東京都西部の住宅街にお住まいのYさん夫妻。2022年に断熱等級6(東京ゼロエミ水準3)にあたるUA値0.42W/m2・K(※1)、C値0.28cm2/m2(※2)というお住まいを建てて、暮らしています。断熱等級6は、HEAT20G2(※3)に相当し、欧州の断熱水準とも肩を並べられるものです。まずは、断熱性と気密性にこだわった理由から聞いてみましょう。
「以前は神奈川県川崎市の賃貸住宅住まいでしたが、冬はすごく寒い。日当たりはすごくよかったんですが、とにかくすきま風が入ってきて寒かったんです」と夫は話します。
妻はというと、「留学先で暖かい家の暮らしを体験したことが大きかったですね。どんなに安いアパートでもセントラルヒーティング(※)で家のなかに寒いところがない。でも、日本に帰ってきたら、当然のようにトイレやお風呂に温度差があって、換気口からがすきま風が入ってくる。これがとにかくイヤで。だから自分で家を建てるときは、暖かい家にしたい。それはぜったいに譲れませんでした」と理由を明かします。
※セントラルヒーティング:建築物の1カ所(地下室や屋上、機械室など)にボイラー等の熱源装置を設置し、温風や蒸気などをパイプを通して各室に送り込む方式
住まいの購入にあたり、完成した新築住宅や中古住宅などを見ましたが、希望の断熱性能を満たす住まいはなく、土地を購入して家を建てようと方向転換しました。
「高性能をうたう地域密着の工務店にしぼり、工法について学んだんです。実際に工務店のショールームに足を運んだところ、確かに寒くないし、部屋間の温度差もすきま風もない。なるほどこれが気密性か、と納得してこれしかないと思いました。その時に断熱等級やUA値やC値について教えてもらいましたね」と夫は振り返ります。
その後、夫はYouTubeやInstagramで、高気密高断熱、省エネ性を高めるための設備や家づくりについて勉強。妻はもともと照明を学んでいたこともあり、壁紙や床、インテリア、造作家具などと、それぞれの得意分野を活かして家づくりを行いました。二人の得意分野をあわせて完成したお住まいは、冒頭に紹介したとおり、UA値0.42W/m2・K、C値はなんと実測値0.28cm2/m2、という高性能なものになりました。
住まいの引き渡しは2022年12月。冬の引き渡しでしたが、寒いと思ったことは一度もないそう。また、過酷な暑さとなった2023年夏も涼しく、1年半通してずっと快適だったといいます。
「暖房も冷房もおよそ一台つけているだけで、家中、いつも心地よい春です。家中どこでも暑すぎることも、寒すぎることもない。もちろん、すきま風もない。外気温がわからないので、玄関から一歩、外に出て、今日は寒いねというくらいです」と妻はうれしそうに話します。
エアコンは各部屋に1台ずつ設置していますが、夏は2階のエアコンを、冬はリビング・ダイニングのエアコン1台を稼働させれば全部屋十分に快適で、洗面所やトイレ、廊下が寒いといったストレスから開放されました。
「家のなかで寒いということは基本的にないので、冬も靴下程度で、スリッパは履いてないかな。床暖房などの暖房はありません。体調面での変化を実感することはないですが、風邪もひかなくなりましたし、とにかく暑さや寒さでイライラすることはなくなりましたね」と夫は言います。
こうした温熱環境は体感すると大きいようで、遊びにきた家族・親戚、友人は口をそろえて「なにこれ暖かい……。快適」と関心するのだそう。
「高気密・高断熱のよさ、それをかなえる工法があることを教えると、『へ~』とみんな納得して、帰りに検索しているみたい(笑)。よく、うちもこれで建てる、と言われます」と妻は言い、まさに「論より証拠」「体感すると断熱の良さがわかる」ようです。
夫妻ともに在宅勤務ということもあり、仕事部屋にエアコンは設置しています。ただ、換気に「第一種換気」を採用しており、機械が給排気を強制的に行っているため、1台のエアコンを稼働させればその空気が循環してすべての部屋の空調が整う仕組みになっています。
「各部屋のエアコンが稼働するのは、仕事でオンライン打ち合わせがあるときくらいでしょうか。声が聞こえないようにするため、扉を閉めるのでそのときに稼働させますが、普段はまったく不要。あとは、年に数回あるかないかのめちゃくちゃ暑い日、寒い日に動かすくらいですね」と妻は言います。エアコンの〇帖用という表記は、このように高気密高断熱な住宅ではなく、一般的な住宅における換算になっているため、もっと広い空間でもエアコン1台で十分なんですね。
こうして高気密・高断熱にこだわったため、月々の光熱費が抑えられています。
「夫婦ともに在宅勤務、オール電化を採用していますが、光熱費は広さが半分だった賃貸のときとほぼ変わらないくらい。住まいの大きさは約100m2ですが、電気代は平均して春~秋7500円~1万円程度ですね。冬は発電量が少ないときもあるので、2万円を超えたときもありますが、それも2カ月だけ。電気代の高騰も気になりませんでした」と夫は話します。
Yさん宅の住まいは高気密・高断熱に加えて、太陽光発電パネル(9.0KW)を搭載しているため、さらに売電収入があります。この売電収入、7月~8月には売電金額が1万円を超え、売電収入は年間で10万円近くになります。昨今、電気代高騰が話題になっていますが、売電収入があるので電気代の高騰の影響も少なく、快適な暮らしを送れているのは大きいですね。
「太陽光発電パネルの設置については東京都や国などの助成金も利用しました。現在、蓄電池は導入していませんが、今後、蓄電池の価格状況や電力の買い取り状況などを踏まえ、将来的に検討しています」と夫は話します。
また、家計面でのメリットとして、医療費の抑制という話をしてくれました。
「空調が安定していると、体調を崩しにくいので、病院に行ったり、薬をもらいにいくようなことも減ります。そういう意味で、高気密・高断熱の家を建てるときの初期投資はかかるかもしれませんが、『コスパ』『タイパ』は非常によいと思います」と夫。
夫妻ともに家にいる時間が長いからこそ、「断熱気密に費用をかける価値はある」、という実利的な側面もあるようです。
Yさん宅が採用している工法は、断熱パネル(屋根・壁は硬質ウレタンフォーム100mm、基礎断熱は押出法ポリスチレンフォーム50mm)、窓(樹脂またはハイブリッド)、玄関(寒冷地仕様)、換気は第一種全熱交換型換気システム(※4)が決められていますが、他の設備について決まりはなく、思い切った間取りにできるのもよかったといいます。
「1階はほぼ丸ごと一部屋ですが、玄関が寒くなるとか、窓際が寒くなるということはありません。1階と2階は採光とプライバシーを両立するため、タテとヨコのスリット窓を随所にあしらっています。階段の壁部分に、スリット(※5)をつくってもらったり、ニッチ(※6)をつけてもらったり。どの部屋にいても温度差がないばかりか、自然光が入るので、部屋の見た目以上に広さや空間の広がりがあって、気に入っています」と妻。
※4 給排気の熱交換器によって室内の排気する空気の「熱」を活かし、吸気する外気に室温の熱を与えながら、空気の入れ替えをするシステム
※5 スリット 細いすきまのこと。目隠しをしつつ採光や通風を目的に採用されることが多い
※6 ニッチ 壁をくり抜いてつくるくぼみ。小物を置いたり、ディスプレイスペースとして使われる
間取りでもうひとつ特徴的なのは2階でお風呂と洗面が一直線になっていること。扉をあけると寝室、洗面、脱衣場がひとつの空間になります。これも温度・湿度にムラがないからこそかなった設計といっていいでしょう。また洗面所は、二人の生活時間を考えて、ツインボウルを採用しています。
「来客に驚かれるのがこの洗面所と脱衣所ですね。『普通の間取りと思ったら大胆(笑)』って言われるんです。脱衣所に壁や扉がなくて、ほぼスルー。お風呂まで自然光がまわっていいでしょう」とうれしそう。
余談ですが、室内の空調が安定していることにより、洗濯物は「室内干し」に転向したのだそう。
「もともと外干しする設定だったんですが、室内干しを設置してもらったら、これが便利で。今はすっかり室内干しになりました。洗濯物があるので、ちょっと湿度があがるな、くらいでしょうか。でも、外干しと比べて室内干しのほうが、1年安定してしっかり乾くし、心地いい。生乾きすることもないし。おすすめです」と夫。
現在、夫妻がすすめているのは住まいの緑化・グリーン計画。
「室内にインドアグリーンを増やしています。仕事の合間、気分転換に緑のお手入れがちょうどよくて。温度差がなくて安定しているから、植物を育てるにもちょうどいいんですよ。ドライフラワーもうまくいったし、これから増やしていければいいですね」と妻はいいます。
暑い、寒いという「温度ストレス」から開放された夫妻、「1年中、春」という快適な家で、仕事と日々の暮らしを思う存分楽しんでいるようです。
私たちは暑さや寒さを当たり前だと思っていますが、実は非常に強い「温度ストレス」を感じているのかもしれません。地球にも家計にも、心身の健康にもメリットがあり、高断熱・高気密の住まいでの暮らしを体感したらもう戻れない。「住まいの当たり前」が大きく大きく変わっていきそうです。