【独占】川上量生氏に聞く「N高・S高」が始める“教育VR”のリアル…生徒数1万5000人、「本当のハイテク高校」目指す

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Business Insider Japan
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学校法人・角川ドワンゴ学園N高等学校、通称「N高」。

2016年4月の開校から4年半が経過し、生徒数は約1万5000人に成長した。いわゆる通信制高校としては日本一の規模となり、2021年度からは、規模拡大に対応するため、「もう一つのN高」である「S高等学校(以下、S高)」も開校する。

S高の開校と同時にスタートするのが、VRを本格的に取り入れた教育コースである「普通科プレミアム」だ。

同コースと契約すると、最新のVR機器「Oculus Quest 2」が生徒に貸与され、授業をPCとVR、両方を使って受けることができる。実験的な試みではなく、本格的な導入としては世界に類を見ない試みだ。

川上量生氏
学校法人角川ドワンゴ学園の理事を務める川上量生氏。
編集部によるスクリーンショット

教育とVR、テクノロジーの関係は、まだはっきりしない部分がある。その中で角川ドワンゴ学園は、なにをしようとしているのだろうか? 同学園理事であり「N高」事業の生みの親でもある川上量生氏の単独ロングインタビューをお届けする。

まずは「テクノロジーと学校」についてだ。

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VR導入が注目されるが、N高自身もテクノロジーとは切り離せない学校である。その点について、じっくり語ってもらった。

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VRが通信制学校をより「学校」らしくする

N高 授業イメージ
N高の授業イメージの一部。
出典:角川ドワンゴ学園

N高・S高への2021年度出願者数は今、好調に推移している。

10月15日から受付を開始した2021年度4月新入学生の出願者数は、開始17日間で1557人を超えた。これは2020年度の出願開始17日間(490人)と比較した場合、3倍超となるハイペース。しかも、出願者の約40%が、授業にVRを使える「普通科プレミアム」を選択しているという。

「普通科プレミアム」では、一般的な映像講義に加え、VR空間内で受けることができるようになる。その詳細は後日レポート予定だが、映像を見ると、いかにも「未来の学校」的な印象が強い。

だが川上氏は、「VRは、ちょっとセンセーショナルな部分が強調されすぎているかも」と笑う。

川上氏(以下、敬称略)

「重要なのは『体験』の部分だと思います。

VRに期待しているのは、生徒のコミュニティづくり、さらには、学校体験や面接体験などの、対人コミュニケーションの部分です。その訓練がVR空間でできることの方が生徒には重要です。
あとはモチベーションの維持。PCで見るだけだと、やはり学校生活を成立させるのは難しいと思っています。学校も会社も、6時間から8時間『物理的にその場所に拘束させている』ことで成立していますよね。リモートで6時間・8時間続けて仕事や勉強ができる人は少ないです。現実問題として。

学生時代にも、カフェや図書館へ行ったりして勉強していたじゃないですか。環境から変えなきゃいけない。
そういう意味で、VRは(目に見える風景を変えてしまえるために)環境から変えられますから、大きいですよね。勉強をより長くできる可能性はある、と思ってます。まあ、まだ機器が重かったり、汗ばんだりしますが」

VRデバイスの活用
「普通科プレミアム」では、「Oculus Quest 2」を活用。N予備校の教材を制作しているドワンゴ、VR空間を構築するバーチャルキャストが協力する。
出典:角川ドワンゴ学園

VRをN高で使うという計画は、およそ2年前にスタートした。使われているのは、もともとドワンゴ傘下だったVR関連企業「バーチャルキャスト」の技術だ。

計画がスタートした時期は、川上氏がカドカワの代表取締役社長およびドワンゴ取締役を退任した時期とも重なる。

「ドワンゴの社長を退任することになったとき、その中で、僕が手がけていた事業の大半が整理されることになっても、やむを得ないだろう、と思いました。

ただその中で、どうしてももったいないのは何かな、と考えると、まず『N高』は絶対に残させないといけない。そして『バーチャルキャスト』も、もったいない。

その場合に重要なのは、事業の継続性です。N高は大体目処が立っていて、最悪の場合でも縮小均衡になるだろうと予想していました。

しかし、バーチャルキャストはまだ厳しい。ビジネスモデルを早急に成立させる必要があるので、「VRと教育を組み合わせる」ということを考えたんです」(川上)

バーチャルキャスト
バーチャルキャストの公式ページ。
出典:バーチャルキャスト

「バーチャルキャスト」は、VRを使ってアバター(VR空間上にCGで作った仮想の自分自身)コミュニケーションを行い、さらにはアイテムやアバターの流通プラットフォームもつくろう……という、裾野の広い計画をもつ企業だ。ただし、現時点でその可能性が完全に花開き、莫大な利益を上げるプラットフォームになったとは言えない。

バーチャルキャストはもともとドワンゴとインフィニット・ループ社の合弁事業だったが、2019年10月にドワンゴから独立。その際に資金を出したのが川上氏だ。川上氏個人で10億円を出資し、現在は川上氏が取締役会長に就任している。

バーチャルキャストの松井健太郎CEOは、その際に川上氏がこう言った、と証言している。

「俺が出すよ、だって成功するじゃん」

川上氏も、笑いながらそのエピソードが事実だと認める。

「バーチャルキャストは、VRでのUGC(個人制作コンテンツ)プラットフォームとして、非常にいいポジションにいます。しかし、(バーチャルキャストの)ビジネスが“当たる”かどうかは まだわからない。当時も今もそうです。

一方で、教育事業は必ず成功する。VRを教育に使う仕組みを考えた段階で『絶対成功するぞ』と思いました。

でも経営を退いた以上、ドワンゴがリスクを取る意志決定を、僕がするわけにはいかないなと考えました。だから僕が個人で出資した、ということですね。
角川歴彦会長から、『川上君が確信している事業は、個人でお金を出すことも考えたらどうか。社内は僕が説得する』というアドバイスをいただいたことも影響しています。

もちろん、夏野さんにお願いすればやってもらえた可能性はあったかもしれませんが、経営責任が変わった以上、それはフェアではないなと思いました」(川上)

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テクノロジーを使って「教え方」を最適化していく

N高パンフレット
撮影:伊藤有

VRに教育が有用である……その発想には、もっと「先」がある。

2017年秋、筆者は川上氏に単独インタビューをし、Business Insider Japanで掲載もしている。取材テーマは、当時川上氏がドワンゴで注力していた「ディープラーニング」の活用だった。

ドワンゴ川上会長単独インタビュー「僕らがディープラーニングで狙うもの」

ドワンゴ川上会長単独インタビュー「僕らがディープラーニングで狙うもの」

その中で川上氏は次のように語っている。

「今のディープラーニングは『人工知能の教育産業』、すなわち、人工知能にどういう教育を受けさせれば良い結果が得られるか、ということを競って研究していると考えられます。

最終的には『さまざまな知性に対する汎用的な教育理論』というものをつくろうとしていると言ってもいい。そして、その特殊な部分解として『人間の知性への教育理論』というものも分かってくる……というのが僕の予想です」(川上)

その発想は今も変わっていないという。教育を効率化するための道具として、ディープラーニングなどの機械学習が活かせる、と川上氏は考えているのだ。当時は「この先は秘密」として明かしてもらえなかったが、その一つの方法論が「VRを使う」という発想だ。

川上「AIに『教える』ことをやらせるためには、人間のI/O(インプット/アウトプット。脳に対する入力と、動きを含んだ脳からの出力)をどこでモニタリングするのか、ということが重要です」

VR利用イメージ
実際に動作する、VR教材を使ったデモの様子。写真では、理科の実験で体験する「炎色反応」をバーチャル空間で体験している様子。
撮影:伊藤有

VRでは自分の見ている方向や動きをデータ化できる。つまり、学んでいる最中の細かな情報を読み取り、その行動がどういう意味を持っているのか、を解析できるということだ。

人間の経験豊かな教師も、生徒の動きや目線から理解度をはかり、教え方を調整する。そうした部分を「機械で再現」できれば、教育の効率を高めることは可能だ。

川上「といっても、人間からのアウトプット情報は意外と取れない。せいぜい視線のトラッキングくらいですかね。

むしろ重要なのは『インプットする情報を制御できる』ことです。例えば、英会話の練習をする時にも、解説をそれらしいタイミングで出してあげたりとか。人間は受動的な動物なので、その人に合わせて入力情報を制御することの方が大切だと思ってます。

こうやって教え方を最適化していくことは、ある意味で学習というものを『脳へのインストールに近づけていくこと』です。

ただ、手段としては、結局、勉強させるわけですから時間はかかります。PCのソフトみたいに一瞬では終わらず、『線形代数の基本を理解するには30時間かかります』という世界ですね(笑)

でも、効率化はできます。その人に応じた効率的な学習、あえて言えば最適な『インストール方法』を、AIが自動的に判断して対応する、といいうことはできるはずです。そういう時代は確実に来るでしょう。

学習の効率化も、情緒・非認知能力的な部分の学習についても、僕は統合できると思っています

N高が「ホントのハイテク高校」になるのはこれから

角川ドワンゴ学園ロゴ
角川ドワンゴ学園のロゴマーク。
撮影:伊藤有

これができれば、まさに「教育へのテクノロジー導入」そのものと言える。

だが、現在のN高・S高の「普通科プレミアム」では、そこまでの先鋭的な仕組みは実現していない。それどころか、これまでのカリキュラムの中でも、「どう学んだかを徹底的にデータ化して解析する」ようなことはできてない、という。

「だから、今のN高はそんなにハイテクじゃない」と川上氏は笑う。技術的な難易度が高い、ということもあるが、そうでない事情の方が大きかったようだ。

「本当は、N高でもっと早くやろうとしていたんですけれど、ペンディング(保留)していたんですよ。

これは僕の読み違いが原因です。
N高の生徒数は、初年度から1万人くらいいくと思っていました。ですが、実際に1万人を超えるのには4年かかりました。今の規模(1万5000人)になるには2年で十分、と思っていたんですが、実際には5年かかりました。

簡単に言えば、N高の損益分岐点は1万5000人で設定していたんです。そのため、初年度から大赤字を出してしまった。

(生徒の学習)データをたくさん集めて学習の効率化を推進する……ということをやろうとしていたのですが、その辺りへの投資はしばらく止めたんですよ。
生徒が増えた結果、やっとそこにお金がかけられるようになってきた。要はそういう状況です」(川上)

N高の生徒数推移
N高の生徒数推移を示したグラフ。
出典:角川ドワンゴ学園

2016年の開校初年度4月、N高の生徒数は1482人だった。その後、生徒数は増加していくが、川上氏が思い描いたような伸びになってきたのは2018年頃からのことだ。特に2019年以降は、川上氏が積極的に関わり、生徒数の伸びも拡大している。

「データ収集も進んでいなかったのですが、それよりも足りないのが『教材』です。

今の生徒は、『N高』の授業に加え、『N予備校』(大学進学を前提とした予備校形式の通信講座)だけでも勉強が足りません。多くの生徒が他の参考書を併用している状況です。

本来、学習に関わるI/Oを全部N高が把握する状態にしないと、生徒個別の学習データを取る効果は少ないと思っているんです。『N高の外』でやっている勉強の効果が把握できませんでからね。

なので、ここから2年くらいかけて、教材の大充実をやり、他の参考書が必要ないレベルを目指します。その時に合わせて、学習データをちゃんと収集しよう、という計画です」(川上)

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「教育」にはハイテク産業が参入する余地がある

VRの教材
N高・S高の「普通科プレミアム」への導入に向けて開発中の化学の教材。
撮影:伊藤有

ここまでの話から見えてくるのは、現在N高・S高で進んでいるのは「学校だけでいかに教育に必要な教材を提供できるのか」というチャレンジであり、VRもその道具の一つ、ということだ。

さらに川上氏はこうも言う。

川上「そもそも教育産業には、ハイテク産業がほぼいないじゃないですか。なので、そこには十分に成長余地があると思いました。

ビジネスモデルとして構造的な優位性があるので、N高が今後生徒数を増やしていくことは何もしなくても十分に可能です。同様に進学実績を高めていくことも何もしなくても可能です。

つまり、何もしなくても従来からの『良い学校の評価』に使われる情報を示すことで、学校法人として事業が成長する、というモデルは十分に示せるんです。AIなどを使った学習の最適化の取り組みは、実は『やってもやらなくても、どちらにせよ勝てる』領域なんです。

ただそれだけでは、(N高の価値として)つまらないので、ついでに本格的な教育改革もやってしまおうと決めました。でも、先ほど言ったように『教育改革をするから勝てる』とは思ってない。それはあくまで別の話なんです。

でも、こういう教育の根本的な改革は、余裕があるビジネス的に勝てるプレイヤーがやるべきと思っています」

では、川上氏の言う「勝てる理由」とはなにか? そして、「ついでに行う教育改革」とはなにか?

対談の後半ではそこを中心に語っていく。

※ドワンゴ創業者・川上量生氏らの取材を通じた「N高・S高特集」は全3回での掲載を予定。

インタビューの後半はコチラから。

【独占】N高が教育ビジネスで“勝つ”理由 ── 川上量生氏が“ついでに”目指す「脱受験教育」

【独占】N高が教育ビジネスで“勝つ”理由 ── 川上量生氏が“ついでに”目指す「脱受験教育」

(文・西田宗千佳


西田宗千佳:1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。取材・解説記事を中心に、主要新聞・ウェブ媒体などに寄稿する他、年数冊のペースで書籍も執筆。テレビ番組の監修なども手がける。主な著書に「ポケモンGOは終わらない」(朝日新聞出版)、「ソニー復興の劇薬」(KADOKAWA)、「ネットフリックスの時代」(講談社現代新書)、「iPad VS. キンドル 日本を巻き込む電子書籍戦争の舞台裏」(エンターブレイン)がある。

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