ケーキの不二家「AI需要予測」を本格導入。「マロンモンブランはありません」とはもう言わせない

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大勢の人通りで賑わう、東京・銀座の数寄屋橋交差点の不二家。
撮影:Business Insider Japan
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国民的キャラクター「ペコちゃん」でおなじみの菓子メーカー大手・不二家に、ある“変化”が起きている。

2015年度からマイナス成長が続いていた洋菓子事業が、2021年度(12月期)に一転、不二家単体の洋菓子事業でも黒字転換をしたのだ。不二家の洋菓子事業は「洋菓子」と「レストラン」で構成されるが、洋菓子単体の売上高は前年比7.2%増の254億1100万円となった。

不二家と言えば2020年以降、「洋菓子の需要予測にAI活用を検討している」という報道が何度かなされている。不二家広報は、洋菓子事業の黒字転換は別の活性化要因の結果だとするが、一方で実証を進めていたAI活用も、この4月からついに現場で使い始めるという。

AIプロジェクト担当者に、「不二家で進むAI活用の全貌」を取材した。

若手起用、ガラリと変わった「社内の空気」

不二家のケーキ
撮影:伏見学
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そもそも洋菓子事業の好転は何によって起こったのか?

同社広報によると、人気タレントを起用して若年層に向けたキャンペーンを展開したことや、こだわりの原材料を使った「厳選素材スイーツ」シリーズなどの新商品がヒットしたことが、主な要因に挙げられるという。これまで訴求しきれていなかった10〜20代の顧客獲得にもつながった。

「ここ数年で社内の雰囲気は明らかに変わりました。若いスタッフの斬新なアイデアにもチャレンジしようとしています」

と、不二家洋菓子事業本部の酒井哲也さんは顔をほころばせる。

こうした社内のムード変化のきっかけの1つは、親会社である山崎製パンからやって来た瓜生徹専務が、2017年に洋菓子事業本部のトップに就任したことだという。組織や業務の改革に取り組んでいく中で、新しいことに挑戦する土壌ができ、若手社員も積極的に登用されるようになった。

そうした背景のなかで、2017年以降の一連の事業改革をさらに押し進めようと、コロナ前からデジタル技術を活用した「商品需要予測システム」の開発に乗り出した。そのプロジェクトリーダーが酒井さんだ。

AIによる商品需要予測システムのプロジェクトリーダーを務めた酒井哲也さん
AIによる商品需要予測システムのプロジェクトリーダーを務めた酒井哲也さん。洋菓子事業本部 広域営業本部 広域営業部 次長 兼 納品店舗課 課長として活躍している。
撮影:伏見学

新たなシステムは、アメリカ・シリコンバレーに本社を置くAI導入支援ベンチャー、パロアルトインサイトと共に開発を進めてきた。分析に利用する「データ」は、過去の販売実績やキャンペーン情報、商品規格情報、売価など。これらの相関性をディープラーニング技術で分析し、未来の需要を予測する。

2019年ごろにはプロジェクトが立ち上がり、データベースの整備などと並行してテストを重ねてきた。そしてこの2022年4月から、年間400種類にのぼる洋生菓子全商品を対象にした需要予測をスタート。現場へと定着させるフェーズに入った。

酒井さんは、

(洋生菓子のように賞味期限が短い)日配食品の需要を予測するのは難しいです。天気や曜日などにも左右されます。あえてそこにチャレンジすることで、欠品リスクを減らし『商品を選ぶ楽しさ』を今まで以上に感じていただきたい」

と意気込む。

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「マロンモンブラン」が売り切れとは言えなかった…原体験

定番商品の1つ、マロンモンブラン。
定番商品の1つ、マロンモンブラン。価格は410円(税込)。
撮影:Business Insider Japan

不二家がAI導入プロジェクトに取り組む背景には、100年以上続く伝統企業だからこその課題がある。

これまで、不二家では工場の生産管理担当者などが商品の需要予測をしていた。長年の経験から数字を算出し、原料調達や物流計画、出荷計画などをつくっていたのだ。もちろん、実績を見れば「職人技」には一定の信頼性は担保されている。

ただ、この方法は、判断の基準が属人的になりやすい。さらに不二家の特有の事情として、生菓子の商品点数が多いことも、需要予測を複雑にする要因となっていた。

ケーキなどの洋生菓子だけで毎年400商品が並び、その半分が新商品。なかには、1日限りしか販売しないものもある。それだけ多種多様な需要を正確に読むのは簡単なことではない。

「作りすぎても、作らなさすぎてもいけない」という需要予測をいかに正確にするかは難問だ。

「(私は)これまでのような予測数字の決め方を否定しません。ただ、それ(経験による予測)ではどうしても限界があります。

原料調達や生産計画でブレが出てきて、必要な時に必要な商品が顧客に届かないことが、現実問題として起きている場合もありました」(酒井さん)

AIによる需要予測に辿り着いた背景には、酒井さん自身の原体験も関係している。

以前、ある地方都市の店舗の販売支援に入った時のことだ。

郊外にある不二家店舗
写真はイメージです。
撮影:Business Insider Japan

小さな子どもが父親の誕生日のために「マロンモンブラン」を買いにきた。ところが、タイミング悪く、既に売り切れていた。通常なら「売り切れました、ごめんなさい」と謝るしかない。

が、酒井さんは機転をきかせて、近隣の別の店舗まで車で受け取りにいき、商品を子どもに届けることができた。

一般的には心温まるエピソードかもしれないが、ここには洋生菓子の全国チェーンとしての課題が見えると酒井さんは言う。

「たまたま私がその場にいて、時間があったので動けましたが、すべての従業員がこういう対応をできるわけではありません。

このお客さまには希望する商品を買っていただけましたが、そうではないケースは全国どこでも起きる可能性があります。でも、お客さまの大切な日に悲しい思いはさせたくないな、と」

需要予測の正確性を高めることは、こうした「売り切れ」を減らすことにつながる……と酒井さんは考えている。

過去のデータを使って「新商品」の需要も分かる?

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撮影:Business Insider Japan

既にこれまでのテスト運用で、定番商品の日々のトレンドは、ほぼつかんでいると酒井さんは言う。

気になるのは、「新商品の需要はどうやって予測するのか?」ということだ。

しかし面白いことに、新商品の需要予測についても、既に「悪くはない」手応えがあるそうだ。酒井さんが採用した手法は、なかなかユニークだ。

当然のことだが、新商品は過去の販売データがない。そのため、AIに「商品写真」を画像認識させ、さらに「商品説明のテキスト」の内容などを分析をさせる。これによって、過去に販売した商品との類似性を基にした予測が立てられる、と説明する。

実際にこの方法を使って、ある程度使える予測が立つことが見えてきたというから面白い。

「過去に類似した色・形」「類似した説明」から作り出される「類似した商品性」には、データ上もある一定の「ヒットの期待値」があるということになる。

これが、酒井さんの言う「手応え」だ。

AIの予測が、平等な議論の土台になる

「銀座」の「不二家 数寄屋橋店」。
「銀座」といえば思い出す風景の1つ、「不二家 数寄屋橋店」。1階部分には、洋菓子の不二家のほか、ミルキーを取り扱う新業態「milky70 since1951」1号店もある。
撮影:Business Insider Japan

酒井さんは、このAI導入後の洋菓子事業に対して、どんな期待を持っているのだろうか。

質問を投げかけると、意外な答えが返ってきた。

「利益の最大化と効率化」のような、デジタルトランスフォーメーションの教科書的な回答が返ってくると想像していたが、酒井さんはあくまで「基準作りがしたかった」のだと断言する。

「AI予測の的中率が高いに越したことはありません。が、(極論を言えば)的中させることよりも、まずは客観的な基準に沿ってみんなで議論し、計画を立て、商品を作り、お客さまにきちんとお届けすることが大切だと考えています」

理由はこうだ。人間の経験による主観的な需要予測は、その「確からしさ」に対しての議論がしづらい。

一方、過去の販売実績や天候、宣伝効果などを組み合わせてAIが導き出した「客観性のある数字」であれば、社員全員がそれを基準に平等な立ち位置で議論を始められる。ベテランだろうと若手だろうと関係はない。

もちろん、その上で予測精度も高めていく。まずは在庫管理の効率化を目指し、最前線の営業現場である店舗の負担を下げたいと酒井さんは訴える。

「需要予測に関して苦労しているのは現場です。毎日お客さまから数十、数百と注文があるため、欠品させるわけにはいきません。かたや、商品を余らせても困ります。(現場は)常にこの“恐怖”と戦っているのです。

それを少しでも改善できれば、現場の精神的な負担や(非効率な)労働は減るはずです。現場にとってハッピーですし、お客さまもほしい商品が手に入りやすくなります。(AI需要予測を)やらない理由はありません」

デジタル活用よりも目の前の顧客

撮影:Business Insider Japan
撮影:Business Insider Japan

今はまず、このAI需要予測を使って、工場の生産管理部門で日々の需要予測に取り組んでいる。次のフェーズの構想は次のようなものだ。

試作商品の写真、販売期間、想定売価などを決めてシステムに読み込ませると予測値を算出できるようになるはずです。それに基づき、営業や生産部門などが同じ会議体で議論して、このくらいの販売計画、生産計画でいこうという議論ができます。

また、(生産計画が)決まれば、今度は工場が原料調達などの手配をしていく。さらに(販売が始まると今度は)関係者全員がシステムを使いながら計画と実績の乖離(かいり)をチェックしていく予定です」

この需要予測システムを、洋生菓子ビジネスを支えるインフラに育てていきたい、というのが酒井さんの考えだ。

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