新型コロナウィルスの感染が拡大し、首都圏の緊急事態宣言で始まった2021年。私たちの暮らしも、働き方も、価値観も変化しはじめた。こうした変化は、私たちの「しごと」にも新たな動きを生み出している。求人検索エンジンであるIndeed(インディード)は「今年のしごとキートレンド2021」を発表した。企業が投稿した求人情報、求職者が検索したキーワードからは、2021年の大きな動きが見て取れる。
2021年の「しごと」を取り巻く環境はどう変わったのか。本記事のアドバイザーとして日本マイクロソフトの元業務執行役員・澤円氏、MPower Partners ゼネラル・パートナーで経済協力開発機構(OECD)東京センターの元所長・村上由美子氏、ベンチャーキャピタリストの矢澤麻里子氏に解説してもらった。
2021年「サステナブル」が「しごと」のキーワードになった
日本マイクロソフトの元業務執行役員・澤円氏(写真左)、MPower Partners ゼネラル・パートナーで経済協力開発機構(OECD)東京センターの元所長・村上由美子氏(写真中央)、ベンチャーキャピタリストの矢澤麻里子氏(写真右)
「いわゆるホワイトカラーにとって『会社に行く』ことと『価値を出す』ことに相関関係がない、ということを実際に証明したのがコロナ禍以降でした」(澤氏)
ここでのキーワードは「在宅勤務・リモートワーク」の浸透だ。こうした現象がホワイトカラーの「価値の出し方」を見直すきっかけになったと澤氏は話す。リモートで仕事ができるようになると、地方に住みながら都市部の仕事を受注することも、都市部にすみながら地方企業のサポートをすることも、複数の仕事を持つこともできるようになったからだ。選択肢が増えたことで「正社員」でいることの価値が小さくなったと澤氏は感じている。
矢澤氏は「サステナブル」がキーワードになっていると話す。仕事の比重、企業と人との関係性が変わってきていると感じている。
「会社のために身を粉にして働くのではなく、もっとサステナブルに働いていこう、サステナブルであるべき、ということが当たり前になってきた」(矢澤氏)
企業側の目線で見ても、2021年の大きな流れとなっていたのが、多くの企業のフォーカスが「SDGs」や「ESG」に当たっていたことだ。この文脈のなかで「日本でも世界でも“格差”に関する問題を考えることが多かったのでは」と村上氏は話す。
「2021年は“withコロナ”になって一定の時間が経ち、コロナ禍による社会的、経済的な影響が表面化してきて、色んな意味での格差を表面化させるような結果になった年じゃないかと思うんです」(村上氏)
ここでいう「格差」とは、一般にイメージされる貧富の格差に限らない。例えば在宅勤務やリモートワークが普及するなかで露見したのは「デジタルリテラシーの格差」だった。潜在的に存在していた問題だが、強制的にリモートワークの環境に置かれたことで、課題が浮き彫りになった形だ。
企業はこうした課題をどう捉え、どう解決したのか。人々が会社を中心に生き方を考えるのではなく、生き方を中心にした働き方を求め始めたいま、「しごと」に関するデータはどう動いたのか。
「しごと×SDGs」
2021年の求人情報に含まれるキーワードで急上昇したのが「SDGs」だ。2020年10月と2021年10月の比較では、約4.2倍に増えた
Indeedデータより。2016年10月-2021年10月の5年間の仕事掲載数の推移。
2021年、求人検索エンジンであるIndeedに掲載された求人情報に含まれるキーワードで上昇が目立ったのが「SDGs」だ。SDGsは2015年9月の国連サミットで採択された「Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標)」の略称。ESG投資の広がりとあわせてここ数年で企業側の関心が急速に高まっている。Indeedのデータを見ても、2020年10月と2021年10月の比較で約4.2倍に増えている。
背景にあるのは、ここ数年で見えてきた気候変動のインパクトだ。
「自然災害が多発化し始めたのがここ5年。気候変動のインパクトが、経済的なインパクトとして目に見える形で現れてきた。それを受けて、資本市場がプライシングしはじめたというのが今の状況です。企業に広がる『脱炭素』などの動きもこの流れから来ています」(村上氏)
投資家が、経営指標にSDGsの指標を入れることを求めるようになり、お金の流れが変わったことで、経営者も対応を急いでいる。
「スタートアップもSDGsを重視していないと海外の投資家から投資してもらえない。こうした状況が企業の背中を押していますね」(矢澤氏)
「しごと×働き方」
求人検索エンジンであるIndeedに掲載された求人情報のうち「在宅勤務」を含む件数は2020年10月と2021年10月の比較で約2.2倍に。求職者が「在宅勤務」で検索した件数も同期間で約1.3倍に増えた。 増加傾向が顕著だったのが「Web面接」だ。コロナ禍の2020年から増え始めて2021年には企業に浸透し、2020年10月と2021年10月の比較で約3.2倍に増えている。
Indeedデータより。2016年10月-2021年10月の5年間の仕事掲載数の推移
コロナ禍で広がった在宅勤務の流れは、2021年も拡大傾向だった。2021年のIndeed に企業が投稿した求人情報のキーワードのうち「在宅勤務」を含む件数は2020年10月と2021年10月の比較で約2.2倍に。求職者が「在宅勤務」で求人検索した件数も同期間で約1.3倍に増えた。
在宅勤務の拡大とあわせて増加傾向が顕著だったキーワードが「Web面接」だ。コロナ禍の2020年から増え始めて2021年には企業に普及し、2020年10月と2021年10月の比較で約3.2倍に増えている。業務のデジタル化がこの1年で一層、進展した感がある。
「リモートで働くか」「オフィスに戻るか」——新型コロナウイルスの感染者数が落ち着くタイミングで何度も検討された課題だが、矢澤氏は「経営者が考える理想の組織次第」と話す。
「過去にリモートワークに挑戦したものの、出社に戻した企業が話題になりました。リアルで会うことの価値もあるし、テクノロジーの進化やライフスタイルの変化も影響する。経営者にとって正解のない問題です」(矢澤氏)
一方、コロナ禍でリモートワークを経験した多くの人は、自分の好きな土地で暮らし、好きな仕事をするという選択肢があることに気づいた。
「柔軟な働き方に順応した人、リモート環境でパフォーマンスが出せる人は、それ以外の働き方を強制されることに抵抗感を感じるようになっているのではないでしょうか」(澤氏)
そうした中で雇用形態も多様化していく。副業、複業への注目度も高まり、正社員ではなく業務委託契約で働く動きも目立ってきた。こうした働き方の多様化は今後、社会経済的にどのようなインパクトを与えていくのか。村上氏は言う。
「廃業を含めた経済全体の新陳代謝——新しい企業も出てくるけど、古い企業は退場する。働き方の変化によって構造変革が起こっているので、そこに注目しています。
労働市場の流動性は緊密に連動しており、変革の大きな鍵となるのがイノベーションです。イノベーティブなアイデア、業態、企業が出てくるような社会環境、経済環境があるか。そのために必要なことの一つは、リスクが取れる、敗者復活戦がある環境です。パンデミックが社会経済的なインパクトを及ぼすようになって、スタートアップが増えました。イノベーションが起きやすいのは想定外、規格外の発想から生まれるビジネスです。危機をチャンスに、どう生かすのかを考えた時に、イノベーションがあり、スタートアップがあり、そのエコシステムを醸成するためにはリスクを取りやすい環境を整備する必要があります」(村上氏)
「しごと×テクノロジー」
在宅勤務の浸透で勢いを増しているのがSaaS関連企業だ。求人情報でも「SaaS」のキーワードが増加しており、最も盛り上がった2021年7月と1年前の比較では、約4.2倍となった。
Indeedデータより。2016年10月-2021年10月の5年間の仕事掲載数の推移
在宅勤務の広がりは、企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)を加速させた。人と人とのコミュニケーションがデジタル化する中で勢いを増しているのがSaaS関連企業だ。そうした傾向を反映して、求人情報に投稿されるキーワードでも「SaaS」が増加しており、最も盛り上がった2021年7月と1年前の比較では、約4.2倍となった。
「コロナ禍によって『移動』が影響を受けた」と話す澤氏は、その影響についてこう解説する。
「テクノロジーは時間と空間の問題を解決しますが、そう考えるとSaaSが注目されるのは当然の流れです。
移動ができなくなったことによってリアルファシリティが使えなくなった。デジタルによって時間と空間の制約を仮想的に解決するSaaSのサービスが普及したということでしょう」(澤氏)
矢澤氏が注目するのは、人とテクノロジーの分業だ。
「営業や接客といった俗人的だった部分も、ユーザーを獲得するサービスや、AIによるチャットボット、オンラインによる営業支援、接客のデジタル化——といったサービスが登場しています」(矢澤氏)
ハンコ文化も、在宅勤務の広がりでオンライン化するなど、矢澤氏は「壊せなかった商習慣をオンライン化する部分も伸びていて、“人であることの良さ”とされてきたところがDXされてきている」と指摘する。実際、社内のコミュニケーションや、従業員のエンゲージメント、チームワークに関わるDXが注目されたのも2021年の顕著な動きだった。
例えば従業員間で感謝やポイントを送り合う「ピアボーナス」もその一つ。Indeedのデータで過去1年間の求人情報のデータを見てみると、企業側の投稿に「ピアボーナス」いうキーワードが出てくる例が約1.7倍に増えている。
「他者に対して感謝をする環境を整えるのはとても良いことだと思います。しかし環境に加えて重要なのはカルチャーです。それにはマネジメントが主導して関われるかが問われています。
例えばバックオフィスは、トラブルの時には問い合わせがきますが、普段はお礼を言われることがない。だからどうしても部門間の対立軸が生まれやすい。独立した部門同士がお礼を言い合えるカルチャーが大事で、それを醸成するためにはマネジメントがフェアな評価をし、チーム一人ひとりに目を向けて、問題が起きる前に準備してあげることが必要ですね」(澤氏)
2022年は「SDGs」「ESG」の行動への落とし込みが始まる
2021年の「しごと」のキートレンドを見ると、働き方の多様化やテクノロジーの進化に加えて、SDGsという価値観の変化が企業にも働き手にも広く浸透したことが大きな特徴だった。こうした流れは2022年にどう連なるのか。
「脱炭素、ESG、気候変動…といったテーマは2021年で語り尽くされた感がありますが、これをアクションに落とすのが2022年の課題として残っています。例えばVCの世界では、ESGに関する物差しがバラバラなのが現状です。一定の物差しを作り標準化をしていこうというのが、2022年の大きな動きになると思います」(村上氏)
大きな概念だったSDGsやESGが今後、国際的なルールができることで、企業や個人により具体的な行動を求めるようになる。すでに企業内に「サステナビリティ担当」職などを設ける動きも増えているが、社会の要請を受けて新たな領域の仕事が生まれそうだ。
Indeedは「We help people get jobs.」をミッションとし、あらゆる人々が公平に自分に合った仕事を見つけられる社会の実現を目指している。本企画はIndeed JapanとBusiness Insider Japanブランドスタジオによる委員会方式で、Indeedが保有する仕事掲載データや検索データをもとに仕事に関する動向を把握・分析し、2021年に増加傾向が顕著だったキーワードを抽出。2021年のトレンドについてはアドバイザリーの3者の知見を元に作成した。Indeedは最先端のテクノロジーで日々、革新を続けており、求職者にとっても採用者にとってもより役立つサービスへと日々進化させている。