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内田優子
2023年2月21日 (火)

”銭湯図解”で銭湯建築や人の営み描く。映画『湯道』看板娘モチーフになった塩谷歩波さん、「小杉湯」番頭経てホテルやサウナ等も図解する画家・文筆家に

”銭湯図解”で銭湯建築や人の営み描く。映画『湯道』看板娘モチーフになった塩谷歩波さん、「小杉湯」番頭経てホテルやサウナ等も図解する画家・文筆家に
(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)
塩谷歩波さんは、銭湯の建物内部を俯瞰図で描く「銭湯図解」シリーズがSNSで人気を博し、刊行した著書が話題沸騰! 銭湯図解とは、銭湯を観察しメジャーなどでさまざまな部分を測量、スケッチに落とし込んでいくもの。塩谷さんの半生はドラマ化(2022年『湯あがりスケッチ』)され、2023年2月23日に自身がモチーフになったキャラが登場する映画『湯道』(企画・脚本:小山薫堂、主演:生田斗真)が公開されます。学生時代、建築を専攻し、設計事務所、高円寺(東京都杉並区)の銭湯「小杉湯」の番頭兼イラストレーターを経て、画家・文筆家へ。建築を描くことで見えてきたものとは。図解イラストを解説しながらたっぷり話していただきました。
画家・文筆家の塩谷歩波さん。現在は、銭湯以外の絵の仕事も注目されている(写真撮影/三浦えり)

画家・文筆家の塩谷歩波さん。現在は、銭湯以外の絵の仕事も注目されている(写真撮影/三浦えり)

銭湯での人のふるまい、美しいと思った瞬間を伝えたい

――銭湯図解からは、建物の構造だけでなく、インテリアや小物までが細かく描かれています。銭湯を図解しようと思ったきっかけを教えてください。

塩谷歩波さん(以下、塩谷):「銭湯ってめっちゃいいじゃん」という純粋な気持ちですね。

銭湯に出合ったのは、当時勤めていた設計事務所を体調不良で休職していたころ。半分鬱のような状態で、同期の人と比べると自分が恥ずかしい人間であるように感じ、同世代の人と話すのがとても怖かったんです。ちょっと人間不信になっていました。

そういうときに銭湯で会う人たちは、自分の日常では絶対出会わない人が多くて。おばあちゃんと裸で知り合うことってないですよね。それが自分にとっては、いい非日常感で、日常から離れていたからこそ、違う人間になることができた。おばあちゃんに突然話しかけられても、ドラマや映画で見た番頭さんのように快活に話すことができました。自分が銭湯の一員になったように感じて、すごく癒やされたんですよね。まだ銭湯に行ったことのない友人に魅力を伝えるために描いたのが初めての銭湯図解でした。

初めて描いた銭湯図解には、友人に向けて寿湯のおすすめポイントが書かれている(画像提供/塩谷歩波さん)

初めて描いた銭湯図解には、友人に向けて寿湯のおすすめポイントが書かれている(画像提供/塩谷歩波さん)

高円寺にある小杉湯の銭湯図解。湯船に漬かる人、着替える人、昭和を感じるレトロなインテリアもいい(画像提供/塩谷歩波さん)

高円寺にある小杉湯の銭湯図解。湯船に漬かる人、着替える人、昭和を感じるレトロなインテリアもいい(画像提供/塩谷歩波さん)

洗い場で背中を流し合う人たち。湯けむりやほっとした息づかいまで聞こえてきそう!(画像提供/塩谷歩波さん)

洗い場で背中を流し合う人たち。湯けむりやほっとした息づかいまで聞こえてきそう!(画像提供/塩谷歩波さん)

『銭湯図解』(2019年2月刊行)は多数のメディアに取り上げられた。2022年には、エッセイ本も出版(画像提供/中央公論新社・双葉社)

『銭湯図解』(2019年2月刊行)は多数のメディアに取り上げられた。2022年には、エッセイ本も出版(画像提供/中央公論新社・双葉社)

――銭湯図解には、多くの人物も描かれていますね。銭湯でくつろぐ人物の絵を見ると、湯けむりや窓からの光、露天の風まで感じられます。

塩谷:銭湯でほっとして、目をほかに向けてみると、そこでの人の触れ合いがすごく愛おしく思えて。おばあちゃん同士が背中を流し合いながら話している姿はどこか癒やされるものがありました。当時、銭湯好きの方がブログやTwitterで銭湯について書いたものはありましたが、カラン(蛇口)の数や浴室の温度などデータ的な紹介が多かったんです。銭湯での人のふるまいや、私が美しいと思った瞬間が語られていないのはもったいないと思いました。

銭湯図解は緻密な表現が魅力(画像提供/塩谷歩波さん)

銭湯図解は緻密な表現が魅力(画像提供/塩谷歩波さん)

番台のある待合所、男女の脱衣所、浴室などが一望できる(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

番台のある待合所、男女の脱衣所、浴室などが一望できる(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

機能を兼ね備えたデザイン、地域性、文化性、銭湯建築は面白い

――Twitterなどではどのような反響がありますか?

塩谷:最初のころは、銭湯ファンの方から、「銭湯の良いところが描かれていてスゴイ」と再現性を言われることが多かったですね。建築ファンの人からは、「銭湯に建築的な面白さがあったんだ」という驚きの声が寄せられました。学校の授業でも、建築の本でも、建築の目線から銭湯が語られることってまずなかったんです。銭湯のような大衆的な建物を絵におこしてみることに、意外と価値があると気づいた人が多かったです。機能を兼ね備えたデザインで、時代や場所によって浴槽の形が違うなど、文化性、地域性があるところが面白いんですよ。

あとは、「すごく癒やされる」という声もありました。自分が同じような経験をしたので、心が疲れている人からのコメントがいちばん嬉しかったですね。私と同じようにあの風景に癒やされる人がいるんだなと。

――設計事務所から高円寺の銭湯「小杉湯」に「番頭兼イラストレーター」として転職した後、アトリエエンヤを立ち上げ、小杉湯を退職してから画家として独立されています。振り返って、銭湯図解はどのようなものだったと思いますか?

塩谷:自分が絵を仕事にする可能性をつかんでくれた、そういう絵だったと思います。まさか自分が絵を専門に描く仕事をするとは夢にも思ってみませんでした。銭湯図解によって私の人生は大きく変わりました。小杉湯にいたころは、運営する立場から銭湯を見ていましたが、今はいち銭湯ファン。銭湯に行くのは一週間に一回程度になりました。東京だけでなく旅先の銭湯もすごく面白いんです。これからもいい銭湯があれば、伝えていきたいと思っています。

小杉湯の浴室。湯気を抜くために天井が高くつくられている。これほど高い天井の建物は、今は建築するのが難しいという(画像提供/塩谷歩波さん)

小杉湯の浴室。湯気を抜くために天井が高くつくられている。これほど高い天井の建物は、今は建築するのが難しいという(画像提供/塩谷歩波さん)

銭湯でのイベントで講演をする塩谷さん。なんと小杉湯では、著書『銭湯図解』1000冊を完売。本を片手に銭湯巡りをする人も現れた(画像提供/塩谷歩波さん)

銭湯でのイベントで講演をする塩谷さん。なんと小杉湯では、著書『銭湯図解』1000冊を完売。本を片手に銭湯巡りをする人も現れた(画像提供/塩谷歩波さん)

制作に1枚1カ月かかることも。角度をつけて建物内部を俯瞰的に描く

――図解に用いられている図法について教えてください。どういう意図で用いられているのでしょうか。

塩谷:アイソメトリックという建築図法で、角度をつけて建物内部を俯瞰的に描いています。本来は三方の軸がそれぞれ等しい角度で見えるように立体を投影するものが多いのですが、「銭湯図解」では、それぞれの銭湯によって、「どこを見せたいか」を考えて、角度や断面の表現を調整しています。例えば、脱衣所の人物も番台も見せたい場合、間の壁を切り抜いて、両方を見せています。

要所で壁を切り抜いて、番台や待合所の雰囲気、脱衣所や浴室を1枚の絵で表現(画像提供/塩谷歩波さん)

要所で壁を切り抜いて、番台や待合所の雰囲気、脱衣所や浴室を1枚の絵で表現(画像提供/塩谷歩波さん)

映画『湯道』の銭湯「まるきん温泉」の下書き。映画では架空の銭湯なので、資料を参考にしたが、本来は、取材に行き、実測データを元に縮尺を決めて用紙に下書きする(画像提供/塩谷歩波さん)

映画『湯道』の銭湯「まるきん温泉」の下書き。映画では架空の銭湯なので、資料を参考にしたが、本来は、取材に行き、実測データを元に縮尺を決めて用紙に下書きする(画像提供/塩谷歩波さん)

人物の表情はペン入れの際、さらに細いペンで描き込む。銭湯図解ににぎわいが生まれる瞬間(画像提供/塩谷歩波さん)

人物の表情はペン入れの際、さらに細いペンで描き込む。銭湯図解ににぎわいが生まれる瞬間(画像提供/塩谷歩波さん)

透明水彩で着彩。玄関でお客さんに対応している『湯道』の主人公・三浦史朗(生田斗真)の姿も(画像提供/塩谷歩波さん)

透明水彩で着彩。玄関でお客さんに対応している『湯道』の主人公・三浦史朗(生田斗真)の姿も(画像提供/塩谷歩波さん)

建物には、人の行動がデザインされている

――最近では、高円寺や西荻窪にある店舗や全国のホテル、ゲストハウス、サウナなどの建築図解も描かれています。きっかけは?

塩谷:2019年に書籍『銭湯図解』を刊行した後、銭湯以外の建物を描きたいと思い、2020年にアトリエエンヤという屋号を掲げてお仕事でほかの建物も描くようになりました。高円寺の酒場兼古本屋の「コクテイル書房 図解」を描いたのは、書籍を出した直後ですね。当時、高円寺に住んでいて、街への愛情が高じた結果、高円寺の中で一番魅力的な建物であるコクテイル書房を描きたくなったんです。

建物は古く、オーナーがDIYしている箇所がたくさんあって、「これ何ですか?」って聞くとひとつひとつにストーリーがあるんです。絵を描くことで、そこの人たちの歴史を感じられるのがいいなと思いました。

高円寺にあるコクテイル書房の1階の図解。拾ってきた流木が天井に吊るされているなど、店主の趣味が反映された空間が面白い(画像提供/塩谷歩波さん)

高円寺にあるコクテイル書房の1階の図解。拾ってきた流木が天井に吊るされているなど、店主の趣味が反映された空間が面白い(画像提供/塩谷歩波さん)

――街や店舗を描くとき、銭湯を図解するときと違った発見はありましたか。

塩谷:人が服を着ていることですかね(笑)。また、街や建物によって人の動き方って全然違うんですよ。自分で建物を設計していたときに、建物によって、人のふるまいが変わることに一番興味があったんです。行動をデザインした建物が好きなんです。そういう建物は、描きながら、オーナーや設計者の意図が伝わってきて感動します。描いていて楽しい所ですね。

塩谷さんが愛する西荻窪の路地(画像提供/塩谷歩波さん)

塩谷さんが愛する西荻窪の路地(画像提供/塩谷歩波さん)

街歩きでふらっと入った西荻窪の居酒屋「しんこぺ」のホットケーキを描いた絵がTwitterでバズり、期間限定メニューが定番の人気メニューに(画像提供/塩谷歩波さん)

街歩きでふらっと入った西荻窪の居酒屋「しんこぺ」のホットケーキを描いた絵がTwitterでバズり、期間限定メニューが定番の人気メニューに(画像提供/塩谷歩波さん)

カウンターでホットケーキが出てきたときの塩谷さんの感動が絵から伝わってくる(画像提供/塩谷歩波さん)

カウンターでホットケーキが出て来た時の塩谷さんの感動が絵から伝わってくる(画像提供/塩谷歩波さん)

高円寺や西荻窪の建物を描くことで、人の動きが見えてくる

――描いていて面白いのはどんな街?

塩谷:ガイドブックに載っていない路地がある、歩いて楽しい街ですね。高円寺は、雑多な感じで「東京のインド」と言われたりするんですけど、全然整備されていない街全体のカオスな感じがいい。西荻窪は、趣味が高じてお店をやっている人が多くて、お店はオーナーの城。建物にオーナーの世界観があって、街全体よりひとつひとつが面白いんです。

西荻窪の日本茶スタンド「Saten」。現代的な建物に和の意匠を取り入れている(画像提供/塩谷歩波さん)

西荻窪の日本茶スタンド「Saten」。現代的な建物に和の意匠を取り入れている(画像提供/塩谷歩波さん)

緑色は抹茶をイメージした色。カウンターの奥にあるオレンジの壁は、「床の間」風コーナー。左のテラスにいるフレンチブルドッグを連れた人は実在する常連さん(画像提供/塩谷歩波さん)

緑色は抹茶をイメージした色。カウンターの奥にあるオレンジの壁は、「床の間」風コーナー。左のテラスにいるフレンチブルドッグを連れた人は実在する常連さん(画像提供/塩谷歩波さん)

描くことで、自分の好きなことをより深く理解できる

――2023年2月21日から、個展が開催され、23日から映画「湯道」が公開されます。見どころを教えてください。

塩谷:映画に登場する「まるきん温泉」は、形としては京都にありそうな銭湯です。企画・脚本の小山薫堂さんも温泉・銭湯好きなので、今までの記憶の中から、好きな銭湯を繋ぎ合わせたのでしょうね。監督や映画スタッフとつくりあげた理想の銭湯を感じてみてください。

『湯道』2月23日(木・祝)全国東宝系にて公開(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

『湯道』2月23日(木・祝)全国東宝系にて公開(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

撮影後に描いた「湯道」に登場する銭湯「まるきん温泉」(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

撮影後に描いた「湯道」に登場する銭湯「まるきん温泉」(画像提供/©2023映画「湯道」製作委員会)

塩谷:「まるきん温泉」の銭湯図解を描くのがとても面白かったんです。「まるきん温泉」は、セットでつくった架空の銭湯。資料から読み解く謎解きみたいで。実在しない建物も描けるんだなと気づきました。

個展では、実在しない建物の図解作品を展示します。テーマは、「家」。家はなじみ深いですが、隣の家って見たことありませんよね。同じ間取りなのに全然違う世界が広がっている。その人が考えていることが知らず知らず広がっている。面白さもあるけど怖さもある。そういうものが「家」じゃないかと思っています。

原画販売も初めて行う。5作品のひとつ、おばけの家。おばけには足がなく透けるので階段も扉もない(画像提供/塩谷歩波さん)

原画販売も初めて行う。5作品のひとつ、おばけの家。おばけには足がなく透けるので階段も扉もない(画像提供/塩谷歩波さん)

――街歩きや店舗を見るとき、どんな所に目を向けるとよいですか?

塩谷:アイソメトリックで描くことは建築の知識がないと難しいと思いますが、街や建物のどういう空間でどう人が動いているかよく見ると、さまざまな気づきがあります。建物の素敵な所をスマホで撮って終わりではなく、スケッチでも文章でもほかの表現に落とし込んでみると、何で好きと思ったのか、より深く理解できます。

――塩谷さんとって「描く」のはどういった意味をもつ行為でしょうか。

塩谷:描いていると、自分がなぜこの建物が好きなのか再確認できます。下書きしながら、この建物はこんなに面白く見えるんだなあって。色を塗ったり、人物を入れると、絵の中で世界ができていく。描けば描くほど豊かな世界になっていく。完成までワクワク感を抱えていますね。

絵は、自分をこの場所に連れてきてくれた大事なものであると同時に、描き続けるのが辛いときもある。好きとか嫌いとかを超えて、離れられない。表現をする人は同じことを言うと思います。寺社仏閣や教会、世界遺産の建物、民家、古いホテルや民宿、純喫茶、海外の建物……描いてみたいものがたくさんあるんです。これからも、人のふるまいや美しい瞬間を感じられる絵を描いていきたいです。

アトリエからは、試行錯誤を繰り返した創作の様子が伝わってくる。今年の秋口まで仕事はいっぱい(画像提供/塩谷歩波さん)

アトリエからは、試行錯誤を繰り返した創作の様子が伝わってくる。今年の秋口まで仕事はいっぱい(画像提供/塩谷歩波さん)

図解を描いた塩谷さんの思いを伺い、「なんかいいな」と感じていた建物がどういう思いでつくられているのか考えを巡らせたり、人の動きを観察するのが、面白く感じてきました。自分が住んでいる街や街歩きがもっと楽しくなりそうです。

●取材協力
塩谷歩波(Twitter
●映画公開情報
『湯道』
2月23日(木・祝)全国東宝系にて公開
企画・脚本:小山薫堂(『おくりびと』)
監督:鈴木雅之(『HERO』シリーズ、『マスカレード』シリーズ)
音楽:佐藤直紀
出演:生田斗真、濱田岳、橋本環奈 ほか
©2023映画「湯道」製作委員会
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