歌手の藤あや子さんが、新曲「想い出づくり」と「小さな鐘の音~ラ・カンパネラ~」を発表しました。どちらもペンネームの「小野彩」(このさい)名義で、藤さん自身が作詞した曲です。「想い出づくり」では作曲も担当。藤さんが自らの半生を率直な言葉で歌っています。インタビュー前編では、この2曲に込めた思いと、自身のこれまでの歩みで感じたことを語ります。
両親や子どもへの愛情、友人や夫への感謝の気持ち、さらに、初恋の思い出も。これまでずっと、多くの女性の生き様を歌ってきた藤さんですが、なぜ今、「想い出づくり」で自分自身をさらけ出そうと思ったのでしょうか。
きっかけは、「自分自身の歌は歌っていないですよね」というプロデューサーからの一言でした。
「ハッとしました。確かに、楽曲を提供していただく場合も、自分で作る場合も、想像の中の女性であったり、私とは全く逆の女性であったり近い女性であったりしていましたけど、まるっきり私自身という歌はこれまでに1曲もないんですよね」
そこで、「自分の人生を歌にしよう」と決意した藤さん。どのように書こうかと考えていたときに、プロデューサーから「日記のように今までのことをつづってみたら」と提案され、最初に頭に浮かんだのは両親の姿だったそうです。
「私は父も母も看取ったんですけども、母の闘病は1年半続いて、その間は何度も秋田に帰って、母の病室の床に布団を敷いて付き添いましたし、できる限り母に尽くして親孝行もできたと思っていました。でも、亡くなって20年たっても、おいしいものを食べると『お母さんにも食べさせたかったな』、旅行に行ったら『ここに連れて来たかったな』と思うんですよね」
自らの恋愛と子どもへの愛情もつづりました。
「私は17歳で出会った初恋の人との子どもを身ごもって産んだので、その子どもと孫への思いも歌詞にしました。現在の夫との出会いも『歌詞にしてみたらどうですか』と言われて書いたんです」
そして、かけがえのない友人への感謝も歌っています。
「(坂本)冬美ちゃんに怒られる、と思って、慌てて、ね」。そう言って藤さんは楽しそうに笑いました。

「本当に素の自分に戻って」
藤さんが詞を書き始めてから25年以上。これまでは自分の理想や、心に残る言葉を模索してきたと振り返ります。
「でも今回は、そういうものは一切いらないと思って。計算が入るとうそになってしまうので、本当に素の自分、歌手ではなく、人間・藤あや子に戻って書いた作品です」
とはいえ、素の自分の言葉で、しかも自分自身のことを書くのは、簡単ではないと思いますが……。
「この年齢になって、いろいろな経験をして、それでも、想像しなかったような出来事が降りかかってくるのが人生。世界情勢でも『こんなことが』と思うようなことが起きるじゃないですか。考えさせられることがたくさんあって、蓄積されたものがぬか漬けのように発酵して、自分から出てくる言葉や考え方が変化してきている気がしますね」
歌の終盤、藤さんは「幸せな日々を 送ります」と言い切ります。若い頃は「いつか幸せになるために頑張ろう」、数年前までは「幸せになりたい」「幸せになろう」と思うことが多かったという藤さんに、どのような心境の変化があったのでしょうか。
「『想い出づくり』の歌詞は作った言葉ではなく、自然に出てきた言葉なんですよね。この間も夫と八ヶ岳に行って一緒におそばを食べたときに思わず、『幸せだね』と。そんな言葉が自然に出るように、私自身も変化してきたのだと思います。そういう人生を歩んでこられたことが何よりもうれしいですし、これからも幸せを感じられる時間を少しでも多く過ごしたいな、と思っています」

「逃げないでまっすぐ生きてきたからこそ」
心境が変化した背景には、2017年に再婚した夫との出会いがありました。
「もともと私は、再婚する気は全くなかったんです。今年17歳の孫もいて、孫のために生きようと考えていたので。それが、夫と出会ったときは55歳で、年齢が二回りも違うのに、17歳の初恋のときのようにときめいてしまったんです。ごはんも食べられなくなって、鏡を見るたびにどんどんやつれていくんですよ。こんなに好きになっちゃって、どうしようかと。17歳の頃と全く変わっていない自分にがく然としました。そんな風に思わせてくれた夫に感謝しています」
1987年の歌手デビューから40年近く歌い続ける中で、さまざまな荒波に見舞われたことも。
「つらいことも苦しいこともいっぱいありましたけれども、自分で努力して、一つ解決して、壁に当たって、また解決して、現実から目を背けないで、とにかく何とか耐えようと。そこで倒れても大けがを負ってもいいという覚悟だったんです。きついし逃げたいし、目を背けたいこともいっぱいありました。でも自分を恥じて生きたくない。私は逃げたと負い目に思いたくない。傷ついても倒れても正直に生きた自分でありたい。そう思い続けて生きてきたので、きっと逃げなかったから、まっすぐ生きてきたからこそ、夫ともまっすぐに向き合えたと思います」
歩み続けて、藤さんが学んだこととは――。
「人間は、年齢を重ねると図太くなっていくので、どんな失敗も肥やしにすればいいんですよ。私は忘れる天才。嫌なことは全部忘れちゃう。あまり先の未来を考えなくても、とにかく今を一生懸命生きる。私が自分で作った座右の銘は、『昨日より明日より今日を大切に』です。今を大事に生きることが明日につながっていくし、昨日のことも無駄にはなっていなかったことに気づく。とにかく今を一生懸命に生きることが大切なんです」

「フジコ・ヘミングさんに恩返しを」
もうひとつの新曲「小さな鐘の音~ラ・カンパネラ~」は、ピアノの名曲「ラ・カンパネラ」に詞をつけたものです。ピアニストのフジコ・ヘミングさんによる演奏でも知られる曲で、藤さんとも交流がありました。
2人をつないだのは、藤さんのミュージックビデオを20年以上撮り続けている小松莊一良(そういちろう)監督。フジコ・ヘミングさんのコンサートの演出などを手がけ、企画・監督を務めたドキュメンタリー映画「フジコ・ヘミングの時間」(2018年)、「恋するピアニスト フジコ・ヘミング」(2024年)でも話題を集めました。今年10月には「フジコ・ヘミング 永遠の音色」を公開予定です。
「私は、フジコさんが弾いた『ラ・カンパネラ』を生で聴いていますし、亡くなられたフジコさんに少しでも恩返しができればいいなと思って詞を書きました。『ラ・カンパネラ』はイタリア語で『小さな鐘』という意味で、鐘なら平和がテーマかなと思っていたとき、(米大統領の)トランプさんと(ウクライナ大統領の)ゼレンスキーさんが争っているのをテレビで見て、怒りが湧いてきたんですね。これは何だろう、どうにかならないのだろうか、と考える中で、『血眼で欲をむさぼる』という言葉が突然出てきて、そこから一気に書き上げました」
「平和のメッセージを言葉にすることに、世の中で賛否があることは知っていますので、私もいろいろ考えました。でも、フジコさんは、自分のことよりも、どんな人も幸せになってほしいと平和を愛する方だったので、やっぱりこの思いは伝えなきゃいけないと。小さな鐘をみんなが手に持って鳴らしていくと、だんだん広がっていって、やがて大きな鐘になる。平和が大事ですよ、と伝えられるのではないか、と思って書きました」
「想い出づくり」のミュージックビデオも、小松監督が撮影しました。藤さんは、少しレトロな映画館の従業員という役柄で登場し、チケット売り場に座ったり、トイレを掃除したり。映画館のスクリーンに、これまでの藤さんの映像や写真が映し出されます。
「歌と映像がすごくリンクしていますし、私の仕事の部分と素の部分とのギャップをあえて出していただいて。過去を振り返りつつ、これからもこうして『想い出づくり』をしていくんだな、という希望も湧きました。ご覧になるみなさんにも、そんなことを感じていただけたらうれしいです」
最近、音楽を聴いていますか。
振り返れば、あなたにもきっと、歌やメロディーに励まされ、癒やされた思い出があるはず。40代、50代になっても、これからもずっと音楽と一緒に過ごせますように。
そんな願いを込めて、子どもの頃から合唱曲やロックを歌い、仕事でも関わってきたAging Gracefullyプロジェクト元編集長の坂本が、音楽の話をお届けします。
取材&文=朝日新聞社 坂本真子(Aging Gracefullyプロジェクト元編集長)
写真=山本倫子撮影

両A面シングル「想い出づくり/小さな鐘の音~ラ・カンパネラ~」
MHCL-3140 1600円(税込み)
◇収録曲
M1. 想い出づくり
M2. 小さな鐘の音~ラ・カンパネラ~
M3. 想い出づくり(オリジナル・カラオケ)
M4. 小さな鐘の音~ラ・カンパネラ~(オリジナル・カラオケ)
◆藤あや子さん 「想い出づくり/小さな鐘の音~ラ・カンパネラ~」特設サイト https://www.110107.com/fuji_omoide
◆「創立百三十周年記念 御園座新春特別公演」
2026年1月10日~17日、名古屋・御園座に出演。
詳細はこちら https://www.misonoza.co.jp/lineup/month260110.html
◆藤あや子さん 公式サイト https://ayako.fanmo.jp/
◆藤あや子さん オフィシャルブログ「あや子日記」 https://ameblo.jp/ayako-fuji/
◆藤あや子さん X公式アカウント https://x.com/fuji_ayako/
◆藤あや子さん Instagram公式アカウント https://www.instagram.com/ayako_fuji_official/
◆藤あや子さんのインタビュー記事バックナンバーです。
>>自由に、好きなように、感覚で動く 「35年を経てようやくできたこと」
>>猫と、メンタルと、トレーニングと 「日々楽しく生きるための努力を」