南シナ海の領有権問題、中国に対抗するフィリピンの座礁船

ルーパート・ウィングフィールド=ヘイズ、BBCニュース(マニラ)

Chinese boat shines green laser on Philippine vessel

画像提供, Philippine Coast Guard

画像説明, 中国船から照射されたレーザー(提供:フィリピン沿岸警備隊)

中国にとっては珍しいほど忙しく、奇妙な1週間だった。

偵察用との疑いのある気球をめぐる騒動が11日目を迎えた2月13日月曜日、中国とフィリピンの間で新しい衝突が起きた。今度はレーザーをめぐるものだった。

フィリピンは、中国が「軍事用」のレーザー光線をフィリピン沿岸警備隊の船に照射したと批判。これは2月6日、フィリピンが南シナ海の拠点としている座礁艦船「シエラ・マドレ」へ、補給作業に向かった際のことだった。フィリピンの沿岸警備隊の船に中国の艦船が接近し、航路を阻み、レーザー照射で乗組員の視界をさえぎったと。

中国側がどんな機器を使ったのか、どれほど強力なものだったのかは分からない。しかしレーザー兵器は視覚にダメージを与えるため、国連条約で使用が禁止されている。事件を受け、アメリカやオーストラリア、日本、ドイツといった国々がすぐに非難声明を出した。

中国側は、「主権」を守るためにレーザーを使う権利があると主張した後、フィリピン側の乗組員への照射を否定。「手持ちのレーザー速度測定器と緑色のレーザーポインター」を使い、どちらも危険なものではないと説明した。

こうしたことが、水中の岩礁をめぐって行われている。

BBCは2014年、シエラ・マドレ捜索のために南シナ海を取材した。太陽が昇っても、目標の影さえ見当たらなかった。

船のエンジン音が響く中、船長の「心配するな」という声が聞こえた。「どこに行くかは分かっている。あの岩礁の上だ」。

船長が北を指さすと、朝もやの向こうからさびた灰色の廃船が見えてきた。水面から数メートルのところに見える広大な岩礁の上に乗っていた。

シエラ・マドレは現役時代から、特に威容のある艦船ではなかった。第2次世界大戦中に戦車揚陸艦として造られ、ヴェトナム戦争では米海軍の艦として戦場におもむいた。1970年に南ヴェトナム海軍に移管されたが、1975年のサイゴン陥落後、フィリピンの所有となった。1999年、老朽化したシエラ・マドレはフィリピン沖100キロの地点にあるこの岩礁に、意図的に放置された。

Sierra Madre
画像説明, シエラ・マドレは、南シナ海のセカンド・トーマス礁に座礁したまま放置されている
Presentational white space

我々の乗った小さな漁船が近づくにつれ、シエラ・マドレの艦体にさびた穴が開いているのが見えた。次に台風が来たら押し流されてしまいそうな様子だった。

あれから10年近くがたち、シエラ・マドレはなんとか形を維持しているが、鉄よりさびとコンクリートが目立つ。そして今でも、フィリピン沿岸警備隊の小部隊が、この不安定な場所で暮らしている。

中国のフィリピン沿岸警備隊に対する妨害行為は、国際法にも違反するかもしれない。中国政府が何を言おうと、さびついたシエラ・マドレの周囲の海域は中国の領海ではないからだ。

オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所は2016年、中国が領有を主張している南シナ海の海域(「九段線」とも呼ばれる)について、国際法上の根拠はないと明確な判断を下した。

もちろん、ことはそう単純ではない。

南シナ海の島や岩礁、海域について、非常に多くの当事者が領有権を主張し、互いの主張に反論している。フィリピンやヴェトナム、台湾、マレーシアがこぞって、この小さな海域で重複する領有権を主張し合っている。そして、ほとんどの主張が、国際法の裏付けを欠いている。

フィリピンのシエラ・マドレが座礁している岩礁は、英語ではセカンド・トーマス礁、タガログ語ではアユンギン礁、そして中国語では仁愛礁と呼ばれている。しかしこの岩礁は陸地ではなく、この岩礁を領有したところで、その国の領海が増えるわけでも、排他的経済水域(EEZ)が拡大するわけでもない。

南シナ海にはほとんど陸地と呼べるものはない。最も係争が集中しているスプラトリー諸島でさえ、片手で数えられるほどの小さな島嶼(とうしょ)があるばかりだ。一番大きなものは太平島で、縦1000メートル、横400メートルほどに過ぎない。

歴史のめぐりあわせによって、太平島は台湾が領有している。二番目に大きいのはパグアサ島で、これも30分ほどで一周できる広さだ。フィリピンは1971年、駐屯していた台湾の部隊が強い台風から逃れるために撤退した際、この島を奪った。ヴェトナムも、こうした陸地をいくつか領有している。

一方、1960~70年代に国内で文化大革命が吹き荒れていた中国は機会を逸し、まともな陸地を手にすることができなかった。そのため、自分たちで陸地を作ることにした。

南シナ海の各国の排他的経済水域と、中国が領有を主張している海域、係争中の島などの地図
Presentational white space

2014年、フィリピン沿岸警備隊員数人がシエラ・マドレのさびた甲板に待機していた間に、中国は40キロメートルほど先のミスチーフ礁で大規模な埋め立てプロジェクトを開始した。世界最大級の浚渫(しゅんせつ)船が数百万トンもの小石や砂を吸い上げ、岩礁の上に大きな人工島を造り始めたのだ。

中国がミスチーフ礁に建設した人工島は、フィリピンが国際的に認められている200海里EEZ内におさまっていた。

この人工島は国際法では承認されておらず、中国に島の周囲20キロにわたる海域を与えているわけではない。だからと言って、中国が大きな沿岸警備隊や海軍の軍艦を使い、自らの主張を押し通し、フィリピンの漁業従事者を追い払い、フィリピン沿岸警備隊を挑発するのを止められるわけではない。

中国の人工島は、軍略の専門家からは「facts on the ground(現場の事実)」と呼ばれている。抽象的な法概念ではなく、現実のものだという意味だ。

フィリピン政府は、中国の野心がミスチーフ礁にとどまらないことを恐れている。次はアユンギン礁かもしれない。だからこそ、シエラ・マドレのさびた船体が象徴的な重要性を帯びているのだ。

そして、フェルディナンド・「ボンボン」・マルコスジュニア大統領が、30年ぶりに大量のアメリカ軍に門戸を開き、フィリピンの基地に戻ってくるのを許可したのも、そのためだ。

(英語記事 Holding out against China in a row over reefs )