主張

「夫婦別姓」案 家族の意義考えぬ暴論だ

 政府の「男女共同参画基本計画」原案に、選択的夫婦別姓制度の推進派の意見を強く反映した記述があることが分かった。結婚した夫婦が同じ姓を名乗る現行制度について「少子化の一因」とするなど、極めて問題のある内容だ。

 夫婦同姓は、日本の伝統的な家族観に基づき、社会に広く受け入れられている。最高裁も合憲の判断を示している。制度を変える必要はない。

 男女平等社会推進のための次期基本計画について検討されており12月中旬にも閣議決定される。

 原案では選択的夫婦別姓制度に関する記述で「婚姻前の氏(姓)を引き続き使えないことが婚姻後の生活の支障となっているとの声もある」「国際社会で夫婦の同氏を法律で義務付けている国は、日本以外に見当たらない」などとしている。別姓推進派の意見に偏っていると言わざるを得ない。

 「実家の姓が絶えることを心配して結婚に踏み切れず少子化の一因になっている」と言う。だが結婚を躊躇(ちゅうちょ)させる要因は、姓の問題だけではなかろう。別姓にしたからといって少子化が解決するのか疑問である。

 姓の選択の幅が広がると安易に考えるのは誤りだ。子供をどちらの姓にするかなど、混乱も当然予想される。4日の自民党の合同会議でも夫婦別姓の記述に反対意見が相次いだのはもっともだ。

 最高裁は平成27年、夫婦が同じ姓を名乗る民法の規定について合憲とした。夫婦が同一姓にすることは社会に定着し、「家族の呼称として意義がある」と認めた。

 判決の中では、姓を変えることの不利益は、旧姓の通称使用が広まることで「緩和され得る」とした。パスポートの旧姓併記のほか、旧姓を通称使用できる企業も増えている。夫婦同姓を堅持し、旧姓使用のさらなる拡充などを検討するほうが現実的だ。

 夫婦同姓は男女差別を助長したり、姓が変わるからといって個人の人格を傷つけたりする制度ではないことも明確にされている。家族をめぐる制度は、各国の歴史や文化に根差し、それを無視した国際比較も意味がない。

 夫婦同姓は、責任を共有し、子供を育てていく家族の一体感につながる。それを崩す道理はない。コロナ禍で家族が協力すべき場面は多い。児童虐待も絶えない。家族の絆こそ大切にするときだ。

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