「netgeek」が流した「泉放送制作」デマについて

2017年6月20日の「netgeek」に、「日テレ・フジ・TBS・テレ朝の16番組以上を1つの制作会社が担当して偏向報道やりたい放題。日本は乗っ取られた」いうタイトルの記事が出ていた。内容は、「泉放送制作」という制作会社が各局のニュース番組を作っており、意図的に偏向報道を行っているというもの。

記事内容については、放送業界に関わっている者であれば、<放送現場を知らない人が、ネットで拾った言葉を繋ぎ合わせて作り上げたデタラメ>だと分かるもの。実際、放送業界の人などから、デマであるという旨の指摘も既に行われている。ただ、Twitterなどの反応を見ていると、真に受けている人も少なくなかった。国会議員であるとか評論家であるとか、社会的地位のある人もこのデマの拡散に加担していた。

テレビ局が放送する番組によっては、自社の社員だけでなく、制作会社からディレクター、AD、事務スタッフなどの派遣を受けて制作現場を回している。「泉放送制作」は、ウェブサイトによれば従業員170人。業界でも大きめの制作会社ではあるが、だからといってその制作会社が編集方針などを決めるわけではない。僕も出演したのことのあるいくつかの番組スタッフに確認しても、ある現場ではADさんだけとか、ある現場では事務スタッフだけといった具合で、制作会社のかかわり方も様々だ。まさか、ADがひとり関わっただけで、マスメディアを「乗っ取れる」と言うのだろうか。

制作会社は、各局・各番組の依頼に応じて、制作スタッフを派遣したり番組制作を補助するもの。ある制作会社が、複数の番組の仕事を請け負ったとしても、まるまる番組を作っているというようなものでは必ずしもない。「泉放送制作」のウェブサイトには、様々な局や番組の制作実績が掲載されている。それを見て、制作会社こそが何から何まで番組を作っていると想像を膨らませたのかもしれない。しかし実際には、それぞれの局や番組ごとに、複数の制作会社が関わる事も多く、特定の制作会社が「やりたい放題」というようなことではない。

なにより、特定の制作会社が複数の番組に関わっていることをもって、「日本が乗っ取られる」と表現する意味がよくわからない。複数の番組を作っている制作会社など、「泉」以外にもいくらでもある。「日本が乗っ取られる」とはあまりに妄想が過ぎる。「netgeek」は採用情報をウェブサイトに掲載しており、そこには「記事を書くライターを募集しております。採用対象は新聞レベルの文章が書ける経験者のみ」と書かれている。だが、同サイトの他記事を見ても、「新聞レベルの文章」とはとても思えない。

Twitterなどの反応では、「乗っ取り」「黒幕」といった言葉が並んでいて、ひとつの陰謀論として消費されている。何か気に入らない放送があると、「また泉さんかな?w」といった趣旨の書き込みが行われたりする。特定の記号を見つけるたびに壮大な物語と結び付けるという点で、陰謀論者ととてもよく似ている。というよりも、これ自体ももはや陰謀論の一種だと言っていいだろう。

メディアを正して社会をよくしたいというよりも、「メディアの裏を見抜いている自分たち」という消費が目的なのだろうか。もしそうでないのであれば、間違った知識で何かを叩くという行為は無駄であるため、こうしたデマにこそ厳しく対応したほうがいい。メディアチェックという言葉には、自分の書き込みも含めたネットへの投稿を含める必要がある。

国会議員がこのデマを訂正し、そのことを共同通信などが報じたことによって、いまは拡散がある程度鎮静化している。デマは放置しておくと、質的にも量的にも「育ってしまう」。だからこそ早めに是正されることが望ましい。報道が出たことはその点ではよかったと思う。

ところでこの記事には、冒頭部分にTBS社員である金富隆氏の写真が掲載されていた。使われていた画像は、2016年に放送された「TBSレビュー」からのキャプチャーだ。なぜこの画像が使われているのか。なぜ金富氏なのか。本文では一切触れられていない。

金富隆氏は僕の友人である。彼はTBS社員であり、泉放送制作とは何の関係もない。そして、彼が関わってる番組においてすら、最高責任者というわけでもない。彼は日本人であるが、在日韓国人・在日朝鮮人に対する差別的感情を煽るため、「金・富隆」とわざわざ分け、彼を「在日認定」する書き込みも多く見かけた。

「泉放送制作」や「金富隆」というワードでツイッターなどを検索すると、デマを拡散するだけでなく、メディアについての事情通ぶった書き込みが多く出てくる。「ようやくこの事実が知られるようになったか」といったような趣旨の書き込みをみた時は、痛々しすぎて見ていられなかった。

何かを「叩く」先には、ただの記号が横たわっているわけではない。「叩く」相手は、あなたや、あなたの友人や仲間、家族や親戚と同じ、生身の人間がいる。特にデマの場合、その是正のコストはとても大きく、流された側が多大なリソースを割かなければならなくなる。

共同通信の記事が出てから間もなく、「netgeek」から当該の記事が削除された。だが、このブログ記事を執筆している現在において、相手方への謝罪などは見当たらない。当該サイトがこれからどういう対応をするのかわからない。だが、一般的に、「デマを流し、お金を儲け、問題になったら逃げる」という手法が「得」になるようなウェブ社会のあり方は、改めていかなくてはいけないと思う。