『わたしの農継ぎ』
- 著者
- 高橋 久美子 [著]/高橋 久美子 [著]
- 出版社
- ミシマ社
- ジャンル
- 文学/日本文学、評論、随筆、その他
- ISBN
- 9784911226094
- 発売日
- 2024/09/17
- 価格
- 1,980円(税込)
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<書評>『わたしの農継ぎ』高橋久美子 著
[レビュアー] 湯澤規子(法政大教授)
◆ままならぬ農業 楽しく
新しい風が吹いている。歌うように、奏でるように、時にこぶしを効かせて唸(うな)るように。困難が訪れると、悔し泣きの風雨が吹き荒れることもある。だが、風は再び軽やかに伸びやかに四国の山間地域を吹き抜けていく。この風こそは、著者の高橋さんとその仲間たちである。本書を読んでそんな印象を受けた。
高橋さんは農家を営む実家がある愛媛県の農地が放棄され、風景が変わっていくことに「待った!」をかけ、農地を買い取り、農の世界に飛び込んだ。その顚末(てんまつ)をつづった『その農地、私が買います』(ミシマ社)に続く本作は、東京と愛媛との二拠点生活を始めた高橋さんと、苦楽を分かち合う仲間たちの奮闘記である。
いや、あえてここでは楽闘記と言い直すことにしよう。決して綺麗(きれい)ごとでは済まされない農の厳しさを前に、本書には絶望に打ちひしがれそうになる場面が何度も登場する。草、猿、猪(いのしし)、モグラ、虫、天候との攻防、人間関係の迷い。ままならないことが山ほどある。ところが、それを正直につづる素顔の言葉の端々に、何とも魅力的なユーモアが宿っているのである。
「苦楽」という言葉に表れているように、苦の土台には楽がちゃんと残されている。ままならないことを丸ごと受け止めようとする姿勢は高橋さんの生きる構えでもあるのだろう。「農を受け継ぐためにはどうすればよいか」と問われ、高橋さんは「まずは、楽しい場所であることでしょうかね」と答える。農地だけでなく、先人たちの技術や生き方、暮らし方を継ぐこと。その意思と敬意を込めた「農継ぎ」という言葉は、新しい農のかたちの提案だ。
これは社会全体に投げかけられたとても大切なメッセージでもある。楽が苦を支え、健やかな日々を継いでいく農や社会を実現していくには、私たちが持つ価値観や制度を根本的に見直す必要がある。「わたし」から「わたしたち」の農継ぎへ。その思索の始まりの一書として、本書を多くの人に届けたい。
(ミシマ社・1980円)
1982年生まれ。作家・詩人・農家。著書『一生のお願い』など多数。
◆もう1冊
『風景をつくるごはん 都市と農村の真に幸せな関係とは』真田純子著(農山漁村文化協会)