コスト100分の1へ、再使用ロケットが壊す宇宙の常識と残る課題
近年、宇宙への輸送方法として SpaceX の Falcon 9などの再使用ロケットが注目されています。SpaceX CEO のイーロン・マスク氏の「再使用ロケットによって宇宙への輸送コストが 100 分の 1 に下がる」との発言は、打上げサービスにおける価格破壊への期待を高めました。 再使用ロケットはどのように低下につながるのか、本記事ではそれを考察します。
先日 7/9 に行われた SPACETIDE 2019 にて、再使用ロケットを民間企業が中心となって開発し、宇宙への輸送コストを10分の1、100分の1にしようという日本のベンチャー企業SPACE WALKER が登壇しました。
SPACE WALKERに限らず、近年、宇宙への輸送方法として SpaceX の Falcon 9などの再使用ロケットが注目されています。
SpaceX CEO のイーロン・マスク氏の「再使用ロケットによって宇宙への輸送コストが 100 分の 1 に下がる」との発言は、打上げサービスにおける価格破壊への期待を高めました。
再使用ロケットはどのように輸送コストの低下につながるのか、本記事ではそれを考察します。
再使用ロケットとは
再使用ロケットとは、使い捨てが一般的なロケットと異なり、機体の一部または全部を再度使用するロケットのことであり ”Reusable Launch Vehicle (RLV)” ともいわれます。機体を複数回使用することにより、資源の節約や輸送コストの低下が期待されています。現在の技術力ではまだ難しいとされていましたが、近年のSpaceX などの登場によりロケットのメインストリームになる可能性が一気に高まってきています。
再使用ロケットが”再使用”するのは第1段エンジンとタンク
再使用型の宇宙輸送方法として代表的なものがスペースシャトルです。実は、再使用型の宇宙輸送機自体は既に約 40 年も前に実用化し、実際に宇宙から帰って来ています。
近年の再使用ロケットは、スペースシャトルと何が違うのでしょうか?
一目見てわかるのは、その形の違いです。スペースシャトルは従来のロケットとは異なり特徴的な翼をもち、非常に大きな補助タンクを備えています。一方で Falcon 9 は従来のロケット型をしており、スペースシャトルのような翼はありません。
スペースシャトルはこの翼のついた「オービタ」と呼ばれる部分が宇宙空間まで到達し、そのまま地球へと帰還します。その他のタンクやエンジンは多くが使い捨てとなっていました。
オービタは再突入時に3000 ℃ の高温にさらされるため、高い耐熱技術を要し、その運用には莫大な費用がかかりました。これがスペースシャトルを高額な乗り物にさせた大きな要因の 1 つだったのです。
Falcon 9 では回収するものが異なっています。現状回収するのは第 1 段エンジンとタンクのみであり、宇宙まで到達した部分を回収・再利用することはしません。これにより高温への対策を考える必要がなくなり運用コストを削減することができたといえます。
つまり翼の有無が、”何を再使用するか”の違いを表し、スペースシャトルと Falcon 9 の大きな差を表していたともいえるのです。
打上げサービスを展開するプレイヤー
SpaceX の Falcon 9 をはじめ、使い捨てロケットを含めると大型ロケットの打上げサービスには多くのプレイヤーがいます。
打上げサービスにおいては、価格や信頼性、オンタイム打上げなど重要視されるいくつかの観点があります。近年は、SpaceX の登場も相まって市場全体で大がかりな価格競争に向かいつつあるといえます。
一方で、打上げサービスにて50%のシェアを持つ老舗の Arianespace は、再使用化が最終的に信頼性と低コストの両立をできるか危惧しており、新型ロケットには使い捨て方式を選択し開発を進めています。
つまり、SpaceX や Blue Origin は再使用化による打上げコスト低減を目指し、Arianespace や三菱重工(及びJAXA) などは、従来の使い捨てロケットを踏襲し信頼性を担保したまま開発費や製造費を抑えるなど、組織ごとに様々な作戦がとられています。
実は飛行機よりも安いロケット
次にロケット自体の費用について考えてみます。そもそもロケットとは乗り物として高い買い物なのでしょうか?
ロケットと同様に移動用の乗り物である飛行機と比較してみましょう。
意外なことに、実は飛行機の方が 1 機当たりの値段は高いのです。つまりロケット自体はそこまで高い買い物ではないといえます。(注:飛行機、ロケット共に製品やメーカーによって価格は異なります。)
次に、1 回の使用にかかる費用を考えてみましょう。ロケットや飛行機などの場合はざっくりと以下のように考えることができます。
価格 = 開発費 + 製造費 + サービス費(打上げ/フライト) + 燃料費 + 利益
この中で特に大きな額を締めているのが、「開発費」と「製造費」です。
「開発費」は製造した1機1機に分担させて回収することが多く、たくさん作った方が 1 機当たりに載る開発費が安くなります。H-ⅡA の開発費は約 2000 億円、Boeing 787 の開発費は明言されてはいませんが、1000 億円以上といわれています。
「製造費」は機体を再使用する場合、その使用回数に応じて、1 回の使用あたりに載る製造費を安く見積もることができます。
つまり、ロケットは飛行機と比較して、製造数も少なく使い捨てのため、もの単体としては飛行機より安くても、1 回の使用にかかる費用は桁違いに大きくなってしまっていたのです。
飛行機の例から考えると、ロケットの1回使用あたりの値段を下げるには次の2つが考えられます。
①機体を沢山作り、1 機あたりに載る開発費を安くする、使い捨て方式
②作った機体を再使用し、1 回あたりに載る製造費を安くする、再使用方式
このような背景から、再使用ロケットによる低コスト化という構図が生まれてきたことになります。
再使用化によるコストカット
実際にロケットを再使用化した場合どの程度コストを削減できるのでしょうか?今回はモデルケースとして、H-ⅡA を再使用化した場合を考えてみましょう。
まず打上げにかかるコストは簡易化して以下のように考えます。
打上げコスト = 製造費 + 開発費 + サービス費(打上げ) (+再使用に掛るメンテナンス)
Falcon 9 を参考に、第 1 段のみを再使用し、この部分が全体の製造費の 50% を占めているとします。また、一切のメンテナンスなく再使用でき、かつ燃料費も無視して考えることとしました(注:現状、燃料費自体は打上げ費の 100 分の 1 程度)。
今後の需要増を見込んで下記のように仮定します。
このような仮定の下で、1 回の平均打上げ価格は 57 億円と算出されました。少々強引な仮定を行いましたが、再使用化によって打上げ費用はおおよそ半分にまで抑えることができるといえます。
57 億円まで抑えることができてやっと、使い捨てロケットである H3 の目標額の 50 億円に近い値となりました。つまり単に再使用化すれば圧倒的に安くなるかというと、必ずしもそういう単純な話ではなく意見の分かれるところなのかもしれません。
再使用ロケットの課題と今後
最終的に使い捨てと再使用どちらの手法がよりコストを抑えられるのか、現段階では未知数です。近年ではコストの低減化=再使用化といった印象も強いですが、少し前までその逆で「再使用は結局コストがかかる」という認識が大半でした。
NASA が開発したスペースシャトルは、再使用によるコストの低減化を謳い開発されたものの、耐熱パネルの問題や、度重なる事故とその対策によるコスト増加を招き、既存のロケット以上に費用がかさむ結果となってしまった過去もあります。
つまり、再使用化によって実際に採算がとれるようになるかは、設計・製造の問題と合わせて、メンテナンスや品質保証などの、「実際に運用してみないとわからない部分」にも大きな関門があるといえます。
イーロン・マスク氏は 100 回の再使用を実現する旨の発言をしており、実際に 100 回の再使用が可能となればさらなるコストの低下が期待できます。しかし現在の技術では 100 回の再使用は難しく、10 回程度が現実的といわれています。
このような背景を踏まえてか、打上げサービス老舗の Arianespace では、開発中の新型ロケットに関して再使用はせず従来通りの使い捨て型を選択し、信頼性の担保とコスト削減の方針を取るとしています。
第1関門であった、設計・製造や技術的な問題をクリアした SpaceX が、次に迎える運用の問題を解決することができれば、「再使用ロケット=低価宇宙輸送」という証明になり、ロケットの形は大きく様変わりするでしょう。
宇宙輸送の展望
以上のように、打上げにおける大きな流れは低コスト化で共通していますが、それは各プレイヤーによって様々であり、個性が現れやすい部分といえます。
また,国内でも,小型ロケットではインターステラテクノロジズやスペースワン,再使用型ではPDエアロスペースやSPACE WALKERなど民間のベンチャーによる盛り上がりを見せています。
OneWeb やアマゾンによる大量の人工衛星の運用構想も出てきており、今後打上げに対する需要は高まっていくと予想されている中、再使用ロケットがどの程度コストを下げることができるのか、もしくは結局使い捨てロケットの方が安くなってしまうのか、今後の数年が宇宙開発の方向性を決める分水嶺になるといえるかもしれません。
さらに,大型に代わり台頭しつつある小型ロケットが躍進を遂げるのか、はたまた2012年に大林組が発表した宇宙エレベータ建築構想のようなロケット以外の輸送システムの確立が早いのか。今後も宇宙輸送の発展には目が離せません。
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参考文献
※3 文部科学省『文部科学省における 平成29年度概算要求等の状況について』
※4 連邦航空局『COMMERCIAL SPACE TRANSPORTATION: 2012 YEAR IN REVIEW』