デルタ株 なぜイギリスでこれほど急拡大したのか

レイチェル・シュレアー、BBCニュース

testing centre at airport

画像提供, Getty Images

新型コロナウイルスのデルタ変異株がイギリス国内で蔓延(まんえん)し、予定されていたロックダウンの緩和が延期された。インドで特定されたデルタ株は、なぜイギリスでこれほど一気に広がったのか。諸外国ではどうなっているのか。

デルタ株はどこで

新型コロナウイルスの遺伝物質を解析している世界各地の研究所は、データを世界的なデータベースで共有してきた。このデータベースを見ると、イギリスには世界の大半の地域よりもデルタ株の感染者が多いようだ。

イギリス政府の統計によると6月9日~16日の間に、イギリスではデルタ株の感染が7万5953件確認された。前週は4万2323件だった。

各国データをまとめるデータベースGISAIDによると、6月14日からの1週間で、アメリカで確認されたデルタ株の感染は2853件、ドイツでは747件、スペインでは277件、デンマークでは97件だった。

ただしこれは実際の感染件数をすべて網羅したものではない。確認された件数の記録で、イギリスには変異株を検知する優れたシステムがある。

なのでウイルスのゲノム解析をイギリスほど頻繁に行わない国については、実際の件数よりも低い数字が出ている可能性がある。

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たとえば、デルタ株がインドで猛威を振るっていた5月3日の週、インドで確認されたデルタ株の感染件数は875件という記録になっている。過去4週間ではわずか142件だ。しかしインドでは5月以来、毎週50万~200万の新規感染者を記録している。そしてインドではデルタ株が感染の主流になっていると考えられている。

だからといって、イギリスの問題がなくなるわけではもちろんない。イギリスと異なり欧州大陸では全般的に、感染は減少傾向にあるのだし、たとえば精力的にゲノム解析をしているデンマークではデルタ株の感染は特に急増していない。

Delta Variant

一方、イングランドでは過去28日間で記録されたデルタ株の感染者は3万8000人に上る。

スコットランド自治政府は、新規感染ケースの「圧倒多数」がデルタ株によるものだとしている。

北アイルランド自治政府は、今後デルタ株が主流になりそうだと警告。ウェールズ自治政府は、感染の第3波がウェールズに訪れており、感染者を増やしているのはデルタ株だと指摘している。

なぜイギリスの被害が特に大きいのか

動画説明, デルタ変異株、なぜイギリスでこれほど広まったのか

短期間に多くの感染者がイギリスで出た大きな要因は、渡航者の多さだと多くの専門家は考えている。

イングランド公衆衛生庁(PHE)の統計によると、渡航者が少なくとも500回はデルタ株をイギリスに持ち込んだとみられる。

ウイルス検査の検体から遺伝物質を分析し、含まれる変異株を調べている英サンガー研究所のジェフリー・バレット博士は、渡航者が海外から持ち込んだ件数は実際には1000件を超えると見ている。

これは重要な点だ。ウイルスの広がり方が不規則だからだ。ウイルス感染者1人が次に何人に感染させるかを示す実効再​生産数「R」について話すとき、社会的距離も感染対策も何もしなければ、1人の感染者は平均3人に新型ウイルスをうつす可能性がよく言われる。

しかし現実には、すべての人がそれぞれ3人にウイルスをうつすわけではない。むしろ、1人が30人にうつすかもしれないし、別の人は誰にもうつさないかもしれない。これは各自の体がウイルスにどう反応するかが違うからかもしれないし、あるいは行動や暮らしぶりの違いが関係するかもしれない。

偶然も要因になる。もし5人が変異株を保有してイギリスに到着したとして、運が良ければ5人とも誰にもうつさない可能性もある。しかし500人が変異株を保有して入国した場合、少なくとも1人がウイルスをまわりにうつす確率はそれだけ上がる。スーパースプレッダーになることだってある。

そのため、デルタ株を保有する渡航者が5人入国するか500人入国するかの違いは、単純に感染者が100倍になるということではない。変異株がそのまま広がらずに消滅するか、それとも急拡大するかの違いになり得る。

加えて、デルタ株がイギリスに入った時期は、規制が緩和され始めた時期と重なる。しかも寒波の最中だった。寒さの影響で人は室内にこもりがちで、その分だけ感染は広がりやすかったし、寒い分だけウイルスは屋外で「長生き」できた。

cases

他の国でも増えるのか

一部の国はすでにイギリスと似た状況になりつつあると、多くの専門家は考えている。ただし、イギリスほどウイルスのゲノム解析を多く素早く実施していない国では、データがまだ明らかになっていないだけだと。

またアメリカをはじめ一部の国では、デルタ株が国内に入るのがイギリスより遅かったようだ。これにはおそらく、インドやその周辺地域から直接入国する人が、イギリスに比べて少ないことが関係している。そのため、デルタ株が入るのはイギリスより遅かったが、すでに入った変異株がこれから増え始めるかもしれない。

セントアンドリュース大学で感染症を研究するミュゲ・チェヴィック博士は、いずれイギリスと似た感染者の増加が他の国でも見られるようになるかもしれないと言う。さらに、イギリスよりワクチン接種率が低い国の方が、デルタ株の影響は「はるかに心配」だとも博士は話す。

動画説明, デルタ株の症状を解説 新型コロナウイルス

デルタ株は今後、他の国でも感染の主流となりそうで、世界中で主流になる可能性もあると博士は言う。

この変異株は従来株より感染力がきわめて高い。そして、英南東部ケントで最初に特定された「アルファ株」の経験からも分かるように、ウイルスは何らかの方法を見つけて伝播(でんぱ)していく。

予防はできたのか

英民間航空局(CAA)によると、今年4月にはイギリス~インド間を4万2406人が行き来した。

この人数がもっと少なければ、変異株がイギリスに入る機会も少なかったはずだ。

政府の新型ウイルス対策を策定している非常時科学諮問委員会(SAGE)は今年1月、「感染症例や新しい変異株の流入完全阻止に近づくには、あらかじめ国境を完全閉鎖するか、入国者全員に、検査履歴を問わず、到着時に指定施設での隔離を義務付ける以外、ほかに方法はない」と提言していた。

政府がインドを「レッドリスト」に加えたのは、4月23日だった。レッドリストとは、その国から入国する人はホテル隔離を義務付ける対象国のリストだ。

これより先に世界保健機関(WHO)はすでに、デルタ株を「注目すべき変異株」に指定していた。この時点でデルタ株がイギリスに入っているのは分かっていたが、イギリス保健当局はまだ「懸念される変異株」には指定していなかった。

複数の変異株のうちどれがインドで問題になっているのか、当時にわかには明確でなかったものの、インドが危機的状況にあるのは日に日にはっきりしていた。

しかしチェヴィク博士は、対策をとればデルタ株の流入を遅らせることはできたかもしれないが、「いずれはイギリスで急拡大したはずだ」と言う。

博士は、世界でも有数の厳しい入国制限を敷いているオーストラリアでさえ、小規模ながらもすでにデルタ株の拡大を経験していると指摘する。

さらに、「レッドリスト」入りを避けたい国は、むしろ検査やゲノム解析を減らしかねないとも言う。

「変異株の流入を完全に阻止するのは無理」だと、博士は言い、世界中で極力大勢にワクチンを打つのが最適解だと話した。