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飲酒日記

スキー&スノーボード2004-2005

Deeply In Debt

「おーい、おやじ。お勘定」
「へい毎度。2500万円になりやす」
「おー、ほれ、2500万円な」
「…あのお客さん」
「なんだ」
「なに、これ」
「何って、お代だよ」
「ははあ…。でも、2499万7500円ほど足りねえんですが」
「ハァ?」
「ですから、あと2499万7500円足りてねえです」
「ああ…ハハハ、なかなか冗談の上手いおやじだ。びっくりしたじゃないか」
「冗談とかじゃなくて」
「なんだよその手は」
「2499万7500円」
「…マジで?」
「マジもアダルトページもねえ、ウチもボランティーアじゃねえんで」
「なんでそんないい発音」
「払えねってんですかい?」
「ていうかさ」
「お客さんがその気なら、こっちにも考えがありますぜ」
「あっなに突然サングラスなんかしてんの」
「お客よお…」
「あ、微妙に丁寧だ」
「メニューちゃんと見たのかい?」
「な、なんのこと」
「そら、お品書きってやつだ」
「そういうことは聞いてなくて」
「ここ、ここ」
「ん…? なに、このゴマみたいなの」
「ホラ、ここんとこに(単位:万円)って書いてあんだろ」
「えぇー! 字、小さっ!」
「あとは、ここ、ここ」
「え?」
「(価格は内税表示です)」
「いや、それはいい」
「うるうせえっ! ツベコベ言わずに払えっ!」
「うるうせえってアンタ」
「黙れッ! 俺はツッコミとチヂミは大嫌いなんだッ!」
「チヂミならメニューにあったけど」
「ゴチャゴチャ言うなっ!」

ドン! ガチャーン!

「痛てっ! 野郎、やりやがったな!」
「今のはアンタが自分で勝手に」
「見ろ、血が出た!」
「ホントだ、出てますねえ」
「お前、何型だ!」
「え…?」
「血液型に決まってんだろ!」
「ああ…Bだけどそれが何か…」
「チッ」
「…」
「…おい」
「はあ」
「なんでこういうときはツッコまねえんだ」
「え…? あー! なるほど」
「……許せねえ」
「は?」
「許せねえッ! 今ので笑ったら100分の1に負けてやろうと思ったがもうヤメだッ」
「そんな…泣きながら怒らなくても。ていうか、それでも25万か」
「わかった…仕方ねえ、一度だけチャンスをやろうじゃねえか」
「一体なにがわかったんだろう」
「いいか、これから俺と勝負して勝ったらチャラだ」
「ま、負けたら?」
「そんなことは今考えることじゃねえ」
「いや、だって…」
「ハナから負けを考える奴は勝てねえ・・・勝てッ・・・勝たなければ、負けだッ・・・」
「確かにそりゃそうだけど。というより、なんで応援されてるっぽいの」
「森田、死ぬ気で来い・・・狂気には狂気しかねえ・・・」
「はぁ。やればいいんでしょやれば。あと森田って誰」
「ここに一枚のコインがある」
「それ、さっき私が払った500円玉」
「そんなことはどうでもいいんだよ。裏か、表か?」
「え、何が?」
「やかましい! 裏か表かきいてんだ!」
「あ、えと、裏?」
「ハアッ!」

ピーン…クルクルクル

パシッ

「見ろ」
「…」
「…」
「…裏ですね」
「残念だったな」
「ええ!?」
「今のはそういうルールだ」
「だって、アンタさっき何も」
「聞かない奴が悪い」
「ムチャクチャだ」
「せんずれば人を制す」
「そんなイヤげなもので制されたくない」
「どうでもいいから払えッ!」
「えーと…」
「なんだ、この期に及んでまだなんかあんのか」
「無理」
「…」
「だから、無理だって」
「ははあ…。つまり、喰い逃げかい」
「いや、ていうかね?」
「わかった…仕方ねえ」
「え?」

パチンッ

ドカドカドカッ

「え? なに? この黒い服の人たちは?」
「連れてけ!」
「えぇー!」

『大人しくしろ』
『ほら、こっちだ』
『暴れるんじゃない』
『呑んでるから肝臓は無理だな』


ドタン、バタン


タスケテー





「ふう、やれやれ」
「どうしたんだい、あんた」
「お、起こしちまったか」
「また変なお客さんだったのかい」
「いや…参っちまうよ。また喰い逃げされるとこだった」
「やだねえ。なんでそんなお客さんばっかりなんだろ」
「不景気だからなあ。これでもウチは良心的にやってるってのに」
「あんた、ホントにお人好しだからねえ…」
「ああ、ときどき商売に向かねえんじゃねえかって思うよ」
「ダメだよ、弱気になっちゃ」

ドンドンドンドン!

「あっ来やがった」
「ど、どうしようあんた」
「どうしようって、仕方ねえ…出るんだよ」
「ああ…」

ガラッ

「よう、おやじ」
「へ、へへ。こんばんは」
「おう。景気はどうだ。もうかってるか」
「へえ…。ボチボチで」
「そうか。あと2499億7500万円だぞ」
「わ、わかってますって」
「ホントに、あんたってお人好しなんだからねえ…」
# by tatsuki-s | 2004-11-10 21:27 | Anecdote/Pun(小噺・ネタ)

剣士と弟子

「迷いがあるのならやめるがいい」

 己は、才蔵に向かってそのように言い放った。
 しかしあれは、己自身に向けた言葉ではなかったか。

 才蔵の迷い。その原因は、むしろ己の心のうちにあるのかもしれない。

 ――忘れるな。お前は百年に一人の天才なのだ

 己が才蔵に語った言葉は、決して偽りではなかった。己は、あいつを一人の剣術家として完成に導くことに指導者としての誇りすら感じている。

 己自身が進むことのできなくなった高みへの夢。単なる夢とは思わせないだけの天賦の才。天の祝福を受けたような資質をこの手で育てる喜び。

 だが、それだけが全てではないのだ。

 焼け跡と化した寒村の片隅で膝を抱えて泣きじゃくっていた子供は、いつしか己が生涯で出会った最強の剣士となりつつあった。いつでも己の後にくっついてきた弟子は、今や己を超えようとしている。その時、才蔵は師範としての己の手を離れることになる。

 人は様々なことに他人の心のうちを知ることができる。言葉、振る舞い、表情。そういった日々のすべてのうちに。

 そして、目に見えぬほど微かな太刀筋の迷いに。

 おそらく、己自身が向きあうことを避けてきた心の迷いを、才蔵も日々どこかで感じていたに違いない。家族として。また、一人の剣術家として。

 才蔵は自分の存在が己にとっての重荷であると考えている。己の迷いも、苛立ちも、すべて才蔵自身の未熟さのためにあると信じているのだ。

 それゆえに、才蔵はあまりにも性急に完成を求める。

§           §           §

 月明かりの下で、微かに荷造りをする気配があった。己は眠ったふりをしていたが、恐らく、才蔵は己が目覚めている気配を感じているはずだった。

 小さく乱れた互いの気が絡み合う。しかし、それはついに言葉にはならない。

 さくさくと叢を踏みしめる音が静かに遠ざかってゆく。目覚めれば、もう己を追い悩ませるあの親しげな姿は消えているだろう。

 己は、完全に自由だった。

 そして、なにもなかった。

(なに。元に戻るだけのことだ)

 心は澄んだ水のようにおだやかだった。己はゆっくりと目を閉じると、深い闇のようなまどろみに落ちていった。
# by tatsuki-s | 2004-10-28 02:02 | Anecdote/Pun(小噺・ネタ)


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