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175 函館
1854年の開港以来、外国文化と新しい時代の文化が入ってきた函館は、現在では洋館と赤レンガ倉庫、そして五稜郭といった建築物が観光資源の街となっている。函館は東西を海に挟まれ、強風で大火の起こりやすい土地であった。いま残る開港以降の建築は、頻繁に発生した大火との戦いの末に残ったものである。
函館の街、とくに自動車の交通量の少ない西部地区の坂道に立つと、道路の広さゆえの日本離れした景色に驚かされる。北海道は当初より広い碁盤目の街がつくられたと思いがちだが、函館の西部地区の広い道路は、細道や曲り道を整備したものだ。大火を契機に防火対策のために広げられた道幅は、西から東に街が拡大し道路の整備がされてきた歴史を年輪のように記録している。広い道路と大火後につくられた防火建築はその時代の最新の防火技術を使っており、建築を見ることにより大火に負けない街づくりへの熱意をいまも読み取ることができる。
函館市内の移動を助ける函館市電の路線を中心に街のつくりを見てみると、函館湾側は海運業の中心地であり、元倉庫と商家建築が並ぶ。明治期の防火対策建築として、レンガ造漆喰塗の「Cafe dining Joe」、建物の両側に袖壁を備えた「TACHIKAWA CAFÉ」がある。また、1階が縦格子の出窓やささら子下見板張りの壁の和式、2階が縦長窓に下見板張りの壁の洋式といった函館独特の上下和洋折衷様式の建築は、現在、飲食店や小売店として活用されている。これらは木造であるものの、防火対策として袖壁や梲(うだつ)を設けている。
函館は道路幅が広いことから、角地に立つ建築はランドマークの機能をはたしている。とくに、電車通りがカーブする十字街の角地に立つ「函館市地域交流まちづくりセンター」は、もとが百貨店ということもあって正面の円形の主玄関とドーム屋根が華やかな外観をしており、函館を初めて訪れる者には強い印象を与えるだろう。昭和9年の大火で内部を焼失したが、構造的な補強をすることでランドマーク建築が維持されている。また、二十間坂にある「北斗ビル」は函館でよく使われる淡いピンク色の壁で、鉄筋コンクリートブロック造。大正10年の大火後のコンクリート建築の普及に一役買った中村鎮の設計である。
電車通りに面したエリアは、鉄筋コンクリート造建築が坂の上の建物の延焼を防ぐ防火壁の役割を担うと同時に、目抜き通りの建物としてデザインに工夫がなされてきた。たとえば、屋上まわりを波型に、正面の半円模様を施した「SEC電算センタービル」や、白壁に窓枠、屋根に沿うラインの入った「大二物産」の店舗は、シンプルで古びない現代性があり、ロングライフデザインとも言えるだろう。
十字街から谷地頭方面に向かう函館市電の北東側にある銀座通りは、大正10年の大火を経て不燃建築帯として整備された。昭和9年の大火で多くが灰塵となったが、レンガ造、鉄筋コンクリート造、コンクリートブロック造の建築はいまも残っている。大正、昭和の2度にわたる大火を経て、当時の最新の建築技術を取り入れた進取の気質は、モダンな街並みを作り出した。いまも残るモダン建築は新築建築にも影響を与え、「天満つ」は平成の新築でありながら、街並みにマッチしたデザインとなっている。
以上のように、大火に対する取り組みが、道路整備や新しい建築技術の導入、新しいものを受け入れる気質が函館の建築と街並みをつくっていったが、大火を克服した現在では、建築年数・老朽化が建築が失なわれる要因となってきている。そうしたなか、建築を取り壊したうえで、新築のレプリカを建てるという例が見られる。ここで紹介している「ウイニングホテル」「函館市臨海研究所」「弥生小学校」は、いずれも街の景観の要となる角地の建築であり、これまで函館を形づくってきた必要な景観としてその姿を復元したのだろう。大火でなにもなくなったところに新しい建築を生み出した、かつての時代とは異なる建築への眼差しがここにある。
2012年8月に撮影した函館の建築写真を紹介する。
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pic 英国工務省上海工事局《開港記念館(旧イギリス領事館)》
pic リヒャルト・ゼール《旧函館市立道南青年の家(旧ロシア領事館)》
pic 萩原惇正《日本基督教団函館教会(旧日本メソジスト函館教会)》
pic Le Climat Hakodate(旧日本基督教会函館相生教会)
pic 山本佐之吉《TACHIKAWA CAFE(太刀川家住宅店舗)》
pic 安田銀行営繕係《旧ホテルニュー函館(旧安田銀行函館支店)》
pic 関根要太郎《SEC電算センタービル(旧第百十三銀行)》
pic Pain屋、Le comptoir、茶房たかはし、Comme chez vous
pic 木田組《函館市地域交流まちづくりセンター(旧今井百貨店函館支店)》
pic 日本銀行《函館市北方民族資料館(旧日本銀行函館支店)》
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