円を「25兆円介入」で支えた男 神田眞人前財務官インタビュー

神田眞人前財務官

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画像説明, 神田眞人前財務官

大井真理子、BBCニュース

神田眞人氏はこの数年間ほとんど寝ていない。

「(睡眠時間が1日)3時間っていうのはちょっと大げさで、連続では3時間ぐらいかなって。それでまた、例えば銀行で何か起こったとか、(パレスチナ自治区ガザのイスラム組織)ハマスが何かやったとかでたたき起こされて、その後また1時間ぐらい寝るので、足すともう少しあります」と笑う。

こんな過酷な生活をしていた59歳の神田氏は、今年の7月まで日本の財務官を務めた。仕事の一つは、為替市場の投機家に日本経済を混乱させないことだった。

歴史を振り返ると、日本政府の行う為替介入は、円の価値を下げるための円売り・ドル買いが多かった。円安はトヨタやソニーなどの輸出企業に有利だからだ。

しかし神田氏が財務官に就任した2021年7月からの3年間で、対ドル45%以上の円安が進み、日本が輸入する食料やエネルギーの価格が大幅に上がった。デフレが続いた日本で、40年ぶりのインフレの要因になったのだ。

急激な円安を是正するため、神田氏の指揮のもと、政府・日本銀行は総額25兆円近くの為替介入を実施した。円買い・ドル売りの介入は24年ぶりだった。

「日銀と財務省ははっきりとしている」というのはエコノミストのイェスパー・コール氏。「円が特定のレベルの時ではなく、市場の変動が過度な時、介入する。」

結果、日本はアメリカ財務省の為替操作監視リストの対象に再指定された。

しかし神田氏は、為替操作ではないと言う。

「本来であれば、ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)を反映して安定的に推移するのが望ましいんですが、投機的な動きなどを背景に、ファンダメンタルズに反した過度な変動が残念ながら起こることがあります」

「一日にしてファンダメンタルはそんなに変わるわけがないんです。そんな時に、たとえば食べ物を買う、あるいはエネルギーを買うなど普通に生活をしている家庭とか企業に悪影響を与えるので、そこは私は容認できなかった」

「マニピュレート(操作)っていうのはむしろ逆で、ファンダメンタルズに沿って安定的に動いてほしいんだけども、そういったスムーズな為替市場の動きというのが投機によってゆがめられてしまった時に、我々は是正をせざるを得なかった」

介入は無駄ではなかったと

アメリカやイギリスは、金利を上げることによって自国通貨の価値を上げられるが、日本は長期経済停滞により、マイナス金利・ゼロ金利政策が続き、利上げのハードルは高い。

静岡県立大学の竹下誠二郎教授は、為替介入を「正しい政策だとは思いませんが、唯一のツールだと思う」と言う。

皮肉にも神田氏の退任後、後任の三村淳財務官が何もせずとも、日銀による利上げが市場を驚かせ、日本で新しい首相が誕生すると、円高が進んだ。

果たして25兆円は無駄だったのか? そんなことはありえないと神田氏は言う。

「外貨準備の運用ですので、結果としては国庫に利益をもたらしています。全く目的ではありませんけれども、ドルの最高値、天井で売った結果として、数兆円の売却益をもたらしたと言われている」

「私自身が政府の行動を評価するのはおかしくて、歴史家に委ねるべきですけれども、多くの人がおっしゃっているのは、ずっと円をショート(空売り)にしていく一方的な動きというのが、為替管理によって止まったと言いますか、これ以上追いかけることはできなくなって、そしてショートスクイーズ(踏み上げ)、皆さんがポジションを閉じざるを得ない状態になって、それが損切りを重ねることによって反転した。実際にその介入によって、チャートを見れば、大きく反転している」

踊る動画が拡散

一方で神田氏は、「中長期的なこの為替の力というのは、やはり広い意味での国力を反映する部分がありますので、もし円の価値を維持したいのであれば、やはりしっかりと日本経済を強くしていくことが王道」だと言う。

長年の経済停滞を経て、「非常に重要なジャンクチャー(岐路)」にある日本経済。神田氏は、「数十年にわたって賃金は伸びない、投資もなされない、経済規模もずっとスタグナント(成長のない状態)だったのが、初めて投資が伸び、賃金も伸びて、ようやく普通の市場経済に戻れるんじゃない?というチャンスが来ているんですね。これを僕らはなんとか大事にしたいなと思っています」と話す。

自らを、与えられた任務を果たしただけの「公僕」と呼ぶ神田氏。一番のレガシーは、介入のタイミングの良さが評価されてAI(人工知能)で作成された、神田氏の踊る動画がSNSで拡散されたことかもしれない。

感想を聞くと「チームワークのもとでやってきたわけで恐縮している」と神田氏。

「経済っていうのは、人々の生活に大きな影響を与えています。にもかかわらず、日頃そんなに関心を持たれてない中で、こういったことで国際金融情勢に対して、日頃無関心な方々の興味が高まるきっかけになれば、こじつけかもしれませんが、楽しく金融リテラシーの向上につながるという意義があるかもしれません」

(英語記事 The man behind Japan's $170bn bid to prop up the yen)