ハヤカワのAmazonセールに合わせ、海外から国内、SFからミステリに至る傑作を一覧紹介してみた。

ハヤカワの傑作小説を紹介するよ。

 ハヤカワがAmazonでまたセールをやっている。お奨めの本は山ほどあるのだけれど、例の「どうせみんなもう知っているだろうし読んでいるだろう」というありがちな誤謬に溺れてとくに紹介するつもりはなかった。でもまあ、友人にリンクを貼ってくれと頼まれたので、簡単にいくつか紹介する。

 今回は「知っているに決まっている、読んでいるに違いない」という臆断を避け、超がつく有名作品でも平気で紹介することにした。恥知らずとののしられようと、意外にみんな知らないし、読んでいなかったりするのである。脳内に架空の口うるさいSFファンを設定するのはやめよう。

 もちろん、この他にも推薦したい作品は大量にあるわけだけれど、キリがないのでこのくらいにしておくこととする。ほとんどいまなら半額以下で買える本なので、ぜひ読んでみてください。魔の絶版地獄を生きのびてきた古典はやっぱり面白いよー。

 もしこの記事が読まれるようだったらちょっと作品を追加するかもしれません。まあ、いまさらこの手の記事が読まれるとも思えないんだけれど。

●海外SF

グレッグ・イーガン『順列都市(上)(下)』

 想像力の極北の、そのさらなる彼方へ! オーストラリアの天才作家グレッグ・イーガンが描き出す「時」の秘密の物語。SFの歴史を通して手塚治虫、ロバート・ハインライン、ポール・アンダースンらによって「不老不死」テーマは追及されてきたが、この一作はあまりにも次元が違う。ハード・サイエンス・フィクションのイマジネーションの極限を示す長編。

グレッグ・イーガン『ディアスポラ』

 イーガンのいわゆる「ウルトラ・スーパー・ハードSF」。科学理論の難解さが一段階アップしており、はっきりいってぼくはいまでも半分くらい理解できていません。しかし、何しろウルトラ・スーパーなので、わかるところだけを拾い読みしても呆然とするような壮大無比なヴィジョンを感じます。むしろ批判的に読んだ時にこそ面白い本かも。とにかくある種のカッティング・エッジ。

グレッグ・イーガン『しあわせの理由』

 同じイーガンの、こちらは日本オリジナル編集の短編集。長編とちがってとくに読みづらいわけではないと思うので、イーガン入門には適しているはず。ただし、そのSF的アイディアの奔流のすさまじさは一ミリも長編に譲らない。「イーガンが通ったあとはぺんぺん草一本生えない(飛浩隆)」といわれる想像力のスーパージャンプを見よ!

アンディ・ウィアー『プロジェクト・ヘイル・メアリー(上)(下)』

 複雑/難解化した現代SFの間隙を突くようにシンプルな設定でとにかく読ませる作品を発表しつづけているネット出身の作家アンディ・ウィアーの傑作のひとつ。面白いことはまちがいないのだが、リアリティという観点からすると「……うん?」というところがなきにしもあらず。しかし、その野蛮さがまた良い!という気もするので、ご自身で読んで判断してください。

オーソン・スコット・カード『エンダーのゲーム』

 これもオーソン・スコット・カードのきわめて優れたエンターテインメントの才能を感じさせる、ストーリーテリングのお手本のような小説でありながら、最終的には戦慄のSF的ヴィジョンに至るという小説である。不世出の天才少年の成長物語が行き着くところとは――? 続編と合わせて読むとやはりよくも悪くも感慨深い。カードの宗教的倫理観を感じる。

ウィリアム・ギブスン『クローム襲撃』

 「サイバーパンク・ムーヴメント」を切り拓いたSF界の巨匠ギブスンの唯一の短編集。とにかくかっこいい。内容そのものはいまとなってはハイテクな世界というよりある種のレトロ・フューチャーになってしまっていると思うけれど、それでも圧倒的にかっこいい文体と焦燥感。痺れるね! 天下の難物といわれる『ニューロマンサー』にチャレンジするまえにどうぞ。

アーサー・C・クラーク『宇宙のランデヴー』

 巨匠アーサー・C・クラークの代表作のひとつ。宇宙からやって来たなぞの巨大構造物に対する人類のチャレンジを描いた物語、なのだが、それだけでは終わらないところが何ともクラーク。もう半世紀以上も昔の作品ながら、SFのストレートなセンス・オブ・ワンダーを感じるためにはこれ以上の作品はないと思う。ちなみに、続編は――いや、そんなものはない。

アーサー・C・クラーク『太陽系最後の日』

 クラークは短編も上手い! さすがに古びている作品も多いと思うのだけれど、とはいえ、文体が格調高いのでいまでもなお読めるんだなあ、これが。クラークの文体の品格の高さはSF史上唯一無二! 表題作はイノセントな人間だけが楽しむことができる「無邪気SF」の最高傑作、なのかもしれない。いろいろ問題はありそうだが、とにかく面白いことはまちがいない。

ニール・スティーヴンスン『スノウ・クラッシュ(上)(下)』

 〈メタヴァース〉という言葉の由来となった、伝説的なポスト・サイバーパンク長編。何やら難解そうに思えるかもしれないが、「無数の小国家に分裂したアメリカ」を舞台とし、「マフィアに牛耳られるピザ屋」などユニークなアイディアを駆使した楽しい小説である。たぶんちょっとふざけすぎかもしれないくらい。ギブスンのシリアスさについていけない人もぜひ。

コードウェイナー・スミス『スキャナーに生きがいはない』

 コードウェイナー・スミスの名前はすべてのSFファンにとって希少な魔法のひびきをもつ。スミスはどんなにSFを読みなれた者に対しても「何かが違う」と感じさせる、ラファティやティプトリーなどと並ぶ数少ない真の異端作家の一人なのだ。そのスミスのなぜか日本では人気が高い〈人類補完機構〉ものを集めた短編集。読むときは覚悟して読むこと。

ダン・シモンズ『ハイペリオン』

 詩人ジョン・キーツがこの世に遺した長編を元にしたSF超大作『ハイペリオン』サーガの第一作。とにかく気宇壮大にして既存のSFのすべてのジャンル、アイディアをまとめ上げてひとつの物語に練り上げるという壮挙を成し遂げた作品。あまりに壮大過ぎてちょっと読むことに覚悟がいるが、リターンのすばらしさはそれに十分に値するはず。名作。

フィリップ・K・ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』

 いわずと知れた映画『ブレードランナー』の原作小説。いま読んでおもしろいものなのかどうか、ぼくにはちょっと判断ができませんが、狂気と錯乱のSF作家ディックの代表作のひとつではある。読んでいくと「現実」とか「倫理」のたしかさがどんどん壊れていく独自の「ディック感覚」を味わえる、ちょっと他に類例がないであろう小説です。

テッド・チャン『あなたの人生の物語』

 寡作ながらその質の高い作品で高い評価を得ているテッド・チャンの短編集。このチャンという作家は全部合わせても短編集二冊分の作品しか発表していないのだけれど、そのクオリティが異常ということで、SFファンにとっては必読の作家のひとりに数えられているしだい。わりに読みやすく、わかりやすいので、むずかしいのはちょっと……という方もぜひどうぞ。

ロバート・A・ハインライン『夏への扉』

 まあ、これはさすがにだれでも知っていることと思う。猫と少女とタイムマシンという三題噺の最高のアンサーみたいな時間SFで、猫と女の子が嫌いなSFファンは存在しないので、きょうに至るも(とくに日本で)愛されている作品です。「ハインラインネスク」と呼ばれた軽妙なストーリーテリングの妙技を楽しむことができます。まあ、読んでおいても良いのでは。

ロバート・A・ハインライン『月は無慈悲な夜の女王』

 月面独立もの。のちのSF小説はもちろん、日本のアニメなどにも影響をあたえているとかいないとか。このタイトル(日本独自の訳)はすばらしいですね。それにしても意識を持ったAIが生み出されるに至るまでのこのシンプルさときたら……。たぶんイーガン『ディアスポラ』の100倍くらい理解しやすいと思う。昔のSFはわかりやすくて良いですね。

レイ・ブラッドベリ『火星年代記』

 ブラッドベリの詩篇。何の情報もなしに読むと意味がわからないかもしれないけれど、まあ、アシモフの『銀河帝国興亡史』が『ローマ帝国興亡史』のSF版であるように、ようはインディアンに対するアメリカ人の深い思い入れをSFの形にした小説であるわけです。「おれたちは滅びてゆくのかもしれない」(『よろこびの機械』収録)の作家ならでは。

グレッグ・ベア『鏖戦/凍月』

 ぼくはこの「鏖戦」という短編をとくに推したいのだ。遠い未来における宇宙戦争を描いて、圧巻の仕上がり。これは翻訳がすごいのであって、元の作品はそこまででもない、みたいな話も耳にとどいたりするのだけれど、少なくとも翻訳で読むかぎりは絶品としかいいようがない。ぼくの短編小説渉猟人生でも五指に入るレベル。決して読みやすくはないものの、ひたすらすごいよ。

グレッグ・ベア『ブラッド・ミュージック』

 一見するとバイオパニックホラーみたいに見える筋書きなのだが、じっさい読んでみると、どこからどう見てもSF以外の何ものでもない。「血液の音楽」というタイトルが意味するものは、最後の最後になってわかるのだが、おそらく大半の読者が唖然とすることだろう。よくも悪くもこれがSFなのであって、ホラーとかサスペンスとは違う光景を見せつけられることになる。

劉慈欣『超新星紀元』

超新星紀元
超新星紀元

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 『三体』で記録的なスーパーベストセラーを記録した世界SFの希望こと劉慈欣の長編SF。『三体』シリーズに属さない長編はこれひとつなのかな? 典型的なワン・アイディアSFで、大ネタひとつでどこまでも進むいまどきめずらしいタイプの作品。その「野蛮な」内容をどのように評価するかは人それぞれだろうけれど、圧巻の面白さはまちがいない。ようこんなこと考えるよね、ほんと。

スタニスワフ・レム『ソラリス』

 人類対(知性のある)海! 東欧が生み出した天才SF作家レムの最高傑作。SF作家はいろいろな宇宙人、宇宙知性を考えてきたものの、さすがにレムは次元が違う。いったい何を考えているのか、そもそも考えているのかどうかすら判然としない超知性体に対し人類がどう挑むのかという究極のテーマを極限まで掘り尽くした、ハードSFのお手本といって良いでしょう。

●国内SF

冲方丁『マルドゥック・スクランブル』

 これもサイバーパンクながら、女の子を主役に配したところに価値がある作品。男性的暴力に踏みにじられ、すべてを奪われた少女が、その暴力以外の方法によって立ち向かうストーリー、と要約できると思う。相棒はキュートなネズミ。あまり読みやすいとはいいがたい小説ながら、熱量は随一。続編『マルドゥック・アノニマス』もいろいろ凄すぎるので必読。

高野文緒『グラーフ・ツェッペリン あの夏の飛行船』

 これは、良かった。表紙を見ると完全に「ブルーライト文芸」のノリなのだが、中身はかなりゴリゴリのSFである。しかし、だからといってとっつきづらいかというとそうでもなく、それこそエモいライト文芸を読むノリで読める。せっかくだからもう少しリーダビリティ高めに設定してくれると嬉しいところだったのだけれど、まあこういうものか。傑作には違いありません。

飛浩隆『ラギッド・ガール』

 10年に一度しか新巻を発表しないことで有名な作家の、いまのところ最高の短編集。ダークで残忍でエロティックな仮想現実の物語が五つ、収められている。物語的には前作『グラン・ヴァカンス』の続編ということになるが、べつだん、前作を読まずにこちらから読んでも問題ないと思う。日本SF史上最高の美文が織り成す生と死のタペストリに酔い痴れるべし。

伴名練『なめらかな世界と、その敵』

 超寡作で、ほとんど新作発表しない作家の、いまのところ唯一の短編集。ところが、これがすばらしい出来。こんなの書けるならもっと書いてくれと思わせることまちがいなしの超絶傑作のショーケースなのである。とっても現代的で、たとえばラノベ読みなども違和感なく読めると思うポップさなので、ぜひ、ご一読ください。いや、ほんと、「ふつうに」読めておもしろいよ。

●ミステリ

ウィリアム・アイリッシュ『幻の女』

 ファントム・レディ。今回は「さすがにこれくらいみんな読んでいるだろ」的有名作も偏りなく取り上げる趣旨なので、この小説も紹介することにする。「夜は若く、彼もまた若かった。」という、あの、いまとなっては伝説的なフレーズから始まる捜索と追跡の物語は、おどろくべきエンディングに至る。でも何よりもこの詩情と哀惜さだよねえ。何とも都会的な孤独に満ちた逸品。

エラリイ・クイーン『Xの悲劇』

 デビューからほぼ100年が経ついまなお伝説的に語り継がれる本格ミステリの巨匠エラリイ・クイーンの有名な長編のひとつ。この年、クイーンは『ギリシャ棺の謎』、『エジプト十字架の謎』、『Yの悲劇』、そして本作と、特大ホームランを四本打っています。ミステリ史上、後にも先にも類例がない快挙といえるでしょう。もうこんな作家は二度と出ないはず。

エラリイ・クイーン『九尾の猫』

 〈国名シリーズ〉で快刀乱麻を断つ推理をくりひろげてすっかり調子に乗った名探偵エラリイが地獄の底に突き落とされるお話です。それぞれ異なる状況で起こった殺人事件のあいだを繋ぐものをさぐり出そうとするいわゆる〈ミッシング・リンク〉テーマの作品として完璧といって良く、きょうなお古びていないどころかおそろしく現代的。やっぱりすごいや。

アガサ・クリスティ『春にして君を離れ』

 クリスティが別名義で発表した非ミステリ長編のひとつ。これね、一定以上の量を読んでいる小説読みのあいだでは、「怖い。怖い。怖すぎる」ということで知られる作品なんですよね。何が怖いって、逃げ場がないところが。この小説はただ「人間の真実」を克明に描き出しているので、それこそどこにも逃げようがないのです。これも読むときは覚悟して読んでほしいですね。そういう本。

アガサ・クリスティ『鏡は横にひび割れて』

 クリスティのいわゆるミス・マープルもの。『クリスタル殺人事件』という、あまりにもセンスのないタイトルの映画化でも(一部で)有名。で、「だれが、そしてなぜ殺したのか?」というホワイダニットへのあまりにもあざやかな回答もさることながら、明かされる真実のもたらす衝撃と悲哀が何とも深く心にのこる名作。「鏡は横にひび割れて」そして二度と元には戻らないのです。

アガサ・クリスティ『ナイルに死す』

 クリスティのポアロものの長編のなかでもわりあい有名なもののひとつですね(もっと破格に有名な作品もあるわけだが)。ぼくはポアロという冷淡な探偵があまり好きにはなれないのですが、この長編は好き。ナイル川を流れる船のなかでくりひろげられる愛と哀しみのメロドラマ――クリスティのストーリーテラーとしての才腕が最高に活きた作品だと思います。

ロアルド・ダール『あなたに似た人(1)(2)』

 ダールの短編集。小説を読んだだけで作者の性格について語ることは笑止のきわみではあるものの、世の中にはその作品を通してどうにも「この人、性格悪いんだろうなあ……」と感じさせる作家がいるもので、ダールはその代表格。とにかくダークで意地が悪いアイディアがたくさん出て来ること出て来ること! 巻頭作「南から来た男」は背筋がぞっとする歴史的名品。

レイモンド・チャンドラー『長いお別れ』

 チャンドラーのあまりにも有名な物語。「男の友情」という、いかにも汗くさいテーマをスタイリッシュに描き切ったハードボイルドの記念碑的作品です。この作品のやたらかっこよいウェットなマチズモが村上春樹に受け継がれ、そしてそのどうしようもない行き止まりの感覚で現代の読者を魅了するわけですね。探偵フィリップ・マーロウがとにかくかっこ良く、たぶん腐女子は萌えるのではないかと。

ジョセフィン・テイ『時の娘』

 「真実は時の娘」という言葉は、たしか『銀英伝』にも出て来たのではないかと思いますが、元ネタはこの長編です。安楽椅子探偵ものの極限のかたちで、ベッドから一歩も動かないままに推理をするお話。何しろ歴史ネタなので日本人にはよくわからない話が続くものの、それでも十分におもしろいストーリーテリングの妙はさすがとしか。日本でも影響を受けた作品があります。

陸秋槎『文学少女対数学少女』

 本格ミステリ連作短編集。タイトルは「文学少女対数学少女」で、文学をてがける少女と数学に夢中の天才少女が対決するお話、のように見えるのわけなのだが、おかしいな、ぼくの目にはただいちゃいちゃしているだけのようにしか見えない……。作者の百合センスは相当のもので、百合ミスとしての出来は作者が私淑する麻耶雄嵩の作品にも劣らない。

●ファンタジー

ピーター・S・ビーグル『最後のユニコーン』

 「本物」は、違う! 昨今、ファンタジーというジャンルは一大エンターテインメント産業を形づくるに至り、それはそれで面白いのだが、昔ながらのクラシック・ファンタジーを愛好する人にとっては隔靴掻痒の感も強いはず。それでは、「本物」はどう違うのか? もし、そう疑問を抱いたらぜひビーグルを読んでみよう。もう、一行目からしてぜんぜん違うから。これが「本物」だ!

ジョージ・R・R・マーティン『七王国の玉座(上)(下)』

 おそらく世界でいちばんおもしろいファンタジー長編小説にしてドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の原作。この大部な上下巻を通して、ようやく物語がスタートするだけのプロローグでしかないという構想の雄大さは凄まじいばかり。したがって完結するかどうかは神のみぞ知るところ(たぶん、しない)。面白いことはめちゃくちゃ面白いけれど、はっきりいって「沼」。

マイケル・ムアコック『メルニボネの皇子』

 いわゆる『エルリック・サーガ』の第一巻。いま出ているバージョンでは物語が時系列順に直されているのだが、ほんとうはバラバラに読んでいったほうが楽しめるのではないかという気がする。悲劇的としかいいようがない陰鬱で陰惨な物語なのだけれど、井辻朱美の麗訳はとにかく読ませる。とにかくまずは一応の最終巻『ストームブリンガー』まで読んでくださいまし。

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