文部科学省科学技術・学術政策研究所(NISTEP、ナイステップ)は、科学技術イノベーションのさまざまな分野で活躍している研究者10人を「ナイスステップな研究者2024」に選定した。社会的課題に関わる研究に取り組むほか、広く成果を還元している人物を選んだという。
専門家約1700人への調査などにより、最近の活躍が注目される研究者を抽出。研究実績に加え、人文・社会科学との融合などの新興・融合領域を含めた最先端の画期的な研究内容、産学連携・イノベーション、国際的な研究活動の展開などの観点から、NISTEPの所内審査を経て10人が決まった。
活躍が期待される若手研究者を中心に、物理学や生物学、コンピューター科学、言語学などの分野の人材が選出された。
ナイスステップな研究者は2005年に開始。過去に選ばれた人物には、後にノーベル賞を受賞した山中伸弥氏や天野浩氏がいる。
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選定された研究者と研究内容は次の通り。敬称略。所属は公表の17日時点。
加藤淳=産業技術総合研究所主任研究員「現場に根差す創作支援ツールのインタラクション研究」
佐々田槙子=東京大学大学院数理科学研究科教授「ミクロとマクロの世界をつなぐ数学 非平衡統計力学の普遍的な理解を目指して」
高本聡=Preferred Networksマテリアル&創薬研究担当ゼネラルマネジャー「機械学習と物質科学の融合による汎用原子シミュレーション」
高山和雄=京都大学iPS細胞研究所講師「iPS細胞やオルガノイド、臓器チップを用いた感染症研究」
坪山幸太郎=東京大学生産技術研究所講師「人工タンパク質の合理設計法への挑戦」
久富隆史=信州大学アクア・リジェネレーション機構教授「再生可能なグリーン水素製造用粉末光触媒の開発」
平松光太郎=九州大学大学院理学研究院化学部門准教授「高速分光技術の開発と大規模細胞解析への応用」
藤代有絵子=理化学研究所創発物性科学研究センター(兼)開拓研究本部極限量子固体物性理研ECL研究ユニットリーダー「極限環境で探るトポロジカル磁気相転移と電子物性の新展開」
宮川創=筑波大学人文社会系准教授「最新テクノロジーを駆使したエジプト学およびアジア・アフリカの消滅危機にある言語の研究」
矢部貴大=米ニューヨーク大学助教授「人流データ解析を用いた都市のレジリエンス研究」
]]>日本とドイツ・ボンをつないだサイモン・スティル国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)事務局長の日本メディア向けオンライン記者会見(日本記者クラブ主催、2024年12月12日)からー。
皆さん、本日は日本の気候変動対策の重要な節目にお集まりいただきありがとうございます。なぜ重要な節目なのかというと、まもなく(来年2月に)、全ての国が新たな気候変動対策計画(温室効果ガス排出量削減計画)を提出することが求められているからです。この新たな計画は「NDC」(国が決定する貢献)(注1)と呼ばれ、パリ協定では各国が気候変動対策を強化するための重要な仕組みとして位置づけられています。
新たなNDCは今世紀中に各国政府が作成する最も重要な政策文書の一つと言えます。新たなNDCでは何が問われているのでしょうか。
日本は既に地球の温暖化による深刻な影響を経験しています。その例として以前より激しい暴風雨や洪水が増加しています。さらに、猛暑などによる死亡と経済的な損失は、日本に限らずアジア全域で深刻さを増しています。
このような温暖化の影響は、既に何百万人もの生活と各国の経済に打撃を与えており、 GDPを最大5%も低下させる事態となっています。日本を含めてどの国もこの影響から逃れることはできません。
島国である日本の経済、企業活動、そして生活水準は、地域や世界のサプライチェーンに大きく依存しています。そしてそのサプライチェーンは、年々激しさを増す気候変動による災害によってますます大きな打撃を受けています。
気候災害とそれに伴うサプライチェーンの深刻な混乱、そして日本経済への波及的な影響は、2030年までに世界の温室効果ガスの排出量を半減させて「気候変動に対するレジリエンス」を高めない限り、さらに悪化すると予想されます。
世界の温室効果ガス排出量の80%は「20カ国・地域(G20)」諸国が占めています。その温室効果ガスが気候変動による災害を悪化させる要因となっています。そのためG20諸国は大幅な温室効果ガス排出削減に向けて率先して行動を起こさなければなりません。
先進7カ国(G7)には特別な責任が課せられています。先のG7共同声明では全ての G7諸国が排出削減目標を引き上げ、より意欲的な取り組みを行うことを具体的に約束しました。大変心強い動きです。
またアゼルバイジャンで開催された国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)第29回締約国会議(COP29)では、英国のスターマー首相が温室効果ガス排出量を2035 年までに1990年比で81%削減するという高い削減目標を掲げました。これは非常に力強いメッセージでした。
これまでの排出削減の道筋を大きく超えた、意欲的な削減目標を掲げる英国のような国は、世界的なクリーンエネルギー革命の恩恵を最大限享受できます。経済成長の加速や生産性の向上、そして雇用の創出といったさまざまな機会を手にすることができます。
COP29ではG20メンバーであるブラジルも気候変動対策を強化する意向を示しました。これは重要な動きです。パリ協定では、経済が進んだ国が強力な対策を率先して実施することが求められているからです。
またアラブ首長国連邦やスイスなどからも排出削減目標を引き上げるとの意欲的な計画が示されました。スイスは日本と同様に世界有数の基軸通貨を持ち、技術革新でも先導的な役割を果たしています。
COP29ではG7やG20、またこれ以外の国々も対策の強化に向けて明確な姿勢を示しています。なぜなら対策の強化は既に深刻化している気候変動の影響から国民の生活と経済を守るための唯一の方法だからです。
ここで見落としてはならないのは、大胆な気候変動対策こそがこれからの経済発展の大きな鍵にもなると主要経済国が認識し、対策を加速させていることです。
再生可能エネルギーへの転換はもはやグローバル経済の大きな潮流となっています。私たちの時代の最大の産業構造の転換であり、最大の投資の機会になっています。
より野心的な排出削減目標を掲げた国々は(世界の)再生可能エネルギー市場で主導的な地位を確保できます。その市場規模は今年の段階でも約2兆ドルで、その規模は今後一層の拡大が確実視されます。
アジア地域でも大きな市場の変化が起きています。中国は「クリーンテクノロジー」の分野に巨額の投資をしています。直近ではインドネシアが石炭火力発電の段階的廃止を表明しまし た。さらにパキスタンやインドでは太陽光発電市場が劇的な成長を遂げています。アジアの エネルギー転換は加速の一途で、その市場規模と成長速度は日々拡大しています。
このような状況の中で日本は大きな強みを持っています。世界に誇る技術革新力、そして高度な知識と技能を備えた人材という特長を生かすことにより、世界のこの成長市場で主導的な地位を確立できる立場にあります。
クリーンエネルギー革命という世界的な潮流がもたらす先端技術や高付加価値分野での機会を確実に捉えることは、日本の生産性向上や経済成長、そして生活水準の維持向上にとって極めて重要です。特に日本のような高齢化が進む先進国では、生産性を大きく高めなければ経済成長が鈍化してしまう可能性があります。
日本には海外からの投資を支えることができる充実した制度や法的な基盤があります。政府が明確な政策方針を示し、意欲的なNDCを打ち出すことにより、さらに投資を呼び込むことができるでしょう。
意欲的な削減目標の下での気候変動対策計画がなければ、日本企業は2兆ドル規模のクリーンエネルギー市場での成長の機会を逃しかねません。この成長市場の恩恵を獲得するための国際競争は一層激しさを増しています。
クリーンエネルギー市場での主導権を握るための競争が激化する中で、G20のどの国もこれまで通りの姿勢をとれば確実に国際競争力を低下させることになるでしょう。その結果、企業の経営悪化や生活水準の低下を招くことになります。このことは既に日本の主要企業の間で広く認識され、理解されています。
最も警戒すべきは「気候変動対策の強化が経済力を損なう」という誤った考え方です。このような認識はむしろ経済の停滞を招く結果となるでしょう。
去る9月にニューヨークでの国連総会で「日本気候リーダーズ・パートナーシップ (JCLP)」(注2)の経済界のリーダーの皆さんと面談する機会があり、たいへん心強く感じました。
その際に皆さんは、クリーンエネルギーに転換し、気候変動に対するレジリエンスを高めるために、日本の全産業分野でのあらゆる側面での取り組みを加速する必要性がある、と強調しました。皆さんが強調していたのは、日本の経済と国民の繁栄と安定を確かなものとするための道筋で、より高い目標の意欲的なNDCを掲げ、これを実効性のある政策で支えていくということでした。
もちろんNDCは「国が決定する貢献」と呼ばれるその名の通り、各国が主体的に決定するものです。クリーンエネルギーへの移行の道筋は日本の英知と判断に委ねられています。
日本がCOP29の開催中にG20の中で真っ先に2年ごとの排出削減実績報告書を提出したことは日本の強いリーダーシップと積極的な姿勢を示すものとして敬意を表します。資金面でも日本の継続的なリーダーシップが必要です。
COP29での合意に基づき、脆弱な途上国向け資金を現在の3000億ドルから年間1.3兆ドルへと拡大するための明確な道筋を来年には示していく必要があります(注3)。
途上国向け気候資金の供与は単なる援助という次元を超えた重要な意味を持っています。日本が今日の繁栄を築く基盤となっているグローバルなサプライチェーンを維持し、気候危機を回避するために「2030年までに温室効果ガスの排出量を半減する」という世界が達成すべき目標に不可欠な要素なのです。
気候資金の充実のためにはCOPの枠組みにとどまらず、多国間開発銀行を通じた取り組みでも着実な前進が求められています。日本をはじめとする主要な経済国には主要な出資国としての地位を生かして必要な改革を推進していく役割が期待されています。
最後に申し上げたいのは、日本には気候変動に対する国際協調の取り組みで誇るべき歴史があるということです。世界的な気候変動対策の大きな一歩となった「京都議定書」が日本で採択されたことは象徴的な出来事でした。
これまでに国連が提供してきた国際協調のプロセスがなければ人類は(産業革命前と比べて今世紀末の気温上昇幅)5度という危機的な温暖化への道を歩んでいたことでしょう。これは日本を含む人類の生存基盤そのものを脅かす水準です。
現状でも私たちは(産業革命前と比べて今世紀末の気温上昇幅)約3度の温暖化という深刻な軌道にあります。日本を含むすべての国の経済と国民の暮らしに甚大な影響を及ぼすことは避けられません。
気候変動対策を次の段階へと進めることは日本自身の国益そのものです。拡大するクリーンエネルギー市場の恩恵を日本の産業界と国民が最大限に享受できるよう今こそ行動を起こすべき時です。
(注1)NDC:「Nationally Determined Contribution」(国が決定する貢献)の略。パリ協定では全ての参加国は5年ごとに提出、更新する義務がある。日本政府は2030年度目標として13年度比で温室効果ガスを46%削減する、とのNDCを21年10月に決定し、UNFCCC事務局に提出している。国連環境計画(UNEP)は10月に各国がNDCの目標を達成しても今世紀末には産業革命前比で2.6~2.8度の上昇が見込まれるとの報告書を公表した。日本政府は12月24日に次期NDCを「2035年度に13年度比60%減、40年度に同73%減」とする方針を決めた。
(注2)日本気候リーダーズ・パートナーシップ(JCLP):気候変動への取り組みを推進し、持続可能な脱炭素社会の実現を目指して、企業、自治体、教育機関、医療機関などが連携して活動する経済団体。2009年に設立された。パリ協定への賛同や「2050年までのネットゼロ宣言」への取り組み、企業間で情報共有や協働の場を提供する「脱炭素コンソーシアム」の運営など多彩な活動を行っている。
(注3)11月11日から24日までアゼルバイジャン・バクーで開かれたCOP29では、発展途上国の地球温暖化対策資金(気候資金)として先進国が2035年までに官民合わせて少なくとも年3000億ドルを支援することで合意。さらに合意文書には「先進国と途上国合わせた世界全体で35年までに官民合わせて少なくとも年1兆3000億ドルに拡大するための協力を求める」との文言が盛り込まれた。
]]>太陽系には多くの謎が残っている。惑星などがどうやって生まれて現在の姿になったのか、地球の生命はどのように誕生したのか…。こうした不思議を解き明かす鍵を、太陽や惑星に比べ目立たない天体、小惑星が握っているといい、研究者の熱い視線を浴びている。日本は探査機による小惑星の試料回収(サンプルリターン)に2回成功しており、続いた米国との間で研究の連携が進む。天体の地球衝突から人類を守る「防衛」分野でも、小惑星の研究が本格化している。新たな探査計画も複数あり、日本が関わる動きが活発だ。小惑星をめぐる、今年の気になった動きをまとめた。
「米国版はやぶさ」ともいわれる探査機「オシリス・レックス」が小惑星から地球に持ち帰った試料の一部が8月、宇宙航空研究開発機構(JAXA)に届いた。米航空宇宙局(NASA)との協力関係の一環で、JAXAの「はやぶさ2」が採取した試料と、互いに“交換”して分析するもの。その後、JAXAの専用施設で分類や観察の作業が続いた。
小惑星の試料は、初代「はやぶさ」が2010年、史上初めて地球に持ち帰った。これに続き、はやぶさ2が小惑星「リュウグウ」を、オシリス・レックスが「ベンヌ」を探査。採取した石や砂の試料を、それぞれ2020年12月、昨年9月に地球に持ち帰った。運んだ量は、はやぶさ2が想定した最低100ミリグラムを大幅に上回る5.4グラム、オシリス・レックスも60グラムの目標に対し倍の121.6グラムと、双方が大収穫を果たしている。なおオシリス・レックスはオサイリス・レックス、ベンヌはベヌーとも表記される。
研究や探査の相互支援の覚書に基づき、JAXAは2021年11月、リュウグウの試料の10%、約0.5グラムをNASAに届けた。ベンヌの試料は今年8月21日、NASAの担当者3人が相模原市のJAXA宇宙科学研究所(宇宙研)を訪れ、試料の0.5%にあたる0.66グラムを贈った。分け合う試料は色や形、大きさといった全体的な特徴を捉え、かつ損傷や汚染がないことを条件としたという。
宇宙研に試料を届けたNASA本部宇宙物質キュレーション分野のキャスリーン・バンダー・カーデン・チーフサイエンティストは会見で、思いをこう語った。「試料を無事に引き渡せて、とても興奮している。JAXAが史上初の小惑星試料回収から学んだことは、オシレス・レックスが無事に探査するのに大いに役立った。JAXAは、試料を世界が活用し、得られる科学を向上させる能力を持っている。日本は重要なパートナーで、これからも能力を高め合い、太陽系を探査していくのが楽しみだ」
ベンヌの試料を受け入れた宇宙研の施設は「地球外試料キュレーションセンター」。既にリュウグウの試料を扱った実績がある。キュレーションとは、資料や情報を特定の視点で収集、識別して価値を確認するといった意味だ。
センター内には、チリやホコリを抑え、温度や湿度、気圧を保つクリーンルームが整備されている。室内には、試料を汚さず扱うための密封容器、試料に赤外光を当て、物質の特定や量の測定を行う装置などを設置。フランスの研究機関が開発した装置も含まれている。
ここでベンヌの試料に対し、まず基本的な情報を把握する「初期記載作業」を実施。そして試料を選(よ)り分け、この年末に国内外の研究グループに配布する。配布先の枠組みは大きく2種類あり、(1)リュウグウの試料との比較研究を進めたり、分析技術の向上を目指したりする「戦略的・優先的配分」と、(2)自由な発想の研究を支援する「一般公募」――に分かれている。
宇宙研で地球外物質研究グループ長を務める臼井寛裕(ともひろ)教授は今年6月、報道陣に「リュウグウとベンヌの比較だけではない。今後は火星の衛星のフォボスから試料を回収するJAXAの計画『MMX』があり、また『アルテミス計画』(国際月探査)では月から試料を持ってくる。こうした2030~40年代のキュレーション技術を先取りしていくことも重要だ」と指摘した。
はやぶさ2が訪れたリュウグウは炭素質で、有機物や水を含み、太陽系初期の状態をよく保っていると考えられるタイプの「C型小惑星」。このような天体が太古の地球に衝突して、生命や海水の原材料がもたらされたことが有力視されている。このことの検証を通じて生命の起源を探るのが、はやぶさ2の重要テーマの一つだ。そしてベンヌもC型の一種で、細かい分類の「B型」とされている。
はやぶさ2はリュウグウに2回にわたり着地して表面や地下の試料を採取し、地球に持ち帰った。こうした工学的な一連の成果はその都度、大きく報道された。一方、理学の成果は試料をつぶさに調べ、観測データや理論と突き合わせるなどして長年、コツコツと積み重ねられていく。こうした性質上、インパクトをもって世に知られにくい面がある。リュウグウの試料は初期分析に続き、科学者からの提案を受けて国内外に分配されている。成果はこれまでのところ例えば、次の(1)~(3)のように説明できそうだ。
(1)リュウグウの元素の組成や同位体比は、太陽系形成時の状態を保っているとされる「イブナ型炭素質隕石」によく似ている。このタイプの隕石は研究者の間で、太陽系の歴史を理解する手がかりとなる標準試料とみなされてきた。つまり、はやぶさ2により、太陽系初期にあった惑星の材料のような試料を採取した。地上で見つかる隕石は地球環境のせいで変質しているのに対し、生々しい超一級試料を人類が獲得できたことになる。
(2)水が関与してできる「含水鉱物」が多く見つかった。氷が解けて水になり、鉱物と反応してできたようだ。液体の水が、硫化鉄の結晶にわずかに閉じ込められていることも発見した。ただ現在のリュウグウはサイズが小さく、液体の水はできないはずで、元々は大きな天体(母天体)だったに違いない。また、水は二酸化炭素を含んでいたが、二酸化炭素が水に取り込まれるには、低温で固体だったはずだ。一部試料の水素と窒素の同位体成分などからも、リュウグウの故郷が、太陽系のはるか彼方(かなた)の冷たい場所であることがうかがえる。放射性同位元素を調べ、46億年前の太陽系誕生の、500万年後に含水鉱物ができたことも分かった。
はやぶさ2が現地で上空から観測した時点では、リュウグウは脱水した岩石でできているともみられたが、持ち帰った試料はやはり、含水鉱物に富んでいた。脱水したのは、表面だけだったのだ。こんなことからも、実物試料を回収する探査の意義が感じられる。
(3)試料から有機物が豊富に見つかり、生命に不可欠のアミノ酸が含まれていた。ただ、地球の生物のものとは様子が違う。アミノ酸は原子の構成が同じでも、右手と左手のように、分子の立体構造には鏡に映したような違いがある。高校の化学で習う光学(鏡像)異性体だ。地球の生物のアミノ酸は大半が左手型。これに対し、リュウグウの試料からは右手型と左手型が均等に見つかった。もし小惑星のアミノ酸も左手型が優勢なら、生命の原材料が天体によって運ばれてきたことの蓋然(がいぜん)性が高まるともみられたが、“宿題”になった観がある。
これまでのさまざまな成果から、太陽系の歩みを感じ取れるようなリュウグウの歴史が浮かび上がってきた。まず、初期の太陽系の彼方で、惑星の部品となる微惑星がたくさんできた。その一つがリュウグウの母天体で、直径数十キロ。この母天体は別の天体と衝突して粉々になった後、一部が再び結集して900メートルほどの今のリュウグウとなり、探査機が届くような地球の近くに移動してきたようだ。
今年11月21日には、リュウグウの試料から塩の結晶を発見した、と京都大学などの研究グループが発表した。母天体にあった塩水が蒸発または凍結をした後、析出したものとみられる。リュウグウで液体の水が消えた過程を示しており、太陽系の水の歴史に関わる意義のある成果という。
リュウグウは、太陽系の歴史が詰まったタイムカプセルのような天体の、ごく一例に過ぎないだろう。さまざまな物質が、移動する天体に載って運ばれてきた経過がうかがえる。果たして、地球の生命の材料となった有機物や水のルーツはどうだったのか。これからも科学の挑戦に期待したい。
一方、ベンヌの試料について既に発表された論文では、リュウグウの試料との類似性が示されている。東京大学大学院理学系研究科の橘省吾教授(宇宙研特任教授)は「元素の組成がよく似ており、地球に落ちてきた隕石にない特殊なパターンを示した。いくつかの有機分子が双方で見つかった。一方、炭素や窒素がベンヌでやや多い可能性など、違いも見えつつある」と説明する。
試料の共通点は太陽系で普遍的に起きたことを、相違点は各天体固有の歴史を、反映するという。橘教授は「元素、同位体、鉱物、有機物…と、多角的に比較することが重要。太陽系の始まりや、地球に有機物や水が届いた過程を解明したい」と意気込む。
さて、2014年12月の打ち上げから3600日あまりを経過したはやぶさ2は、第2の目的地の小惑星「1998KY26」に向け、地球から2億5700万キロ離れた位置を航行中だ。この夏には搭載したカメラで、太陽に接近した「紫金山・アトラス彗星」を観測した。話が脱線するが、この彗星は地上から肉眼で見えると期待される一方、その前に崩壊するとの悲観的予想を米国の研究者が示し、注目された。結果的には崩壊を免れ、肉眼で楽しめた人も少なくなかったようだ。筆者は都内で、淡い姿を辛うじて写真に捉えたが、皆さんはどうだったろうか。
はやぶさ2は今後、2026年7月に小惑星「トリフネ」に接近し、観測しながら引力を利用して加速。27年12月と28年6月に地球に接近し、31年7月に1998KY26に到着する。一方、オシリス・レックスも「オシリス・アペックス」と改名し、次の小惑星「アポフィス」に29年に到着するべく航行している。両機とも片道切符で、寂しいが、もう地球に戻ってはこない。
小惑星は、地球で暮らす人類を天体の衝突から守る「プラネタリーディフェンス(惑星防衛)」の研究でも、注目を集めている。白亜紀末の6600万年前、直径10キロの天体が地球に衝突して恐竜絶滅の大きな原因になったことが知られているが、これに限らず、地球には大小の天体が衝突し続けてきた。将来、人類を脅かすような天体が迫った時、われわれは対応に迫られる。
そこで米欧が本格的な研究に乗り出した。天体に機体をぶつけ、軌道をずらす効果の大きさなどを確かめるのだ。行き先は小惑星「ディディモス」(直径780メートル)とその衛星「ディモルフォス」(160メートル)からなる二重小惑星。まずNASAの機体「ダート」が2022年9月、秒速約6キロでディモルフォスに衝突した。その結果、ディモルフォスの公転周期を32分、短縮させることに成功。10分程度という予想を大きく上回り、効果の大きさが研究者を驚かせた。なお、この二重小惑星自体が実際に地球衝突のリスクを持つわけではないという。
続いてこの二重小惑星に向け、欧州宇宙機関(ESA)の「ヘラ」が今年10月7日、米国から打ち上げられた。2026年に到着し、ダートの衝突による軌道や自転の変化、衝突でできたクレーターの様子などを詳しく調べる計画だ。
日本はヘラに熱赤外カメラを搭載しており、科学研究にも参画する。宇宙研でヘラのプロジェクトチーム長を務める岡田達明准教授は「機体をぶつけた効果を知るには、小惑星の重さや硬さを詳しく調べる必要があり、その役割をヘラが担う。飛び散る物質を考慮する必要もあり、簡単なことではない」と説明する。
JAXAでプラネタリーディフェンスのチームを率いる吉川真准教授によると、この分野は1990年代に研究が本格化し、特に近年、国連や各国の宇宙機関などで議論が活発になっている。太陽系では140万個の小惑星が発見済み。このうちリュウグウやベンヌのように、地球に近づくものは3万6000個ほどあるが、今後100年ほどは衝突しないことが分かっている。直径10キロ以上のものは全て見つけたとみられ、恐竜を絶滅させた規模の衝突の心配はないという。ただ、特に1キロ以下のものの発見数が増え続けており、つまり未発見の天体が多いことを物語っている。
2013年にはロシア・チェリャビンスク州に直径17メートルの隕石が落ち、深刻な被害が起きた。こうした天体を衝突前に早目に発見し、避難などにより被害を抑えることや、ダートのように数十~数百メートルの天体に機体をぶつけて軌道を反らす技術開発が、重要となる。プラネタリーディフェンスは防災の一分野といえ、社会科学の取り組みや学問の枠を超えた総合知も求められていくだろう。
なお、オシリス・アペックスが目指すアポフィスは、2029年4月には地球にわずか3万2000キロまで近づく。直径は340メートル。一時はこの巨体が地球に衝突する恐れが指摘されたが、後に否定された。3万2000キロというと、人工衛星の静止軌道(高度3万6000キロ)よりも地上に近い。「これほど大きな天体が地球にこれほど接近するのは、5000~1万年に1回」(ESA)といい、貴重な観測の機会として注目される。これを受け、国連はこの2029年を「小惑星認識と惑星防衛の国際年」に指定している。
ESAは今年7月、アポフィスを調べる探査機「ラムセス」の計画を明らかにした。計画の可否は来年11月、ESA閣僚理事会が正式に判断する。実現すれば28年4月に打ち上げ、アポフィスの地球最接近の2カ月前、29年2月に到着するという。JAXAとESAは11月20日、この計画での協力の検討を盛り込んだ共同声明を発表した。具体的には、日本からの熱赤外カメラや太陽電池パネルに加え、「打ち上げ機会」の提供も検討対象となった。ラムセスの地球出発に日本の大型ロケット「H3」が使われる可能性が浮上している。
今年はほかにも、小惑星をめぐって日本が関係する動きがみられた。JAXAは、物質を活発に放出する活動的小惑星「フェートン」を探査する、深宇宙探査技術実証機「デスティニープラス」を計画している。開発中の小型ロケット「イプシロンS」で今年度中に打ち上げる計画だったが、昨年7月、イプシロンSの試験中に起きた爆発の影響を受け、別のロケットで2028年度に打ち上げることとなった。10月9日、政府の宇宙政策委員会小委員会で宇宙研が報告した。今月24日に改訂された宇宙基本計画工程表によると、ロケットはH3を使う方向で今後、調整する。
アラブ首長国連邦(UAE)宇宙庁の小惑星探査機「MBRエクスプローラー」を、H3で打ち上げることを、同庁と三菱重工業が10月11日に発表した。両者の資料などによると、打ち上げは2028年3月。火星と木星の間にある小惑星帯の6つの星に対し、順次通り過ぎる際に観測する「フライバイ」を行った後、最終的に7つ目の「ユスティティア(ジャスティシア)」に着陸する。何とも意欲的な計画だ。
この機会に少し私事を許していただくと、小惑星帯にある小惑星「クサカ(1992HL)」は筆者の親戚(故人)にちなんで命名されている。どちらの国の探査機でも、近くにお越しの際はぜひお立ち寄りを。
太陽系というと、私たちは真ん中で太陽が燦々(さんさん)と輝き、水金地火木土天海の個性的な惑星が並ぶ姿をまず、想像する。しかし、2020年代後半からは小惑星をはじめ彗星や、海王星より外側にある「太陽系外縁天体」、各惑星の衛星といった“脇役”の探査や研究が、間違いなく面白くなっていく。歴史上、これらが主役の惑星たちの存在を左右してきたし、生命存在の謎が解けてくるかもしれない。木星などの衛星からは、地球外生命の証拠だって見つかる可能性があるという。名脇役がクローズアップされるニュースを、これから楽しんでいきたい。
沖縄県西表島の浅い海に生息していた生物から発見された天然化合物「イリオモテオリド-1a」の分子構造の決定とその化学合成に、中央大学と高知大学の共同研究グループが成功した。イリオモテオリド-1aはがん細胞の増殖を抑える効果があり、創薬できれば新しい抗がん剤となり得る物質だ。今後は動物実験を行い、詳しい抗がん作用の解明に挑むという。
イリオモテオリド-1aは西表島の浅い波打ち際に生息する「渦鞭毛藻(うずべんもうそう)」から見つかった天然物質で、約40年前に高知大学農林海洋科学部の津田正史教授(海洋天然物化学)の恩師が、東京都内の研究所で先行研究を始めた。その後、津田教授が研究を引き継ぎ、約20年前に抗がん作用があるとして構造式を論文化していた。
だが、スペクトルデータが他の実験結果と「一致しない」ことから、実際の構造は異なるのではないかと、米国や香港などの研究者が「正確な構造式」を求めてしのぎを削ってきた。渦鞭毛藻が海洋環境の変化などによって西表島近海で採れなくなっていることも構造決定を難しくしていた。
そこで、津田教授は様々な化合物の構造式を解析している中央大学理工学部の不破春彦教授(天然物化学)に相談した。不破教授は、イリオモテオリド-1aが理論上、2の12乗である4096通りの構造を取り得ることから、一度に全ての構造を決定づけるのは難しいと判断した。立体構造を「自由度が低く固定された領域」と「自由に動いている領域」の2つに分けて、比較的容易な前者から検討を始めた。
従来の核磁気共鳴スペクトルを用いるNMR構造解析に加え、合成化学の手法と、本来天然物化学ではあまり用いられてこなかった理論化学分野特有の「計算化学」を採り入れて、スーパーコンピューターでデータ処理を行った。すると、ある構造式が津田教授の手元の実験データとほぼ一致したため、分子構造決定に至った。また、市販の化合物から18の工程を経るとイリオモテオリド-1aを実験室内で化学合成できることも分かった。培養したヒトのがん細胞に対し、ナノモル濃度(ナノは10億分の1)で増殖を阻害することも確認できた。
天然のイリオモテオリド-1a数ミリグラムを得るには200リットル分の渦鞭毛藻が必要だったが、今回の成果により、人工的に化学合成ができるようになった。今後は高知大で動物実験を、中央大で培養細胞への毒性のメカニズム解析を行い、創薬研究への展開を目指すという。
津田教授は「海洋生物由来のものは構造決定が難しいものが多く、さらに大量に得にくいという課題があったが、成果を基に、動物実験で良い成果が出せると話が進むのではないか」と話した。不破教授は「外敵がいなくなるなどして、目的の化合物を作らなくなる生物もいるので、限られた試料で構造決定しなければいけないのが天然物化学の難しいところ。今回の構造決定の手法に汎用性を持たせて、このほかにも難しい化合物の構造を決定していくことが可能になるか検証したい」と今後の展望を語った。
研究は、日本学術振興会の科学研究費助成事業と、自然科学研究機構岡崎共通研究施設 計算科学研究センターの助成を受けて行われた。成果は10月17日に米化学会の「ジャーナル オブ ジ アメリカン ケミカル ソサイエティー」電子版に掲載され、中央大学と高知大学が同月23日に共同発表した。
]]>高齢化社会の進行とともに認知症は確実に増えると予測されている。認知症の患者と軽度認知障害(MCI)の人を合わせると既に1000万人を超え、2040年には推計約1200万人に達するという。このような深刻な事態を受けて政府の「認知症施策推進本部(本部長・石破茂首相)」は「認知症施策推進基本計画」を策定し、12月3日の閣議で決定した。
基本計画は「認知症は誰もがなり得る」と明記し、「認知症になったら何もできなくなるのではなく、希望を持って自分らしく暮らし続けることができる」という「新しい認知症観」を打ち出している。
認知症の中でも7割近くを占めるアルツハイマー病の早期の診断、治療法の研究が近年進展している。基本計画は、進行性の病気であるアルツハイマー病をなるべく早く見つけ、孤立させることなく、本人を取り巻く家族、地域、自治体などが共に支え合う共生社会の実現を目指している。
基本計画を策定するために11月29日開かれた政府の認知症施策推進本部会合で、石破首相は「(認知症の人が)住み慣れた地域で、周囲の人とつながりながら希望を持って暮らし続けられる社会を実現していくことが必要だ」などと述べた。
認知症は、脳の神経細胞の働きが悪くなって認知機能が低下し、日常生活にも支障をきたす状態。発症者の7割近くを占めるアルツハイマー病は脳内にアミロイドベータや「リン酸化タウ217(タウ)」というタンパク質がたまり、神経細胞が壊れて認知機能が次第に低下する進行性の病気で、物忘れや判断力の衰えなどの症状が出る。このほか、脳血管性やレビー小体型の認知症がある。
基本計画は今年1月1日に施行され、認知症施策を総合的かつ計画的に推進することを目的とした「認知症基本法」に基づいて策定された。この基本法は「認知症の人が尊厳を保持しつつ希望を持って暮らすことができる」社会の実現を基本理念にしていた。
基本計画に記載された厚生労働省の統計によると、2022年の認知症、「認知症予備群」と言えるMCIの高齢者はそれぞれ約443万人、約559万人で、約3.6人に1人は認知症かその予備群だ。そして40年にはこの数字はそれぞれ約584万人、約613万人になると推計されている。
国は2004年にそれまで「痴ほう」と呼ばれていた表現を「認知症」に変え、誤解や偏見の解消に努めた。しかし、「認知症になると何も分からなくなり、できなくなる」という考え方が根強く残っており、認知症の人が社会的に孤立し、そうした人の意思が十分尊重されない状況がいまだに見られるという。
基本計画は新しい認知症観を「(症状が出ても)できることや、やりたいことがあり、住み慣れた地域で仲間とつながりながら自分らしく暮らし続けることができる」と定義した。その上で「年齢にかかわらず今や誰もが認知症になり得る状況を鑑みれば一人一人が認知症を自分事として理解し、自分自身やその家族が認知症であることを周囲に伝え、自分らしい暮らしを続けるためにはどうすべきか、考える時代が来ている」と指摘している。
政府が決めた認知症施策推進基本計画は、2029年までを「第1期計画期間」として4つの重点目標を掲げた。そしてそれぞれについて評価の指標を設定して目標の達成を目指している。重点目標の最初に挙げたのは、認知症になっても希望を持って暮らし続けるという「新しい認知症観」を国民一人一人に理解してもらうことだ。指標として、当事者や家族を支援する「認知症サポーター」の養成者数などを定めた。
2番目の目標は「生活における当事者の意思尊重」で、認知症の当人が体験や要望を語り合う「本人ミーティング」を行政担当者が参加して実施している自治体の数などが指標。3番目は「地域で安心できる暮らし」で、地域で何らかの役割を果たしていると感じている当時者の割合などを見る。4番目は「新たな知見や技術の活用」。国が支援、実施している関連研究事業の成果が社会実装されている実例数などを指標にしている。
基本計画は重点目標、評価指標のほか、今後推進する具体的施策として以下の12項目を列挙した。
(1)国民理解の増進
(2)自立して生活するための「認知症バリアフリー」の推進
(3)当事者同士で悩みを話し合う「ピアサポート活動」など社会参加の機会確保
(4)当事者意思決定支援と権利確保
(5)専門的な医療提供など保険医療、福祉サービスの整備
(6)地域包括支援センターや企業での相談体制の整備
(7)予防・診断・治療・介護などの研究推進
(8)科学的知見に基づく認知症予防
(9)施策策定に必要な調査実施
(10)かかりつけ医やサポート医、地域支援センターなど多様な関係者・組織の連携
(11)参考例の提供・共有など自治体への支援
(12)外国政府や国際機関・関係団体などとの国際協力
この中で特に注目されるのは(3)の社会参加だ。認知症に苦しむ本人の孤立を防いで生きがいを持って暮らせる環境をつくるのが目的で、ピアサポート活動を後押しする。また(9)の調査については、若年性認知症の人も対象に社会参加や就労支援などの体制を強化するという。
政府はこれまで「認知症施策推進大綱」に基づいて国の認知症対策を進めてきたが、より大きな社会問題になったために同大綱を基本計画に「格上げ」した形だ。計画策定に際しては当事者の意見を反映させている。
厚生労働省は5月に「認知症患者は65歳以上の人口がほぼピークを迎える2040年に584万人となり、60年には645万人に達する。MCIの人は632万人で合計すると1277万人で、高齢者の2.8人に1人に当たる」と発表し、衝撃を与えた。
だが、10月9日に開かれた「日本科学技術ジャーナリスト会議(JASTJ)」の月例講演会で、アルツハイマー病研究の第一人者である東京大学大学院医学系研究科の岩坪威教授は、アルツハイマー病は「現時点では進行してしまうと治すことはできない。しかし今後研究がさらに進めば治療に向けていろいろな可能性が出てくるだろう」との見方を示した。
「日本認知症学会」理事長も務める岩坪氏の専門は神経病理学だが、元は神経内科の臨床医だ。現在は、臨床と基礎の両方の視点から新しい治療薬の可能性に期待を寄せている。岩坪氏によると、認知症とは病名ではなく症状のことで、その原因疾患としてアルツハイマー病など3つがあるという。
同氏の説明では、アルツハイマー病は発症する15~20年も前からアミロイドベータやタウが脳内に少しずつたまり始める。MCIの前にも長い「プレクリニカル期」があるという。「この病気は正常な状態から連続している」と指摘した。
認知の障害が出るのは、大脳皮質の神経細胞が脱落して神経細胞回路が維持できなくなるためで、神経細胞が多少失われても海馬機能は維持できる。しかし、脱落・喪失細胞が3割ぐらいになると障害が出始める。障害は記憶だけでなく、言語機能や空間の認知力、抽象的思考にも及ぶという。
政府の認知症施策推進基本計画は、増加が確実視されながらも、社会との共生を目指す前向きな新たな認知症観を打ち出した。この背景には、新たなメカニズムに基づく薬の登場など近年の早期診断・治療の急速な進歩がある。
具体的には、たまったアミロイドベータが固まる前の段階で人工的に作った抗体を結合させ、神経細胞が壊れるのを防ぐ新薬「レカネマブ」が登場したことだ。2023年12月に保険適用され、臨床での使用が始まった。レカネマブはアミロイドベータを1年半で約60%減らし、臨床試験では偽薬と比べて症状の悪化を27%改善した。今年9月には「ドナネマブ」も承認された。新薬への期待は膨らんでいる。
ただ、いずれの新薬も対象はMCIか軽度の認知症患者に限定され、症状の進行を完全に止めたり、脳の状態を元に戻したりすることは期待できない。新薬の効果を得るためのポイントは早期診断だ。視覚的にアミロイドベータの蓄積を確認できる陽電子放射断層撮影(PET)や脳脊髄液検査などの検査が必須で、こうした検査ができるのは大きな医療機関に限られる。レカネマブの場合、3割負担の高齢者でも年間100万近くの費用がかかる。
新薬登場のほか、朗報もある。岩坪氏らの研究グループは5月、アミロイドベータとタウの2種類のタンパク質を血液検査で測定・分析することにより、発症を高い精度で予測できると発表して注目された。実用化への期待は大きいが、岩坪氏によると、米国での研究例も含めて承認例はまだなく、バイオマーカーの実用化には時間がかかりそうだ。
岩坪氏は「(認知症増加の)最大のリスクファクターは社会の高齢化」と言う。新しい薬や早期診断法もまだ課題が残されている。だが、今後開発研究がさらに進めば、衝撃を与えた認知症患者の将来推計も減ってくるはずだ。
]]>国土を海に囲まれ、世界第6位の排他的経済水域(EEZ)を持つ日本。そんな我が国における海洋の重要性は自明だといえるだろう。その一方で、海と私たちの暮らしの関わりについては、十分な理解が進んでいない。また、日本の海洋研究の未来が憂慮すべき状況にあることも事実だ。海洋研究の重要性と危機感について述べさせてもらいたい。
海は、気候変動の緩和において重要な役割を果たすとともに、未知なる生物多様性と水産資源の宝庫である。例えばサンゴ礁生態系は、日本を含む80以上の国と、世界人口の約2割の収入や食料に影響を与えているとともに、海洋生物多様性の約3割が集中する。サンゴ礁の総面積は海洋面積全体の0.2%以下と小さいものの、単位面積あたりの経済価値は高く、純生産は森林と同程度である。海に四方を囲まれた我が国においては、独自の文化を醸成したり、他国からの侵略を防いだりする上でも歴史的に重要な役割を果たしてきた。
海からの恩恵は海そのものの機能や役割だけにとどまらない。ノーベル賞受賞に至ったクラゲのもつ緑色蛍光色素の発見は、基礎医学の発展に貢献するだけではなく新薬や画期的な治療技術につながった。このように海は私たちの安全、健康、食、精神的な豊かさなどと密接なつながりがある。海洋研究は、こうした普段は目に見えていない海の役割や機能を発見することで、我々の認識と生活を大きく変化させる可能性がある。
一方で、陸で生活する我々は通常、海洋環境に対しては無関心になりがちだ。今や気候変動といったグローバルなストレスに加え、海域ごとに起きている陸源負荷(赤土や農薬・栄養塩などの陸上から過剰に流入する負荷要因)は大きく、海洋生態系は元に戻らないくらいの被害を受けている。何より、海洋に対する我々の理解は一般に想像されるよりも進んでいない。例えば絶滅危惧種のレッドリストを作成するにしても、海洋無脊椎動物の多くはデータ不足で評価できないレベルですらなく、そもそも「未着手」の状態だ。
近年は、「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年(※)」やG7(主要7カ国)学術会議などでも海洋生物多様性の重要性が取り上げられ、注目は世界的にも高まっている。しかし、日本の海洋環境への意識は他国と比べて極めて低い。世界で問題視されているマイクロプラスチックに関して、国、企業、個人の意識、行動レベルは全てにおいて日本がG7の中で最下位となっている。インドネシアでは、海洋保全を国の重要な政策と位置づけ、海の健全性を守ることと地域の貧困問題を一緒に解決する努力をしている。これに対し、日本では、海の環境を守ることが政策の中でほとんど強調されない。
※海洋科学の推進により持続可能な開発目標(SDG14「海の豊かさを守ろう」等)を達成するため、2021-2030年の10年間に集中的に取り組みを実施する計画で、2017年12月の国連総会で採択・宣言された。
国連の第15回生物多様性締約国会議(COP15)でも掲げられた、2030年までに陸と海の30%を保護区とする目標「30 by 30(サーティ・バイ・サーティ)」の達成には、科学的根拠のある保護区の設定が喫緊の課題だが、海における科学的根拠やデータ情報は圧倒的に不足している。すでに沿岸域の70%が漁業管理区である日本では、沖合域に海洋保護区を増やす必要がある。こうした海域の中は潜水艇を使うには浅く、人が潜るには深すぎる海域があり、環境かく乱に脆弱な八放サンゴや海綿を中心とする、生物多様性の評価すらできていない生態系が広がっている。生態系への理解が欠如する傍ら、人間活動、例えば底引き網や気候変動などによってダメージだけが時々刻々と積み重なってしまっている。
海洋研究の現場では、実際に海に潜って観察し、データを収集する「サイエンスダイビング」が重要な役割を果たす。海の中で何が起きているのかを直接見ることは、数字やデータだけではわからない事実の発見につながるとともに、解析結果の妥当性を確認するためにも重要である。
しかし、日本では安全にサイエンスダイビングを実施するためのシステムや体制が整っていない。研究者が海に潜るための訓練や資格が十分に用意されておらず、研究者自身や個々の大学がリスク管理を考えなければならない現状にある。
米国やオーストラリアでは、半年間のトレーニングプログラムを経て、専門的な技術や安全対策を学ぶ仕組みがある。それに対し、日本では、作業ダイバーとしての潜水士の国家資格と、ファンダイブのための民間の資格しかない。
安全管理の教育システムがないことは、海洋研究を立ち遅れさせる原因となる。なぜなら、野外調査のリスクを高め、大学や研究所などの組織は万一の事故における責任問題から逃れるために調査に対して消極的になる、ないし調査毎に多大な計画書を含めた書類づくりを要求せざるを得なくなるからだ。そもそも過度な競争に置かれている若手研究者が、野外調査に出るという研究業績的に非効率なことを避けたがる傾向もある中で、ますます現場離れが進んでしまう。
一方で、環境問題は常に現場で起きている事象であり、現場で得られる経験や知見は極めて重要であるといえる。AI(人工知能)や解析手法の目覚ましい発展が進む一方、現場でどのようにデータがとられたのか、実際に何が起きているのかを自らの目で確認しないと、データの解釈一つをとっても正確に判断できないケースもある。また、現場での「生のデータ」や発見が、新たな問題解決の切り口や理解につながることが多々あることを考えても、海の野外調査を人が安全に行うこと、そしてそれができる人材を育成し続けることは重要である。
そのためにはまず、サイエンスダイビングに特化した新しい資格を設け、研究者が安全に海中調査を行えるようにする必要がある。これにより、調査精度を高めるとともに、現場でのリスク管理をしっかり行う体制を作るのが望ましい。
また、一方で大学や研究機関での安全教育を強化し、海での調査に必要な技術やリスク管理を基礎から教えるカリキュラムを全国的に導入するのもよいだろう。外部の専門家を招いた講習会を開くことで、学生や若手研究者がリスクに対する備えをしっかりと学べる機会を提供する。これらを地域ごとに大学や組織がまとまって行うことでコストを削減するとともに、持続可能に行うための最低限の資金を確保することが可能になる。
海と私たちの関係には、通常認識するよりも深いつながりがある一方、その事実にすら気付けていない状況もある。海の研究において、実際に海へ赴き、そこで起きていることを直接見て探求できる人材の育成は、海との共存・共生を考えていく上で最低限必要なことだ。最後に、セネガルの林業エンジニアであるバーバ・ディオウムの言葉を紹介したい。
"私たちは愛するものを守る、私たちは理解したものを愛す、そして私たちは教えられたことを理解する"
]]>生まれつき心臓の心室が1つしかない「小児単心室症」の手術で、心臓の組織を培養して得た幹細胞を移植すると外科手術後の経過が良くなることを、岡山大学などのグループが8年にわたる追跡調査で明らかにした。再生医療で懸念される細胞のがん化はないという。複数回行う単心室症の手術と併用することで、重症度が高く心臓移植を選択せざるを得なくなった小児心不全患者の待機期間中の延命も期待できる。
心臓には右心室と左心室があり、全身に酸素と栄養を届けて戻ってきた静脈血を右心室から肺に送り、肺から戻ってきた酸素たっぷりの動脈血を左心室から全身に送り出すという役割分担をしている。小児単心室症は、生まれつき心臓から血液を送り出す心室が1つしかない疾患で、1万人に1人の頻度で起きる。
単心室のために、血液の酸素飽和度が低かったり、全身に血液を送り出すポンプ機能が弱かったりする。生後直後から心臓手術をするなどして治療するが、心不全死や心臓移植を回避できるのは手術後6年間で60%程度にとどまる。
米国留学中の2003年に心臓に幹細胞があることを論文発表した岡山大学病院新医療研究開発センター再生医療部の王英正教授(循環器内科学)は、心筋梗塞患者への幹細胞移植治療の研究を経て、09年から単心室症の子どもへの移植治療に取り組んでいる。
単心室症では、血流を変える心臓の外科手術を複数回行う。岡山大学病院など8施設で2011年~15年に手術を行った93人のうち、40人では心臓から取り出しておいた組織から幹細胞を培養し、外科手術後に冠動脈に注入する移植手術を行った。その後、手術前の状況は40人と比べて顕著な差がない、移植手術を受けなかった53人とともに、手術後の生存とともに術後の心不全の発生、肺炎などの合併症の有無など経過を追った。
手術後に起きた心不全を数えたところ、手術単独では心不全を回避できたのは約6割にとどまったが、移植を併用すると約8割が回避できた。手術後に気管支や腸などで起きる合併症についても、手術単独では約5割にのぼったが、移植併用では約3割だった。
各患者について追跡期間中の生存率は、移植併用で約87%、手術単独で約81%だった。生存時間データの評価指標として「境界内平均生存時間(RMST)」を利用し、移植と生存率の統計的な関係を確認すると、手術後4年間は移植を併用すると生存率が高くなる効果があることが分かった。
移植を併用すると、心不全スコアの改善や体重増加、正しい方向に血液が流れない弁逆流が起きる頻度が減ったことも確認できた。
単心室症の小児は手術後に退院しても、激しい運動などは制限されるうえ、心不全や合併症を起こす心配は免れない。手術を繰り返しても心臓のポンプ機能が治りきらず、最終的には心臓移植による治療を選択せざるを得ないこともある。しかし、心臓移植を希望しても、待機期間は長い。
王教授は「幹細胞移植を約4年ごとに行うことで、延命効果が期待できるらしいことが分かった。自分の組織を培養で細胞を増やして保存しておき、1泊2日の入院ですむ治療法。再生医療で心配されるがん化も起きておらず、臨床応用にむけて治験に弾みがつく結果だ」と話している。
現在、幹細胞移植の治験は、慶応大学発ベンチャーのメトセラ(川崎市)が担っており、日本医療研究開発機構(AMED)は、2022年度の医療研究開発革新基盤創成事業において、メトセラの「心臓内幹細胞を用いた小児先天性心疾患患者に対する治療法の開発」を採択している。
研究成果は11月11日、米心臓病学会誌「ジャーナル オブ ジ アメリカン ハート アソシエーション」の電子版に掲載された。
]]>大震災や感染症拡大、地球温暖化などさまざまな課題に直面する中、科学と社会をつなぐ科学コミュニケーションの重要性が改めて問われている。10月26・27日に開かれた「サイエンスアゴラ2024」の初日、科学技術振興機構社会技術研究開発センター(JST-RISTEX)が「科学コミュニケーションの現在と日本の課題」と題した講演会を主催。欧州の動向や日本の現状などを明らかにしながら、国内外の研究者と参加者が議論を交わした。
科学コミュニケーションとは、人々と科学者の交流・議論を促進するための考え方や活動のことで、日本では2000年代初頭に行政主導で導入された。現在、国内最大級のイベントであるサイエンスアゴラのほか、全国各地でさまざまな活動が展開されている。
講演会の冒頭、JST-RISTEXセンター長の小林傳司さんは、東日本大震災や新型コロナウイルス禍の際に、科学コミュニケーションに関する多くの議論があったことに触れつつ、改めて科学コミュニケーションにはどういう役割が求められているのか、国内外の研究者を招いて議論する機会を設けた、と趣旨を説明した。
一人目の講演者は、伊トレント大学教授のマッシミアーノ・ブッキさん。ブッキさんは科学コミュニケーションに関する多数の著書・論文を出版している、いわば業界の権威だ。講演では、近年の科学コミュニケーション研究のトレンド3点が、自らの研究結果に基づいて紹介された。
1つ目は「大学・研究機関の科学コミュニケーション」。大学・研究機関が市民との対話であるパブリックエンゲージメントをどのように行っているかに関する国際的な研究で、実は国によって大きな違いはないことがわかったという。その上で、「大学や研究機関による科学コミュニケーションは、実際の研究成果の発信なのか、それともマーケティングを目的としたものなのか」との問題提起で締め括られていることを紹介した。
続いてのトレンドは「コロナ禍を通して社会的に存在感を強めた科学者」で、パンデミックは多くの科学者の露出と存在感を高めたという。この傾向は一層強まると予想されるため、より重視していく必要があるだろうと述べた。
最後は「政策立案者の科学コミュニケーションに関する意識」。英国、イタリア、欧州委員会の各指導者が、科学と科学コミュニケーションについてどう語ったかを比較した研究で、興味深い違いがあったという。英国は国家の誇りが科学と密接に関連していること、イタリアは名声だけでなくアイデンティティと満足度も与えていること、欧州は科学こそがヨーロッパたらしめている存在で統合の源泉にもなっていることを紹介した。
また、科学コミュニケーションの質を改善するには、正確性だけでなく文脈を理解すること、聴衆を理解することも重要であると強調した。加えて、科学者や研究機関の科学コミュニケーションスキル育成の必要性と、その責任を認識させることも課題として指摘した。近年の研究動向、未来へのビジョンが語られたブッキさんの講演は、科学コミュニケーションの現在を描き出すものだった。
講演ではフィンランド・ユヴァスキュラ大学から2名の研究者が招かれ、同国における科学コミュニケーションとSTEAM(科学・技術・工学・芸術・数学)教育の実践的な事例について紹介があった。
10年以上フィンランドで生活している矢田匠さんからはまず、平等性に配慮したお国柄であるとした上で、その1つの表れとして教育カリキュラムについて紹介があった。同国は義務教育から博士課程まで学費が無料であり、高等教育では学生への補助も潤沢に用意されている。学びたいことに集中できる平等な環境が用意されているのだ。
続いて、フィンランドにおける科学コミュニケーションイベント「Researchers' night in Finland」が紹介された。研究機関の研究室を開放するお祭りのようなイベントで、今年は人口14万人のユヴァスキュラ市に1万5000人もの参加者を集めたそうだ。
このイベントは、研究者が自らの研究を題材に地域の人とコミュニケーションするために実施されているもの。ユヴァスキュラ市にある大型加速器の見学ツアーや、スポーツ科学の研究者が子どもたちと身体を動かすワークショップなどが催されていることが、好事例として紹介された。
続いてクリストフ・フェニベシさんからは、フィンランドにおけるSTEAM教育の事例が紹介された。科学、技術、工学、芸術、数学の5分野を統合的に学ぶSTEAM教育は、科学コミュニケーションとの親和性も高い。
まずフェニベシさんは「なぜ私たちは学ぶのか、なぜ人類は発展したいのか」との問いを投げ掛けた。さまざまな答えが考えられるとしつつも、世界のウェルビーイング(心身の健康や幸福)の実現に資することが重要だと主張した。実際に、電気すらも十分に供給されていない南アフリカ共和国の最貧地域におけるワークショップでは、数学とアートを融合させたことで、子どもたちの作品に政治的なメッセージが込められるようになるなど創造性が広がったという。
その上で、教育における重要な要素として、サステナビリティ(持続可能性)への意識、不確実な未来を切り開く能力(フューチャー・リテラシー)、地球人としての責任感(プラネタリー・レスポンシビリティ)をどう育成するのか、という点にも言及した。
魅力的なSTEAM教育の取り組みが、世界ひいては地球、という大きな視点を育む可能性が示されたフェニベシさんの講演は示唆に富むものだった。
東北大学で広報・ダイバーシティ担当の理事を務める大隅典子さんは、科学者の立場から科学コミュニケーションに求めることについて、オンラインで講演をした。
大隅さんは書籍やブログ、SNSを通して精力的に情報発信を行っている科学者。論文出版が科学者の基本的な科学コミュニケーションだとしつつも、一人ひとりが自分の研究や専門分野について、一般向け書籍やSNSなどで共有していくことが大切であると話した。
科学コミュニケーションをより推進するために大隅さんが指摘したのは、ライティングスキルの育成だ。識字率の高い日本では紙の新聞を読む人の割合が諸外国に比べて高いものの、科学面の扱いが小さいことを憂慮しており、その背景として読み手の少なさも関連しているだろうと考えを述べた。
その上で根本的な問題として指摘したのは、ライティングスキルを備えた人材の不足。特に日本の理系教育ではライティングの指導が不十分で、正しいことを正しく伝えるためのスキル教育が欠かせないと訴えた。
その他にも、行政に博士人材が少ないことや、女性研究者の割合が低いといった構造的な課題に加え、日本の科学コミュニケーション最大の問題として指摘したのがキャリアパスの問題だった。
約20年前に複数の大学に養成講座が置かれたものの、残念ながら姿を消してしまったものも存在する。人材育成のビジョンを再考するとともに、育てた科学コミュニケーション関連人材に多様なキャリアパスを用意することが必要だとした。大学経営者の顔を持つ大隅さんならではの視点で、さまざまな課題が共有された講演だった。
質疑応答では、講演者と参加者の間で活発な意見交換が行われた。科学コミュニケーションの評価については、今後、科学コミュニケーションのピアレビュー(同分野の専門家による評価)が必要となってくるであろうこと、STEAM教育人材の確保には博士人材をより多く輩出するカリキュラムが求められること、多様な場で表現できる書き手を増やしていくことが科学コミュニケーション活動の一層の充実に繋がること、などが議論された。
閉会の際、司会を務めた東京大学教授の横山広美さんは、世界を、日本をより良くできる科学コミュニケーションはもっといろいろとあるのではないか、と講演を振り返って感想を述べた。また、行政主導で開催された意義に触れ、日本における科学コミュニケーションのリスタートとなるのではないか、という期待も語った。
科学コミュニケーションが日本で広まり始めて20年ほどが経過した。この間、サイエンスアゴラをはじめ、多種多様な科学コミュニケーションが日本各地で行われるようになった。しかし、科学コミュニケーションについて改めて考える、という機会は意外にも少なかったように思う。
国内外の関係者を招き、科学コミュニケーション自体について考える機会が設けられたことは貴重といえる。日頃はなかなか顔を合わせることのない、科学コミュニケーション関係者が知り合う機会にもなっていた。
]]>全国の中学生が理科や数学などの知識や活用力を駆使して競う「第12回科学の甲子園ジュニア全国大会」が兵庫県姫路市で開かれ、茨城県代表チーム(県立日立第一高等学校附属中学校、県立並木中等教育学校)が優勝した。主催した科学技術振興機構(JST)が15日発表した。
予選である都道府県大会には計2万5772人の生徒が参加登録。各都道府県で選抜された6人ずつが代表チームを構成し、計282人が全国大会に臨んだ。13日に開会式、14日に競技を実施。理科や数学などの複数分野に関する知識と活用能力を駆使し、さまざまな課題に挑戦した。筆記競技と2種目の実技競技の得点を合計した総合成績により、優勝は茨城県、2位は千葉県、3位は東京都代表チームに決まった。
共催する兵庫県教育委員会の村田かおり教育次長は15日の表彰式で「技術の進歩も早く変化の激しい現在、より良い社会の実現に向け主体的に仲間と協力し、課題を解決し、新たな価値を創造する力が求められている。皆さんが知恵や工夫を重ねて取り組んだ力が、次の世の中のエネルギーにつながっていく。本当に魅力のある大会になった」と呼びかけた。
来賓の阿部俊子文部科学相は「競技に挑んだ皆様に心から敬意を表したい。この経験は将来、さまざまな分野で活躍する際の支えになる。文科省は科学の楽しさ、面白さを体験し、科学を学ぶことの意義を実感できる機会を提供し、応援していく」と映像であいさつした。
2020年12月に予定された第8回が、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大を受け中止。翌年は各都道府県会場で筆記競技のみ実施した。22年の無観客実地開催を経て、前回ようやくコロナ禍前の通常プログラムに戻った。今年も会場の姫路市文化コンベンションセンター・アクリエひめじに多くの観客が来場。大会の模様はネットで中継された。開会式後、同市を拠点に活動するアイドルユニット「KRD8」がスペシャルライブを披露し、出場生徒らを歓迎した。
大会は高校生を対象とした「科学の甲子園」の中学生版。科学と生活のつながりに気付き、科学を学ぶことの意義や楽しさを実感できる場を提供しようと2013年に創設された。第13回は来年12月中旬、姫路市で開かれる。
]]>国際宇宙ステーション(ISS)に物資を運ぶ新型補給機「HTV-X」の初号機を、三菱電機が報道陣に公開した。2009~20年に9機が活躍した「こうのとり(HTV)」の後継機で、機体構成の合理化を進め、能力を向上させた。大型ロケット「H3」で来年度にも打ち上げる。将来的に、月上空の基地に物資を運ぶことも視野に開発が進んだ。
機体は同社の神奈川県鎌倉市内の製造拠点で、10日に公開された。HTV-Xの全体は全長8メートル、太陽電池パネルを開いた幅が18メートル。このうち同社は飛行や通信の機能を持つ部分と、ISS船外で使う物資を搭載する部分とを合わせた「サービスモジュール」の開発を担当した。残る、ISS船内で使う物資を搭載する「与圧モジュール」は三菱重工業が開発しており、初号機のものは既に、打ち上げを行う種子島宇宙センター(鹿児島県)に輸送済みという。
こうのとりは円筒状の機体の側面に太陽電池パネルを貼り付けた構造だった。これに対しHTV-Xは、太陽電池パネルを人工衛星のように左右に広げた形態が特徴だ。電気系や推進系を集約したほか、ISS船外で使う物資を搭載する円筒内の「非与圧部」を廃止して機体の外側に“むき出し”で搭載する形に改めるなど、大幅な合理化を進めている。物資を積み込む期限は、打ち上げの80時間前までから24時間前へと大幅に短縮した。開発費は初号機が打ち上げ費用を除き356億円で、HTV-X全体は非公表。
こうのとりの輸送能力は、物資を格納する棚の重さ2トンを除き、4トンだった。これに対し、HTV-Xでは5.82トンへと増加。容積も60%増となった。ISSに係留できる期間は2カ月から半年へと大幅に延長。さらに、物資輸送の役目を終えてISSを離脱した後も、大気圏突入前に1年半ほど宇宙空間にとどまり、さまざまな機器や技術の実証実験に活用できるようにした。2030年まで運用されるISSのほか、米国主導の国際月探査「アルテミス計画」で月上空に建設する基地「ゲートウェー」や、将来の地球低軌道の民間宇宙基地への物資補給も視野に開発した。
宇宙航空研究開発機構(JAXA)の伊藤徳政プロジェクトマネージャは「こうのとりに比べ輸送能力がさらに向上。大気圏突入前に技術実証もできる。このような“二刀流”が大きな特徴だ」とアピール。三菱電機の鵜川晋一プロジェクト統括は「(同社が)さまざまな人工衛星と共に開発してきた多くの宇宙関連機器をうまく使い、機能や性能を向上させた」と話した。
日本はISS計画への参加にあたり、運用経費の分担金を技術提供の形で支払うこととし、こうのとりを開発した。米国のスペースシャトルが2011年に退役した後は、こうのとりが大型の船外用物資を運ぶ唯一の手段となり、バッテリーの輸送などを通じてISSに不可欠の存在となった。また、宇宙船を直接ISSに接触させて結合する従来のドッキング方式に代わり、まずISS船内の飛行士がロボットアームを操作して宇宙船を捉え、その後に結合する方式を初めて採用。日本が安全性を実証したことで、米国の民間宇宙船もこの方式を採用しており、HTV-XもISSでは踏襲する。
米露の全3機種の補給機が失敗を経験する中、こうのとりは2015年に退役した欧州の「ATV」とともに無事故を続けた。18年の7号機では、ISSからの離脱後に実験試料の入った小型カプセルを分離し、洋上に着水させ、日本初の独自の物資回収にも成功している。
こうのとり最終9号機が運用された2020年の時点で、HTV-Xは翌21年度にも運用を始める計画だった。H3の運用開始が遅れたほか、搭載するコンピューターや、飛行士が船外活動をする際にも安全基準を満たす太陽電池パネルの開発などに、時間がかかったという。
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