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[INDEX]
- 1. 雇用の形の多様化と「就職」について
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2. 起業のすすめ
- 2-1 選択肢は「入社」だけなのか
- 2-2 起業することのメリット・その1
- 2-3 起業することのメリット・その2
- 2-4 お前はサラリーマンにはなれない
- 2-5 だが、どうにかして食べていく必要がある
- 2-6 【結論】:サラリーマンとOLを選択肢から外して仕事を考える
- 3. NPOという選択肢
- 4. 「資格」をどう考えるか
- 5. 「つなぎのバイト」をどう考えるか
- 6. 趣味の弊害について
2. 起業のすすめ
昨年夏、青森県と沖縄県の高卒者の「求人倍率」は0.09倍だった。 求人倍率とは、求職者(就職先を求める人)に対する会社からの求人の割合のことだ。 青森県と沖縄県では、求職者1人について0.09倍、つまり100人の高卒者に対して、会社からの求人は9件しかなかったことになる。 働きたいと思っても10人に1人しか求人がないとき、どうすればいいのだろうか。 農家はその手伝いをしたり、商売をやっている家だったら家業を継ぐということになるのかも知れない。 だがそれ以外はどうするのか。 まず考えられるのは、故郷を出て、大都市圏で仕事を探すということだろう。 もちろん今や大都市圏にだって仕事があふれているわけではない。 東京や大阪に出てきても、簡単に仕事が見つかるとは限らない。
その他の選択肢として、海外に出る、というのがある。 海外で働くか、あるいは経済的に余裕がある場合は海外で勉強するのだ。 当然海外で働きながら、勉強するという方法もあるだろう。 そして、あまり一般的ではないが、起業するという選択肢も残されている。 自分で会社を作るというのは、ほとんどの18歳にとっておそらくあまり現実味のない話だと思う。 日本の教育そのものが「会社に勤める」ことを前提としているところがあるからだ。 さらに日本社会には、起業の方法やそのリスクやメリットなどを伝えるアナウンスメントがない。 つまり「就職先がないんだったら、お前が会社を作ってみたらどうだ」などとアドバイスする教師や親や先輩や近所の人はほとんどいない。 どうすれば若者が自分で会社をおこすことができるのか。そんなことは教科書のどこにも書いてないし、テレビにもそういう番組はない。
確かに、18歳で会社をおこすことは簡単ではない。 会社をおこすためには、資金やノウハウや人材が必要だが、そんなことよりも、まず「どういう会社をおこすのか」という本人の決断がなければならない。 社会に出たことがなく、社会のことをほとんど知らない18歳が、どういう会社をおこすか考えるのはきわめてむずかしいし、資金の提供者もほとんどいないだろう。 だが、もし手元に資金があったらこういう会社をおこしてみたいと自分で「想像する」ことは決してムダなことではない。 ムダどころか、そういった想像・シミュレーションは自分の職業を選ぶときに重要なヒントを与えてくれるし、その他にもいろいろな面でプラスになる。
たとえば、ある18歳が、食器が大好きで、もし資金とノウハウさえあれば食器を売る店を開きたいと思っていたとする。 彼(彼女)は、とりあえず食器のことを知りたいと思うはずだ。 実際に食器店に就職しようとするかも知れないし、食器の製造会社に入ろうとするかも知れないし、また輸入食器の代理店に勤めようとするかも知れない。 彼(彼女)は、その会社で一生働くわけではなく自分で食器の店を出そうと思っているわけだから、就職の形は別に社員でなくてもいい、ということになる。 食器のことをより広く深く知ることができればいいわけだから、パートでもいいし、アルバイトでもかまわない。
たとえそういった会社に勤めることができなくても、がっかりすることはない。 女性だったら、伝統的な料理屋の仲居やレストランのウェイトレスのアルバイトをしても、食器について勉強ができる。 懐石料理にはどういった和食器が使われるのか、ワイングラスにはどういう種類がありどういう基準で選ばれるのか、そういったことを体験しながら学ぶことが可能だ。 食器とはまったく関係ないように思える職場でも、食器の店を出すという決意さえあれば、毎日の仕事が違ったものになる。 たとえば宅配便のアルバイトをする場合でも、流通の勉強をすることができるし、コンビニやファストフードでアルバイトする場合でも、客の好みや、人気商品などについての基礎的な知識を得ることができる。
起業を決意することのメリットはそれだけではない。 たとえば、食器の輸入代理店や宅配便やコンビニのアルバイトで、上司や先輩にイヤな人間がいて、毎日イヤミを言われても、「おれは(わたしは)、いつか独立するためにここで働いてるんだ。 お前なんかとは違うんだ」と心の中でつぶやけば、イヤな上司や先輩に対抗することができる。 さらに、いつの日か起業するという目標があれば、当然仕事にも積極的に取り組むことになり、たとえアルバイトでも、上司や経営者に評価されるかも知れない。 実際に、最近の人事考課(社員やアルバイトの評価)において、企業内で起業精神が求められる傾向もある。 先端的な企業では、新しいビジネスを社内でおこすというような強いモチベーション(仕事への動機付け)が求められているのだ。
わたしは、幼いころから性格が団体行動に合わなかった。 教師や目上の人から指示・命令されると、とにかく反発してしまう子どもだった。 幼稚園のころから、お前はサラリーマンにはなれないだろう、と親や教師や近所の人に言われながら育った。 だからいつの間にか、サラリーマンという就業を除外して将来のことを考えるようになった。 小学校から中学校にかけては、医者になろうと思っていたが、高校で受験勉強を放棄したので医学部の受験はあきらめなければならなかった。 今の日本社会では受験勉強をしなければ医師になることはできない。 絵を描くのが好きだったので、美術大学を目指したが、現役での受験には失敗した。 ピカソやゴッホやルノワールが受験勉強をしたはずがないが、今の日本社会では受験勉強をしなければ画家にもなれないのだ。 それで長崎県の佐世保というところから東京に出てきて、浪人を始めたが、田舎から東京に出てきた18歳が、まじめに受験勉強などするわけがない。
東京都下の米軍基地のそばに住み、受験生としてはもちろん、人間としてもかなりやばいことをやりながら、あっという間に2年がたってしまった。 人生の暗黒時代だった。 その暗黒時代にも、サラリーマン(アルバイトを含む)になるなど考えもしなかった。 20歳を過ぎて、もうどうしようもなくなり、私立の美大に何とかもぐり込んだ。 絵を描いて、それを売って生活できないかと思ったが、甘い夢に過ぎなかった。 大学へはほとんど行かずに、絵ばかり描いていた。 欠席が多すぎて単位は取れないし、1年留年して、5年かけてとりあえず4年生にはなったが、卒業できる見込みはなかった。 もう23歳になっていて、いつまでも親から養ってもらうわけにはいかないし、焦ってきたが、それでもサラリーマンにはなれないと思いこんでいて、どこかに勤めようとか、まったく考えなかった。
当時を振り返ってみると、基本的な決定事項が2つあったように思う。 1つは、もう23歳なんだから何とかして自分で食べていかなければならないということ、2つ目は、でもサラリーマンにはなれないということだった。 いつまでも親に養ってもらうわけにはいかないと思っていた。 だがそれは親孝行とか独立心というような立派なものではなかった。 親に養ってもらう限り、自由が手に入らないと確信していたのだ。 九州の故郷に帰るなんて絶対にごめんだと思っていた。 親と一緒に住みながら、どこか故郷の会社に勤めるなんて冗談じゃないと思っていた。 親から離れて好き勝手に生きたいから東京に出てきたのに、23歳にもなって親元に戻るなんてばかげている。 しかし東京にいる限り、親からの送金がストップしたら、もう生きてはいけない。 だから何かで自分一人で食べていくしか方法はなかった。 しかし、それはサラリーマンではいけないのだ。 なぜなら、自分はサラリーマンには「向いていない」からだ。 それで、追いつめられて、23歳の秋に、それまで少しずつ書きためていた「限りなく透明に近いブルー」というタイトルの小説を完成させたのだった。
それはあなたに才能があったからで他の人はそうはいかない、とよく言われるが、果たしてそうだろうか。 自分は絶対にサラリーマンには「向いていない」と確信することも才能に含まれるのだと思う。 「まあサラリーマンになるのもしょうがないか」と一度でもそう思っていたら、わたしは小説を書かなかっただろう。 そして、サラリーマン・OLを人生の選択肢から除外して考えることは、今の時代、普遍的なシミュレーションではないだろうか。 サラリーマン・OLを人生の選択肢から除外し、さらに、「もし商売をやるんだったら、自分はどんな商売をしたいか」「もし店をやるんだったら、自分は何を売りたいか」「もし会社をおこすのだったら、自分はどういう会社を作りたいのか」と考えることは、自分が何をやりたいのかを鮮明にしてくれる。 また、「何を売りたいのか」と自分自身に聞いて、売りたいものが見つかったあとは、「果たしてその商品・サービスにニーズ(需要)はあるか。 本当に今の時代に売れるのか」という問いが生まれることだろう。 ニーズ(需要)があるかどうか。 それは起業すると決意したあと、最大のポイントとなる。
自分はサラリーマン・OLになるのだと最初から決めつけるのは愚かなことだと思う。 なぜなら、そう決めた瞬間に、「何になるのか」ではなく「どの会社に入るか」がより重要になってしまうからだ。 サラリーマン・OLを人生の選択肢からいったん除外し、起業について考えることには、さまざまなメリットがある。
村上龍
P.S.明日のための学習
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