- アイザック株式会社
- 取締役 / 共同創業者
- 播口 友紀
自己資本100%で終身雇用を目指す「非上場志向」スタートアップ。アイザック流経営戦略とは
資金調達をしながら事業・組織を伸ばし、将来的にIPOを目指すというスタートアップが多い中、「外部資本に頼らない」「終身雇用前提の採用」「事業の成果を早期に求めない」「事業同士のシナジーはなくて良い」といった経営戦略を取り、急成長しているのがアイザック株式会社である。
同社の取締役 / 共同創業者である播口 友紀さんは、「常にスタートアップの常識を疑ってきた」と言い、「全ての挑戦者が、生涯働きたいと思える場所をつくる」というパーパスの実現を目指して、それらの経営戦略を実践してきたそうだ。
具体的には「上場せずとも、上場したくらいの金銭的報酬を永続的に受け取れるインセンティブ設計」として、事業の達成基準を満たした際には、事業責任者にインセンティブを託し、チームメンバーへの分配を一任するといった方針を取っている。
さらに直近では、同社内で流通する仮想株「ファントムストック制度」の導入を予定しているという。その他にも、新規事業創出の施策である「Go to Moon」の実施など、独自の取り組みを行っているそうだ。
そこで今回は播口さんに、外部資本に頼らずにグループ全体で200人規模・11事業にまで企業を成長させ、営業利益6億円を超えた「アイザック流の経営戦略」について、詳しくお話を伺った。
スタートアップでありながら「外部資本に頼らない経営」にこだわる理由
僕は2015年の慶應大学在学中に、同級生だった田中と共にアイザックを創業しました。ふたりともエンジニアですが、僕はプロダクト寄りで主に新規事業の立ち上げを担いつつ、株式会社ハローの代表も兼任しています。一方、Rubyのコミッターでもある田中は、エンジニア寄りで開発周りや既存事業のグロースをメインに担当しています。
これまで弊社では事業領域を限定しない方針を取り、多領域で事業を展開してきました。過去に「営業利益6億円」を公表してからも、業績は右肩上がりで伸びていて、9期目に突入した現在の組織は、グループ全体で約200人、そのうち正社員が100人を超える規模となっています。
なお、3年前まではグループ全体で20〜30人規模の組織だったので、今まさに急成長しているフェーズだと捉えています。
そのようなアイザックの1番の特徴は、「上場を目指さない、自己資本100%のスタートアップ」だということです。一般的に、スタートアップは外部から資金調達をしながら上場を目指す企業群だと言われていますが、僕たちは自社を「非上場志向スタートアップ」と呼び、外部資本を入れずにスタートアップのように挑戦し続ける企業と位置付けています。
▼取締役 / 共同創業者 播口 友紀さん
そのような方針を掲げている背景のひとつに、僕自身の実体験があります。
というのも、僕は大学生の頃にVCから5,000万ほど資金調達をして、スタートアップの立ち上げを経験したんです。その際に、VCの方から僕自身の考えとは異なる売上を重視した案を推されたり、調達時に応援してくださっていた時とは全く異なる意見をもらったりすることもあって。
ありがたい意見も多かったのですが、外部からの声が大きすぎると、代表として会社にとって本当に必要な判断をしないといけない時にも、制御できず間違った判断をしてしまうという危機感を持ちました。その経験から、新しい会社を作る時には、外部からの意見を気にせずに自分たちで完全にコントロールできる環境にしようと考えていました。
また、外部資本を入れるとなれば、当然ながら投資家からは既存事業とシナジーがある領域で新規事業を立ち上げることや、なるべく早く事業の利益を出すことを望まれます。
しかし、例えばChatGPTを例にとっても世に出るまで5年かかっていますし、有名なデザインツールのFigmaも売上が立つまで5年もかかっています。それを鑑みると、事業の立ち上げ初期の時点でそこまでの将来像を描いて確からしい判断を下せる投資家は、ほとんどいないのではないかと思うんです。そういった考えが、外部資本に頼らない経営方針の根底にありますね。
加えて、事業領域を絞らないという方針も同様です。既存事業とのシナジーを考えて新規事業を立ち上げた方が良いのは間違いないですが、特定の分野に絞るには、世の中にはまだ解決すべきことがたくさんありすぎると私たちは考えています。
なので、アイザックでは事業領域を問わずに、「大きな市場で挑戦するのであれば、早く利益を上げることを求めない」という方針を取っています。
例えば、IT企業の社員が「自社で農業をやりたい」と提案したとしたら、多くの場合は「うちでは無理です」と言われてしまうと思います。でもアイザックでは、それをやって本当に勝てそうなら「いいね、それやろう!」と背中を押して、一緒に勝てる方法を模索する形です。
これらも全て、自己資本100%の「非上場志向スタートアップ」だからこそできることだと思っています。
もちろん、外部資本を頼らないとなると初期は金銭面で苦労するので、創業後の数年間は受託開発をしながら食いつないでいました。その中でも、田中は受託開発に集中し、僕が新規事業に集中するという役割分担をしていたのですが、これがうまく成長フェーズに移行できた要因のひとつだと思います。
やはり同じ人が受託開発と新規事業の両方を担当すると、目先の資金を稼げる受託開発に比重が寄ってしまいがちなので、長期的な目線で新規事業を伸ばすための体制づくりは重要だと思いますね。
終身雇用を目指し、全ての挑戦者が、生涯働きたいと思える場所をつくる
もうひとつの特徴として、メンバーに長く居続けてもらえる会社をつくることを前提に、「実力型終身雇用」の組織づくりをしています。
これは、アイザックが中長期目線で事業に取り組んでいることをはじめ、ポテンシャルやカルチャーフィット中心の採用ができること、エンジニア・デザイナーの人材不足への対応などの理由から取っている方針です。
その根底には、世の中のスタートアップで働く人々の大きな流れを鑑みた時に、現状では必ずしも企業と個人の成長が比例していないのでは、という考えもあります。
というのも、「スタートアップで働く個人の成長」という観点で考えると、企業の初期フェーズで大きな成長を実感できていた頃と比べて、成熟フェーズになるとさまざまな制約が出てくるため、思い切った挑戦がしにくくなる傾向があると思っていて。
そして、さらなる挑戦を求める人々は、アーリーステージのスタートアップへの転職を繰り返したり、起業や独立をしたものの大きな挑戦をするのが難しいという壁に直面したりする現状があるのではないでしょうか。
そのような状況に対して、挑戦者のスピリットをもつ人々に企業として生涯働きたくなるような成長環境を提供し、会社の成長と個人の成長の比例的な相関関係を実現したいというのが、僕たちの考えです。
これはもちろん、パフォーマンスやカルチャーが合っていないのに長年在籍し続けてもらうような、旧来型の終身雇用を意味しているわけではありません。まずは自分が担当する事業を伸ばして、さらなるチャレンジをする時に、アイザックの中でまた新たな挑戦をし続けられる環境があるという意味です。
そういう点でも、多領域で事業を展開していて挑戦できるフィールドが尽きないことや、非上場企業で外部の意見に引っ張られすぎないことがメリットになっていると思いますね。
このように、常に「世の中の当たり前」に疑問を投げかけ続けてきた弊社が大事にしてきた考えや経営方針をひとつの言葉に集約させたものが、2024年1月に策定した「全ての挑戦者が、生涯働きたいと思える場所をつくる」というパーパスです。
ここからは、パーパスの実現に繋がる取り組みとして、具体的にどのようなことを実施してきたのかについてお話しできればと思います。
新規事業創出の「Go to Moon」では、未経験でも事業責任者になれる
まず最初にご紹介するのが、新規事業創出の施策である「Go to Moon」です。
これは3ヶ月を1クールとして年4回実施していて、業務委託のメンバーも含めて、アイザックに関わる全ての人が参加できます。また、今年からはさらに多くのアイデアが出せるよう刷新し、年間を通して事業アイデアを募集するスタイルに変更予定です。
具体的な内容としては、メンバーが新規事業のアイデアを持ち寄り、経営陣を含む検討会が2段階に分けて行われるというものです。まず1段階目の「Fresh」では、本当にカジュアルに事業アイデアを提案できて、経営陣を含む参加者からフィードバックを受けられます。
その段階を通過したアイデアは、2段階目の検討会である「Rise」に持ち込み、詳細な構想を記載したリーンキャンバスをもとに経営陣がビジネス観点で本気のフィードバックをして、さらに深く検討を進める形です。
それらを通過すると晴れて事業化が決定します。基本的にはアイデアの起案者が事業責任者を担うので、経営陣はチームづくりをサポートして、リリースに向けて0→1に取り組んでもらうという流れですね。なお、事業化が決まったアイデアの起案者には、100万円のインセンティブが支給されます。
また、事業化した後の「いつまでにこのくらい売り上げなければ撤退」といったデッドラインは設けていません。特に立ち上げ初期の数年は、デイリーアクティブユーザー数などをKPIにして、それがきちんと伸びていればOKと判断しています。
なので、厳しい状況の事業であっても「最後までやりきったけど、それでもダメだったよね」というところまではやりきろうという心意気で、みんな取り組んでいますね。
ここで、実際に過去の「Go to Moon」を通じて事業化された事例を2つご紹介します。
まず1つ目が、人狼ゲームとマッチングアプリを掛け合わせた「人狼マッチ」です。当時、顔写真を公開せずに会話だけで仲良くなるサービスで上場した企業もあり、人狼ゲームは参加者同士の会話が活発なので、新しいマッチングアプリとして面白いよね、という着眼点から事業化が決定しました。
その後、半年の開発期間を経てリリースし、しっかりと最後まで挑戦しましたが、リアルタイムに男女3人ずつを集めてマッチングするというキャズムを超える難しさと、人狼ゲームとマッチングアプリのユーザー層のニーズが合わないなどの壁があり、1年ほどで撤退に至っています。
アイデアを起案して事業責任者を務めたのはPM未経験の女性メンバーでしたが、彼女は「未経験でも事業責任者になれて、エンジニアやデザイナー、マーケティングのメンバーとチームを組んで挑戦できる環境はかなり珍しいし、ありがたかった」と言っていました。
結果的に、「人狼マッチ」には2億円もの資金を投資しましたが、メンバーの成長としては意義があったと考えています。企業として起案者やチームの背中を押し、最後までサポートするという姿勢を感じていただける事例なのではないかと思います。
2つ目の事例は、2023年に立ち上げた「キャリア道場」というサービスです。
例えば、現状では年収があまり多くない方が新たなビジネススキルを習得するサポートをさせていただき、より高い年収の仕事への就職・転職へ繋げるといった、キャリアアップを目的にしたパーソナルトレーニングを提供するというものです。
今まさにユーザーの方から申し込みが入ってきている状況で、これから成長フェーズを目指して伸ばしていく段階ですね。
その他にも、事業化はされていないものの、ChatGPTなどで活用できるCtoCの「プロンプトマーケットプレイス」や、「美味しいダイエット食に特化した宅食サブスク」など、さまざまなアイデアが起案されています。
このように、「Go to Moon」では自ら挑戦するだけでなく、「あの人はこんなこともできるんだな」という予想以上のメンバーの才能が花開く瞬間にも立ち会うことができるので、常にメンバー同士のモチベーションが感化される施策になっていますね。
上場企業に匹敵する報酬設計。仮想株「ファントムストック」とは
パーパスの実現に繋がる取り組みとして、次にご紹介するのが「上場せずとも、上場したくらいの金銭的報酬を受け取れるインセンティブ設計」についてです。
まず、半期に1度のボーナス支給とは別に、事業目標の達成度合いに応じたインセンティブを設けています。具体的には、利益などを基準に、事業責任者に一定額のインセンティブの采配を任せていて、事業ごとに一定の年間利益を達成したら、インセンティブを事業責任者に託すという形です。
インセンティブを各メンバーにどのように分配するかは、事業責任者とその事業を見ている経営陣の2人で話し合って、貢献度をもとに決定しています。
そうなると、すでに利益が出ている事業への配属希望が増えるのではと思われるかもしれませんが、そのような成長事業はインセンティブ支給の達成基準が高いですし、まだ利益が出ていない事業も将来の伸び代を考えるとメンバーにとっては魅力的なものとなります。なので、特定の事業に希望が集中するようなことにはなっていません。
また直近では、アイザック内でのみ流通する仮想株として「ファントムストック」の導入を年内に予定しています。これはアイザックの純資産=時価総額として、それをもとに社員が勤続年数に応じて仮想株を購入できるという制度です。
例えば、勤続年数が5年以上〜10年未満のメンバーは、年収の15%ほどを仮想株の購入に使うことができるといったように、年収に対して一定の割合を上限に購入できる仕組みになっています。
なお、勤続年数が長いメンバーほど多く購入できる仕組みにした背景としては、今後もなるべく早く、リスクを取って入社してくれたメンバーに報いたいという気持ちが大きいですね。
そういった金銭的なインセンティブの他にも、さまざまな福利厚生を設けています。
例えば、花粉症の方が花粉の増える時期にその影響が少ない地域に移る場合には、2カ月を対象期間として最大20万ほどの補助を出す「Tropical Escape」や、自社所有のスポーツジム「NUDE」に無料で通える「Get Wellness」。そして、家賃補助や半年に1度のチームワーケーション費用を補助する制度などもあります。
実際にワーケーションでどのくらいの費用を使うかは事業責任者に一任しており、法外な費用を使う人はいません。
みんな長期的にアイザックに勤める意識で入社してくれているので、自分の信頼も長期的に積み上げているイメージで、自然と組織にガバナンスが効いているなと感じます。
ITにとらわれない新しい事業や、今までにない会社をつくりたい
これまでアイザックでは、多領域で事業を展開しながらも、それぞれを絶対に成功させるという思いで邁進してきました。その上で、世の中のスタートアップの常識とは異なる経営方針を取ってきて、9期目の現在は未公開のものも含めて11事業を展開するまでに成長してきています。
社内でも、「年齢や立場にとらわれず、頑張れば頑張った分だけ応援してもらえる環境がすごく好きです」とか、「他社と比べてアイザックの経営陣とメンバーの関係性がすごくフラットだと感じる」といったポジティブな声をもらっていて、メンバーとともにさらなる成長を目指していくフェーズです。
なので、今後もそれぞれの既存事業に注力していきますが、その上で僕自身は「ITにとらわれない新しい事業展開」もしていきたいなと考えています。例えば、スポーツチームの運営や農業、保育圏の経営などですね。
というのも、ITの活用だけでなく、アナログで人間の生活に直結している部分にも挑戦することで、世の中をもっと良くできると思っていて。
従来、そういった分野は儲からないと言われがちですが、僕らが他の事業で出している利益を使ってイノベーションを起こすことで、きちんと利益が出る構造を作ったり、社会に貢献できたりするんじゃないかなと考えています。
加えて、事業面だけではなく、「今までの働き方って本当に正しいんだっけ?」と働き方についても問いを立てて、今までにない会社を作っていきたいです。
社内を見渡すと、多領域に事業を展開しているアイザックだからこそ、めちゃくちゃクリエイティブなメンバーや、オタク文化に精通しているメンバーなど、多様な顔ぶれが集結しています。今後も、それぞれの多様性を尊重しながら組織を拡大し、多様な人々が「挑戦者」をキーワードに、生涯働きたくなるような会社をつくっていきたいと考えています。
どれほど組織規模が大きくなっても、そのような多様な人たちが集結した会社がたまたまアイザックだった、という感じになるとすごく良いなと思います。(了)
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