男性用トイレにおむつ交換台を置いたり、男性が入れる「ベビールーム(休憩室)」を設けたりする施設は珍しくなくなってきた。しかし授乳室は安全面などに配慮して、「お子様連れのママがご利用できます」などと女性に限定されることも多い。妻が授乳室に入っている間、その前で手持ち無沙汰にしている夫の姿を見たことがある人もいるだろう。
2023年5月に大阪地裁で行われた「建造物侵入」に問われた裁判の事件は、ショッピング施設の授乳室で起きた。目撃者である夫が、授乳室の外で妻を待っていたところ、中から男性が出てきたため問い詰めたことで事件が発覚した。この男性は中で何をしていたのか、犯行動機や両親の証言をお届けする。(裁判ライター:普通)
●授乳室で繰り返される安全を脅かす犯行
被告人は40代の男性。身柄拘束をされている被告人は、髭が乱雑に生えており、憔悴しているような表情を浮かべている。傍聴席には両親が座っていた。後ろ姿からも母親の心配している様子がうかがえる。
裁判で問われている起訴事実としては、「正当な理由がないのに授乳室に入っていた」というものである。気になるのはその理由だ。当然、勘違いなどで誤って入ってしまったわけではなかった。
被告人は授乳室に忍び込んで、カーテン1枚が仕切られた先で授乳行為が行われていることに性的興奮を覚え、自慰行為を行っていたのだ。あくまで女性に触れることも、見せつけることもないため、起訴事実としては「建造物侵入罪」のみが問われているのである。
また、被告人には同種の罰金前科があり、今回の事件は、その罰金刑からわずか10日後のことであった。事件前日に、河川敷で偶然授乳行為を見て興奮を覚えたことから、「自慰行為をするために現場施設に赴いた」と供述している。
●事件に向き合う家族の覚悟
情状証人として父親が出廷した。
事件当時も被告人とは同居をしており、前科についても知っていた。会話なども比較的多く、前刑の際は泣きながら家族に更生を誓ったとのことで、今回の件は裏切られた思いで、大きなショックを受けたという。
勾留中も毎週のように面会に行った。しかし、被告人の口から理由が語られることはなかった。父親は同居を続け、再犯しないよう息子を治療のため夫婦で病院に連れて行きたいと明かした。
●再犯を防ぐ手はあるのか
被告人は一言一言噛みしめるように、質問に答えていった。
まず、授乳室に同室していた女性、施設、両親、世の女性に不安や迷惑をかけたことを詫びた被告人。一度、罰金刑を受けているにもかかわらず再度行ったことに対しては、「思いついたら後先考えない性格」、「性的欲求を満たしたかった」、「甘く考えていた」と率直に明かした。
今後については、以下のようなやりとりがあった。
弁護人「今回、保釈請求を行っていないのは何故ですか?」
被告人「今度こそ反省して罪を償いたいと思い、請求をしませんでした」
弁護人「短期間に同じことをしていて、またしないか不安なのですが」
被告人「家族と一緒に病院へ行き、今回は腹をくくって治療していきたいと思っています」
家族には自身の犯行を行う理由について、「恥ずかしいと思い言えなかった」と供述した被告人。検察官からの質問に対しても、「自分だけで解決しようとせず、親の協力を得て二度と行わないようにする」と供述した。
●「被告人が帰れるのであれば、戻る場所は用意しております」
検察官からは、短い期間に犯行を連続して行っており、再犯の可能性が高いとして懲役1年が求刑された。
弁護人からは、今後は家族の手も借りながら治療に向き合っていく点や、今回の事件で職場であった昇進の話もなくなったことから社会的制裁はすでに受けているとして、執行猶予付きの判決を求めた。
最後、被告人の最終陳述を行い終結するというところで、傍聴席にいた被告人の母がおもむろに手を挙げて発言の機会を求めた。裁判長からは発言を控えるよう制止されたが、その後弁護人が意見を聞くという形で発言が許可された。
「もし、被告人が帰れるのであれば、戻る場所は用意しておりますので」と必死に声を絞り出す母親。裁判内で公式に行われた発言ではないので、記録に残ることはないが、母親の切実な願いは法廷にいた者の記憶に残ったであろう。
判決は懲役1年、執行猶予3年であった。