「武器はないが知識はある」 戦時下のウクライナで活動するセラピストたち

ナターシャ・ブーティー、BBCニュース

Inna Pochtaruk relaxes at home.

画像提供, Courtesy of Inna Pochtaruk

画像説明, ウクライナでセラピストとして働くインナ・ポチュタルクさん

「停電になるたびに、反射的にののしりの言葉が出てきます」と、インナ・ポチュタルクさん(45)は笑った。

こうやって自分を表現することは健康的な反応だと、ポチュタルクさんは言う。「怒りは活動のエネルギーと同じ」で、個人の境界を守るのに役立つからだ。

セラピストのポチュタルクさんは、ロシアとの戦争が続くウクライナで、悲しみや罪悪感、怒り、恐れ、孤独感、無力感などに苦しむ人々と向き合っている。しかし、彼女自身がこうした感情に免疫があるというわけではない。

ポチュタルクさんを含む数十人のセラピストが、2週間に1度のZoom(ズーム)を使ったグループセッションに参加しているのはそうした理由からだ(WiFiがつながればだが)。このグループはウクライナ語通訳者「マックス」さんが呼びかけているもので、相互支援と、英ロンドンのセラピスト2人による無料の臨床観察を提供している。

同じくセラピストのスウェトラナ・コワルさん(47)は、「一番難しいのは、この長引く全面的な死の脅威です」と語る。

コワルさんはこの戦争により、高齢の母親を地元に残し、南部オデーサに移住せざるを得なくなった。

母親には支援ネットワークが付き、コワルさんも定期的に母親と話をしているものの、会話が終わるたびに絶望感に見舞われるという。

すぐに効果の出る薬はないが、コワルさんは趣味やセラピー、コーピング(困難に対処する方法)などの助けを借りている。

「2年ほど社交ダンスをしています」と、コワルさんは微笑んだ。「でも残念ながら、男性がとても少ない小さなコミュニティーです」。ウクライナでは現在、多くの男性が徴兵されている。

苦難の時期においては、小さな喜びは決して軽薄ではないと、ウクライナのセラピストたちは言う。ヨガや園芸、茶などは、世界の他の場所と同様、自分たちをケアするお気に入りの方法だと。

一方で、戦時中に楽しそうにすることはタブーになっているとも話す。多くのウクライナ人が、他人との連帯として苦しむべきだと考えているからだ。

「どちらかを選ばされる」

心理学を学んでいる20代のラリサさん(仮名)は、「あらゆるロシア人との人間関係をすべて断ち切りました。怒っているし、関わりをもち続ける準備ができていないので」と話した。

ウクライナ侵攻が始まって以来、深い反ロシア感情が広まり、多くの関係性が壊された。心理学では「分裂」や「白黒思考」と呼ばれる状態だが、セラピストたちも、自分たちに影響があったと認めている。

「二つの椅子の間に分かれ目があるような感じです。自分が分裂しないよう、どちらかを選ばされるのです」と、コワルさんは話した。「さよならを言わなければならなかったロシア人の同僚がいます。一緒には働けません。善悪の区別がつかないという点で、その行動に問題があると思うからです」

こうした感覚は広く共有されている。「暴力を認めながら被害者と働くことなどできない」と、グループの別のメンバーは話した。

セラピストの中には、こうした怒りはロシア人の同僚ではなく、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領や侵攻軍に向ける方が良いと、やさしく示唆する人もいる。

一方で、白黒思考が深刻な危険を生き抜く助けになっていると指摘する声もある。

「脳の扁桃(へんとう)体は火災報知器のようなものです。不安とつながっていて、『止まれ』、『走れ』、『戦え』といった反応を制御しており、生死にかかわる状況について信号を出します」と、ラリサさんは説明する。

自国が戦争状態にある時、セラピストであることには矛盾があるようだ。

セラピーの目標が、防御機能を分解することで人々が物事を感じ、取り扱えるようにすることであれば、こうした防御機能が実際に自分を生かしてくれるような、恐ろしくトラウマになるような状況と、どうやって折り合いをつけられるのか?

セラピストたちはBBCに、弱っているクライアントとのオンライン・セッションが爆撃や爆発、停電などに邪魔されることがあると話した。しかし、クライアントが難しい感情に向き合い、対処できる安全なスペースを提供し続けると決意しているという。

「私たちは勝ちます。時間が必要なだけで、どれくらいかかるかも分かりませんが」と、コワルさんは話す。「私には武器はありませんが、知識があります」

Svetlana Koval practises ballroom dancing with a partner, whose face has been blurred to keep him anonymous.

画像提供, Courtesy of Svetlana Koval

画像説明, スウェトラナ・コワルさんは、社交ダンスなどの趣味が、困難への対処に役立っていると話す
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戦争はいつか終わるだろう。しかし心理的な打撃は数世代にわたって続く可能性もある。

セラピストたちは、自分たちの感情をほかの患者に投影しないようにしている一方で、自分たちがクライアントと同じようなトラウマに悩まされることがあると話す。

あるメンバーは、息子を亡くしたのだと語った。死別はなお生々しく、話すのもとても難しいが、彼女はセラピストとしてこの経験を通じ、「自分以上に誰かを遠くに連れて行くことはできない」と学んだという。共感は苦しみから生まれている。

「仕事に元気をもらっている」

金銭も、セラピストたちの困りごとの一つだ。戦争によって生計を奪われたため、全員が患者を無料で支援している。

ポチュタルクさんは、有給のフルタイムのセラピーの仕事を見つけて喜んでいる。実際のところ、危機サービスと青少年支援の新しい仕事はとても忙しく、今後は2週間の1度のセラピストのグループ会合にも参加しないつもりだと言う。

「自分の仕事を愛しているし、疲れることはありません。むしろ元気をもらっています。きのうはあるグループを担当したところ、午後11時まで感謝のメッセージが届いていました」

ラリサさんは国際的な雑誌やブランドの写真編集の仕事で生計を立てている。最近では、最も困っている人々を助けるため、ほとんど無料でプライベートの心理療法を提供している。

「夫には、このセラピー・ビジネスを運営し、すべての管理費用を支払うために、かなりのお金がかかったけど、何の見返りも得られていないと冗談を言われました」

「でもありがたいことに、私たちには戦前からの貯蓄があったし、夫は堅実に働いています」

セラピストたちは、自分たちの仕事が極めて重要だと知っており、多くの有給の仕事を確保することで、困窮している民間人や兵士たちに手を差し伸べたいと言う。同時に、経済的にも自分たちを維持し、精神的な燃え尽き症候群にならないようにしたいと考えている。

「私たちを攻撃する人々と私たちは、この点で違います。人々に安全な場所を与えることは、人間性の一つの形です」とラリサさんは言う。

「こうしたことをする時、自分が人間だと感じます」

(英語記事 'I've got no weapon but knowledge': Ukraine therapist)