農家の経営支援やコンサル、セミナー講師などで起業した一人社長に起業のコツを聞く
農林漁業および食分野の課題解決と地域活性化を目指し、農林漁業分野のコンサルティングで起業した仲野さん。起業する際の家族への説明やサラリーマンからの一人起業で意識しておきたいこと、使うと便利なツールなどを、創業手帳代表の大久保がお聞きしました。
株式会社食農夢創 代表取締役
2005年立教大学経済学部を卒業、野村證券(株)に入社。2011年野村アグリプランニング&アドバイザリー㈱に出向。2019年退社後、㈱食農夢創設立、代表取締役に就任。アグリビジネス分野の業界調査や全国の6次産業化に取組む優良事例の調査・分析を行うほか、6次産業化優良事例表彰、地産地消等優良活動表彰、輸出に取り組む優良事業者表彰などの幅広い分野において表彰事業も手掛ける。その実績から全国の農業法人・農林漁業者および2次・3次事業者との幅広いネットワークを構築。「農林漁業を夢のある食産業へ創造する」ことを目指し奔走中。
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら
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大企業を辞めて起業するときにやっておくべきこととは?
大久保:仲野さんは起業前に野村證券にいらっしゃったんですよね。辞める前後に意識したことは何かありますか?
仲野:自分がいる組織の中で、ビジネスのノウハウや全体の流れをひと通り学ぶということは意識しましたね。コンサルタントやリサーチャーという分野での仕事だったのですが、契約書を法務に通したり審査したりといった業務を担当できたことは運がよかったですし、起業後も役に立っているところです。
例えば契約書で「甲が連絡したら乙はすぐに対応する」という一文が入っていたりするんですが、細かいですけれども「すぐ」とはどのぐらいの時間なのか、といったところもはっきりさせておかないと、後で自分が困ることになりかねません。
大久保:確かにサラリーマンって業務としてパーツを担当することが多いので、全体の流れは意識しておくだけでも違うかもしれませんね。
仲野:あとは社内外のネットワークを大切にするということですね。例えば名刺はクラウドサービスに登録しておくとか、FBなどの各種SNSでつながっておくようにすると、辞めるときに名刺を全部返すことになったとしても安心です。
また、つながりを申請する際に「今日のセミナーではありがとうございました」などのメッセージをひとこと入れるだけで、いつどこで会ったかという備忘録になりますし、無言で申請する人も多い中、相手側にも印象を残せるのでおすすめです。
大久保:それはいいですね。確かにつながりが増えてくると、いつどこで名刺交換したかというのは忘れがちかもしれません。そのひと手間が大事なんですね。
仲野:起業したときも、SNSやメッセンジャーで「起業しました、よろしくお願いします」というメッセージをいろいろな方に送りましたが、そこから生まれたご縁にずいぶん助けられました。
大久保:近況報告をすると、そこから話が広がってビジネスにつながるということもありますよね。SNSは広報ツールとして起業家に必須ですね。
仲野:SNSがなかったらやっていけてないと思いますね。昔の起業家たちはどうしていたんだろうと思います(笑)。
大久保:サラリーマン時代はある意味会社名が自分についている看板だったと思うんですが、その看板がなくなったときに武器になるものってありますか。
仲野:資格ですね。元野村證券と言っても、行政はまったく興味を示してくれなかったですけれども、資格があると違います。何かしら資格だとか、勉強したものを取っておくといいと思います。資格ではなくても、自分でお金を払って何かしらの講習を受けたという証はやはり信用につながります。例えばHACCPコーディネーター、ローカルハラル管理者などがそうです。
大久保:認知度をアップするという意味では、メディアに出るのもいいですよね。
仲野:そうですね。僕は野村アグリ時代に、時事通信社がやっている農業専門誌のAgrioというメディアで執筆していたんですが、起業したときに挨拶に行き、お願いして記事を書かせてもらいました。やはりいかにメディアに出るかというのは努力してやっていたところですね。
今はtwitter、NOTEなどもあるので、何かしら書いて、誰かが情報を検索したら引っかかるようにしておくことは重要だと思っています。その際に問合せ先を設定しておくことも大事で、そういう意味で自社ホームページは作っておくべきだと思いますね。結果として、農業新聞などのいろいろなメディアから取材の申し込みをしていただきました。
SNSもホームページも、更新が止まった状態にしておくのはあまりよくないので、例えばセミナーに登壇するというような告知は必ずあげておくことで、仕事をしながらPR活動もできます。
大久保:セミナーなどは認知度を上げることにもつながりますし、登壇するといいですよね。自分は創業手帳Tシャツを着るようにしていますが、認知度を上げるための工夫は何かほかにもされていますか?
仲野:僕の場合はホットピンクとライムグリーンのオリジナルポロシャツを作り、着るようにしています。やはり印象が強いのか、覚えていただけることが多いですね。
大久保:起業からだいたい3年ぐらい経つと、お客さんもついてきて楽になるのではと思いますが、そのあたりはいかがですか。
仲野:そうですね。実績が増えてきたということと、MBAを取ったこともPRした結果、いろいろな案件がくるようになりました。そうなると、自分がやりたい仕事と、お金のための仕事というのが出てくるようになるんですよね。生産者を支援したいという思いが一番なので、そこはブレないように、ある程度仕事は選ぶようにはしています。
農業で起業するには
大久保:農業で起業したいという場合、どのように始めたらいいのでしょうか。
仲野:実績がないと農地をいきなり買うということはできないんです。誰かから借りることはできますが。買う前に各市町村にある農業委員会で承認を得ないといけません。
大久保:それは農協とは別にあるんですか。
仲野:そうなんです。規制がいろいろとあって、農家になるのはけっこう難しいんですよ。農業で成功したいのであれば、売上げが5億、10億もあるような農業法人で2〜3年働いてから独立するといいと思います。一定の給料をもらいながら、生産から販売までの流れを学べるので。一国一城の主になるためには、やはり3年ぐらいは勉強したほうが可能性が上がるのではないかと思っています。
独立支援制度を作っているようなケースもあり、ある農業法人には独立した人の農地をあっせんし、生産した農産物は半分買い取り、半分自分で売っていいよ、というようなシステムがあります。作った農産物を全て自分で販売できるのが理想ですが、現実的には難しいです。またJAに出荷する場合は、自分で価格は決められないので、経営的な視点からいうと安定させることは非常に難しいですよね。天候によって量もどれくらい作れるかわからない、いくらで売れるかもわからないという現実があります。
大久保:独立をあっせんするということは、それだけ人手不足ということも言えそうですね。
仲野:おっしゃる通りです。高齢化が進んでいて、農家の平均年齢は68才と言われています。次世代の方々に就農してもらうには、やはり儲かる職業にしていかなければいけないですよね。
これからの農業を考えたときに、作るだけではなく売ることも考えた農業経営にしなければいけないと思うんです。経営について学んでいる農家の方はまだまだ少ないと思うので、そこを支援していくのが目標ですね。
大久保:先日インタビューさせていただいた畔柳さんは、ブルーベリーの観光農園をされていますが、観光農園と農業とは違うのでしょうか。
仲野:そうですね、観光農園はまたいろいろと違う点があります。JAに出したら値段がわからないところを、観光農園なら自分で値段が決められますし、普通なら作物ができたら選別して出荷するのが普通ですが、お客さんに来てもらって摘んでもらうのでその手間も人手もいりません。また、畔柳さんの場合は鉢で育てることで天候が悪ければ移動できますし、素晴らしいイノベーションだと思いますね。
大久保:いいものを作ってブランド化というのは可能なのでしょうか。
仲野:産地をブランドにするというのはひとつありますね。あとはSNSを駆使してファンを作るのも手です。北海道の知り合いの農家さんはインスタグラムに美しい写真をアップしていて、ファンがついているのでネット注文で農産物を売り切っています。小さい農家こそSNSやネット注文を使うべきですね。大手なら安定供給ということで業務用、BtoBを狙うべきです。
大久保:先日行ったマーケットエンタープライズさんのインタビューでは、日本の中古の農機具が国内だけではなく海外でも需要があるとのことでした。農機具ってけっこう高価なんですよね。
仲野:中古でというのもありますし、今はシェアリングサービスも増えています。農機具だけではなく、収穫時の人員のシェアもあります。
スマート農業というキーワードで言うと、ドローンでの農薬散布や無人トラクターなどの研究も進んでいますね。そういう意味では最先端な部分もあります。ピーマンやトマトなどの自動収穫機は既に実用化されていて、夜の間に機械が収穫し、収穫できるか機械では判断が難しいものだけ残しておいて、翌朝に人が目で判断して取り残しを収穫するという流れです。
人件費削減につながる、人と機械の融合モデルと言えますね。
起業してよかったことと、悪かったこと
大久保:一人で起業するときに役立つツールや設備はありましたか。
仲野:家族とのスケジュール共有にタイムツリー、お金の管理でマネーフォワードは愛用しています。わたしは売上げ管理をエクセルで行っていますが、なんらかの管理アプリがあるといいと思いますね。
また、ネット上に記録を残せるものを作っておくのも重要だと思いますね。業務委託を受けると領収書などのフォルダを作ってそこにアップするようにしているので、Googleドライブも相当使っています。
ノートパソコンのバックアップはOneDriveに取っています。ノートパソコンは持ち歩くので、最悪なくなったときのことを想定すると、生命線だなと思っています。
最初は本当にノートパソコンだけで始めましたね。最近プリンタを新調したぐらいです。
大久保:資金調達などはどうされましたか?
仲野:日本政策金融公庫に創業融資を受けました。信用がある税理士に紹介してもらえたこともあって、問題なく通ったのでよかったですね。知り合いの方で融資が通らなかったと嘆いている人もいたので、使えるツテは使ったほうがいいと思います。
わたしは大学時代の友人に税理士の方を紹介してもらったのですが、士業の方とのネットワークは大事だと思います。特許や法律、社労士など、ひとりにつながれば他の方も紹介してもらいやすいです。
大久保:家族に対する説明などはどうされましたか。やはり安定した大企業を辞めて起業というのは、家族にとっては心配もあるかと思いますが。
仲野:そうですね。わたしの場合は3年という期限をつけました。ビジネススクールに2年通うので、3年間は我慢してほしい、それで無理だったらサラリーマンに戻るからと。母親が一番心配していましたね。
明治大学のMBAを取ったのですが、2年総額330万円のうち、授業料の半分は厚生労働省のキャリアアップのための補助金、専門実践教育訓練給付金の活用で戻ってきました。明治大学はそのリストに登録されているので、もしご自分が検討しているプログラムがある場合はあてはまるかどうかをチェックしてみてください。
大久保:半額は大きいですね。ご自分で、サラリーマンだったほうがよかったなと思うことはありましたか。
仲野:コロナのときは思いましたね。やはり大企業にいて、有給などの福利厚生は本当に恵まれていたんだなと思いました。今は有給をとったら自分の給料や会社の売上げが減ってしまうので。
大久保:では、起業してよかったことはなんでしょうか。
仲野:ストレスが減りましたね。今は経営のストレスはありますが、本当に農林漁業を変えたいと思って公私一体となって人生をかけてやっていますので、やりがいという意味ではよかったと思っています。
サラリーマンだと業務的に公私を分けなければいけないことが多いですが、今は家族旅行に行くときは、知り合いの農家さんのところに連れて行くことも多いです。家族は観光ができますし、わたしは仕事にもいかせてWIN-WINなんですよね。公私混同といいますが、わたしの場合は悪い意味ではなく、ライフワークがイコール仕事という感じですし、それに満足しています。