢ですが、この先もずっとそうだとは限りません」と言う。
7万人を超すメタの社員の多くは、Facebook、Instagram、WhatsAppなど同社の定番のプロダクトか、同社の収益の大半を稼ぎ出している広告部門に携わっている。これら社員の間では、自分の仕事においてメタバースが何を意味するのかがよくわからないという声が挙がっている。
最近同社を退職した元幹部によると、社内では必死にメタバースについての啓蒙活動を行っており、「マーク(・ザッカーバーグ)はその話ばかりしている」というが、社員の業務にまで浸透していないようだ。
メタの社内でもホットなコマース部門は、少なくとも2023年まではメタバース製品に対する投資を行う計画はない、と社員に明言しているという。
「一貫した戦略がまだないため、何を提供したらいいのか、何に取り組めばいいのか分からないんです。そのことが混乱と不安を助長しているんですよね」と現役社員は語る。
とはいえ、ザッカーバーグの関心の中心にあるのは紛れもなくメタバースだと、前出の元幹部は言う。実際ザッカーバーグは、リアリティラボ(Reality Labs)を率いる最高技術責任者(CTO)のアンドリュー ・ボズワース(Andrew Bosworth)と共に、新製品のデモを全てチェックし、個人的にリアリティラボのパートナーシップに関する計画や提案を精査していると言われている。
「彼(ザッカーバーグ)は、こういう会社にしたいと決めたら他の誰にも任せません」(元幹部)
消えないヤフーの記憶
2021年秋以降から高まり始めたメタの戦略転換に対する懸念は、2022年2月に頂点に達した。メタ傘下のアプリのデイリーアクティブユーザー(DAU)が、何四半期か横ばいで推移した後、初めて前期比でわずかながら減少したのだ。
これはかつてヤフーがたどった衰退の始まりかと、投資家たちは動揺した。メタの時価総額から約2300億ドル(約30兆円)が吹き飛び、一日の下落幅としては最大を記録した。株価は徐々に回復しているが、依然として200ドル(約2万6800円)付近にあり、2021年9月から50%近く下落している。
セルカウス・キャピタル・マネジメント(Selcouth Capital Management)の最高情報責任者(CIO)であるキース・ホワン(Keith Hwang)は、アップルのプライバシーポリシー変更、規制、ユーザー数の成長鈍化、TikTokの出現などの課題が次々に浮上する様を見た投資家が、にわかにメタに対する見方を変えると見ている。
「これらは全て、メタがかつてのヤフーのようになる可能性を思わせます。TikTokがメタを追い越すのでは、と。それが投資家の脳裏から離れないんです。これらの課題は、それぞれ単独でも大きいですからね」(ホワン)
エバーコア(Evercore)のインターネットアナリストであるマーク・マハニー(Mark Mahaney)は2022年2月に発表したメモの中で、メタ株の崩れは「同社の長期的なファンダメンタルズの見通しについての不安の広がり」を示していると述べている。
「平たく言えば、この企業がヤフー3.0になってしまったのかを市場は問題にしているわけです」(マハニー)
それは内部関係者も知りたいところだ。最近メタを去った元上層部社員は、同社がヤフーと同じ道をたどるのかが同僚の間で話題になっていたという——何年も前から。
ヤフーと比較されていたのは主に、ハイレベル人材の流出や、アップルやグーグルなどのパートナー企業と良好な関係も維持できていないし独自のプラットフォームも構築できていない点などだ。
メタとアップルの関係はすでに数年前から冷え込んでいるという。数年前にはアップルがメタに対し、2週間に1回以上アプリをアップデートすることを禁止したことまであった。アップルの主張は「iOSのアップデートは年1回だというのに、そちらのアプリはなぜそんなに頻繁にアップデートする必要があるのか」というわけだ。
さらに別の元社員は、あらゆるレベルの人材がメタを去っていること、人材確保に苦労していること、そして仮想通貨やNFTなどのWeb3プロジェクトをせいぜい「虚栄心を満たす」程度のものとしてしか提示できていないこと、などを指摘する。こうした事柄によって、メタが全盛期を過ぎたという感覚が広がっているという。
「現在、同社で本当に価値があるのはInstagramだけですよ。ますますヤフーと同じ道をたどっています」(元社員)
InstagramとTikTokは、月別で最もダウンロード数の多いアプリの座を競っているが、2021年に最もダウンロードされたのはTikTokだった。
「信じがたいほどの粘り強さ」
メタのような方向転換は目新しいものではない。アマゾン、ディズニー、IBM、マイクロソフトはいずれも、創業からかなり経ってから新たな業界で成功を収めていると、あるソーシャルメディアのベテラン幹部は指摘する。ただし、そのような劇的な転換を遂げた企業は多くはない。
メタの莫大な資金がメタバースやリアリティラボに注ぎ込まれている事実は、「うまくいかないことが分かっている」という意味に解釈できる、とこの幹部は言い、こう続ける。
「この手のソーシャルテック企業は、段階的に投資しながら、どれがうまくいくかを確認する必要があるんです。顧客にどれだけ受け入れられるかを見ながら進めていくわけです」
世界で最も成功した企業の多くがガレージ(メタの場合は寮の部屋だが)からスタートしている。それは、資金不足ゆえに創業者は次に何をすべきか難しい選択を迫られるからだと、この幹部は語る。しかしメタには無尽蔵とも言える資金があり、Web3やメタバースにおいて全部を一気にやろうとしているように見える。
メタのNo.2として顔が広かったCOOのシェリル・サンドバーグ(左)も同社を去ることを発表。ザッカーバーグの両肩に重圧がのしかかる。
Kevin Dietsch/Getty Images
ザッカーバーグはPRや政治をめぐってトラブルに見舞われたにもかかわらず、依然として卓越した経営者と広くみなされている。そして、メタが広告事業を立て直し、TikTokに対抗し、メタバースの旗手になるためにはザッカーバーグがCEOであり続ける必要があると思われている。
「マーク(・ザッカーバーグ)には信じがたいほどの粘り強さがあります。創業者としての思考と、社内での権威も備えている。彼の言葉にはみんなが従いますよ。
たとえ外部の人間を入れたとしても、メタは金を搾り取るだけでしょう。そうなれば本当に次のヤフーになってしまう」(前出の元幹部)
スキャンダル、反乱、内部告発、規制を求める左右の政治家の声……こうしたことが噴出する以前のメタであれば、単純にTikTokの獲得に動いていただろうと話す情報筋は複数いる。
たしかにそれが以前のメタの戦略だった。競争力を維持するために、すでに人気が出ている企業の買収を常に検討していた。2012年に10億ドルで買収したInstagramしかり、2014年に190億ドルで買収したWhatsAppしかりだ。だが「この勢いを再現することはできない」と、本稿の冒頭に登場したテック企業幹部は言う。
メタの買収戦略は、規制当局からの圧力の高まりで減速した。現在のザッカーバーグは独自にTikTok的なものを発明して同社の新たな未来を事実上一から築くことを余儀なくされていると、この幹部は続ける。
メタはこれまで100件近く買収してきたが、そのほとんどは2010年以降であり、通常は年に7~8件の買収を発表していた。しかし、近年では5件しか買収しておらず、2020年に獲得したGiphy(ジフィー)についてはイギリスの規制当局が買収を阻止したため売却を迫られる可能性すらある(メタの広報担当者によると、同社はその判決を不服として控訴し、売却命令の停止を求めている)。
過去の失敗
メタには野心的な新プロジェクトを追求するための資金とリーダーシップがある。それが凋落したヤフーとの大きな違いだ。
仮想通貨ウォレットのレジャー(Ledger)の創業者で元ヤフー社員のパスカル・ゴーティエ(Pascal Gauthier)は、次のように指摘する。
「ヤフーは、実際はもっと早く検索を導入すべきだったのに、そうしませんでした。でもメタは少なくとも挑戦してはいる——たとえそのせいで火傷したとしても」
だが、挑戦しても成功するとは限らない。そしてメタには、多くの挑戦が失敗に終わったという前科がある。Facebook Home、Facebook Dating、Deals、Credits、Inbox、Placesなどだ。そうそう、Original Showsなんていうのもあった。
コマースとショップは何年も前から大きくプッシュされているが、まだうまくいっていない。WhatsAppの収益化も道半ばだ。仮想通貨のディエム(旧リブラ)の終了は最新の失敗例だ。「彼らが独自に作ろうとしたもので成功したものはありません」と、メタに詳しい情報筋は言う。
一方、メタと違って金にモノを言わせることができないTikTokのような新興企業には、躍進の余地が与えられている。今後メタを追い越す可能性さえある。
「どんなに大きな企業でも、新しいテクノロジーや戦略巧者の企業に行く手を阻まれることは常にありえます。それがテック企業の自然な進化のかたちですからね」(ゴーティエ)
(編集・常盤亜由子)