アジマティクス

ここをこうするとおもしろい

"独創的すぎる証明"「ABC予想」をその主張だけでも理解する

2017年12月16日、数学界に激震が走りました。……というと少し語弊があるでしょうか。

この日、あの「フェルマーの最終定理」に匹敵するとも言われる数学の重要な予想、つまり未解決問題であった「ABC予想」が京都大数理解析研究所の望月新一氏によってついに解決されたというニュースが、数学界を、いや、世界中を駆け巡ったのです。

science.srad.jp

とは言っても実は、ABC予想を証明したとする論文は2012年にすでに発表されていて、そこから5年間ずっと「査読中」、つまりその証明が正しいかどうかの検証中だったのです(5年もかかったというのは、それだけこの証明が独創的で難解だったことの証左でもあります)。

端から見ていた所感として、論文が出た当初は、本当にこれがABC予想の証明になっているのか疑う向きも多かったようですが、最近では、証明はほぼ間違いないのだろう、というような雰囲気だったように思います。「5年もかかっている」というその事実こそが、その正しさを裏付けていると感じられていたのです。

そのためか、今回のニュースを受けての数学界は「激震」というよりは、ほっとした、というか、「ようやく認められたかあ〜(感無量)」みたいな開放的な雰囲気が漂っているように見えます。

 

【追記:2020.04.03】

ついに「査読を通過」ではなくついに「証明」との報道がありました!

今回は「数学誌に掲載」とのことです。おめでとうございます!

最初の変換が「数学史に掲載」になったけどこの場合においては間違ってないと思う。

mainichi.jp

 

 

 

ABC予想の主張を理解する

さて、「ABC予想」です。ABCの予想です。「その証明の理解者は世界に10人もいない」とまで言われたほど、その証明は難解だそうですが、実はその問題の主張(言ってること)を理解するだけなら、全然高度な数学を使っていないので誰でもできるのです。

これが解かれればいろいろな応用ができるとか、その名も「宇宙際タイヒミュラー理論(IUT理論)」という全く新しい理論が使われているだとかいうような話題は他にお譲りして、ここではABC予想とはどのようなことを言っている予想なのか、その部分に絞って見ていくことにしましょう。

骨組みだけ見る

WikipediaにはABC予想の主張はこう書かれています。

予想:a+b=cを満たす、互いに素な自然数の組\left(a,b,c\right)に対し、積abcの「互いに異なる素因数の積」をdと表す。このとき、任意の\epsilon\gt0に対して、c\gt d^{1+\epsilon}を満たす組\left(a,b,c\right)は、たかだか有限個しか存在しないであろう。

ちょっといきなり情報量が多すぎるので、一部抜粋して「骨組み」だけ抜き出します。手始めにまず大まかな骨組みだけを理解しよう、というわけです。

予想:a+b=cを満たす、█████自然数の組\left(a,b,c\right)████████████████████████████████████████████████████████████は、たかだか有限個しか存在しないであろう。

予想の骨組み:a+b=cを満たす、自然数の組\left(a,b,c\right)は、たかだか有限個しか存在しないであろう。

「たかだか有限個しか存在しない」というのは言い換えると「多くても有限個しか存在しない」、つまり「無限個あることはないよ」って意味です。

a+b=cを満たしてくれるような自然数の組は明らかに無限にある(1+2=3とかでいい。全部自然数だし、式を満たす)ので、このままではこの主張は正しくありません。なのでここでは、この主張に条件をどんどん加えていって正しい(と予想される)主張までもっていく、という方針でもってABC予想というものを捉えたいと思います。

互いに素

最初の条件として「a,b,cはそれぞれ互いに素」というのを追加します。「互いに素(たがいにそ)」というのは簡単で、「(いくつかの数が)同じ素因数を含まない」という意味です。複数の数どうしの関係性を表す概念なわけです。

例えば「6」と「10」は、それぞれ素因数分解すると「2×3」と「2×5」であり、同じ素因数として「2」を含むのでこの2数は互いに素ではありません。それに対し「8」と「9」は「2×2×2」と「3×3」であり、同じ素因数を含まないので互いに素です。数が2つ以上でも同じで、「5」と「8」と「99」なんかは互いに素です。

互いに素な自然数の3つ組で、a+b=cを満たすものは例えば\left(3,5,8\right)、\left(7,12,19\right)など、無限にあります。「互いに素」という条件を追加してもまだ無限にあるというわけです。

「d」とは何か

次です。「積abcの互いに異なる素因数の積をdと表す。」だそうです。これも全然難しいことを言ってるわけではありません。例えば9+31=40を満たす9,31,40という3つ組について考えると、これら3つの数の積である9\cdot31\cdot40は、3^2\cdot31\cdot2^3\cdot5と表されます。素因数分解した形で書いただけです。

ここから、「互いに異なる素因数の積」を考えるというのは、「表れている素因数を一個だけずつかける」ということになります。つまり、3\cdot31\cdot2\cdot5。これは計算すると930となり、これがつまり「d」なわけです。

このようにして、a,b,cという3つの数から、簡単な計算だけで新たに「d」が得られました。

cとd、どちらが大きい?

さて、ここからが大事なところ、ABC予想のキモです。

もともとの主張はとりあえず置いといて、「c」と「d」の大小を比較することを考えます。さっきあげた例だとc=40でd=930でした。dのほうが大きいですね。

じゃあなんか適当に11+25=36みたいな3つの数で考えてみます。c=36で、dを計算するとこれは330となり、こちらもdのほうが大きくなりました。

実はほとんどの場合でdのほうが大きくなるのですが、cのほうが大きくなる例も少しだけ知られています。例えば5,27,32。

5+27=32ということでc=32ですが、この3数の「互いに異なる素因数の積」を計算すると、5\cdot3\cdot2で、d=30となります。ごくわずかだけどcのほうが大きい!

cが100より小さい範囲での、cのほうが大きくなる3つ組はなんと、\left(1,8,9\right),\left(5,27,32\right),\left(1,48,49\right),\left(1,63,64\right),\left(1,80,81\right),\left(32,49,81\right)の6つしかないのです。

f:id:motcho:20171216084625p:plain

すべてcのほうがdより大きいことがご確認いただけるかと思います。

ここに、「c\gt dを満たす組\left(a,b,c\right)」が6個、つまり「有限個」挙げられているわけです。

元々の主張を確認しましょう。

予想:a+b=cを満たす、互いに素な自然数の組\left(a,b,c\right)に対し、積abcの「互いに異なる素因数の積」をdと表す。このとき、任意の\epsilon\gt0に対して、c\gt d^{1+\epsilon}を満たす組\left(a,b,c\right)は、たかだか有限個しか存在しないであろう。

ちょっと「\epsilon」とかいうやつのことはひとまず無視します。するとこうなります。

予想の骨組み:a+b=cを満たす、互いに素な自然数の組\left(a,b,c\right)に対し、積abcの「互いに異なる素因数の積」をdと表す。このとき、c\gt dを満たす組\left(a,b,c\right)は、たかだか有限個しか存在しないであろう。

ここで嬉しいお知らせなんですが、ここまで読んでいればこの主張は理解できるようになってます。やったね!

互いに素もわかった、dのこともわかった、そしてc\gt dである組がかなり珍しいこともわかった。かなり珍しいそれの存在が、どれだけ多くても有限個であろうと。そう言ってるわけです。

cが100より小さい範囲で6個だったのですから、まあ有限個でもおかしくないかな、と思える気持ちはわかります。しかし、そうは問屋が卸さないのです。つまり、かなり珍しかった「cのほうがdより大きくなるような3つ組」は、無限個存在するのです。

実際、\left(1,8,9\right),\left(1,80,81\right),\left(1,6560,6561\right),...という\left(1,3^{2^n}-1,3^{2^n}\right)で表される3つ組は、nにかかわらず常にcのほうがdより大きくなるそうです。証明は以下をご参照ください。

integers.hatenablog.com

「nにかかわらず」はつまり「すべてのnにおいて」なので結局、無限個の3つ組があることがわかります。

イプシロンにご登場願おう

なんとか条件を追加してこれを有限個に抑えたい、というわけですが、ここで満を持して今まで無視していた\epsilonさんに登場していただきましょう。彼は「イプシロン」と読み、数学では「めっっっっちゃ小さい数」を表すのによく使われます。

\epsilonを無視した主張はこうでした。

予想の骨組み:a+b=cを満たす、互いに素な自然数の組\left(a,b,c\right)に対し、積abcの「互いに異なる素因数の積」をdと表す。このとき、c\gt dを満たす組\left(a,b,c\right)は、たかだか有限個しか存在しないであろう。

この言い方では、3つ組が無限個存在してしまいました。そこでこう考えます。「c\gt dになる3つ組が無限個あるなら、dをデカくすれば有限個に抑えられんじゃね?」

どういうことでしょう。では例として、cと「dを2乗した値」とを比べてみましょう。「dを2乗した値」とはすなわち、「\epsilon=1のときのd^{1+\epsilon}の値」ということにほかなりません。

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c \lt 100の範囲ではすべての組で、圧倒的にd^2のほうが大きくなります。つまり条件を満たす3つ組は一つも存在しなくなりました。

いまは範囲を限って見ているので、範囲を限らないすべての3つ組についてd^2のほうがcより大きくなるかはわかりません*1。すべてについて考えるのは大変なので、概況を見渡すための遠眼鏡として、c \lt 100の範囲を使っているにすぎません。

さて、もし本当に全ての3つ組について「一つも存在しない」ならば、「たかだか有限個(多くても有限個)」という条件は満たしているのですが、ちょっとあまりにもざっくりすぎる気がします。かといって、累乗をしていないただのdと比べた場合は、無限個存在してしまうのでした。では一体どのくらいdを大きくすれば、有限個に抑えられるのか。その境目はどこなのでしょうか?

2乗だと増やしすぎたということなので、こんどはちょっと減らしてd^{1.28}くらいを考えてみます。とりもなおさず、これは\epsilon=0.28のときのd^{1+\epsilon}の値です。

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dを累乗したものよりcのほうが大きくなる部分にだけ色を付けています。さっきの\epsilon=1のときは一つもありませんでしたが、\epsilon=0.28まで下げると\left(1,80,81\right)のたった一組だけ!cの方が大きくなるものが出てきました。

次はもっと下げて\epsilon=0.03、すなわちd^{1.03}と比較してみます。

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こんどは逆に一組だけ、dを累乗したものの方が大きくなりました。

\epsilonの値を1→0.28→0.03とどんどん減らしながら見てきたわけですが、はい。そういうことなんです。

つまり、この\epsilonがどれだけ小さい値でも、ほんの少しでも0より大きいなら、3つ組の数は有限個に抑えられる。であろう。……これこそが、「ABC予想」というものが主張していたことだったんです。

予想:a+b=cを満たす、互いに素な自然数の組\left(a,b,c\right)に対し、積abcの「互いに異なる素因数の積」をdと表す。このとき、任意の\epsilon\gt0に対して、c\gt d^{1+\epsilon}を満たす組\left(a,b,c\right)は、たかだか有限個しか存在しないであろう。

読める……! 読めるぞ……!!

まだまだこれから

ABC予想の主張だけに絞って、ここまで見てきました。「主張だけなら理解できる」ということはご納得いただけたかと思います。証明に関しては厳しいので自力でお願いします。

フェルマー予想が解決されたときは私は子どもだったし、数学にも縁はなかったし、特に感慨もなかったので今回のニュースには興奮させられました。生きてるうちに未解決問題が解かれるところを目撃できるなんて幸せです。

ABC予想を証明した望月氏は「結果としてのABC予想の証明よりも、それに使った宇宙際タイヒミュラー理論の創始のほうが重要」ということをおっしゃているそうです。これが証明されたことにより数学はどう変わっていくのでしょうか。数学の行く末が注目されます。

 

 

*1:「すべての3つ組についてd^2のほうがcより大きくなるか?」という問題はABC予想ではない。これが証明されればフェルマー予想の証明も簡潔になったりするが、こっちはいまだに証明も反証もされていない。