「正直に言うと、年収差が400万円もあるのだから、家事は妻が多く負担するのは当然だと思っています」
都内の大手メーカー勤務のワタルさん(仮名、40)から、Business Insider Japan編集部にメールが届いたのは、2018年暮れのことだった。
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妻との家事分担について割り切れない思いを抱える中、関連の話題の記事検索をしていて、Business Insider Japanのこの記事に行き着いたという。
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記事では、「年収低い方が家事を多くやるのは当然」と考える夫に対し、釈然としない妻の気持ちを取り上げた。
子育て中の共働き家庭。正社員で管理職のワタルさんに対し、妻は一部上場企業で契約社員として働く。
「非正規で年収300万円の妻が、自分の忙しさや大変さを全面にアピールしてきて、私にこれ以上の負担を求めてくるスタンスには辟易(へきえき)します。私は間違っているのでしょうか」
丁寧な口調で、淡々と状況が整理された文面、純粋な疑問を投げかけるメール。ぜひ直接話を聞いてみたいと思い、年明けの取材を申し込んだ。
年収差は400万円、家事は半々
夫婦の家事育児分担と年収問題で、一通のメールが編集部に届いた(写真はイメージです)。
撮影:今村拓馬
1月のとある平日の夕暮れ時。渋谷の道玄坂で待ち合わせたワタルさんは、黒いウールのコートにグレーのマフラーを巻いた、清潔感ある落ち着いた様子の男性だった。職場はフレックスタイム。仕事さえ目処がつけば、退社時刻は比較的自由だという。
「会社は女性の割合が高く、子育て社員にも理解があります。残業は比較的少なく働きやすい方だと思います」
神奈川県内の分譲マンションに妻と小学校1年生の息子と3人暮らし。共通の趣味で知り合い、約10年前に結婚した。
結婚前から契約社員として働く妻の年収は約300万円。ワタルさんは約20人の部下を抱える管理職で、年収は約700万円。収入差は倍以上ある。結婚当初から共働きで、家事や育児は相応に分担してきたつもりだ。
「妻は料理、2日に一度の洗濯、トイレ掃除。私はその他全般の掃除、毎日の食器洗いに、家事や家電のホコリ取りや、エアコンや換気扇の不定期のメンテナンスなどもやっています」
洗い上がった衣服をクローゼットにしまう、トイレットペーパーの補充、電球の交換など細かなことも、主にワタルさんが担っている。
妻は料理が好きではないようで、おかずは出来合いのものを買ってくることが多いが、「そこにはとくに不満はありません」。
息子が保育園に通っていた頃は、時短勤務だった妻がお迎え、送りがワタルさんだった。「私が一緒にいたいので」(ワタルさん)休みの日は息子と過ごす時間を最優先にしている。
子どもの小学校入学、妻の昇進で変わる事態
息子が小学校に入学すると、親の手が必要なことは、かえって増えた(写真はイメージです)。
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一見、うまく回っている共働き家庭に見えるが、ワタルさんのモヤモヤが募ったのは、この1年のことだ。
息子が小学校に上がると、妻は職場で時短勤務が使える期間が終了。フルタイムで働くことになった。
共働き家庭に優しい保育園時代とは生活が一変。お便りや持ち物、宿題など、1年生ではあれこれ手のかかる学校関連のことは、妻がみている。
学級参観や面談は夫婦で分担するが、「なんとなく流れで主担当は妻」という状況だ。
さらに、妻が非正規の立場とはいえチームリーダーに昇格。「責任ある立場を任されて、忙しくて休めない」と言うようになり、子どもの病気の時は、ワタルさんも休みをとるようになった。
「子どもの小学校入学に加え、妻は昇格したことから、大変さを強調するようになりました。親への要求の多い学校への愚痴もよく口にしています。もっと私に家事育児を負担するように求めています」
妻の不満は募っているようだが、ワタルさんも同様に「不満が膨らみ続けている」という。
これまで納得済みでやってきた家事育児の分担そのものに対する考え方が揺らぎ、「年収差がこれだけあるのだから、妻が多く負担するのは当然なのでは」というモヤモヤした気持ちに気づいたという。
もっとやりがいのある仕事なら
ワタルさんの妻の通勤時間は往復2時間。保育園時代から、子どものお迎えは妻だ(写真はイメージです)。
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さらにそのモヤモヤは、年収差の問題にとどまらない。
「むしろ、妻がもっとイキイキ仕事したり、やりがいをもって社会貢献しているのなら、協力もしたい。けれど、ラクな非正規の仕事を選んでおいて年収も半分以下。それで家事や子育てをさらに求められても、割り切れないのです」
ワタルさんの妻は、新卒で入った会社では正社員として働いていたが、転職後は自ら契約社員を選んだという。
以前、ワタルさんは「働きたいなら、ちゃんと正社員の仕事を探したらどうか」と話したが、「気楽な今の仕事がいい」というのが妻の答えだった。
とはいえ、通勤が往復2時間では「息子のお迎えも遅くなるし、だったらいっそ、近所でパートを探した方が合理的では」とワタルさんは思う。
しかし、非正規社員とはいえ、今の職場は育休がとれ、時短勤務もできる。大手企業ということもあり妻には居心地がいいようだ。
今の風潮では、男性も家事育児分担が当然とされている。一方で、仕事面で収入が多く、責任ある立場を担っているのも依然として男性という状況は、それほど変わらない。
「実はもやもやしている男性は多いのではないでしょうか」
オリラジあっちゃんに共感
「良い夫、やめました!」
2018年秋、オリエンタルラジオのあっちゃんこと中田敦彦氏が書いたコラムが、話題になった。
「妻に合わせ過ぎたことで(妻は)足りないことばかり注目するようになっている」と気づき、「良い夫であることも、良い夫であろうとすることも、やめました」と書いていた。
とくに好きな芸人でもなかったが、ワタルさんはふと共感を覚えたという。
共働きが増えるにつれ、家事の分担で夫婦それぞれが不満を募らせている(写真はイメージです)。
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実は、冒頭の「年収低い方が家事育児を担うのは当然か」記事は、「結局夫は、家事育児は女の仕事と思っている」などと共感を呼ぶ一方、「完全な家事育児分担」のススメには、疑問を呈する声も寄せられた。
「当然というか世帯収入に繋がる訳で、低い方が妥協した方が家族にとっていいでしょうに。高い方が妥協して世帯収入が減ったら意味無いじゃない」(yahoo!ニュースでのコメントより一部抜粋)
合理的に考えれば、どちらかがやることになるのではとも。
「男女論を抜きにして、実働時間が少ない方が家事育児のウエイトが高くなるのは必然であり当然の結果、極めて合理的」(Yahoo!ニュースでのコメントより一部抜粋)
こんな試みをしている夫婦もある。
「家庭を会社と考えた場合に夫婦それぞれが営業、営業成績が良い(収入が高い)方がまずは会社により貢献していないですかね? それで同じ給料(家計)だったら、営業以外にプラスα何か(家事育児)やってもらわないと仕事だったらバランス悪く無いですか? なので我が家では家事に点数付けてます」(Business Insider Japanサイトへのコメントより抜粋)
日本女性の賃金は男性の7割という実態
女性たちの「選択」の前提に、男女格差があるのも事実。
撮影:今村拓馬
家事育児の負担は、年収が低い方(その多くは労働時間の短い方)が引き受けるのが合理的なのでは——。
そう思ってしまうのは、ワタルさんに限った話ではなく、一定量の「年収の多い側」のホンネかもしれない。
だが、日本では働く女性の6割近くが非正規雇用なのに対し、男性で非正規雇用の割合は2割程度。男女間の賃金格差は、男性に対し女性は7割程度と、開きが大きい。つまり、「年収が低い方が家事」なると、構造的に女性が家事育児を引き受けざるを得ない状況なのだ。
ワタルさんにしてみると「ラクだから非正規」を選んでいるように見えた妻も、社会の実態に対する「消極的だが合理的」な選択をした結果かもしれない。例えそれが無意識だったとしても。
家事育児の分担を年収を元に考えるなら、その前提となる、男女の賃金格差の問題を議論しなければ、永遠に性別による役割は固定されたまになってしまう。
「そんなふうに妻のことを考えたことはありませんでした。そうなると、もっと川上の日本社会そのものの問題になりますね」
ひととおり話し終えたワタルさんは、ふと考え込むような表情を見せた。
(文・滝川麻衣子)