①)昨夜、朝日新聞の相撲班は、一つの難題にぶつかっていました。その難題というのが、日馬富士が高安に敗れた結びの一番です。あれは、「金星」と言えるのか、どうか。朝日新聞に限らず、おそらく新聞各社の相撲担当は、「金星」という言葉に神経質になっているはずです。というのも…
2014-11-12 10:33:50②)朝日新聞はもちろんなんですが、おそらくどの新聞社も、「金星」で訂正を出したことがあるのではないでしょうか。原因は、「横綱を破った力士」=「金星」という誤解です。好角家が圧倒的多数であろうと思われる僕のフォロワーさんの中にも、誤解されている方がいるかもしれません。
2014-11-12 10:34:27③)しかし、「横綱を破れば金星」ではありません。金星になるのは平幕が横綱に勝った場合です。これは、ある程度の相撲好きなら常識の範囲ですし、そういう誤解をしている相撲記者は絶無でしょう。ところが、各新聞社の「整理部」という内勤記者には、この誤解をしている方がゼロではありません。
2014-11-12 10:36:35④)「整理部」は、現場の記者が書いてデスクが目を通した記事を受け取り、見出しを作って新聞のレイアウトを考える内勤の記者です。整理記者の全員が相撲用語を熟知しているわけではないので、記事に書いてはいなくても、誤解から「○○、金星」という見出しを立ててしまうことが、ままあります。
2014-11-12 10:37:31⑤)朝日でも頻発しているミスの一つで、たしか数場所前にも一部地域の紙面で訂正を出したことがありました。そこで、朝日の相撲班では、横綱が負けた場合に、これは金星であるのか、ないのか、連絡事項に明記するようにしています。
2014-11-12 10:38:20⑥)ところが、平幕が横綱に勝っても金星にならないケースがあります。直近の例では、日馬富士に勝った2014年秋場所の嘉風の白星は、金星ではありません。というのも、あの取組は日馬富士が「まげつかみ」の反則で負けているからです。横綱がまげつかみで負けても、金星配給にはならないんです。
2014-11-12 10:40:59⑦)さて。昨日の九州場所3日目の話に戻しましょう。平幕の高安が日馬富士に勝った一番。あれは、金星なのか、どうか。決まり手は、日馬富士の「勇み足」でした。いわば横綱の自滅なんですが、これが金星になるのか、どうか。
2014-11-12 10:41:30⑧)困ったときは、相撲協会の広報部だのみなんですが、これが、よく分からなかったんです。こうなると、自力で何とかするしかありません。まずは、横綱が「勇み足」で平幕に負けた取組の抽出です。「1972年の春場所7日目、北の富士が貴ノ花に敗れた一番が勇み足である」と判明しました。
2014-11-12 10:43:14⑨)これは、日刊スポーツさんから教えてもらいました。次に、教えてもらったこの情報の確認です。朝日新聞の記事データベースに当たりました。朝日新聞では、約30年前からの記事については、キーワード検索が可能です。ところが、この一番は42年前なので、ワード検索ができません。
2014-11-12 10:43:5510)そこで、紙面そのもののデータベースに当たりました。こうして引っ張り出してきたのが、この紙面です。たしかに、42年前の一番が、勇み足だった、という確認ができました。 pic.twitter.com/XinvujxQVZ
2014-11-12 10:45:5811)問題は、この一番が金星だったかどうか、です。紙面を子細に点検したんですが、どこにも金星とは書いていません。そこで、相撲班が保管している横綱の台帳に当たりました。 pic.twitter.com/nmz4d9Lz0r
2014-11-12 10:47:4312)それが、こちら。北の富士の対貴ノ花の黒星に、もう一つ丸が付されているのがご覧いただけますでしょうか。これが、金星配給です。こうして、「横綱が勇み足で平幕に負けた場合は、金星配給となる」という事実を確認しました。 pic.twitter.com/j3BMJPwCFY
2014-11-12 10:50:2113)「金星を配給」。活字にしてしまえば、わずか5文字。でも、この5文字の事実をお伝えするために、実はものすごく苦労していることをお分かりいただけると、すごく報われます、はい。 pic.twitter.com/3P0B8ZnHxt
2014-11-12 10:52:1314終)ところで、見出しや記事で「金星を献上」としてしまう表現のミスも、散見されます。金星は横綱が平幕に与えるので、下から上への「献上」ではなく、「配給」です。とにかく、100年以上の歴史がある大相撲報道には、膨大なルールがありまして。一つ勉強になった珍事でした。
2014-11-12 10:53:11補遺①)「横綱の勇み足は、金星となるのか」。これは、金星になると判明しました。こうなると、次から次に疑問がわくんですよね。じゃあ、「つき手」と「かばい手」は、どうなのか。横綱が寄っていって、土俵際で折り重なって倒れた。そのとき、横綱が相手を押しつぶさないよう、手をついた場合--
2014-11-12 11:26:39補遺②)折り重なって倒れる横綱と平幕。このとき、相手の落ちるのより早く、横綱が手をついたとします。相手の「体が死んでいる」と判断されれば、横綱が先に手をついても「かばい手」として横綱の勝ちになります。反対に、相手の「体が生きている」と判断されると、「つき手」として横綱の負けです。
2014-11-12 11:31:17補遺③)横綱が「つき手」で負けた場合、逆に、平幕が「かばい手」で勝った場合、それらは平幕力士の金星になるのか。たったいま、行司部屋で木村庄太郎さんから教えてもらいました。金星になるそうです。ついでに言うと、体の生き死にで行司軍配を間違えた場合、これは「差し違い」となるそうです。
2014-11-12 11:39:31補遺④終)「まげつかみ」は決まり手ではないので、行司が軍配を誤っても、軍配差し違えとはなりません(「差し違え」は、場所後の行司の評価で減点されます)。一方、「つき手」「かばい手」は、決まり手なので、差し違えとなります。つまり、決まり手のある勝負で勝った場合に金星となるわけです。
2014-11-12 11:45:18補遺⑤終)この理論でいけば、「勇み足」は決まり手なので、金星なわけです。いやあ、すごくすっきりしました。と同時に、もう完璧に頭に入りました。--という庄太郎さんの話を、けっこう多くの行司さんが、「あ、そうなんですか」と聞いていたので、これは、かなり高度な豆知識だと思います。
2014-11-12 11:47:42①)先ほどの「金星」に関する一連のツイートで、「横綱が勇み足で敗れた前例」として、1972年春場所の北の富士-貴ノ花を挙げました。1972年、昭和47年の春場所の北の富士-貴ノ花と聞けば、長年の好角家であれば、ピーンとくる方がいらっしゃることと思います。
2014-11-12 13:03:48②)この取組には、一つの伏線があります。先ほどもお見せしましたが、こちらをご覧ください。 pic.twitter.com/GpjfA7KLTa
2014-11-12 13:05:30③)これは、北の富士の星取表です。黒丸にさらに丸を付してあるのが、昭和47年春場所の金星配給です。その右上に、貴ノ花からの白星があります。1場所前の昭和47年初場所中日の貴ノ花戦。これこそが、伝説の一番です。
2014-11-12 13:05:59⑤)寄りたてていく北の富士に対し、うちゃりを試みる貴ノ花。北の富士が右手を伸ばして、両者が落ちていきます。行司軍配は、北の富士が先に手をついたとして、貴ノ花に。しかし、物言いの末に北の富士の「かばい手」が認められ、行司軍配差し違えで北の富士の勝ちとなりました。
2014-11-12 13:08:04⑥)直後から、相撲協会の電話は鳴りっぱなし。「つき手」「かばい手」の大論争を呼んだ、伝説の一番です。その翌場所。のちに「膝に魂が宿っている」と評される貴ノ花は、北の富士戦で再び、常人を超えた執念を見せます。
2014-11-12 13:08:49