テキスト全文
認知症の予防と医療の役割について
#1. 認知症について
その予防について、
できる ことと、
できない こと。
患者さん・ご家族むけのご説明 山本大介
湘南鎌倉総合病院 脳神経内科
Department of Neurology, Shonan Kamakura general Hospital
#2. まずは、医療が何を私たちに与えてくれるか?という総論的な議論についてからです。病院に受診して、相談して、そこで明らかになることは何か?を私たちは冷静に理解する必要があります。
診療の入り口において重要なテーマの一つに、「何ができて、何ができないかがわかる」ということがあります。何ができて、何ができないかがわからないから、感情的にもやもやするわけです。これらがはっきり理解出来たら、もやもやは減るでしょう。たとえ、医療によってその問題解決にはつながらなくとも、です。 できることと、できないこと。
これを理解することがスタートラインです。
#3. 概ねの問題は、完全には解決できない事の方が多いことを私たちは経験的に理解しているはずです。しかしながら、できることと、できないことについていずれも知りえない場合には、頭の整理ができず、心理的な不安感が前景に立つことになります。
病院での議論は、「できることと、できないことを明確にする」ことが重要です。何ができて、何ができないか、を知りましょう。そして、その結果得られる事実は、できない事を知り、絶望することではもちろんありません。知識を得て全体像を理解することにより、できることを知り、できない事を知り、その上でできることに前向きに取り組む、もしくはそれに意図的に取り組まないことを選択する、いずれかの選択が可能になります。言い換えるなら、説明を理解し知識を得て、「人の意思でなく、自分の意思で選ぶことができるようになる状態になる」ことが重要であるということです。 できることと、できないこと。
これを理解することがスタートラインです。
#4. そして、できることと、できないことがわかれば、問題の全体像が理解できます。全体像がわかれば、不必要に問題について恐れすぎることはなくなります。たとえそれが、解決できないことであったとしても、です。問題に対する抽象度を高めることで、テーマを客観視できるようになります。 できることと、できないこと、
を知る。
認知症外来での検討事項
#5. 認知症外来での
具体的な検討事項は? T O W 1 医師によって何が検討されるのか。
#6. 生理的な範疇の認知機能低下なのか?:加齢による認知機能低下で理解できるかどうか。
病的な範疇の認知機能低下なのか?:すなわち、認知症であると言えるかどうか。
軽度認知機能障害なのか?:認知機能障害があるとして、MCI(ボーダーラインの水準の機能低下)として評価するのか。
病的な認知症であるなら、認知症の背景疾患は何なのか?:認知症に至る疾患はなにか。例えばアルツハイマー病など。
Treatable dementiaではないのか?:治療介入可能な認知症の可能性はどうか。例えば、手術でよくなる認知症(特発性正常圧水頭症)や、ビタミン不足(ビタミンB12欠乏症)、ホルモン不足(甲状腺機能低下症)の認知症などがある。 具体的に外来で検討されることは以下のような項目となります。ここでは、こんなことが検討されるのか、という大まかな理解のみでよいです。
#7. これららが議論になります。これらが医師によって検討されます。網羅的な検討事項があるので、一通り、網羅的に評価されていることを知っていただくだけでよいです。これらの評価のため、外来では採血検査と脳の画像検査が行われます。 具体的に外来で検討されることは以下のような項目となります。ここでは、こんなことが検討されるのか、という大まかな理解のみでよいです。
アルツハイマー病の病態と介入可能性
#8. アルツハイマー病とは? T O 2 S Strengths
Phasellus id ligula ut enim elementum bibendum eget eget magna. Fusce in magna diam. 最も多い認知症疾患。
#9. 「ADは認知症疾患の中でも半数以上を占める最も多い病態である。アミロイドβ蛋白(Aβ)、タウ蛋白というゴミが脳に進行性に沈着する病気。その結果、神経細胞死と脳萎縮を認め、認知症症状が進行する脳疾患である。認知症発症の20年前からAβ沈着は始まる。」
ここでのポイントは、ゴミが経時的に蓄積し、脳の神経細胞を進行性に失っていく、という病態を理解して下さい。 ADが、最も頻度の高い認知症疾患です。ADについて解説します。
#10. 認知症発症に至るまでのプロセスと、
そこでできること。 T 3 W Weaknesses
Phasellus id ligula ut enim elementum bibendum eget eget magna. Fusce in magna diam. 介入可能なリスク因子は?
認知症発症のリスク因子と介入方法
#11. ADを例に、認知症疾患とは進行性に脳に「ゴミ」がたまり神経細胞が減る、という病態であることを説明しました。認知症疾患の病態(メカニズム)についてすべてがわかっているわけではありません。わかっていることと、わかっていないことがあります。
認知症発症に至るリスク因子が段階ごとにあります。そして、それぞれの段階において、できること、できないことについて説明します。認知症発症にはリスク因子が知られており、発症予防にはそのリスクについて介入が検討されます。 認知症発症に至るまでのプロセスと、できること。
#12. 12 第一段階のリスク
先天的要因+年齢を重ねること 認知症発症の背景として、先天的な遺伝的要因があります。そして、それに加えて何より「加齢」が認知症における最大の危険因子といえます。先天的に遺伝的背景があり、加齢によって認知症を発症します。これを第一段階とすると、この第一段階への介入法は、現時点ではありません。この部分が認知症疾患の根本にあるわけですが、ここへの介入の選択肢は現時点ではありません。
#13. 13 第二段階のリスク
いわゆる生活習慣病 この第一段階に加えて、後天的な要因である、糖尿病、高血圧、高脂血症、肥満、頭部外傷、喫煙などが認知症発症の危険因子になります。この第二段階への介入は可能です。認知症発症を防ぐために、第二段階への介入は妥当です。いわゆる生活習慣病に当たるようなこれら疾患に介入することで、リスクを減らすことが可能です。
#14. 14 第三段階のリスク
ライフスタイルの問題 第三段階は、ライフスタイルの問題として捉えられます。運動習慣、食事習慣に加えて、社会との関わりの乏しさが、認知症発症の危険因子になりえます。この段階への介入は、認知症発症後の進行抑制にもなりえます。これも私たちにはできることです。運動をすること、バランスの良い食事をすること、他者や社会とかかわりを持ち続けること。これらは重要です。
軽度認知機能障害(MCI)の理解と対策
#15. 認知症発症を回避したいのであれば、最大限できる努力があります。第二段階、第三段階の介入は非常に地味ですが、脳の健康を保つためにはこのような地道な努力が重要です。逆を言えば、このような地味な努力以外には、今の時点では都合のいい答えはないということです。 できること
は
地味で地道。
#16. 軽度認知機能障害とは? 4 O Mild Cognitive Impairment:MCI
#17. 17 Massive X 認知機能低下には、
ボーダーラインの状態がある。 軽度認知機能障害(Mild Cognitive Impairment:MCI)という認知機能障害におけるカテゴリーがあります。これは、健常状態と認知症の中間の状態として理解してください。MCIでは、将来認知症への移行リスクがありえます。認知症のスクリーニングテストであるMMSEでは 24点以上(30点満点)となります。MCIが必ずしも認知症に進行するとは限りません。MCIから認知症への転換率は年に10%程度とされます。5年で半数以上が認知症に進行すると言われています。一方で、健常に戻る人もいます。また、そのままMCI状態を保つ人もいます。
#18. 18 MCIでは
投薬治療の選択肢はなし。 原則、MCI状態での投薬(コリンエステラーゼ阻害薬)による認知症への転換抑制効果は、エビデンスがありません。一般的に、MCI状態での薬剤使用については推奨がありません。
つまるところ、MCIでは先述の第二段階、第三段階で説明したできることに取り組むしかないということです。薬剤使用の選択肢は基本的にはありません。
アルツハイマー病の薬物治療の可能性
#19. アルツハイマー病については、薬剤使用の選択肢があります。現在、薬剤によってできることと、できないことについて説明します。
できることは、コリンエステラーゼ阻害薬という薬の使用です。この薬によって、脳内物質を増やすことで症状を部分的に修飾できます。つまるところ、この薬の使用は根本的治療ではなく、対症療法であると知ることが重要です。例えば、ドネペジルはアセチルコリンを増やすことで、ADで減少しているアセチルコリンを補い、認知機能障害の進行を遅らせることができる可能性があります。本邦・海外のガイドラインで使用が推奨されています。ただし、対症療法であり、認知症の根本的な治療ではない事を知る必要があります。 薬でできること、できないこと
#20. できないことは、根本治療です。冒頭でも述べましたが、根本的な問題解決は、現時点ではできません。いい悪いは別として、何ができて、何ができないのか、を理解するところがスタートラインと言えます。まずはこの全体像を知ってください。 薬でできること、できないこと
WHOガイドラインに基づく認知症予防策
#21. WHOのガイドラインで示されていること
Risk reduction of cognitive decline and dementia WHO guidelines 認知症発症前に、健康なうちにできることはなんでしょうか。
MCI状態でできることはなんでしょうか。
認知症発症後にできることはなんでしょうか。
WHOガイドラインで示されていることをまとめてお示しします。
#22. Recommendation 認知機能障害のない成人において、運動は、認知症の予防に強く勧められる。
#23. Recommendation MCIの人にも、運動は、
認知症進行リスクを下げられるかもしれない。
#24. Recommendation タバコはやめる。
認知症予防のために、その他健康問題のために。 喫煙と認知症については既によく研究されており、中止が推奨される。
#25. Recommendation 地中海食は正常認知機能の人、MCIの人の
認知症発症予防に有効な可能性がある。
健康的で、バランスのいい食事は強く推奨される。 地中海食:オリーブオイルを使う、多くの野菜や果物を使う。また、肉より魚を使う。
別のガイドラインでも、果物、野菜の摂取を増やすことは推奨されている。
#26. Recommendation サプリメント(ビタミンB・E、多価不飽和脂肪酸、複合的サプリメント)は、
今のところ認知症予防のエビデンスは明らかではなく非推奨である。
#27. Recommendation 過量飲酒は減らすか、飲酒をやめることが、正常認知機能の人、MCIの人に、認知機能の悪化リスクを減らすため、推奨される。認知症以外の健康問題についても、もちろん利益がある。
#28. Recommendation 社会活動と認知機能障害の関係性については、十分なエビデンスは示されていない。
ただし、社会参加と公的支援サービスは、認知症予防にならなくとも、人が心身ともに健全な状態であることに強く関連していることには異論はない。
#29. Recommendation 中年期での肥満への介入は、
認知症発症リスクを下げる可能性がある。 メタボリック症候群はAD発症に関与していることが報告されており、治療によってAD発症予防の可能性がある。
#30. Recommendation 高血圧・糖尿病・脂質異常症の治療をすることは、認知症予防できる可能性があり、勧められる。 高血圧症は特に中年期(65歳未満)での高血圧の影響が認知機能低下に大きく影響したという報告がある。
糖尿病はAD発症リスクを上昇されることが報告されている。
脂質異常症治療で、スタチンによる認知症発症リスク低下の検討もある。
認知症に関する具体的なアクションまとめ
#33. SUMMARY
具体的なアクションについて