追悼、トム・ペティ──薄笑いを浮かべたロックスターは、音楽ヴィデオのイノヴェイターだった

米人気ロックミュージシャンのトム・ペティが、2017年10月2日(米国時間)に66歳で亡くなった。革新的かつ奇妙なミュージックヴィデオで一世を風靡した彼の軌跡を、代表的なヴィデオ作品とともに振り返る。
追悼、トム・ペティ──薄笑いを浮かべたロックスターは、音楽ヴィデオのイノヴェイターだった
PHOTO: ANDREW CHIN/GETTY IMAGES

アメリカ音楽界における、トム・ペティのトルバドゥール(抒情詩人)としての40年に及ぶ活動は、予期せぬことばかりだった。

1970年代後半に労働者階級のヒーローだった当時、彼はレコードレーベルと殴り合うようなバトルをした。「俺のレコードはもっと安く売るべきだ」と言うのだ。そして88年に結成した覆面バンド「トラヴェリング・ウィルベリーズ」では、若さと華やかさで人々を魅了した[編註:メンバーはジョージ・ハリスン、ジェフ・リン、ボブ・ディラン、ロイ・オービソン、そしてトム・ペティだった]。

そして、89年のアルバム「フル・ムーン・フィーヴァー」でヒットを連発したソロ時代である。このアルバムは、60年代のギターポップのきらめき、70年代の悪ガキのような快活さ、そして80年代後半ならではの退屈さを備えていた。そしてよく聴けば、ディストーションがかけられた軽快なギターリフに、90年代を先取りするような感覚があった。

トム・ペティは2017年10月3日(米国時間)に66歳で亡くなった。彼は意外なことに、ミュージックヴィデオのスターでもあった。スリリングで革新的なヴィデオクリップを矢継ぎ早に繰り出し、下火になりつつあったミュージックヴィデオの活性化に貢献したのである。

南部の“変人”らしさ溢れるヴィデオが人気に

ペティが30代後半のころ、MTVが最盛期を迎えていた。彼はアートスクールに通った経験があるわけでもなく、MTVで人気が沸騰したミュージシャンたちのようにテレビで顔を売りたいという願望もなかった。その代わりに彼は、自身がつくり出した物語に対する愛情と、南部の“変人”らしい魅力を、セッションの延長線上の感覚でMTVを通じてお茶の間に届けていたのである。

トム・ペティ&ザ・ハートブレイカーズ時代の82年に発表した「You Got Lucky」のヴィデオクリップは、ジョン・カーペンターの曲を思わせる不吉な音とともに、ほこりまみれの世紀末のような世界にペティが登場する。ミュージックヴィデオが歌を映像に変換するものだと考えれば、想像する限り最も奇妙な解釈のひとつである。まるで『マッドマックス』の世界観を“引用”してきたような映像だったが、彼は決して低予算のSF短編に出演しているようには振る舞わなかった。

その数年後、ペティの最も悪名高いヴィデオクリップが公開された。まるで「不思議の国のアリス」をハイジャックしたような、奇妙な映像の「Don’t Come Around Here No More」である。彼はアリスの世界を、狂気に満ちた不吉なアンチ・ラヴストーリーに仕立て上げたのだ。

ペティはニヤニヤと笑うマッドハッター(いかれ帽子屋)を演じ、ヴィデオの最後ではアリスを巨大なケーキに変えてしまう。しかも、そのケーキをバンドのメンバーにむしゃむしゃと食べさせてしまうのであった。これはその後、マイケル・ジャクソンの「スリラー」のヴィデオで目がギラリと光る最後のシーンのように、あの時代ならではの“悪夢”としてよく挙げられるようになった。

ペティはブルース・スプリングスティーンのように、生まれながらのカリスマ性をもっていたわけではないかもしれない。ボブ・ディランのように、心を奪うような超然とした姿勢があったわけでもない。だが彼のパフォーマンスには、暗い雰囲気のヴィデオクリップをさらに薄気味悪く見せるような、邪悪でおどけた一面があった。

89年、ペティは彼のキャリアで最もカウンターカルチャー的なヴィデオクリップを発表する。「Runnin’ Down a Dream」以前のミュージックヴィデオは一般的に、滑らかな特殊効果やビッグスターの誇大妄想、そして未来的なヴィジュアルを強調するものだった。これにペティは、コミック作家であるウィンザー・マッケイへのオマージュとなるアニメ映像で対抗したのである。マッケイは有名なマンガ作品「リトル・ニモ」の作者で、この50年以上も前に亡くなっている。

このヴィデオはペティの意外な一面を見せている。ロックスターを皮肉るような装いは、土曜の朝のアニメ番組のような自由な雰囲気へと姿を変えた。実際、この曲のどこかせかすようなノリのよさが、楽しげな雰囲気を演出している。

そして、ペティの最もよく知られる“演技”は、その数年後である。「MTV Video Music Awards」で最優秀男性ヴィデオ賞を受賞した「Mary Jane’s Last Dance」で、彼は死体安置所で表情も変えずに平然と働く職員を演じたのだ。この曲はベスト盤のために収録されたもので、彼のヒット曲のひとつとなった。

陰鬱で薄気味悪いながらも愛すべきヴィデオクリップで、ペティは、キム・ベイシンガー演じる女性の死体を家に連れて帰る。そしてドレスアップさせて、キャンドルに照らされた部屋でダンスを踊るのだ。

この曲がリリースされるころには、ペティは世界的なスターになっていた。だが、彼にはまだどこか得体の知れない、ペルソナをつかみきれないところがあった。この生来の謎めいたところが、彼の出番を効果的なものにしている。

聖者なのか罪人なのか、まったくわからない。だがいずれにせよ、彼に好感を抱かないことは不可能なのである。「Mary Jane’s Last Dance」は、これまでに放送されたどんな曲よりも歪んでいて、驚くべきもので、ほんの少し気の利いた感じだった。なんというか、ペティ自身のようなのである。


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TEXT BY BRIAN RAFTERY

TRANSLATION BY DAISUKE TAKIMOTO