早稲田大学大学院のビジネススクールで、 経営学を専門として教授を務める傍ら、書籍の雑誌連載やテレビ番組でのコメンテーターなど、幅広い活躍で知られる入山章栄氏。これからの時代に求められる人材として同氏が挙げる「イントラパーソナル・ダイバーシティ」とは何か、そして変化の激しい時代においてイノベーションを生み出すために、企業と個人にできることは何なのかを聞いた。
マドンナは何の職業なのか
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業。三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.(博士号)を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。早稲田大学大学院経営管理研究科准教授を経て、2019年より現職。
私は、これからは「イントラパーソナル・ダイバーシティ」がもっと求められる時代になっていくと理解しています。日本語だと「個人内多様性」という意味で、海外の経営学でも注目されて研究されているトピックです。端的にいえば、「一人の中に幅広い多様性を持つ」ということです。
例えば、マドンナ。僕がアメリカの大学に勤めていたとき、経営戦略論の授業の最初に議論していたケースが、マドンナについてでした。マドンナは歌手だと言われますが、歌がどのくらい上手かというと、セリーヌ・ディオンのような歌姫には敵わない。ダンスもしますが、ジャネット・ジャクソンには敵いません。また彼女は女優でもありますが、女優をしているとは知らなかったという人も多いでしょう。つまり、一つひとつの素養だけを見ると、それほどでもないわけです。
だけどマドンナは、エンターテインメントの世界の頂点に長きにわたって君臨し続けていた、圧倒的な存在ですよね。では結局マドンナは何者なのかと言うと、「スーパースター」というしかない。英語で言えば「アイコン」(icon)ですね。歌手とか女優といった一つの言葉に当てはめられない人。そういう人こそが、これからの変化の激しい時代に生き残れるのだと思います。
もちろん、全員がマドンナみたいになれるわけではありません。でも一つ言えることは、これからの世の中は確実に変化が起き続ける。そのときに一人の中で多様性があると、さまざまな変化に対応でき、新しい価値を生み出せる可能性が高いということです。これが、イントラパーソナル・ダイバーシティです。
では、ここからはその新しい価値を生み出すということ、すなわちイノベーションのためにわれわれは何が必要かを語らせてください。
「知の探索」を得るための、2つの方法
経営学の知見によると、イノベーションは「既存の知と別の既存の知の新しい組み合わせ」で生まれます。これは、「新結合」と言って、ジョセフ・シュンペーターという経済学者が80年以上前に提示して以来変わらない本質の一つです。
ところが、人間は認知に限界がある。だから目の前にある近くの知と知しか、組み合わせることができないんですね。そのため、ずっと同じ組織にいたり同じ人に囲まれたりしていると、知と知の組み合わせに限界がきて、やがて新しい組み合わせが終了してしまう。
だからこそ、なるべく遠くを幅広く見て、新しい知を取り入れて新たな組み合わせをつくることが必要なのです。経営学ではこれを「エクスプロラレーション(Exploration)」と呼びます。私は「知の探索」と呼んでいます。この知の探索が、日本では圧倒的に不足しているのです。では知の探索は、どうやったら得られるのか。
方法は少なくとも大きく二つあります。一つは「人が会社組織の外に出ること」です。日本の労働市場はまだまだ流動性が低く、長期にわたって同じ会社で同じ人と働いているというケースが多いわけです。でも同じ会社・業界に長くて、同じ人にだけ囲まれていたら知の探索はできません。すなわち、まずは外に出るよりほかないのです。
もちろん、その意味ではさまざまな業界を渡り歩いたり、転職することも有益なのですが、そうでなくても知の探索は可能です。例えば、最近注目されている働き方改革の一環である兼業・副業は、知の探索の手段として有効なはずです。兼業・副業では、本業と同じことはできないので、所属企業や携わっている仕事とは遠く離れたところで、知を得て人脈を得るからです。そしてそれをまた会社の本業に活かしてくれればいいわけです。副業を率先して始めたロート製薬などは、まさにこの意図で進められていますね。
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そしてもう一つの方法は、「組織にバラバラな人材を入れること」です。知とはつまり人間が持っているのですから、一つの組織に多様な人材が入って来れば多様な知が入り、知の探索になるのです。
よって、いま日本でも注目されている「ダイバーシティ施策」は基本的に正しい。ただポイントは、日本では「何のためにダイバーシティを進めるのか」の腹落ち感が弱いことです。経営学的には、それはイノベーションのために重要なのだ、ということになります。
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ただし、多様な人材を一つの組織に集めるというのは、面倒臭いものだということも覚悟しなければいけません。 会議一つをとっても、多様な意見が出て必ず揉めます。ただし、会議で揉めない議論からは、イノベーションは絶対に生まれません。「全会一致のイノベーション」などあり得ないのです。たまに「誰も反対しないイノベーションはありませんか」と聞かれることがあるのですが、あり得ないと私は断言しています。でも、それを乗り越えていかないといけないわけです。
「Who knows What」が重要に
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イノベーションの停滞しがちな大手・中堅企業でもう一つ重要な視点が、「トランザクティブメモリー」です。1980年代に、アメリカのハーバード大ダニエル・ウェグナー氏によって提唱された学習概念で、 組織内の「誰が何を知っているのか」 を共有することが重要、という意味です。
海外の経営学では、トランザクティブメモリーについてはすでにさまざまな研究が発表されています。その中でも私が重視しているのは、「人と人が直接、顔を合わせてのコミュニケーションを取ることが、トランザクティブメモリーを高める」という結果が複数の研究から得られていることです。
すなわち部署を超えて、会社全体で社員が顔を合わせるようにすることで、「誰が何を知っているか」を会社全体で共有するべきなのです。
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一方で、最近はIT化の進展や働き方改革の中で、人と人が顔を合わせることが減っている企業もあります。最近ならチャットツールを活用しているために、社員同士が顔を合わせない企業も増えたと思います。もちろん働き方改革は重要ですし、こうしたITツールも有効活用はされるべきですが、一方で、部署や事業部をまたいで人と人が直接顔を合わせる機会をつくることも、とても重要です。
このような仕掛けは、昔の日本企業の方が豊かだったかもしれません。たとえば大企業では、かつては独身寮を用意していた企業も多くありました。寮は、年次も部門も限定されない、幅広く顔を合わせる場でした。タバコ部屋もそうです。社内のいろいろな人たちが集まってくるので、そこで直接関係がつくれたという効果があったと思います。
もちろん、寮の削減や禁煙促進は時代の流れの中で、必要なことかもしれません。しかし、そうだとしたらそれに替わる、社員が直接顔を合わせる場所をいかに作るかが重要なのです。実際、たとえばグーグルはすでにさまざまな施策を展開しています。カフェレストランがあれだけ立派なのもビリヤードを併設しているのも、直接のコミュニケーションのため。人と人が出会いやすい仕掛けを盛り込んだオフィスになっています。
トランザクティブメモリーが増える仕掛け
オリックスでは「Keep Mixed」という考えのもと、社員に多様な経験を積ませながら、それぞれの能力・専門性を最大限に活かし「知の融合」を図っている。
提供:オリックス株式会社
ここまで解説した「知の探索」「トランザティブメモリー」の両面から非常にいいなと思うのは、多様な事業を展開しているオリックスの取り組みです。
なかでも、 オリックスグループのキャリアチャレンジ制度 (異動を希望する部署と直接面談できる)や 社内インターン制度(希望する部署で5日間の社内インターンシップできる)などです。3〜5年ごとに担当する事業が大きく変わる異動もあり、さまざまな部署で密な人間関係が築け、困ったときに問い合わせる先ができる。
通常、私は単一事業会社でのジョブローテーションは「知の探索」の範囲がそれほど広くないので評価していないのですが、オリックスの場合は、そもそも「オリックスとは何の会社ですか」という疑問を持たれるくらい、とてつもなく多様な事業をされています。
そのようなまったく違う事業部へ異動になれば、社内でもこれまでとは違う経験を積むこともできて、イントラパーソナル・ダイバーシティも高められるでしょう。
もちろん欲を言えば、自社カルチャーから離れてレンタル移籍ができる機会があれば、さらにいいですけどね。オリックスの場合、中途採用の方も多いので、そういう方が遠くから持ってきた知が組み合わせる「知の探索」が豊富なのも魅力ですね。
本屋に行って、目を閉じて本を手にとってみる
冒頭にもお話ししたように、変化の激しい時代において、イノベーションを起こすことが求められます。そのためには、知の探索を通じて、やがて一人の中の多様性を高めることが重要です。とはいえ、当然ながらそれはそんな簡単なものでもありません。ただ、今日から誰にでもできることはあります。要は、少しでいいから毎日自分に変化を起こして、知の探索に慣れていくことです。
私の友人の著名なベンチャーキャピタリストのお勧めは、毎日の通勤路を少しでもいいから変えてみることです。例えば降りる駅を一つ前にして歩いて帰るだけで、いつもとは違う発見があるはずです。
僕のお勧めは、本屋に行って、目を閉じて、本棚から本を取り出して、そして手にした本をとにかく最後まで読み切ることです(笑)。 タイトルを見ていたら選ばなかったという書籍でも、普段自分と接点が全くないからこそ、新たなヒントをくれることがあるんです。とにかく人間の認知は狭く限界がある。だからこそ、本を読んだり人に会ったり、旅に出たりすることで認知をできる限り広げて、変化を楽しむことから始めてほしいと思います。
時代の変化を先取りして、祖業のリースにとどまらず隣接分野に進出し、専門性を獲得することで「知の探索」を続けてきたオリックスグループ。そのうえで、集まった多様な人材の能力を引き出し「知の融合」を図っていると言う。オリックスグループの人事制度の詳細はこちらから。