【解説】 EUはジョンソン首相の辞任をどう見ているのか

カティヤ・アドラーBBC欧州編集長

Boris Johnson and European Commission President Ursula Von der Leyen

画像提供, Getty Images

画像説明, ジョンソン英首相(左)と欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長(2020年)

欧州連合(EU)は、イギリスのボリス・ジョンソン首相の失脚を、もみ手をして喜んでいるのだろうか? イエスでもあり、ノーでもある。

EUの広報担当者は7日、辞任のニュースを受けてシャンパンの追加注文があったかと記者団に尋ねられると、淡々とこう答えた。「この(欧州)委員会では、アルコール飲料の消費は非常に限られている」。

これは、英政界に「アルコール問題」があると最近認めたジョンソン氏への、当てこすりと思われる。同氏は、新型コロナウイルス対策の厳格なロックダウンの間、首相官邸などでの飲み会を容認し、自ら参加したことについて非難された。これは、同氏を首相の座から追い出すことにつながった、多くのスキャンダルの1つだ。

欧州のメディアには、嘲笑と薄ら笑いが渦巻いている。ジョンソン氏は決して、EUで愛されてはいない。

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EUがブレグジット(イギリスのEU離脱)そのものを嫌っているのは確かだが、ジョンソン氏がEUで好まれていない理由は、もっとほかにある。ジョンソン氏に対する欧州の反感は、ブレグジットにおける、彼のEUへの対応に主に起因している。

欧州の政治家たちがジョンソン氏の対応をどう思っているか、あえて丁寧な言葉を使うなら「二枚舌」ということになる。

EUの指導者たちは、ジョンソン氏がブレグジットを強引に進め、その真の影響を英国民に正直に伝えなかったと非難している。EUの政治家たちはジョンソン氏について、ブレグジット後の協定をめぐってEUと交渉し、約束を守るどころか、何かと態度を二転三転させてきたと見ている。国際的な責務を果たしたり、(EUから見た)イギリスの国益のために一貫した行動を取ったりするより、自国の政治劇の観客を喜ばせることに夢中だったと。

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イギリスの議会では現在、ブレグジット後の北アイルランドに関する条約を一方的に書き換える内容の法案が成立しそうだ。このことは、ドイツ首相のようにEUでも特に沈着冷静な政治家さえ、動揺させている。

フランスは、ブレグジットをめぐってイギリスを責めることをためらわない。しかし、ドイツがこれほど率直に批判することは、かつてなかった。

ドイツのアナレーナ・ベアボック外相は1週間前、ジョンソン氏に対し、ほとんど隠そうともせずに、ジャブを繰り出した。「ロンドンは一方的に合意を破っている。(中略)イギリス自身の予想通りの動機を理由に」、「私たちEUはそれを受け入れられない」。

ドイツ最大のタブロイド紙「ビルト」は7日、「ボレグジット」と大きく書いた。さらに、英語で「バイバイ、ボリス」という見出しも掲げた。

デンマークの大手タブロイド紙エクストラブラデットは、ジョンソン氏が選挙で勝利した際の公約「Get Brexit Done(ブレグジットを実現しよう)」に引っかけ、見出しに「Now he is done(今や彼は終わった)」と書いた。

動画説明, ジョンソン英首相辞任、混乱の48時間を1分で
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デンマークやオランダのようなイギリスの強固な同盟国でさえ明らかにいら立っていると、私が気づいたのは、ジョンソン氏がブレグジットの交渉に関わるようになってからだった。とりわけ、ブレグジット後の北アイルランドに関する取り決めをめぐる交渉について、いら立ちを募らせていた。

イギリスに対する見方

隣国アイルランドとの関係も悪化した。同国のミホル・マーティン首相は、両国の関係について、「緊張と困難」がつきものになったと指摘。ジョンソン氏の退任は「リセット」の機会になり得ると、同首相は7日に述べた。

ジョンソン氏退任で楽観的な見方を示す人はほかにもいる。EUの元ブレグジット首席交渉官、フランス人ミシェル・バルニエ氏もその1人だ。イギリスに説教することの多い同氏は7日、EUとイギリスにとってこれは新たな章の始まりかもしれないとツイート。「約束、とりわけ北アイルアンドの平和と安定に関する約束をもっと尊重し、さらに友好的、建設的に(中略)」と英語で書いた

だが、私が話をしたほとんどのEU外交官は、「いつまでも期待していればいい」と皮肉に言う。

EU外交官らは、ジョンソン氏の周辺にいた保守党閣僚の集団辞任を、ジョンソン氏の政策への不同意(それがブレグジット関連かどうかにかかわらず)を示したというより、保身のための利己的な動きだと考えている。

ブレグジット問題に長年取り組み、特にうんざりしているEUの外交官は、「今回のジョンソン氏の辞任で、私たち欧州の人間にとっては、不確実性が増した。そうとしか言いようがない。イギリスは海外のパートナーに目を向けず、国内事情にばかり目を奪われている」と不満を漏らした。

「しかも、私たちの大陸で戦争が再び起きている最中だというのに、この騒ぎだ」、「イギリスにはしっかりしてほしい」。

The Irish Taoiseach Micheál Martin

画像提供, PA Media

画像説明, アイルランドのマーティン首相は、イギリスとの関係が「緊張」していると言う

ウクライナでの戦争について言えば、ウクライナだけでなく、EUや北大西洋条約機構(NATO)の東・中欧の加盟国も、ロシアに対するジョンソン氏の態度を大いに惜しむことだろう。ジョンソン氏の首相としての働きには、そういう一面もあった。

ポーランドのマテウシュ・モラヴィエツキ首相は、ロシアがウクライナを侵攻する前の昨年12月の時点で、ジョンソン氏は西側の他の多くの指導者とは違い、ロシアの脅威を明確に理解していると、私に話していた。

中欧の外交官たちは、ブレグジットに関して表立ってはジョンソン氏をあまり批判しようとしなかった。安全保障の問題(この文脈においてはロシアを意味する)では、ジョンソン氏は非常に関係の近い盟友だからだと、外交官たちは内々に話していた。

しかし、そうした外交官たちでさえ、これはジョンソン氏だけに限られたタカ派的な態度なのではなく、イギリスそのものの立場なのだと考えている。

ジョンソン氏の失脚を眺めるEU関係者は、驚きながら目を離せずにいた。「そらみたことか」という気持ちもないまぜになって渦巻いていた。次はどうなるという不安も入り混じっていた。

そうした複雑な感情を要約するかように、あるEU幹部は皮肉を込めて私にこう言った。「片手をポップコーンの袋に、もう片方の手で不安でいっぱいの心臓を抑えている」。