銀座英國屋 小林 英毅|安売り脱却と不採算店舗の統合で倒産寸前の会社を正常化

事業承継手帳
※このインタビュー内容は2023年12月に行われた取材時点のものです。

「死亡前死因分析」「金融機関への定期的な状況報告」など今できることを確実に実行

「平社員と社長しか経験していないんです」と笑う小林さんは、オーダースーツを手がける銀座英國屋の3代目社長。

28歳の時に社長に就任し、倒産寸前だった同社を実質無借金にまで復活させました。社長としての独自の哲学や、全体を俯瞰し次の一手を考えるため日々書き込んでいるというマインドマップなどについて、創業手帳代表の大久保が伺いました。

小林英毅(こばやしえいき)
銀座英國屋 代表取締役社長
1981年東京生まれ。慶應義塾大学を卒業後、2004年にワークスアプリケーションズ入社。大手企業向けERPパッケージソフトの開発・導入に携わった後、2006年にオーダースーツ銀座英國屋に入社、2009年に代表取締役社長に就任。現在は事業承継コンサルとして活動し、一橋大学MBA・明治大学MBAや青山学院大学のファッション-ビジネス戦略論、100年経営企業倶楽部の事業承継についてのセミナーなどでゲスト講師も務めている。X(旧Twitter):@OrderSuit_E_K

インタビュアー 大久保幸世
創業手帳 株式会社 代表取締役
大手ITベンチャー役員で、多くの起業家を見た中で「創業後に困ることが共通している」ことに気づき会社のガイドブック「創業手帳」を考案。現:創業手帳を創業。ユニークなビジネスモデルを成功させた。印刷版は累計250万部、月間のWEB訪問数は起業分野では日本一の100万人を超え、“起業コンシェルジェ“創業手帳アプリの開発や起業無料相談や、内閣府会社設立ワンストップ検討会の常任委員や大学での授業も行っている。毎日創業Tシャツの人としても話題に。 創業手帳 代表取締役 大久保幸世のプロフィールはこちら

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継いだ会社は倒産寸前。役員刷新をして初めて覚悟が決まった


大久保:3代目の社長に就任されたのは何歳ぐらいの時だったのですか。

小林:28歳(2008年)ですね。2004年に大学を出てすぐにワークスアプリケーションズという会社に入りました。当時はホリエモンさんが活躍していて、ITこそが世界を変えるというような雰囲気でしたから、親が2代目の社長をやっている銀座英國屋は古臭く思えて継ぐ気は一切ありませんでした。

コンサルとして入社しましたが、人の話を聞くという能力不足もあり仕事にならず、元々開発向きと言われていたこともあり、2年目にSEになりました。

そうしているうちに、身の回りの人に「家業の価値を考え直して、先入観を捨てて一度経験してみたら」と説得され、銀座英國屋に入社。とはいえ、本当に事業の価値を考えられたのは社長になってからで、それまでは本当にやる気がなかったですね。

今でも「店舗内のフィッティングルームで寝てましたよね」とその頃を知る社員に笑われます。

入社3年目に社長になったのですが、当時は倒産直前で現金預金が月商0.4ヵ月という状況でした。それでも状況が分かっていなかったこともあり、まだやる気は出ず、社内最年少だったこともあり半年間は何もできませんでした。

しかし、現場の社員と話す中で、「パワハラ体質の役員がいなければ頑張れるのに」という声が大きいことに気付き、役員刷新を決断。非常階段に潜んでもらっていた顧問弁護士に経営会議に入室してもらい、その場で取締役会議とし、全役員の退任を決定しました。

その時に「このままでは会社が潰れる、自分がなんとかしなければ」と覚悟が決まりました。

大久保:そこから見事に経営状況を立て直されたわけですが、ポイントはなんだったのでしょうか?

小林:まずは安売りからの脱却を目指しました。

元の役員陣は売上と利益の区別がついておらず、利益を度外視して安売りをしていました。時間をかけて価格を適正価格に戻し、セールの縮小やファミリーセールの廃止を行いました。

大久保:確かに一時期、ハンバーガーなど安売り万歳の時代がありましたね。

小林:昭和の時代は売上が上がれば利益も上がるだろうという思考だったんですが、実際は利益を落とす大きな要因になってしまいます。

弊社のオーダースーツは最初は8万9250円でしたが、いったん15万円まで上げ、今は22万円に落ち着いています。 

「今までの方針を変えると反発を招く」という危惧もあったのですが、社員たち自身が「自分たちが提供しているものは安物じゃない」という気持ちを持っていたのでスムーズに進みました。

低価格で売っていたころは利益も出ず、何もメリットがありませんでした。

適正価格にすることで、きちんと利益を生み出すビジネスモデルになりました。

ポイントとして、半年ほど前から「半年後に値段を上げます」と事前に告知しておくことです。十分に時間をとって周知しておくことで、今の値段で買いたい方は半年以内に購入してくれるという結果にもつながります。

大久保:それ以外にとった施策としてはどんなものがあったのですか。

小林:徐々に不採算店舗の閉鎖を進めました。安売りからの脱却と、不採算店舗の閉鎖により正常な経営状態になったのですが、その後コロナ禍に突入したことを受けて2020年からWEB集客に注力を始めました。それまでの顧客はほとんどが50代以降だったのですが、それによって20代〜40代の顧客が増えましたね。

大久保:経営が正常化して最初に行ったこととは。

小林店舗の改装、人件費、採用に投資しました。現金預金を貯めるというのも非常に重要だと思っていまして、個人的に月商の4か月分は欲しいと思っています。

ある金融機関の方は「月商の2〜3か月分は欲しいところです。1か月分を切ると、正直融資は難しいですね」とおっしゃっていました。コロナの時は保証協会に貸し付けを申し込み、実際の融資までに3か月かかったという話も聞きました。投資も大事ですが、あまりお金を使わず、現金預金を積んでおくということに重きを置いています。

「死亡前死因分析」をすることで精神を安定させる


大久保:お話を伺っていると、とてもストイックですよね。

小林:金融機関に対しても、1か月に1回は業績や経営計画、返済のペースなどを表にまとめてメールでお送りしています。

「ここまで送ってもらえるのは珍しい」とよく言われますね。ベンチャーでも、お付き合いのある金融機関にせめて3か月に一度ぐらいは状況を報告するべきではと個人的には思います。経営状況が本当に悪くなってから泣きついてもなかなか難しいと思います。普段から関係性を築くことが大事ではないでしょうか。

大久保:社長として将来を見据えて行動をされているのですね。そのために使っているツールなどはありますか。

小林「マインドマイスター」というツールを使ってマインドマップを書いています。

「死亡前死因分析(プレモータム分析)」という言葉があるのですが、起こりうる最悪の事態を想定してその対策を考えるということをマインドマップで書き出していますね。

何かが起こる前に「何がリスクか」を洗い出したり、自分自身が考えておくべきことをまとめておき、ひとつひとつ対策を考えておくということです。

例えば、当社の一番のリスクは「私が亡くなること」と気付けました。そのため、もし亡くなったら公募で一番高く買ってくれるところに会社を売却すると決めることも出来ました。

意外とやっていない方が多いのですが、状況は日々変わっていくので、携帯電話で毎日見て、更新するようにしています。

全部書き出すことで「これは今考えてもしょうがない」といったん忘れられるので安心できます。頭の中で「なんとなく不安なこと」をずっと考え続けるのが一番よくありません。

コロナ禍でも最悪のことは想定できていたので、精神的に安定することができました。最悪、会社が潰れて自分は自己破産しても、クレジットカードがしばらく作れなくなったり、引越しをする必要はありますが、なんらかの方法でお金を稼ぐことはできるだろうと。

妻に話したら「それで離婚する気はない」と言ってくれたので安心できました(笑)。

大久保:社内だけでなく、家族の間でも信頼関係を大事にされているのですね。若いうちに社長に就任してよかったと思われますか。

小林:今の年齢(42歳)で当時に戻って社長に就任したら、おそらく倒れると思いますね。

会社の業績が軌道に乗るまでは経済的にかなりきつかったので、可処分所得8万5千円で生活していました。

日当たりゼロの4万円代の1Kの部屋に住み、交通費がかからないように自転車で通勤していましたが、一度血尿が出たこともありました。

友人との飲み会で「社長になったんだったらおごってよ」と言われ、支払ったあとに自転車で帰りながら「あと2万円で今月どうやって過ごそう…」と思ったこともありましたね(笑)。

それでも若くて独り身だったからそのような生活ができましたが、家族がいると基準がどうしても上がってしまいます。やはりチャレンジをするなら若い方がいいと思います。

戦略は模倣される可能性を常に考える


大久保:社長に就任されてから15年ほど経つわけですが、何が一番変わりましたか。

小林:最初は「自分が成果を出してこそ信頼される」と思っていました。ただそれをやろうとすると、以前のことを否定してIT導入など新しいことに挑戦することになります。そうなると結局成果は出にくいし、嫌われがちです。

自社のいいところを社長としてどのようにサポートするかを考え、「社員が成果を出せる環境を作る」ことを意識してこそ、社員から信頼されるということに気づきました。

弊社の場合、社員が困っていることはなんだろうと考えた結果、「店舗に来ていただいた後の接客や技術には自信があるが、集客に困っている」ということに気づいたのでそこをサポートしてきました。

トップダウンでもボトムアップでもなく、目標に向かってみんなが困っていることをサポートするサポート型というスタイルが自分にとってはやりやすいと思っています。

スタートアップでも人数が増えてくるとありがちな状況だと思いますが、「自分が力を見せつけないと」というところから抜けることが必要だと思います。

大久保:社長って誰にも頼まれてないけど力を誇示しがちだったりしますよね。今後の展望や目標はありますか。

小林:「成長の実感を軸とした、働き甲斐のある企業」を目指しています。そのために新しい評価制度のテスト導入をしたり、売上は維持したまま店舗の統合を進め、固定費を削減して社員の平均年収をあげようとしています。

私は組織を大きくしたいとはあまり思っていません。現在社員は150人ほどいますが、正直全員の顔と名前が一致しているかどうか、あまり自信がないんです。

理想をいえば、ひとりひとりがどんなこと考えているのかある程度理解していたいですね。そのため社員数も適正がいいというのが私の考えです。

大久保:製品のオーダースーツに関しては、どのような工夫をされていますか。

小林:弊社のオーダースーツはあくまで「仕事着」であり、ビジネスシーンでの「信頼を得られるための装い」です。もっともご注文をいただくのが、「オプションなしのダークネイビー無地のスーツ」です。

ただ、やはり「オーダースーツと聞くと敷居が高い」という声はよく耳にします。お店に来ていただければ弊社のホスピタリティを感じていただけると思っていますので、「無料オーダー体験」というものをご用意しました。

オーダースーツの無料相談とフィッティング体験というもので、選んだ生地・デザインでのお仕立て価格の確認や、フルオーダーならではの仮縫いもご体験いただけます。

価格を確認した後に作るかどうかを検討できるということで、好評いただいています。

大久保:最後に、読者にメッセージをいただけますか。

小林:実は大久保さんが創業手帳を創業された時の「自分で選んだ道を正解にするしかない」という言葉に非常に共感しているんです。

企業の成功を、大まかに「戦略と実行」の2つの要素で考えた場合、ネット環境が発達するまでは「戦略」が占める割合は大きかったと思います。

しかし現在は「秀逸な戦略」を立てたとしても、すぐに模倣されてしまう世界ですよね。そういった世界では「実行」、つまり「思い描いたことをどのように実行できるか?」が、大きく問われると思います。

実行力がつくことで選択できる戦略も変わっていきます。戦略は模倣される可能性を常に念頭に置き、立てた目標に向かって試行錯誤しながら実行を積み重ねていきましょう。

大久保写真大久保の感想

3代目とはいえ14億円の借金の個人保証からスタートした小林さん。
取材の中で役立つと思った点は大きく3つです。

・価格を適正にする
値決めは経営という言葉がありますが、日本の会社は一生懸命努力し工夫して頼まれていない値下げをしてしまう傾向があります。正しい対価を頂いて持続可能にする、品質を保つことのほうが今の時代にあっていると思います。

・課題を書き出す
リスクや嫌なことも含めて書き出しているそうです。自分が亡くなったときのことまで書き出し、対処を決めているそうです。

逆に見える化されることで心を落ち着かせる効果があるようです。マインドマップでも手書きでも良いので書き出してみるだけでも違ってきそうです。

・「力を誇示しない」社長はサポート役
経営はトップダウンかボトムアップかは永遠のテーマですが、小林さんはトップダウンでもボトムアップ任せでもなくサポートしながら社員の引き出すという考え方です。

「俺について来い(俺の力を見ろ!)」と起業家はぐいぐいひっぱていくタイプが多いです。また事業承継でもまずは力を見せつけないといけない、と思い無謀なことをしがちですが、変に気負わずに組織の力を引き出す方が正解ということです。起業家が行き詰まったらヒントになるかもしれません。

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(取材協力: 銀座英國屋 代表取締役社長 小林英毅
(編集: 創業手帳編集部)



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