千葉が密かに目指すオシム時代への回帰=J2漫遊記2013 ジェフユナイテッド千葉(前編)

宇都宮徹壱

「涙の国立」から10カ月が経って

ゴール裏で掲げられた「涙の国立を忘れるな」というゲームフラッグ。今季も千葉は厳しい戦いが続く 【宇都宮徹壱】

 のちに各地で災厄をもたらすことになる台風18号が、ゆっくりと列島に迫りつつあった9月15日、久々にフクダ電子アリーナを訪れた。J2第33節、ジェフユナイテッド千葉対京都サンガFC。ホームの千葉は、16分にCKのチャンスから田中佑昌のヘディングによるゴールで先制したものの、後半は相手の勢いにすっかりのまれてしまい、肝心な場面でミスを連発。後半21分と32分の失点で逆転を許し、昇格争いのライバルである京都に1−2で屈した。試合終了後、ゴール裏へのあいさつに赴いた千葉の選手たちに、割れんばかりのブーイングが浴びせられる。そんな中、ひとつのゲートフラッグが視界に入った。

「涙の国立/忘れるな/2013」――「涙の国立」とは、昨年11月23日に行われたJ1昇格プレーオフ決勝のことである。この年から始まったプレーオフで、リーグ戦5位で出場権を得た千葉は、横浜FCとの初戦を4−0で圧勝したものの、6位で滑り込んだ大分トリニータとの決勝では、終始ゲームを支配しながらも得点を奪うことができず、土壇場にカウンターから元千葉の林丈統にゴールを決められ、これが決勝点となった。レギュレーションにより0−0の引き分けでも昇格が決まる、まさにあと一歩というところでJ1復帰の夢はものの見事に打ち砕かれたのである。

 あれから早11カ月、千葉は今もJ2での苦しい戦いを強いられている。この日の敗戦で順位は4位と変わりはないが、2位ヴィッセル神戸との勝ち点差は13に開いた(編注:第37節終了時点で2位ガンバ大阪との勝ち点差は13)。残り9試合ということを考えれば、自力での自動昇格はかなり厳しくなったと見てよいだろう。

 後半、ミスが重なった理由について、千葉の鈴木淳監督はこう語っている。「1−0という状況の中で『ミスをしたくない』という精神的なところが一番大きい。精神的なところというか、メンタル的なところで後れを取ったのが(ミスに)つながったのではないか」。確かに1点リードしてからの千葉は、どこかおどおどした、できるだけセーフティーにボールを運ぼうとするプレーが目立っていた。そこには明らかに、「今年こそJ1昇格」という見えない重圧がひしひしと感じられた。

 とはいえJ2得点ランキング1位のケンペス、経験豊かな元日本代表の佐藤勇人、さらにはイタリア帰りの森本貴幸までそろえるチームが、メンタル面で相手に劣っていたというのは、やはり納得がいかない。普段は我慢強い千葉のサポーターが、珍しく激しいブーイングを選手たちに浴びせたのも、決して順位うんぬんの理由ばかりではなかったはずだ。試合後、サポーターの代表者が責任者との面会を求めたという。

ジェフ千葉をめぐる2つの疑問

戦力は十分に揃っている。環境も恵まれている。なのになぜ、千葉はJ2暮らしが続いているのか? 【宇都宮徹壱】

 さて、今回のJ2漫遊記は、ジェフユナイテッド千葉を取り上げる。東京に長く暮らす私にとって、千葉というクラブは近いようで遠く、知っているようでよく知らない、なかなかに距離感がつかみづらいクラブである。自宅からフクアリのある蘇我駅までは、電車を乗り継いでおよそ1時間半。十分に「通勤圏内」であるが、JR京葉線の車窓から見える平坦な風景を見ていると、ちょっとした旅行気分になる。そして黄色・緑・赤の派手なチームカラーは、Jリーグ開幕時からずっと見慣れてきたものであるが、その20年の歴史は、ズデンコ・ベルデニックが指揮を執って年間順位3位となった01年、そして今なおサポーターの間で「伝説の黄金期」と語り継がれるイビチャ・オシム時代(03年〜06年途中)を除くと、J1で主役を張った時代はそれほど長くはない。そして気が付けば、J2暮らしは今季で4シーズン目を迎えることとなった。

 千葉というクラブについては、かねてより疑問に思っていたことが2つあった。疑問その1は、「なぜJ1に復帰できないのか」である。オリジナル10でJ2降格経験があるのは5クラブ。そのうち、1シーズンでのJ1復帰を果たせなかったのは、今のところ東京ヴェルディと千葉の2クラブのみである(現在J2のG大阪は、よほどのことがない限り2位以内でフィニッシュするだろう)。ただし東京Vの場合、読売グループの撤退が象徴するように、経営面での苦戦が色濃く影響していることは間違いない。だが千葉の場合、設立当初からの責任企業である古河電工とJR東日本のサポートは不動。しかも後者にいたっては「クラブが苦しい時ほど、手厚くサポートしてくれる」との証言もある。前述したとおり戦力も充実しているし、サッカー専用のスタジアムを持ち、しかも練習場とクラブハウスも隣接している。これほど恵まれた環境にありながら、なぜにJ2暮らしが長く続いているのか、ずっと不思議に思っていた。

 そして疑問その2は、「なぜ出戻りが多いのか」である。現メンバーでいえば、山口智(前G大阪)、佐藤勇人(前京都)、谷澤達也(前FC東京)。過去にも、林、村井慎二(いずれも現大分)、坂本將貴、茶野隆行(いずれも引退)といった名前がすぐに思い浮かぶ。また、現在他のクラブでプレーしている選手の中にも、いずれは千葉でスパイクを脱ぎたいと考えていたり、元チームメートを通じて古巣の情報をチェックしたりしている選手も少なくないと聞く。彼らの中には当然、あまり良くない形でチームを離れた者も少なくないはずだ。にもかかわらず、千葉への望郷の念を募らせるのはなぜなのか。これまた、考えてみれば不思議な話である。今回、ジェフ千葉という多面的な要素を持つクラブを取材するにあたり、どうしても外せなかったのが、この2つの疑問であった。

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著者プロフィール

1966年生まれ。東京出身。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、TV制作会社勤務を経て、97年にベオグラードで「写真家宣言」。以後、国内外で「文化としてのフットボール」をカメラで切り取る活動を展開中。旅先でのフットボールと酒をこよなく愛する。著書に『ディナモ・フットボール』(みすず書房)、『股旅フットボール』(東邦出版)など。『フットボールの犬 欧羅巴1999−2009』(同)は第20回ミズノスポーツライター賞最優秀賞を受賞。近著に『蹴日本紀行 47都道府県フットボールのある風景』(エクスナレッジ)

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