アードベッグ レアカスク 1998-2020 Cask No,50 For Benjamin tan 56.5%
ARDBEG RARE CASK
Benjamin Tan's Private Collection
Aged 22 years
Distilled 1998
Bottled 2020
Cask type American Oak Refill Cask (6 years old), 2nd fill Sherry Cask (16 years old)
Cask No,50
700ml 56.5%
暫定評価:★★★★★★★★(7-8)
香り:トップノートはリッチでふくよかな甘みを伴うシェリー香。ただべたつくような甘さではなく、コーヒーを思わせるアロマティックな要素や、レーズンや無花果等のダークフルーツ、林檎のカラメル煮などフルーツの甘酸っぱさも含んでいる。合わせて落ち着きのあるピートスモーク、ほのかに鰹節っぽさも伴う複雑なアロマ。
味:粘性のある口当たり。色濃いウッディさ、香り同様のリッチなシェリー感が、存在感のあるピートスモークを伴って広がる。香りと異なり、味はピートが優位。ダークフルーツジャムのようなシェリー感を底支えにして、アイラピートのスモーキーさ、カカオチョコを思わせるほろ苦さが余韻にかけてしっかりと広がる。
余韻は焦げた木材、鰹節、そしてほのかな薬品香を伴う特有のスモーキーフレーバーが、甘いシェリー香を伴って長く続く。
樽次第では、近年でもこういうものを作れるのか。古き良き時代を彷彿とさせるような、シェリー系のアイラモルト。甘酸っぱく赤黒系のフルーティーさのあるシェリー感に、どっしりとしたスモーキーさ。余韻にかけてアイラ系の要素、アードベッグと思える風味。微かに溶剤ような異物感が混じったが、全体的には良質なシェリー感とピート感で楽しめる。例えるなら1975年のオフィシャルシングルカスクリリースを、現代の材料で可能な限り再現したと言えるようなクオリティである。素晴らしい1杯。
ありえないなんてことはありえない。不可能を可能にする方法は存在する。
香味もさることながら、リリースまでの流れにも、それを感じる・・・・・そんな貴重なボトルのサンプルを頂いていたので、今さらながらレビューさせてもらいます。
そもそもアードベッグ含め、ディアジオ(グレンモーレンジ含む)関連のオフィシャルで、PBをリリースするのは不可能と言われてきました。今回はシンガポールの酒販 Whisky Journey代表であるBenjamin Tan氏が発起人となり、有志を募ったうえでカスクを購入。有志はインポーター・酒販としても活動する方々であり、日本からは、Kyoto Fine Wine & Spiritsを経営するOjiさん、Nagataさんが名を連ねています。
こうした経緯から、本ボトルは形式的にはBenjamin Tan氏個人のプライベートコレクションとなりますが、実質的には。。。ということで、ここ最近まず日本には入ってこなかったアードベッグのオフィシャルシングルカスクが、国内市場でも発売されることとなったのです。
今回のボトル、特筆する要素はリリース経緯だけでなく、香味にもあります。
近年のシェリー樽熟成モルトの大多数は、近年シェリーとして分類されるシーズニングによる独特の風味があり、1970年代前半、あるいは1960年代蒸留のモルトに見られたフレーバーがほぼ失われているのは、周知のことと思います。
このシーズニングシェリー系のフレーバーが不味いとは言いません。突き抜けない代わりに安定しており、ちょっと前まであったシェリー酒そのものが混じったような椎茸フレーバーや、爆発するような硫黄感など、トンデモ系は本当に少なくなりました。
一方で、愛好家が求めてやまない、赤黒系のフルーティーさ、独特の艶やかな、妖艶なニュアンスをもったリリースも少なくなっています。
これは、トンデモ系の樽が確変を起こしたということではなく、玉石混合だった中で”石”のクオリティを近年のシーズニングシェリー樽が引き上げたこと。一方で数の限られている”玉”は安定して出回らないため、オフィシャルリリースに回す樽をシーズニングシェリー樽にシフトしたことが背景に考えられるわけですが、本リリースのシェリー感は”玉”に該当するモノであり、愛好家からすれば90年代でこの味はありえない、と思えたことを実現しているのです。
リリースされたカスクは、グレンモーレンジのビル・ラムズデン博士が、試験的に熟成していた3樽のうちの1つ。
・リフィルアメリカンオーク樽で6年
・2ndフィルオロロソシェリーバットで16年
という熟成スペックが紹介されていますが、どちらもセカンドフィルでありながら、まるで1st fillの樽で熟成したかのような濃厚さです。
余程スペシャルな樽で熟成したかのように感じますが、一体どんな素性なのか。。。ここからはラムズデン博士がなにを実験しようとしたのか含め、考察したいと思います。
歴史を紐解くと、1998年は、アードベッグ蒸留所がグレンモーレンジに買収され、再稼働した次の年。有名なリリースでは、ベリーヤングからルネッサンスまで続く、10年リリースへの旅に使われる原酒が仕込まれた年です。
ですがこの時点では、今回の原酒は明確な意図を持って樽詰めされた訳ではなかったと考えます。
2015年、アードベッグの200周年リリースが行われた年。ウイスキーマガジンのインタビューでラムズデン博士は樽の質の低下に触れると共に、「この10年間、アードベッグで様々な実験をしてきた。実験をした樽のいくつかはキープしてある」という話をしています。
今回の樽がその一つとするなら、実験の意図は最初の6年でなく、後の16年間にあったと考えられるのです。
(アードベッグ・ベリーヤング〜ルネッサンスのシリーズ。1998年蒸留は近年と思えるが、評価されているビンテージでもある。)
(アードベッグ・ウーガダール初期ボトル。箱裏にビンテージ表記あり。パワフルな中にシェリー樽のコクと甘みのある美味しいリリースだった。今回のシェリー樽はこうしたリリースの払い出し後か、それとも。。。)
では、この16年間の熟成に使ったリフィルオロロソバットは何者か。。。丁度2003年から、アードベッグはウーガダールをリリース。初期のそれは1975,1976年のシェリーカスク原酒を使ったとされており、または当時多くリリースされたシングルカスクか、そうした空きシェリー樽のどれかが使われたと考えるのが一つ。
また、リフィルのアメリカンオークシェリー樽で1st fillかのような色合いは考えにくく、その濃厚なエキスとダークフルーツ系の香味から、使われたのはスパニッシュオーク樽なのではないかとも予想しています。
すると実験は、シェリー樽に関するものだったのではと。そもそも「シェリーバットで長期熟成すると風味がダメになる」「アードベッグはフィニッシュに向かない」というラムズデン博士のコメントが、先のインタビュー記事に見られる中で、この樽はフィニッシュで、それも16年という比較的長い後熟を経ています。
例えば一度熟成に使ってアク抜きされたスパニッシュオークの良い部分、好ましいシェリー系のニュアンスを熟成を経て取り出そうとする実験なら、これは狙いとして成程と思えます。
(実際、グレンモーレンジですが、15年のリリースで1年間だけ新樽フィニッシュをして、明らかに後の原酒のためのアク抜き的なことをした例もあります。※以下ボトル)
一方でもう一つ興味深いのが、リリース本数500本から逆算すると、最初の6年間の熟成で使われたリフィルアメリカンオーク樽も、500リットルないし、それくらいのサイズだったと考えられることです。
※バーボン樽をニコイチ、サンコイチしたとかでなければですが。
ベースとなった原酒は1998年の樽詰めなので、アードベッグ1975等でのリリースに使われたシェリー樽のリフィルを、アメリカンオーク樽として使っているのではないか。。。とか。
あるいは文字通りバットサイズの新樽を一度使った後に詰めたか、希望的観測も込みで前者かなと思いますが(そうだとすれば、実現した味わいのイメージとの繋がりもあって面白い)、こうして家系図のように歴代リリースを紐解いていくのも、あれこれ考えられて楽しいです。それも全ては上質な原酒であるからこそ、踏み込みたいと思えるんですよね。
結論?すいません、実際の狙いは結局推測の域を出ませんが、実験は成功で間違いないかと思います(笑)。←本記事末尾に公式情報を追記(3/23)
昨今、原酒の枯渇から良質なリリースは限られた市場にしか出回らなくなり、特に日本に入らないことも多くなりました。
一方、こうしたリリースを楽しめるのはごく一部の愛好家だけ、市場に入っても飲めないという声があるのも事実です。
実際今回のリリースもかなり高額です。ですが、関係者が暴利で売ってるわけではないので、交渉してどうなるわけでもありません。そして手を出さなければ他の国に買われて消えていく。。。
ないものはどうやっても飲めませんが、あれば可能性はゼロじゃない。繋がりが作られてるということが、次の機会にも繋がります。
不可能とされていたリリースの実現、文句なしの中身。その機会を作って頂いた有志の皆様に感謝し、本日の記事の結びとします。
今後のリリースも楽しみにしております!
※後日談(3月23日追記)※
ウイスキー仲間から、本ボトル外箱の内側に経緯らしいことが書いてある。として連絡を頂きました。
実はこのサンプルを頂いた際、一緒に共有頂いたのはトップの表ラベル写真で、それ以外はWEBでも見あたらなかったので見てなかったんです(汗)。カッコいい外箱があるなぁくらいにしか思っておらず。
頂いた画像から恐る恐る読んでみましたが・・・結論からすれば、上記の記載、狙いは概ね間違っておらず、実験について書かれていないことを考察しているような内容になっていた、という感じです。
いやぁ、奇跡的ですね。ブラインドで正解した時とは違う、安堵感のようなものがあります(笑)。
気になる方は以下に転記しておきますので、ご参照ください。
【UNIQUE CASK HISTORY】
The Spirit was distilled on Wednesday, 28th January 1998, during the watch of Stuart Thomson, Ardgeg’s devoted Distillery Manager. Then, in American oak refill casks the whisky began to quietly mature. Six years on, Dr Bill was intent on creating single malt worthy of Ardbeg Uigeadail, a much loved dram with old, sherry-aged stock at its heart. And so he transferred an experimental batch of this whisky into second-fill oloroso sherry casks he had selected personally. Over the next 16 years, one cask gained a particular fruitiness and an intensely medicinal note. Set aside by Dr Bill to celebrate its singular character, Cask no.0050 deserves to be enjoyed in its own right.