【解説】 戦争犯罪とは? プーチン大統領を裁くことは可能なのか

ドミニク・カシアーニ司法担当編集委員、BBCニュース

A protester in Paris holds a sign accusing Vladimir Putin of war crimes

画像提供, Reuters

首都郊外ブチャをはじめウクライナ各地で多数の民間人が殺害される光景を前に、ロシアに対する国際社会の非難がますます高まっている。

ロシア軍が戦争犯罪を繰り広げているという糾弾の声も高まり、国際刑事裁判所(ICC)はすでに捜査に着手。ウクライナ政府は、証拠集めの専門チームを立ち上げた。

戦争犯罪とは何か

意外かもしれないが、赤十字国際委員会(ICRC)がウェブサイトで説明するように、「戦争にもルールがある」。

ジュネーヴ諸条約をはじめとするさまざまな国際条約や合意によって、戦争のルールは定められている。

戦時に関する国際法では、市民や市民生活の要となるインフラは故意に攻撃してはいけないとされている。

また、無差別攻撃を目的とした兵器や、悲惨な被害を及ぼす兵器は使用が禁止されている。化学兵器や生物兵器、対人地雷などがこれに当たる。

病人や負傷者は(負傷兵も含めて)、手当てを受ける権利がある。負傷兵にはさらに、捕虜としての権利が与えられる。

他にも拷問や、特定の集団を破壊しようとするジェノサイド(集団虐殺)も、様々な条約などによって禁じられている。

戦時中の殺人や強姦、集団処刑など深刻な犯罪は、「人道に対する罪」と呼ばれる。

「ジェノサイド」とは何か

ジェノサイド(集団殺害、民族虐殺)は国際法「集団殺害罪の防止および処罰に関する条約」において、特定の「国民的、民族的、人種的または宗教的集団の全部または一部を破壊する意図」をもって、その集団を構成する人を意図的に殺害(肉体的破滅をもたらす意図による生活条件の強制、出生防止も含む)することと定義されている。

つまりジェノサイドとは、民間人を殺害する違法行為よりも深刻で規模の大きい、特定の戦争犯罪を意味する。国際法の上で「ジェノサイド」と認定するには、特定の集団そのものの破壊を意図しているという証拠が必要になる。

1994年に約80万人が犠牲になったルワンダ虐殺については、責任者を訴追するルワンダ国際戦犯法廷が国連安全保障理事会の決議によって設置され、ジェノサイドと認定された。複数の軍幹部に有罪判決が出た。

ウクライナではどんな戦争犯罪疑惑があるのか

ウクライナ当局やBBCをはじめとする複数の報道機関は、首都キーウ近郊のブチャをはじめとして、ロシア軍が撤退した地域で複数の民間人が意図的に殺害されたとみえる証拠を確認した。

ウクライナ軍は、ロシア軍から解放した地域に複数の集団埋葬地があり、手足を縛られた大勢の民間人が撃たれて殺害された証拠があるとしている。

動画説明, 一人息子をロシア軍に殺され……自らの手で埋葬した母イリナさん
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ジョー・バイデン米大統領は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領を「残酷な男」と呼び、「戦争犯罪人」だと思うと非難を重ねている。

ボリス・ジョンソン英首相は、首都周辺での民間人殺害でロシアによる戦争犯罪の証拠がますます増えていると述べている。

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アメリカのアントニー・ブリンケン国務長官は3月23日、ロシア軍が「集合住宅、学校、病院、市民生活に不可欠なインフラ、民間車両、ショッピングセンター、救急車を破壊した」と指摘し、「現在得ている情報からアメリカ政府は本日、ロシア軍の要員がウクライナにおいて戦争犯罪を犯したと判断していることを発表できる」とした。

動画説明, ウクライナ首都郊外に残された数々の遺体 ロシア軍車列の残骸も
動画説明, 首都郊外の路上に多数の焼かれた遺体、民間人夫妻も ロシア軍による戦争犯罪の可能性

イギリス政府も、ロシアは「野蛮で無差別」な戦術を行使していると非難。3月末には、ロシアによる戦争犯罪の捜査においてウクライナ政府を支援するため、国際刑事裁判所(ICC)のサー・ハワード・モリソン元判事を担当に任命した。

ロシア軍は南東部の港湾都市マリウポリを包囲し、激しい攻撃を展開する中で、3月半ばには多数の民間人が避難していた劇場を空爆した。劇場の外にはロシア語で「子供たち」と大書されていた。

ロシアはこの攻撃を否定しているが、ウクライナ側はロシアによる戦争犯罪だと非難している。

Mariupol theatre
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ウクライナ政府は、ロシア軍によるマリウポリの産科・小児科病院の空爆も戦争犯罪に当たると主張している。この空爆では子供を含む3人がその場で亡くなり、職員や患者17人が負傷した。

産科病院爆撃ではさらに14日、救出された妊娠中の女性1人が死亡し、赤ちゃんも死産が確認された。

また、ロシア軍が紛争地帯から避難する市民を攻撃しているという報告も相次いでいる。

An apparent cluster bomb sub-munition that fell on Kharkiv

画像提供, Private/Human Rights Watch

画像説明, ウクライナ第2の都市ハルキウ(ハリコフ)で見つかった、クラスター爆弾が投下された証拠

ウクライナ第2の都市ハルキウ(ハリコフ)では、民間地区にクラスター爆弾が投下された証拠が次々と出てきている。

A burnt-out car is seen on the street after a missile launched by Russian invaders hit near the Kharkiv Regional State Administration building in Svobody (Freedom) Square) at approximately 8 am local time on Tuesday, March 1, Kharkiv

画像提供, Getty Images

画像説明, ロシア軍の攻撃で破壊されたウクライナ第二都市ハルキウの街並み

ロシアもウクライナも、クラスター爆弾の使用を禁止する条約には署名していない。それでも、その使用が戦争犯罪に数えられる可能性はある。

イギリス国防省は、ロシアが気化爆弾(サーモバリック爆弾)を使用したと発表。気化爆弾は禁止されていないが、爆発の威力と衝撃波が極めて強いため、市民の近くで使用すれば確実に戦時国際法に違反することになる。

さらに、今回のウクライナ侵攻自体が、侵略戦争という概念から戦争犯罪に当たると指摘する専門家も大勢いる。

戦争犯罪の容疑者はどのように追跡されるのか

各国政府は、戦争犯罪容疑について捜査する義務を負っている。

他の国と比べて、戦争犯罪捜査を多く行う国もある。

イギリスは、ウクライナで戦争犯罪が行われた可能性についての証拠集めに、警察幹部が支援を表明している。

戦争犯罪の容疑者はどのように裁かれるのか

第2次世界大戦以来、特定事案に管轄を限定した国際法廷が、たびたび設置されてきた。旧ユーゴスラヴィア国際戦犯法廷などがこれに当たる。

1994年にルワンダで起きたジェノサイドについても、責任者を追及するルワンダ国際戦犯法廷が開かれた。このジェノサイドでは、フツ人の過激派が100日間で80万人を殺害したとされている。

現在は、国際刑事裁判所(ICC)と国際司法裁判所(ICJ)が、戦時国際法を支える役割を担っている。

Théoneste Bagosora

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画像説明, 旧ルワンダ軍退役軍人のテオネスト・バゴソラ氏は、国際戦犯法廷で人道に対する罪などで有罪となり、無期懲役の判決を受けた

国際司法裁判所(ICJ)とは

ICJは国家間の紛争を取り扱うが、個人を提訴することはできない。ウクライナは侵攻をめぐり、ロシア政府をICJに提訴する方針で動いている。

ICJがロシアの法的責任を認めた場合、その判決内容の執行は国連安全保障理事会が担う。

しかし、ロシアは安保理常任理事国であるため、自国へのあらゆる制裁案に拒否権を発動できる。

国際刑事裁判所(ICC)とは

ICCは、ICJが管轄する国家同士の紛争とは別に、戦争犯罪を行った個人を捜査・起訴する。

1945年にナチス・ドイツの指導者を裁いたニュルンベルク国際軍事裁判を、現代化・常態化させたものといえる。

国際法を守るための特別な裁判所を、各国の合意のもとに設置できるとする原則は、このニュルンベルク国際軍事裁判で確立された。

Nazi war criminals in the dock during the Nuremberg trials after World War Two including Hermann Goring, Rudolf Hess and Joachim von Ribbentrop

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画像説明, ニュルンベルク国際軍事裁判

ICCはウクライナでの犯罪を裁けるか

ICC検察局のカリム・カーン検察官(イギリス)は、ウクライナで戦争犯罪が行われていると「信じるに十分な根拠」があると述べており、39カ国がカーン氏の捜査に合意している。

捜査当局は、ロシアがウクライナのクリミア半島を実効支配する以前の2013年までさかのぼり、現在や過去の疑惑を調べることになるという。

捜査を通じて個人の犯罪行為の証拠が得られた場合、検察官はICC判事に、容疑者召喚のための逮捕状を要請する。ICCの裁判所はハーグにある。

しかしここで、ICCの実務的な権限の限界が明らかになる。

ICCは独自の警察機関を持たない。そのため、容疑者の逮捕は各国に委ねられている。

ロシアは2016年にICC締約国から脱退しているため、ウラジーミル・プーチン大統領は、容疑者の身柄を引き渡さないだろう。アメリカも、ICCには参加していない。

もし容疑者が他国に移動していればそこで逮捕も可能だが、その可能性は非常に低い。

プーチン大統領などの指導者は裁かれるのか

戦争犯罪を命令した指導者より、戦争犯罪行為を実行した兵士の法的責任を追及する方が、はるかに簡単だ。

しかしICCは、「侵略戦争を引き起こした」罪でも起訴することができる。

これは、正当化できない侵略や紛争、正当化できる自衛の範囲を超えた軍事行動などに適用される。

Vladimir Putin

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こうした行為が犯罪と見なされるのも、やはりニュルンベルク国際軍事裁判が発端だ。当時のソヴィエト連邦政府が派遣した判事が連合国に対し、ナチスの指導者を「平和に対する罪」で裁判にかけるべきだと説得したのがきっかけだった。

しかし、ここにも問題がある。英ユニヴァーシティ・コレッジ・ロンドンのフィリップ・サンズ教授(国際法)によると、ロシアはICCの締約国ではないため、その指導者を平和に対する罪では裁けないという。

理論的には、国連安保理が平和に対する罪についてICCにで捜査を依頼することもできる。しかし常任理事国のひとつとして、ロシアはこれにもやはり拒否権を発動するだろう。

他に個人を裁く方法はあるのか

ICCや国際法が現実でどのような効力を発揮するのかは、条約そのものだけでなく、政治や外交にも左右される。

サンズ教授をはじめとする専門家らは、今回のロシアのウクライナ侵攻の処理はニュルンベルク裁判のように、外交と国際的な合意に委ねられるとみている。

サンズ教授は各国首脳に対し、ウクライナ侵攻における犯罪を裁く特別法廷を設けるよう働きかけている。

(英語記事 Could Putin be prosecuted for war crimes?)