母親の呪縛から逃れられない……。
『誕生日を知らない女の子 虐待――その後の子どもたち』で開高健ノンフィクション賞を受賞するなど、社会問題に切り込むノンフィクション作家の黒川祥子さんは、そうした想いを抱える当事者の一人だ。
その黒川さんが「今まで封印していた母への葛藤がまさか、こんなに溢れ出てくるとは…」と困惑することになった一冊がある。
女優の秋吉久美子さん(70)と作家の下重暁子さん(88)の二人が、母娘関係にまつわる本音を語り合った対談をまとめた新書『母を葬(おく)る』(新潮社)だ。
「看取ってから年月が過ぎても未だ母との訣別(けつべつ)ができない」と明かした本作に触れた黒川さんの、「娘として」の深い葛藤とは?
母親の「道具」だった私
失敗ばかりの人生を送ってきた私が唯一、胸を張って誇れることと言えば、「結婚式」という茶番の主役を演じなかったことだ。
母の見栄や世間体や名誉欲や、そんな類のものを満足させる「道具」にならなかったことだけは、自分で自分を褒めてやりたい。
その前には、最悪の黒歴史を経験している。「成人式」だ。娘の意向など何一つ構わず、母が選んだ振袖を着せられ、町内に一つしかない美容院で、東京で修業してきたという美容師が「今年の成人式は、新日本髪」と決めたものだから、その「新日本髪」を結わされ、とんでもない不細工な人形が一体、できあがった。それが、20歳の私だ。何一つ同意してなかったのに、写真館で写真を撮られ、その写真は自分にとって目を背けたくなるほどおぞましいものでしかなく、すぐにアルバムを閉じた。
式の会場には父が運転し、助手席に母が乗る車で連れて行かれ、終了後は有無を言わさずに親戚周りをさせられた。それが、「人形」の役割だった。
自分が選んだ着物を誇らしげに披露する母の顔は、明らかに高揚していた。自分の目利きを親戚にしっかりと誇示することができ、この日、母はどれほどうれしかったことだろう。「人形」に、意思は一切ない。それは母にとって、最初から必要のないものだった。
母には、娘への愛情はあったのだろうか。母の愛情というものが、私にはよくわからない。いろいろ、「使われてきた」ことだけは確かだ。母の体面を保つどころか、より良いものに作り替えていくために。娘の成績がいいことは必須で、さりげなくどころか、あからさまに自慢する母の姿には、嫌悪感しか持てなかった。「そんなこと、してほしくない」。小学生の頃からずっと思っていたことだ。名誉欲を満たすために、嘘を散りばめ、陰謀を張り巡らすことも普通のことで、それも耐え難かった。
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1896年(明治29年)創立。『斜陽』(太宰治)や『金閣寺』(三島由紀夫)、『さくらえび』(さくらももこ)、『1Q84』(村上春樹)、近年では『大家さんと僕』(矢部太郎)などのベストセラー作品を刊行している総合出版社。「新潮文庫の100冊」でお馴染みの新潮文庫や新潮新書、新潮クレスト・ブックス、とんぼの本などを刊行しているほか、「週刊新潮」「新潮」「芸術新潮」「nicola」「ニコ☆プチ」「ENGINE」などの雑誌も手掛けている。
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