『透析を止めた日』堀川惠子著

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透析を止めた日

『透析を止めた日』

著者
堀川 惠子 [著]
出版社
講談社
ジャンル
文学/日本文学、評論、随筆、その他
ISBN
9784065342794
発売日
2024/11/14
価格
1,980円(税込)

書籍情報:JPO出版情報登録センター
※書籍情報の無断転載を禁じます

『透析を止めた日』堀川惠子著

[レビュアー] 尾崎世界観(ミュージシャン・作家)

妻と取材者 二つの視点で

 「人工透析」とは。前半は主に妻として、透析患者である夫との日々を振り返りながら。後半は主にノンフィクション作家として、綿密な取材を重ねながら。著者は限りなくその答えに迫る。

 生を書けば書くほど、そこに死が書かれていく。夫が過ごした辛(つら)く苦しい闘病の日々、血液透析~腎移植~再透析に至るまでが、文字通り血で刻み込まれている。だからどのページにも、読み手の感想があって初めて成立するような、そんな生優しい隙間はない。そのページの上は常に、感情を動かす音を立てることも許されないほど張り詰めていて、こちらはもう、ただそこに書かれた事実を追うことしかできない。

 そして、あまりにも知ることが多過ぎる。止血に約10分を要するほど太い透析針の痛みに、1日500ミリ・リットルの水分制限による渇きに、まったく気の抜けない複雑な栄養管理に、左腕を伸ばして4時間ベッドに横たわったままほとんど動かせない体の軋(きし)みに、分かり合えない医師とのやりとりや理不尽な医療制度に、何より、ほんのひととき二人に訪れる心穏やかな時間に、「知らなかった」自分が、何度も何度も貫かれる。

 生身の肉体は機械とは違う。血管や心臓は確実にすり減っていき、透析にも確実に終わりがあるということ。やがて来るそのときに味わう最大の苦しみ。そんな苦しみに差し伸べられる手は、まだ限りなく少ない。左手の親指で残りのページ数を感じながら、頼む、もう終わってくれとくり返し願った。

 でも、何より恐ろしいのは、本書がたまらなく「面白い」ことだ。悲しみも苦しみも超える、読み物としての圧倒的な面白さ。死の間際までテレビ制作の現場に立ち続けた夫同様、作り手としての著者の執念に寒気がする。そしてその執念が、決して動かなかったものを動かす。そんな明るい未来を信じてやまない。恐ろしくてもう二度と読みたくないけれど、ずっとそばに置いておきたい一冊。(講談社、1980円)

読売新聞
2024年12月20日 掲載
※この記事の内容は掲載当時のものです

読売新聞

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