【書評】ラマチャンドランさんの「脳のなかの幽霊」を読んだ。

人とロボットの秘密」を読んで、最新の脳科学について知りたいなーという欲求が湧いてきました。ただ、脳科学のブームに乗っかって怪しげな本もたくさんでているのも聞いたことがあったので、Google+でオススメを聞いてみたら、真っ先に、しかも二人から挙がったのがこの「脳のなかの幽霊」でした。

原書の発行は1998年と若干古いのですが、「脳トレ」がヒット(2005年)してブームになるより前に書かれた、先駆けのような本であると言えるでしょうね。脳のことは未だによくわかっていないことが多いのですが、この本に書かれた知見は全く古くないようですよ。

この本は、ラマチャンドランさんが臨床で出会った神経疾患の患者さんの症状を元に、人間の脳の仕組みや働きを論考していくという構成になっています。まだわからないことが多い分野なので、統計的な分析よりも、実例を1件提示する方がはるかに多くの知見が得られるということのようです。

例えば、切断されて無くなったはずの腕や足の感覚がいつまでも残る “幻肢” という症状があります。一方で、体のさまざまな部位が大脳皮質にどのように位置づけられているかを記した地図があります。この脳地図を見ると、手と顔は非常に近い位置にあります。

幻肢の患者に目をつぶってもらい、顔を綿棒でこすったら、切断され無くなったはずの手にも触られているような感覚が生じたそうです。つまり、手が切断されたことにより、それに対応する脳の地図が再配置されることが、幻肢の原因ではないかという推論が立てられます。

また、生まれつき両腕が無い患者が、幻肢を体験している事例があります。この患者の脳にある神経回路は、生まれてから一度も視覚や触覚・運動感覚のフィードバックを受けたことがないはずなのに、しゃべる時だけは自分が身ぶり手ぶりをする感覚があるというのです。

これはつまり、遺伝子によって規定される先天的な感覚と、運動や触覚などの経験により後天的に獲得する感覚の、両方があるということだと思います。

人とロボットの秘密」では「体の中でさまざまなタスクを反射的に行なっている機能の集積(ボトムアップ)こそが意識だ。だから “感覚” のインプットが無いとロボットに “心” は生まれない」という仮説が紹介されていましたが、これたぶん両方必要なんじゃないですかね?

視覚に関する事例も興味深いです。脳卒中で右側の一次視覚皮質が損なわれた患者(左側の視野は失っている)が、見えていない(知覚できない)はずの左側にある物の向きを正確に答えられるというのです。つまり、何が起こっているかをその人がまったく意識していない状態で、視覚から入力された情報を行動に利用することができるというのです。

こういった、身体的な欠損や障害の無い人でも、体感できる事例があります。それが “盲点” です。ネットを検索してみたら、こんな記事がありました。本のなかで紹介されているものと、ほとんど同じです。

目の盲点が面白いようにわかる図─脳は見えていない部分を補っている

http://labaq.com/archives/51014471.html

片目を閉じて画面の印を見つめると、一定の距離で反対側の印が消えるというものです。それもただ消えるのではなく、脳が周囲の情報から見えない部分を補って書き込みを行うのです。実際に自分でやってみると、消えた部分を勝手に補っているのが “見える” ので、新鮮な驚きがあります。

……といった、様々な事例と推論を紹介しながら、最終章には “クオリア問題” の話になります。コウモリは超音波を使って暗い洞窟の中を飛びますが、コウモリが超音波を聞くときの実際の感覚というのは、われわれ人間にはわかりません。色覚異常で生まれつき白と黒の濃淡しか判別できない人に、赤とはこういう色だという体感を説明できないのと同じことです。

“クオリア問題” が解決されれば、意識とは何かがわかり、ロボットに感情を芽生えさせることができるのでしょうか? 大変興味深く、考えさせられる一冊でした。

脳のなかの幽霊 (角川文庫)

脳のなかの幽霊 (角川文庫)

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V・S・ラマチャンドラン サンドラ・ブレイクスリー

角川書店(角川グループパブリッシング) (2011-03-25)

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