ジェンダー平等の推進が各方面から求められている昨今、世界的なスポーツブランド「ナイキ(NIKE)」は女性アスリートに焦点を当てたキャンペーンフィルム『New Girl』を公開した。女性が直面するジェンダー格差を取り上げながら、それでも競技に打ち込むアスリートたちを描き、次世代の女性を勇気づける内容となっている。
今回キャンペーンフィルムに出演した、青森県立五所川原農林高校相撲部の葛西里澄夢選手と、神戸弘陵学園高校女子硬式野球部の島野愛友利選手に、スポーツを通して得られた力や、選手として感じるジェンダーギャップについてインタビューを行った。また同キャンペーンフィルムにも出演し、社会や政治に関する情報発信が若年層から大きな支持を得ている「NO YOUTH NO JAPAN」代表理事の能條桃子さんに、活動する上で感じる課題について話を聞いた。
競技を始めたきっかけは兄
どちらも男性の競技人口が多いスポーツに取り組む葛西選手と島野選手。2人とも競技を始めたきっかけは兄の存在だったという。五所川原農林高校で初の女性相撲部員となった葛西選手は、相撲との出会いを振り返る。
兄の試合の応援に行ったとき、相撲ってかっこいいなと思ったことが相撲を始めたきっかけです。小学3年生で学童相撲に出て、本格的に始めたのが中学2年生。相撲を始めてから嫌なことから逃げないようになって、我慢強さが前よりも身についたと思います。(葛西選手)
野球の名門である神戸弘陵学園高校で活躍する島野選手は、2人の兄が甲子園出場経験を持つ選手だったこともあり、その影響を強く受けたという。
兄の影響で野球が身近にある環境だったので、自然と野球を始めることになりました。自分の成長や、チームの勝利がモチベーションとなって、今まで続けてきました。野球で得られたものは、特に粘り強さ。身体面とメンタル面の辛抱強さが身につきました。(島野選手)
「女子」野球と呼ばれない未来
夢中でスポーツに取り組んできた2人だが、競技をする中で性別の違いによる違和感を持つこともあるという。日本女子相撲連盟によると、女子相撲の国内の競技人口は1,000人程度と男子の競技人口に比べ圧倒的に少なく、選手たちは女性であることにスポットが当たることも少なくない。
私は高校創立以来、女性初の相撲部員だということで注目された。しかし、「女性だからすごい、めずらしい」ではなくて、性別関係なく1人の選手として取り上げてくれたらいいなと思います。(葛西選手)
競技人口や大会の規模も今後もっと大きくなれば……と今後に思いを馳せる葛西選手。一方で変化が訪れつつあるのが野球界だ。
2021年、全日本女子硬式野球連盟と全日本女子野球連盟が、今年行われる第25回全国高等学校女子硬式野球選手権大会の決勝戦を甲子園で開催することを決定した。今まで甲子園といえば男子球児たちの夢の舞台というイメージだったが、これからは女子プレーヤーたちも目指す場所となる。島野選手もその舞台で活躍することを目標にしているが、その先にある野球界の変化にも期待しているという。
直近の目標は甲子園に行くこと。そして将来的には、女性でも野球で稼げる野球界になってほしい。女性の野球選手として注目してもらったことはラッキーだなと思うのですが、いずれはそれが普通になってほしいです。理想は、女子野球選手から「女子」という言葉すらつかなくなること。(島野選手)
島野選手は、2人の兄を男子選手として見るのではなく「野球選手として尊敬している」と話す。「自分がここまで成長できたのは兄のおかげもあります」と性別関係なく、選手同士の関係を築けていると語った。
政治もスポーツもつながっている
「若者が声を届け、その声が響く社会へ」をコンセプトに、政治や社会に若年層が参加するきっかけとなる情報発信をしているNO YOUTH NO JAPANは、これまでもジェンダー課題を取り上げてきた。同団体の代表理事を務める能條さんは、今回のキャンペーンで日本史上初となる女性総理大臣が就任演説をするシーンにて、新たな未来を感じさせる重要な役割として出演している。
私はアスリートでもないし、最初に出演依頼を受けた時は「なぜ私が? 」と感じたけれど、文化やスポーツ、政治は同じ線でつながっているということに気づいた。(能條さん)
真のジェンダー平等を実現するためには政治の場だけでの議論のみでは不十分だ。各方面から課題や問題を共有して取り組むことが重要になるだろう。
違和感に対して「おかしい」と言える環境に
スポーツ界のジェンダー課題に関して能條さんは、「日本のスポーツ界にある忍耐強さという美徳が足かせになっている側面があるかもしれない」と疑問を呈した。
日本のスポーツ界のジェンダーギャップを知って驚きました。例えば各競技団体の理事の割合で言うと、多いところでも女性の割合が3割以下という状況です。スポーツ界が中から変わっていかないのは、監督やコーチが正しくて「選手は我慢することが美徳だ」という考えがあるからかなと思いました。(能條さん)
これに対し島野選手は、「監督の意見に選手が従うことが普通」としながらも、「チームのカラーが変わる時、従わない選手も出てくる。それを日本に置き換えると今、組織におかしいと言える人がいたり、今回のナイキのCMに反響があったりするのは、社会が徐々に変わってきている証拠なんじゃないかと思います」と語った。
葛西選手も、「これまで疑問を持つような監督の指導はなかった。でも、もし今後おかしいと思うことがあった時には、おかしいと言っていい環境であってほしいと思います」と頷いた。
インタビューの最後に、能條さんは「意識の変化は少しずつ起きている」とし、「スポーツ界だけでなく、職場や学校でも意識改革が広がっている気がします。『組織の中に女性がいると、ジェンダーの問題を提起しやすくなる』という雰囲気を感じます」と語った。
島野選手も、「今回のフィルムは『女性はなんでもできる』というメッセージだったが、それは男性も同じ。ジェンダーに関わらず、自分が価値があると思うことをやっているのが幸せ。それが認められる社会になれば」と語った。
葛西選手も、「今後は性別で嫌な思いをすることがなくなる社会を作るための、活動にも参加したい」と今後の展望を静かながらも、力強く語った。
社会の大きな変革を生むのは、個人の小さな変化。まずは2人のアスリートたちが生き生きとプレーする姿が、私たち見るものをエンパワーし、それが次世代の女性アスリートたちの未来へつながっていくはずだ。
今後の葛西選手は8月に大会が、神戸弘陵学園高校の島野選手は7月24日に開幕となる第25回全国高等学校女子硬式野球選手権大会が控えている。彼女たちの活躍を期待しつつ、スポーツ界のジェンダーギャップが小さくなることを願うばかりだ。
MASHING UPより転載(2021年6月25日公開)
(文・MASHING UP編集部)
MASHING UP編集部:MASHING UP=インクルーシブな未来を拓く、メディア&コミュニティ。イベントやメディアを通じ、性別、業種、世代、国籍を超え多彩な人々と対話を深め、これからの社会や組織のかたち、未来のビジネスを考えていきます。